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184.除雪

 その夜、小川から電話を貰った美咲は、漆に色を付ける方法を教えてもらった。

 雑学の本にある情報がベースなので、大したことは分からなかったが、細かい鉄粉を使えば黒に、錆びた鉄を使えば赤っぽくなるというのが分かっただけでも収穫である。後は、木から出たばかりの漆を生漆と呼び、細かなゴミを取り去り、40度ほどで加熱しつつ、水分を蒸発させたものに顔料を混ぜた状態までいって、初めて塗りに使える漆ができるという情報を得ることができたのは大きな収穫だった。

 それらの情報をキャシーに伝えると、キャシーは、


「随分と手間ですのね……それだけの価値があるということですわね?」


 と、呟くと、女神のスマホを片手に部屋から出ていくのだった。


 夜になるとコタツを片付けて毛布で寝る。

 美咲と茜は毛布に包まり、熱を逃がさないようにコタツ布団に埋もれてくっついて眠るのだった。


 翌朝、半ば凍りかけた雪原を見て、キャシーは頭を抱えた。

 それでもかなり解けて積雪こそ浅くなってはいるが、表面が凍りかけていては、馬車での移動は難しい。

 馬車はともかく、馬が嫌がるのだ。


「もう少し雪が解けないと厳しいな」


 ベルも同じ意見のようだった。


「魔法でどうにかするにしても、ミストの町まででは距離があるしね」


 フェルがぼやくのを聞き、試しに、と、茜が砦から距離を取って低速度のインフェルノを放つ。すると着弾点までの途中にある雪がインフェルノの弾道に沿って解けてなくなる。インフェルノは本来、輻射熱だけでかなりの高温なのだ。

 白銀に輝く雪原に、まっすぐ黒く地面がむき出しになったのを見て、キャシーは呆れたような溜息をついた。


「炎槍ではなく、インフェルノを使うという発想はありませんでしたわ」

「全員でインフェルノを使えば、それなりに距離は稼げそうだね」


 インフェルノなら、劣化版だが全員がそれなりに使える。威力重視で行くなら魔法の鉄砲もある。

 これなら帰れるだろうか、とキャシーは頭を捻った。


「魔素が尽きるのと、ミストの町にたどり着くのの、どちらが先か、ですわね」

「ミストの方も大雪なのか?」

「確認してみますわ……」


 キャシーは女神のスマホでゴードンに連絡を取ると、ミストの町近辺の積雪状況を確認する。

 ミストの町の中の積雪は足首が埋まる程度。外でもあまり変わらないということなので、ミストの町に近付けば馬車も普通に走ることができるかもしれない。その情報から、キャシーはミストの町に戻るという判断を下した。


「定期的に、インフェルノで雪を解かします。まずミサキさんとアカネさんには頑張ってもらうことになります。そして、ふたりが力尽きてもミストの町までの距離が大きく残っている場合は砦に戻ります」

「俺たちもインフェルノなら使えるけど?」

「ミサキさんとアカネさん以外は魔物への備えとして魔素を残します……ミストの町までの距離によっては全員で道を作りますけど、わたくしたちのインフェルノは、ミサキさんたちには及びませんから、魔法の鉄砲で、になりますわね」


 美咲と茜の魔法の射程は50メートルを超える。

 一度にそれだけの雪を除去できれば、雪の少ないところまで、道をつなげることができるかもしれない。というのがキャシーの考えだった。

 白の樹海の砦付近ほど積もってしまっては難しいが、多少の積雪なら馬車でも乗り越えられる。

 積雪が少ないあたりまで行ければよし。行けなければ砦に戻ってきて、明日、魔素が回復してから残りの雪を解かせばいい。

 砦に籠っているだけでは雪が消えるのは太陽任せになるが、この方法ならば間違いなくミストの町に近付くことができるのだ。


「雪が浅いところまで出れば、後は普通に馬車で進めますし、分の悪い賭けではないと思いますわよ」

「雪を解かすのはいいんだけど」


 美咲が手を挙げた。


「何かありまして?」

「雪を解かした直後の道って結構なぬかるみだよね。それは大丈夫?」


 解けた雪は蒸発するわけではない。水になるのだ。そして、その水は地面を濡らす。

 そこを荷馬車で走れるのかという美咲の質問にはベルが答えた。


「それは大丈夫だと思うぞ。せいぜい、大雨が降った後程度だろ? それくらいならのんびり進む分には問題ないよ」

「なら、いいんだけど……それじゃ、出発だよね? ちょっと広瀬さんに挨拶してきていいかな?」

「ええ。収納魔法でしまっていた荷物を大部屋に戻さないといけませんし……後片付けや忘れ物に注意してくださいね」


 キャシーの言葉で、その場は解散となった。




「この積雪でミストの町まで行けるのか?」


 ミストの町に帰ると伝えに行くと、広瀬は驚いたような顔をした。


「インフェルノで雪を解かしながら、行けるところまで行って、駄目そうなら戻ってきます」

「そうか。気を付けてな? それと、春告の巫女だっけか? ガンバレ」


 ポンポンと美咲の頭を軽く叩く広瀬。と、そんな広瀬を胡乱な目で見る茜。


「おにーさん。女の子の頭に気安く触らないでください!」

「別に減るもんじゃねぇし……あ、茜も撫でてほしいのか?」


 そう言って茜の頭に伸ばした広瀬の手は、茜に叩き落とされた。


「美咲先輩の髪の毛に触っていいのは私だけです!」

「なんだ? 百合ってやつか?」

「違います! もう! おにーさんは不潔です! 美咲先輩の髪は、私が丹精込めて育ててるんです!」

「……まあ、手入れはよく手伝ってくれてるよね」

「まあ、なんだ。ミストの町まで気を付けてな」



 荷馬車を用意して砦を出た一行は、時折、美咲か茜が馬車の前に出て、キャシーが指示する方向にインフェルノを撃ちながらゆっくりとミストの町に向かって進んでいく。

 そのペースは遅いが、間違いなく前進はしている。

 丘に沿ってカーブしているような部分では、美咲が器用にインフェルノの弾道を曲げて、道に沿って雪を解かしてみせる。それを見た茜も、器用に真似をする。茜にとって他の人が使える魔法は、呪文さえ工夫すれば自分も使えるという認識なのだ。


 やがて、雪が浅くなり、ベルがいけると判断したため、融雪はそこまでとなった。

 ミストの町までは、ベルが手綱を握ってのんびりと進む。


「寒いですわね」


 荷馬車の荷台の上で毛布に包まりながらキャシーがぼやく。


「俺の方が寒いぞ。毛布も被れないんだからな」


 御者台の上のベルがそう返すが、キャシーは寒そうに自分の腕を手で擦る。


「それは分かりますけど、理屈じゃありませんわ」

「コタツ出すには荷台の上はちょっと狭いですからね」


 乗せるだけなら荷台にコタツを乗せることは可能だが、人が座るには少し狭すぎる。と茜が言うと、ベルが、


「おいおい。俺をのけ者にしてコタツに入るなら、俺だって荷台に行くぞ」


 などと言い出す。


「だから、狭くて出せませんて……そもそも、カイロの魔道具は持ってないんですか?」

「持ってますわよ? それでも寒いものは寒いんですの」


 キャシーは腰のあたりにカイロの魔道具を付けていた。

 温石を使ううえで、どのあたりを温めれば効果的なのかという知識は、キャシーたちにもあったのだ。


「俺は両脇に一個ずつ付けてるけど、それでもこの寒さは中々来るものがあるよ」

「フェルさんは平気そうですね」

「そうでもないよ……ただ、寒いときは、寒いって言うよりも毛布被って静かにしてた方がいいって知ってるだけ」


 フェルは毛布を隙間なく体に巻き付け、荷台で静かに座っていた。

 当然カイロの魔道具も使っているし、更にカイロの魔道具に魔素を補充し続けてもいる。


「キャシーも寒いのは仕方ないって割り切った方がいいよ」

「そうですわね……」


 諦めたのか、キャシーが静かになる。

 こうして、しばらくは馬車がきしむ音だけが寒空の下、響くのだった。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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