表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/258

189.演出

 翌日の美咲は、食事と運動以外は読書をして過ごした。

 ラジオ体操と剣の素振りをして、メイドのジェニーに剣を使う際の足の運び方を教えてもらい、その練習。後はひたすら読書の日である。

 以前、王都の本屋で購入した本の中から物語の本を取り出して、読み始める。

 この世界の物語は、小説という形には到達していない。

 まず始めに口伝や演劇があり、それを書き起こした物が物語として売られているのだ。

 本は研究のために書かれたもののようで、文章はとても固く感じられたが、美咲は眠気と戦いながら本を読み進めるのだった。

 ちなみに美咲が読んでいるのは、口伝で子供に伝えられていくようなおとぎ話のようなものだった。桃太郎や浦島太郎のような物語が近いだろう。

 美咲の認識では、おとぎ話のような子供に聞かせる物語は、そのコミュニティにおける共通の基礎知識であり、それを抜きにしてその世界の常識を語ることはできない。

 日本であれば、大きなつづらと小さなつづらのどちらによい宝が詰まっているか、桃太郎の連れている動物の種類は何か、金太郎が何にまたがっているのか、それらを知らない人はいない。

 かぐや姫は竹やぶで生まれて月の方に帰り、乙姫様は竜宮城で玉手箱を渡す。

 日本ではそれらの知識を前提として、様々な創作物が作られており、人々は何気ない会話の中でそれらが基礎となった言葉をそれとは気付かずに使っていた。

 だから美咲は、口伝をまとめた本こそがこの世界の常識の根っこに相当すると考え、丁寧に読み解くのだった。

 御伽噺はどの国でも似た傾向を示すようで、基本的には善良な主人公が最後に得をするような話が多かったが、その善良という言葉の中に、女神様への信仰が篤いという意味が強く含まれているのが、日本の御伽噺とは少し違っていた。


 また日本書紀に相当するような、女神様による世界創造の物語も御伽噺の枠で語られており、子供の頃に日本の神話に触れる機会があまりなかった美咲には、少し物珍しく感じられた。

 まず女神の世界があり、この世界は女神が自分の世界を知るためにそれを模して作ったという神話の中で、人間は世界の一部として女神様が作ったとされていた。

 エルフもドワーフも獣人も、ひとしく神の似姿だというくだりを読み、美咲は首を傾げた。


(女神像って全部人間っぽかったけど。エルフやドワーフ風の女神様もいるのかな?)


 神話と御伽噺の本を読み終わった美咲は、偉人について書かれた本を手に取った。

 これも常識の重要な要素となるのだ。偉人の名やエピソードは、様々な所で使われる。

 書かれているのは、国家成立以降、国に大きな貢献をした人や、立身出世をした人の話が多く、そういった点では、日本で売られている偉人の本と似た傾向があった。

 だが、美咲が気になったのは、偉人の中にひとくくりにされている聖人たちの話だった。


(神託を得た人って教科書にも載ってたけど、神託を受けて、それを遂行したら聖人認定されちゃうんだ)


 ユフィテリア様に神託を与えられ、それに従って村の塀を強化し、魔物溢れの際に村を救ったとされた村娘は、のちに聖女として認定されたとか。エトワクタル王国建国の頃、国王となる男性を神託を受けて助けた聖女は、のちに国王となった男性に望まれて王妃となったとか。飢饉で苦しむ村人のため、神託を受けた聖人が新しい作物を開発したとか。

 神託を受けた聖人たちは、美咲の目から見ても大きなことを為したように見える。

 それだけに。


(これと比べたら私が聖女認定だなんて、笑い話だよね)


 しかも、『呼び出し』のことを秘密にしたままだと、神託を受けて何かをやりました。やった内容は不明です。だ。

 それでは、物語にもなりはしない。

 美咲は改めて、自分は聖女にはならないと心に決めるのだった。


 翌朝、マルセラの出迎えで神殿に行くと、神殿前にはたくさんの神職が並んでいた。


「ちょっと遅くなっちゃいましたかね?」

「いえ、若い人は日の出前から並んでます。そういう行事ですから」


 マルセラ曰く、できるだけ早くから参道に出て女神を出迎えるのが若い神職の仕事なのだという。

 馬車は神殿裏手に停まり、美咲は神殿のいつもの部屋でコリーンに出迎えられ、あっという間に春告の巫女の姿に着替えさせられた。

 参道に並んでいる神職の間に入っていくと、美咲は周りからの視線を感じた。


(……って、私ひとりだけ白い服を着てるんだから、目立たないわけないか)


 周囲にいる神職は女性なら墨染めのワンピース。男性なら墨染めの上着を羽織っている。

 総じて黒い人々の中、美咲だけ白い服である。しかも神託にあった春告の巫女だと、ここにいる誰もが知っている。ちらちらと見られてしまうのも仕方のないことなのだろう。

 美咲がオリアーナの隣という目立つ場所に並ばされ、しばらくすると式が始まった。

 数人がかりで祝詞をあげ、決められた順番で参道に設えられた祭壇に捧げものが置かれていく。

 まるで輪舞のようなそれを、美咲は女神のスマホでこっそりと撮影した。

 女神様の帰還を祝う祝詞が、今年の豊穣と安寧を祈るそれになり、やがて神事は終わった。


「ミサキさんはミストの町の傭兵でしたね? 去年の冬は何か変わったことはありましたか?」

「はい? えーと、いえ」


 迷宮の事は口留めされているので話せない。そうなると、変わったことなど何もない。

 口ごもる美咲に、オリアーナは微笑みかけた。


「昨年、冬の始まる前に白の樹海に迷宮ができたのはご存知ですか?」

「え? いやあれ? それって秘密じゃ……」

「知ってらしたのね。国からは復活祭の後で公開すると聞いていますから、もう秘密ではありませんよ……神殿には過去に女神様が迷宮を作ったり、竜を使役したことがないかという問い合わせがありましたの。あなたは女神様の御使いの白い竜をご覧になったのですか?」


 白竜のことを思い出した美咲は、少し顔色が悪くなった。

 何の確証もなく、巨大な竜に対して対話を試みた時の恐怖を思い出してしまったのだ。


「見ました。それと話は……仲間が代表でしました。私はそれを横で聞いていました」

「まあ。まあ、まあ、まあ、それはお話を聞かせてもらわないといけませんわね。聖人が女神様の神獣と対峙するなど、歴史上なかったことですもの」


 美咲は、レールガンの事をぼかして白竜との遭遇と、白竜が樹海の一角を整地して、魔法で石畳を敷き詰め、そこに魔法の門をどこからか召喚したこと。そして、白竜が話した内容をオリアーナに話した。


「名もなき神……姉女神様たちのどなたかでしょうか? そこにミサキさんがいたのは、偶然なのでしょうか?」

「偶然のはずです。女神様から神託とかがあったわけではなく、傭兵組合からの依頼で動いた結果ですから。神殿には、新しい門に関する神託とかはなかったんですか?」

「神託はありませんでしたわね。国から依頼されて神託の確認や過去の文献を紐解いたりもしたのですが、すべての迷宮の門は女神の手によるものであるという記述以外、関係しそうな文章を見付けることはできませんでした」


 オリアーナはそこで何かに気付いたように、美咲の顔をじっと見つめた。


「ミサキさん。女神様に問い掛けてみてはいただけませんか? なぜ今になって新しい迷宮が作られたのか。そして、どこに未発見の迷宮があるのかと」

「えーと……返事を貰えるとは限らないんですけど、それでもですか?」

「ええ、もしもそれで神託が得られたなら、たくさんの人が助かりますのよ?」


 未発見の迷宮の探索には、多くの人員と予算が注ぎ込まれている。その発見までの時間を短縮できれば、予算と人員を国内の魔物の駆除や、孤児たちの保護にも使えるだろうとオリアーナは言った。


「分かりました。やるだけやってみます」


 美咲はオリアーナの目の前で、女神像の前に立ってユフィテリアたちに祈りを捧げた。


(女神様がた。平穏と安寧に感謝します。そして、できましたら、白の樹海の迷宮がなぜ作られたのかということと、未発見の迷宮の場所を教えてください)


 美咲を後ろから見ていたオリアーナは自分の目を疑った。

 美咲の着ている衣装は春告の巫女のときのもので、基本は白いダボっとした服である。その白い服が、光に照らされたかのように輝きを放ったのだ。

 発光現象はほんの数秒のことだったが、薄暗い神殿の中であり、まだ参道には多くの神職の姿があった。

 何人もの神職が、それを目にしていた。


(ようやく来たわね、でもユフィはまだ準備中よ。迷宮を作ったのは、魔素の均衡を保つため。古い迷宮は魔素を生むけど、新しい迷宮は魔素を吸収するの。迷宮の作成が今になったのは……白竜? あの仔がずっと寝てて、新しい迷宮を作れなかったから。それと、未発見の迷宮は王都北の山脈の北側。海岸沿いよ。おまけにもうひとつ教えてあげるわ。新しい迷宮の最下層を目指しなさい。私たちからのお礼とご褒美が待ってるわよ。それと、ちょっと派手目に演出しといたから、頑張りなさいな)


 声は、それだけ言って静かになった。その声は以前、夢の中で聞いた声の一人だと、根拠もなく美咲は確信した。


(姉女神様は悪戯好きだって聞いたけど、何か悪戯されたのかな?)


 美咲は静かに組んでいた手を下ろし、目を開けて振り向いた。

 そこには、期待に目を輝かせたオリアーナと、遠巻きに美咲のことをみつめる神職たちの姿があった。


「神託があったのですね?」

「ええと……ここではその」


 美咲がそう言うと、オリアーナは美咲を伴って神殿長室に移動した。


「あれほど神々しい輝きを見たのは生まれて初めてでした」

「はい?」


 オリアーナは感極まったかのようにそう言って祈るように手を組んで中空を見上げた。

 自身が光っていたなどと知る由もない美咲は不思議そうに首を傾げるのみである。


「ミサキさんが祈りを捧げ始めてすぐに、ミサキさんの体が光に包まれたのです。とても穏やかで、暖かな光でした」

「うわぁ……演出ってそれ」

「それで、神託の内容は?」

「えっと……あれ?」


 神託には特別な力があるのか、美咲の頭の中には神託の内容が刻み込まれていた。しかし、それを口にしようとした美咲は、聞いた内容と、覚えている内容が違うということに気付いた。


「新たな迷宮は魔素の巡りを整え、世界の安定を保つために作られました。古い迷宮は魔素を放ち、新しい迷宮はそれを吸います。これにより魔物の数は減り、人が住みよい世界に近付くでしょう。未発見の迷宮は王都の北の山脈を越えた海辺にあります。そしてあなたは、新しい迷宮の探索を進めるがよいでしょう」


 どうやら、女神様による補正が掛かってしまっているようで、演出がどうとか、そういう部分は口にすることができない。

 美咲の神託を聞いたオリアーナは、慌てて羊皮紙に美咲の言葉を書き取った。


「山脈の向こう……確かに、あの山はあまりに険しく、住む者もいないと言います。それなら未発見なのも納得ですね……そしてミサキさんは、新しい神命が下されたのですね?」

「神命ですか? あ、迷宮探索しろっていうのですか? 神命なんて大層な代物じゃないと思うんですけど。できればやってね。くらいのものだと思います」

「いえ、ユフィテリア様のおっしゃったことならば、それこそ命に代えても実現すべきですわ」


 そう言うオリアーナの目は、真剣そのものだった。


「あ、ユフィテリア様じゃなかったです。名乗りはしませんでしたけど、別の女神様でしたよ?」

「……なぜ、姉女神様だと?」

「ユフィテリア様とは声も話し方も違ってましたから」


 美咲の返事を聞いて、オリアーナは目を細めた。


「二柱の女神様からの神託を得た例は、今までにありません。聖女のこと、真剣に考えてくださいね」




 リバーシ屋敷へと戻った美咲は、小川に電話を掛けて神託の内容を伝えた。


『新しい迷宮の話は今朝方、王宮から魔法協会にも通達があったけど……迷宮で調整できるなら、なんで僕たちが呼ばれたんだろうね?』

「それについては何も言ってませんでしたけど……あ、迷宮を作れる白竜がずっと眠っていたとか言ってましたね」


 オリアーナには言えなかったことが、小川相手だと言葉にすることができた。

 美咲はそれを訝しみながらも、神託の内容を正確に伝えた。


『本対処ができるようになるまでの仮対処のために呼ばれたのかな? 今度機会があったら聞いてみてよ』

「はい。それでですね、迷宮の探索ですけどどうしましょう?」

『僕も広瀬君も仕事があるからね。迷宮の探索は美咲ちゃんたちに任せるよ』

「ですよね……あ、ところでゴーレムはどんな感じですか?」

『ああ、将来胴体に載せることを想定して、ドーム状の頭部に目と耳、後は前面に二本のフレキシブルなアームをセット。アーム先端には三本指を付けて、一応完成したよ。できれば胴体も作って、一緒に渡せたらよかったんだけどね。今日、帰ったら渡せるよ』

「ありがとうございます。何を質問するのか、考えておきますね」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー"
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ