182.薬草の仕分け
安全地帯では、採取した薬草の仕分けを行った。
多くの物を根ごと採取してきたので、薬草はかなり量が多かった。
丁寧に種類ごとに分け、根の付いたものは別に分けておく。
茜はそれらをしっかりと鑑定し、記憶に焼き付けていく。
「春の薬草なら何種類か、知ってるんですけど、冬の薬草は初めて見るのが多いですねー」
「茜ちゃん、薬草分かるんだ?」
「こっちに来たばかりの頃……春先でしたけど、草原に出たのでそばの草を片っ端から鑑定して、薬草を採ったことがあるんです。だから、春先の薬草なら幾つかは知ってますよ」
茜の鑑定は意識して物を調べなければならないため、たくさんある草の中から薬草を選り分けたりするのにはあまり向いていないのだ。草原に生えている草を片っ端から鑑定して回れば、薬草とそれ以外を見分けることもできるようになるが、一度に大量の鑑定をすると頭が痛くなってしまうとのことである。
「でも、なんで根っこから採ってきたんでしょうね。この薬草なんかは、根には薬効はないはずですけど」
「根ごと採取してきたのは、ミストの町で移植してみようと思ってますのよ?」
キャシーは不思議そうな表情でそう答えた。
「それにしてもアカネさんは不思議ですわね。薬草を知らないのに薬効のある場所とかが分かりますのね?」
「ええと、ですね……そういう特技なんです。女神様がくれた才能、みたいな感じでしょーか」
「素敵な才能ですわね。商売人や薬師になったらきっと成功しますわ……って、ごめんなさい。アカネさんは既に商売人として成功してましたわね」
石のテーブルの上で薬草を仕分けながらキャシーは思い出したようにそう言った。
「アカネさん、リバーシみたいなのが他にもあったら、今度はミストの町で売り出してくださいね」
「いーですけど……流通の活性化が目的ですね?」
「ええ……よく分かりましたわね? ミストの町は現時点では行き止まりの町ですから、人の往来が増えてくれたらいいと思ってますの」
キャシーの説明に、茜はなるほど、と頷き、美咲の方を向いた。
「美咲先輩、チェスのルールって分かりますか?」
「将棋なら知ってるけど……チェスは知らないかな。将棋もうろ覚えだし」
「駒だけチェス風にして、将棋のルールにしちゃいましょーか……地上に戻ったら、おじさんたちにも聞いてみましょー」
「今度はチェスを売り込むんだ」
「来た時にリバーシと並行で売り込もうと思ったんですけど、ルールがよく分からなかったのと、作るのが面倒そうだったので、リバーシにしたんですよね」
「王様を取り合うゲームだから、不敬にならないようにね」
「あー、そうですね。領主とかにした方が安全かもですね」
チェスについて話す美咲と茜を眺め、キャシーは楽しそうに微笑むのだった。
翌日、迷宮内はあいにくの曇り空だった。
元々迷宮内には本物の太陽はないのだが、曇り空ということでどことなく肌寒く感じる美咲たちだった。
朝食を手早く済ませた美咲たちは、地上を目指して歩き始める。
黙々と歩く一行の前に、小さい魔物の姿が見え隠れしていた。グランボアである。
「なんで小さいんですかね? あのグランボア。放置したら成長して大きくなったりするんでしょーか?」
「その可能性は否定できませんわね……とりあえず、フェル、お願いしますわ」
「ん。分かった」
魔法の弓でグランボアを射抜くフェル。
転がったグランボアに向かって茜が駆け寄っていく。
「魔石と牙と肉がありましたー!」
茜は振り向いてドロップ品を掲げて見せた。
「倒したグランボアよりも大きな肉が出てくるのって、不思議だよね」
「フェルから見ても不思議なんだ」
ホッとしたように美咲は呟く。
色々と不思議に思っていたのに、皆が普通に受け入れていたので、口に出せずにいたのだ。
「迷宮の中は色々不思議なことばかりだよ。そういうものだって思っていても、そもそも、ここ以外の迷宮のアーティファクトなんて、誰が箱詰めしてるんだとかって、いまだに答えが見つからない謎もあるんだからね」
「女神様じゃないの?」
「一応はそういうことになってるけどね。そうなると今度は、微睡祭から復活祭まではどうしてるのかとか、謎は尽きないみたいだよ」
「なるほど……ユフィテリア様のお姉さんたちも協力してるのかもね」
戻ってきた茜からドロップ品を受け取ったキャシーは、それを収納魔法でしまうと、美咲たちの方に振り向いた。
「迷宮七不思議もいいですけれど、そろそろ行きますわよ」
「はーい」
迷宮を出ると、外は一面の雪景色だった。
地上側の魔法陣には雪は積もっていなかったが、見たところそれ以外の積雪は50センチ近い。
空は青く晴れていて、もう雪は降っていないが、時折、風に乗って木の梢から雪の粉がパラパラと落ちてくる。
「この積雪では、しばらくミストの町に戻れませんわね」
「砦に戻るのも一苦労だと思うよ」
「工事の人たちは大丈夫でしょーか?」
茜の言葉に、美咲たちは慌てて小屋の方を確認する。
小屋からは焚火の煙が上がっていた。
「とりあえずは大丈夫そうですわね……それにしても、この雪では歩くのも一苦労ですわね」
雪が入らないように、毛皮をブーツの上から巻き付けながらキャシーがぼやく。
足回りを整えた美咲たちは、小屋の人足たちに声をかけ、薪代わりにと迷宮で伐採してきた木を魔法の斧で細かく切り刻んで提供して、迷宮の門を後にした。
樹海の中でも通路部分は木が少ないため、かなり雪が積もっている。その雪を避けると、木々の間を通り抜けることになる。木の根と所々に空いている穴を避けながら、一行は樹海の外を目指した。
と、ふいにフェルが立ち止まった。
「警戒! 何か来る……狐くらいの大きさ!」
ベルは魔法の剣を、キャシーはレイピアを構える。
美咲と茜も短剣を抜いて周囲に目を走らせる。
やがて、樹海の奥から、見慣れない生き物が姿を現した。
中型犬ほどの大きさのその獣は、美咲たちを見て、きょとんとした顔をしていた。
「……魔物、じゃありませんわね。ベルは、あれ、知ってまして?」
「アナグマじゃないかな。毛皮なら見たことあるけど」
「ちょっと狸に似てますね」
皆に好き勝手に言われたアナグマは、牙を剥きだして警戒の声を上げると、そのまま樹海の奥へと戻って行った。
「……倒し損ねましたわ」
「魔物じゃないんだから、無理して狩ることもないでしょ?」
「それはそう……ですわね」
剣を鞘にしまい、一行は樹海と草原の境界まで進む。
その途中で美咲は、田舎で見たことのある蔦を発見した。
「あれ、知ってるかも……茜ちゃん、あの蔦を鑑定してみてもらえるかな?」
「えっと……山芋みたいですね。枯れかけてますけど」
「当たりだね。もっと早ければ、むかごとかも採れたんだろうけど」
美咲は、蔦が巻き付いた木に近付いていくと、おもむろにその蔦を引っ張った。
そして、蔦が生えてきている地面に指を這わせる。
蔦の葉は落ち、半ば枯れている。
「うん。採っていこう」
「ミサキさん、何を見付けましたの?」
「自然薯、長芋、山芋。ちょっとだけ待っててもらえる?」
「構いませんけど……お芋ですか?」
どうやら、キャシーは山芋を知らないようで、首を傾げている。
その隣で、フェルは嬉しそうな顔をしていた。
「ミサキ、山芋みつけたんだ。手伝おうか?」
「うん、それじゃ、フェルはこの蔦持っててね。私が土をどけるから……操土!」
蔦が生えている付近の土がなくなり、隣に土の山ができていく。
「土魔法で芋掘りって、随分と贅沢な魔法の使い方だよね」
「樹海の中だからね。仕方ないよ……迷宮の中に山芋とかあったら、取り放題なんだろうね……見えてきた。結構大きいよ」
「こんな立派なの、私も初めて見たよ」
長さだけなら美咲の背丈ほどもあるような大きな山芋が土の中から姿を現した。
それを丁寧に持ち上げ、収納魔法でしまうと、美咲は掘った穴を埋め戻す。
「お待たせ。キャシーさんは山芋食べたことないんだ?」
「初めて見ましたわ。おいしいんですの?」
「好みはあると思うけど、私は好きだよ。フェルは山芋知ってるんだよね?」
美咲が聞くと、フェルは大きく頷いた。
「うん。焼いて食べるのも美味しいし、生でもいけるよね。あ、薬草としても使ったりするよ」
「焼いたのは食べたことないな……あとでフェルの知ってる調理方法教えてね?」
「うん。大好きなんだけど滅多に食べられないんだよね。これ」
「採るの面倒だからね」
「ちょっと大きいのだと、土魔法でも苦労するからね」
樹海の外の雪は、表面だけは少し凍り付き、その下は柔らかな雪が詰まっていた。
積雪量も多く、歩くのに苦労しそうだと判断したキャシーは、自分たちが歩く予定の雪原に炎槍を撃ち込み、雪を吹き飛ばして道を作った。
「派手だよね」
「あまり連発はできませんけど、これで少しは歩きやすくなったでしょうか」
「それは、うん。間違いなくね」
少し進んでは雪を吹き飛ばし、少し進んではまた雪を吹き飛ばす。
そんなことを繰り返している内に、だいぶ砦に近付いてきた。
「そろそろ砦に近いし、炎槍は使えませんわね」
砦のそばで攻撃魔法を使うと、場合によっては捕まってしまうとのことで、そこから先は雪を蹴飛ばし、踏みつぶしての進軍が始まった。
「結構疲れますね。これ」
そんなことを言いながら、先頭を進む茜が楽しそうに雪を蹴飛ばす。
「疲れたら交代するからねー」
美咲が声を掛けると、まだ平気ですー。と元気な声が返ってくる。
毎日の体操と、素振りの効果なのかもしれない。
そのまま茜の先導で、一行は砦の通用門までたどり着き、砦への帰還を果たすのだった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
誤字のご指摘、いつもありがとうございます。とても助かっております。