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187.小川への依頼

今回はかなり長めになってしまいました。。。

「ようこそ、ミサキさん」


 神殿長のオリアーナは、神殿長室を訪ねた美咲を笑顔で出迎えた。

 応接セットのソファに座らされた美咲は、神殿長からここ一年の神殿関連のあれこれが伝えられた。

 そして、


「バーギスの代官、ボーマン子爵から、ミサキさんがバーギスを通りかかった折に、春告の巫女として神殿で祈りを捧げてもらったと聞いた時は驚きました」

「あー、あれは私も驚きました。バーギスの宿にいきなり代官さんが尋ねてきて、春告の巫女として祈りを捧げてほしいと頼まれてしまいまして」

「バーギスは、特に農耕が盛んな町ですから、春の訪れを寿(ことほ)ぐ復活祭にはいつも並々ならぬご支援を頂いておりましたので、ミサキさんが快くお祈りをしてくださって助かりました」


 などと礼を言われる。

 支援とは寄付金のことだろうと、美咲はあたりをつける。

 そして、自由連邦の穀倉地帯と言われるほどの、地平線まで続く大規模な耕作地帯を治める代官からの寄付金がいくらくらいになるのかと考え、美咲は少し気が遠くなった。


「いえ、たまたま収納魔法の中に衣装が入ったままでしたので、それに着替えてちょっとお祈りしただけですから」

「バーギスの領民の皆さんは大変、喜んでらっしゃったそうですよ」

「それは……はい、よかったですね」

「ところで……」


 オリアーナはあたりを見回し、声を潜めた。


「その後、ユフィテリア様から神託はありましたでしょうか?」

「えーっと……」


 真剣そのもののオリアーナの目を見て、美咲は正直に答えるべきか、少しの間逡巡した。

 そして、オリアーナは春告の巫女の時にユフィテリアが顕現したことも口を閉ざしていてくれているのだから、と、正直に話すことにした。


「二回ありました。私のお役目が無事に終わったということと、こちらからの問いかけで、白の迷宮の最下層であらゆる願いが叶うという情報の真偽について、世界を越える願いは聞き届けられないという答えを貰いました」

「……問いかけに応えてくださったのですか? ユフィテリア様が?」

「はい、ユフィテリア様以外から神託を受けたことはありません」


 前に変な夢を見たことならあるが、と、そこは微妙な情報なので、美咲は口を閉ざすことにした。


「ミサキさんは……その、もうお役目は終わったのですか?」

「ええと……はい、一応は」

「そうすると、ミサキさんの立場を変えても問題はありませんわね?」


 オリアーナの目が獲物を見付けた肉食獣のそれのように、ギラリと光った。

 それを見て、美咲は、少しだけ嘘を混ぜることにした。


「あの、私にはちょっと変わった特技があるんです。女神様はそれを使って世界の安定を保たれました。そのお役目は一通り終わりましたけれど、また頼まれる可能性もありますので、私の立ち位置が変わってしまうと、女神様にご迷惑が掛かるかもしれません」

「そう……ですか。女神様の使徒に認定して神殿に住居を移していただきたいと思ったのですが」


 オリアーナの言葉を聞き、美咲は内心で冷や汗を流した。

 そして、美咲のことを内緒にしてもらえていたのは、女神から授かった使命の遂行に支障があるからだと言ったからだった、と思い出した美咲は溜息をついた。


「それではミサキさんは聖女になる気はありませんか? ユフィテリア様から直接お言葉を頂いたうえ、ユフィテリア様の顕現した御姿を近間で拝謁したミサキさんなら十分にその資格はありますわ。聖女なら市井にあっても問題はありませんし」


 いい考えでしょう? と言わんばかりのオリアーナに、美咲は首を横に振った。


「いえ、その、目立ってしまうと、私の特技が発揮できなくなりますので……」

「そのミサキさんの特技に、神殿が協力することはできないのでしょうか?」

「その、難しいと思います……あの、もしも協力が必要な時は、こちらからお願いしますから、できるだけそっとしておいてください」


 美咲にとって、神殿の一員となる利点は少なかった。

 神殿の一員になることで、得られるだろう富と名声と知識の内、富に関しては十分な貯えを持っているし、ミサキ食堂の売上も好調だ。そして美咲はそもそも目立ちたくないのだから、名声は不要である。知識については、未だ美咲は自分には常識が不足していると感じているが、神殿で得られるような知識にはあまり興味はない。むしろ、神殿に取り込まれ、浮世離れした感覚を身に着けてしまう方が怖い。

 だがそれを説明するには、美咲が異世界からユフィテリアの手によって転移させられてきたと説明するしかない。そんなことをすれば、女神が異世界から連れてきた特別な人間として認定されるだけだ。

 美咲が困ったような顔でいるのを見たオリアーナは、静かに目を閉じた。


「……分かりました。これ以上はやめておきましょう。ですが、神殿はいつでもあなたの味方です。それを忘れないでくださいね。それと、聖女認定は私の権限でできますから、必要になることがあれば声をかけてください」

「はい……そうだ。神殿には女神のスマホってありますか?」

「ええ。一台だけ、通信省から預かっていますけれど?」

「それじゃ、電話番号を交換しておきましょう。私は迷宮で拾ってきたのを持ってるんです。何かあったら連絡しますので」

「新しい神託があったら、教えてくださいますね? ええっと……ありました。これが神殿の番号です」




 神殿を辞した美咲は、マルセラに馬車でリバーシ屋敷まで送り届けられた。

 復活祭は神殿にとってはとても重要な位置づけの祭りだが、一般人にとっては、その初日は大掃除の日と決まっている。

 屋敷の馬車寄せに美咲の乗った馬車が到着すると、屋敷は庭先まで物が溢れだしていた。


「復活祭の大掃除ですね。信心深くてよいことです」


 そう呟くマルセラの声に、美咲は首を傾げた。


「大掃除が信心に関係あるんですか?」

「ユフィテリア様がお目覚めになり、戻ってくる場所を清めるための行事です。これを丁寧に行う家には女神様の幸があると言われています」

「なるほど……それじゃマルセラさん、今日は送ってくれてありがとうございました」

「いえ、それでは明後日の朝、お迎えにあがりますね」

「はい、よろしくお願いします」


 馬車から下りた美咲を、前に美咲たちに剣を教えてくれたメイドが出迎える。


「あ、ジェニーさん、ご苦労様です」

「いえ、それより本日は屋敷の中は騒がしいと思いますが、どのように過ごされますか?」


 屋敷はすべての窓が開け放たれているし、庭には絨毯などが引っ張り出されている。

 これは屋内にいたら邪魔になりそうだ、と美咲は嘆息した。


「小川さんは今日はどこにいるか知ってますか?」

「朝から魔法協会に向かわれました」

「魔法協会……それじゃ、私も今日は外出してますので、大掃除、よろしくお願いしますね」

「かしこまりました」


 美咲はジェニーに、夕方まで外出してくると告げ、魔法協会を目指して歩き出した。


 魔法協会の建物は、リバーシ屋敷のある平民街南区の内壁寄りの一角にあった。

 馬車が並んで通り抜けられそうな大きな門は閉ざされており、門の横の小屋には門番が三人もいる。

 美咲は恐る恐る小屋に近付くと、門番に声を掛けた。


「あの、美咲と言いますけど、小川さんに取り次いでもらえないでしょうか?」

「ん? お嬢さんは……赤の傭兵さんでしたか。オガワ先生にはどのような用件で?」


 美咲の首元に目をやり、傭兵のペンダントを目にした門番は姿勢を正してそう尋ねた。


「えと、ちょっと頼みたいことがありまして。仕事中だと駄目でしょうか?」

「いえいえ、少々お待ちください」


 小屋から門番がひとり飛び出すと、通用門に駆け込んでいく。

 それを見送りながら美咲は


(魔法協会でも連絡手段は人間が直接伝言に走るんだ)


 と、少し驚いていた。

 魔法協会はこの世界の技術の最先端のはずである。それなのに同じ敷地内の通信手段を、まだ人力に頼っているとは思っていなかったのだ。

 しばらくすると、先ほど走っていった門番が戻ってくる。


「オガワ先生はお会いになるそうです。今、こちらに向かっています」

「ありがとうございます」


 美咲が礼を述べると、門番は美咲を門の中に招き入れた。

 そこには美咲のような者が待つための施設なのだろう、小さいが立派な建物があり、その中で美咲が待っていると、小川がのんびりと歩いてやってくるのが見えた。


「美咲ちゃん、電話してくれればよかったのに。それで? 何か用事?」

「あー、そうでした。すっかりこっち流に馴染んじゃって……ええと、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど」

「ここで話す? それとも本館に行こうか?」

「あ、ここで十分です。えっとですね。実はゴーレムの核っていうアーティファクトを入手しまして」


 美咲はゴーレムの核を取り出して小川に手渡した。

 核を受け取った小川は、それをためつすがめつ眺めると、美咲に返した。


「アーティファクトでゴーレムの核っていうのは初めて聞いたけど、これをどうしたいんだい?」

「えっとですね。頭だけのゴーレムを作ってほしいんです」


 美咲の返事に、小川は不思議そうな顔をする。

 力仕事がゴーレムの真骨頂である。それなのに身体がないのでは、力仕事に使うにはあまりに不向きだ。


「頭だけ? どういう目的か聞いてもいい?」

「ゴーレムのAIがどの程度賢いのかを調べたいんです。特に、人間をどうやって見分けているのか、とかが気になります。このゴーレムの核は、アーティファクトですから女神様の手によるものですよね? それなら普通のゴーレムよりも性能がいいんじゃないかと思いまして」

「調べるってどうやって?」


 小川の問いに、美咲はキョトンとした表情を見せる。


「それはえっと、質問して答えてもらおうって思ってるんですけど」

「ゴーレムは会話はできないよ? 少なくとも発声できるゴーレムの話を聞いたことがない」

「でも、人間の指示に従って動くんですよね? それなら聴覚があって、それなりに言語を認識していると思うんですけど」


 小川は美咲の言葉の内容を考察する。そして、どこに齟齬があるのかを理解した。


「ゴーレムには幾つかの標準部品があるんだ。目とか耳とかに相当する部品だね。それを筐体(きょうたい)に組み込んでゴーレムを作るんだけど、標準部品には話をするためのスピーカーのような部品がないんだよ。だから、現在のエトワクタル王国の魔法協会の技術ではゴーレムに会話をさせることはできない、というのが正しいかな。ゴーレムは人間の話した内容を理解して動くから、美咲ちゃんの言う通り、言語を理解してるっていうのは間違いないね」

「えーと、それなら……手も付けましょう。それで、はい、いいえで回答できる質問をして、はいなら右手を上げて、という命令をすれば、意思の疎通はできますよね?」

「……それなら意思の疎通は可能かな……一応、魔法協会の公式見解では、ゴーレムに自意識はないことになってるから、複雑な質問には答えられないと思うけど」

「十分です……それで、魔法協会で作ってもらえそうですか?」

「ああ。僕が作るよ。通信省も魔法協会も、しばらくは大した仕事はないからね。サイズは人間と同じ程度からになるけど、その目的に沿うなら小さい方がいいんだろうね?」


 ゴーレムは力仕事を代行するための魔道具である。

 そのため標準的な部品は、最低サイズが人間大を想定して作られているのだ。

 なお、ゴーレムに単純作業を代行させるという考え方はほとんどない。この世界のゴーレムは、魔道具としての性質から、比較的高価な部品を多用しているため、誰にでもできるような単純作業であればゴーレムよりも人間を雇った方が安価になるのである。


「そうですね。キャプテンフューチャーって小説のサイモン教授ってわかりますか? あれくらいの大きさがいいんですけど」


 美咲は、手で人間の脳が入るくらいの大きさの四角を表現する。


「キャプテン……いや、知らないけど、大きさは分かったよ」

「それでですね。目は箱の両端に配置。耳はできれば側面で。腕は触腕みたいな感じがいいです」


 美咲はノートを取り出すと、透明金属のケースに脳だけを移植して一種のサイボーグとなったサイモン教授のイラストを描いて小川に示した。

 一辺30センチの箱で、目の位置に触腕があるという、小説版のサイモン教授の絵を見て、小川は首を傾げた。


「この絵だと、触腕の先に目があるみたいだけど?」

「あー、それだとちょっと視覚がおかしなことになりそうなので、人間準拠で箱本体に取り付けましょう」

「これ、手足……まあ、触腕があるからそれが手だとして、足がないから自走できないけど、いいの?」

「はい、そのうち、足も発注するかもしれませんけど」


 美咲の言葉に、小川は腕組みをして考え込んだ。


「……それはつまり、この箱を頭部にして、胴体をアタッチメントにするってことかい?」

「難しいですか?」

「いや、できるよ。要は聖銀のケーブルさえ繋げられたらいいわけだから……そうすると、この箱の中に、ジャイロを組み込む必要があるのか……魔石は頭に積んでいいんだよね?」

「ゴーレムの核のことですか? それならそうですけど」

「いや、動力の魔石。電池みたいなものか。魔道具の魔素を充填する部分だよ」


 魔素充填と聞いて美咲は目をしばたたかせた。核が魔石のようなものと聞いていたので、魔素は核に充填すると思っていたのだ。


「核と別に魔石を載せるんですか?」

「まあ、普通はそうするね。力仕事をさせないなら核の魔素だけでも行けると思うけど」

「なるほど……そうしたら、頭部分は頭頂部分に魔石を配置。もしも胴体を作る時は、その胸に魔石を搭載できるようにできますか?」

「魔石の複数配置か。大型ゴーレムで使う技術だから可能だよ。今回は作らないけど、胴体についての希望とか、何かあるかな?」


 頭部を設計する際に考慮すべき事柄があるかもしれない、と小川は胴体の設計についても質問をする。


「私が背が低いので、高いところに手が届くのがいいですね。それと、50キロくらいの重さの物を持ち運べるくらいの膂力(りょりょく)。それからですね。腕は簡単に交換できるようにしてください」


 魔法の鉄砲が手に入ったら、それを腕に装着できると茜が言っていたのを思い出した美咲は、交換パーツにできるのであれば、それを想定した作りにしておくべきだろう、と、注文をつける。


「腕を? 理由は?」

「それは、今はまだ秘密です」


 魔法の鉄砲のことを伝えると、そこから迷宮の話に繋がるかも知れない、と、美咲は口を閉ざした。


「どちらにしても腕は修理交換を想定して外せるようにするけど、その代わり、極端な重量物……そうだね、100キロ以上のものは持てないと思ってね?」

「はい、問題ありません」

「ええと……高いところに手が届くってことは屋内運用を想定してるんだよね?」


 小川にそう聞かれ、美咲はゴーレムに体を与えたとして、どこで使うのかを考えていなかったことに気付いた。


「えっと、考えてませんでした。屋内と屋外とで何か違いはあるんですか?」

「屋内なら二足歩行。屋外なら多脚がお勧めかな。多脚にすると、背中に荷物を積載できたりするし、何より転びにくいからね」

「だったら……あ、でも多脚は屋内じゃ邪魔ですよね。二足歩行でお願いします」


 屋内運用と決めたわけではないが、ゴーレムを引き連れて歩くところを想像できなかった美咲は、そう言った。


「分かった。それじゃとりあえず、頭部に相当する部分だけ作っておくよ……そうだね、必要な部品は既存のを流用できそうだから、美咲ちゃんがミストの町に戻るまでには完成できるよ」

「無理しないでくださいね? 後から傭兵組合か商業組合経由で送ってもらったっていいんですから」

「ああ。ちなみに、頭部の筐体(きょうたい)は鉄でいいよね?」

「はい。でも、急ぐ理由があるわけでもないので、ゆっくりでいいですからね?」


 美咲はそう言ったが、小川は楽しそうに笑うだけであった。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。


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[一言] エドモンド=ハミルトンさん面白いですよねー。キャプテン・フューチャーシリーズは中学生の頃夢中になってよんでました。ジェイムスン教授も大好きでしたw
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