181.迷宮の薬草
第二階層の林の中で漆を発見した美咲は、茜に漆の木を教えてもらい、数本の木に、昔テレビで見たやり方を思い出しながら、地面に平行になるように数本の切り傷を付けていく。どこにどうやって樹液を溜めるのかも分からないが、こうやって傷をつけて、そこから樹液を掻き取るようにしていたのを何となくだが覚えていたのだ。
美咲が漆の木に傷を付けている後ろでは、フェルとキャシーが薬草をみつけては収穫していた。
普通の薬草採取であれば、後で生えてくるようにと根こそぎにはしないものなのだが、キャシーはとにかく根っこから全部取るという方針で薬草を掘り出している。
木の枝を払っていたベルは、斧を片付け、材木を収納魔法でしまっている。
草原の薬草には珍しいものは少なかったが、林の中の薬草には比較的希少価値の高いものも含まれていた。
「こうなってくると、水辺の薬草も楽しみですわね」
「キャシーは、水辺の薬草の知識ってどれくらいある?」
「お金になりそうなものは覚えてますわ。強壮薬の材料になるのとかですわね」
この世界には小川が開発するまでは回復魔法は存在しなかった。
そのため、薬草を用いた医学はそれなりに発展しており、様々な病気や怪我を薬草で癒していた。
ちょっとした怪我なら、町のすぐ外に生えているようなありふれた薬草を乾燥させて粉末にしたものを塗布して治療するし、咳止めや熱冷ましも煎じ薬などがそれなりに出回っている。
薬草の需要は季節によって異なるが、大怪我をした時に使うような薬草は季節を問わずそれなりに需要がある。冬場であれば風邪の症状を緩和する薬草に買い手がつく。そして、そうしたものと一線を画するのが強壮薬に使われる薬草だった。
主に貴族や商家など、跡取りの有無が重要となる金持ちが挙って買うため、季節を問わず需要があり、品質の良いものや、珍しいものには高値が付けられるのだ。
キャシーが覚えていたのは、そうした高値で取引される数種類だった。
「よかった。私が知ってるのは怪我を癒すものが大半だからね……薬草探しじゃ、ミサキとアカネは役に立たないだろうし」
「俺も金になるのは知ってるぞ。赤いのは有名だからな」
「赤い実ですわね。あれは時期を逸してしまってるかも知れませんけれど、強壮薬としては需要が高いですからね。後は防腐剤になるのもあるといいのですけれど」
林の中で何種類かの薬草を採取したキャシーは、美咲と茜が付いてきているのを確認すると、そのまま林を後にして川へと歩を進めた。
「あの背の高い草は火傷に効く薬草だったはずだよ。それとそっちの浮草も薬草だったはず」
たちどころに、何種類かの薬草を見付けて確保するフェル。
ベルは、水の中に生えている草を剣の鞘でかき分けるようにして何かを探している。
「お、あった。この実が、強壮薬として売れるんだ」
手を伸ばしてゴツゴツした赤い実を採るベル。その足が、大きく滑り、水の中に浸かってしまう。
「うわ……ちょっと冷たいけど、仕方ないか」
ベルはそのまま水の中に足を踏み入れて実を採り続ける。
「これだけ色んな種類が生えてると、ちょっと手伝えないね」
「そーですねー……あ、美咲先輩、ちょっと試してほしいことがあるんですけど」
「なに?」
「土魔法でですね……椅子とかテーブルって作れないでしょーか?」
「下が砂地ならできると思うけど?」
土からでは、中々石を抽出できないが、砂からであれば容易に石を作り出せる。
美咲は、川べりの砂の地面を見ながらそう答えた。
「そしたら、休憩用に作っておきませんか? ベルさんとか、ブーツ脱いで乾かしたいでしょーし」
「ああ、そうだね。やってみようかな。茜ちゃんだって土魔法は鍛えてるんだから椅子くらいは作れるよね?」
茜に請われた美咲は、下が砂地になっているところで土魔法を使い、砂から砂岩の椅子とテーブルを作り出した。
それを見た茜は、それならばと、土の黄水晶を取り出して追加で椅子を作り出す。
砂岩のテーブルと椅子は、その見た目に反し、表面は磨き上げたようにツルツルになっていた。
大きめのテーブルひとつと、椅子五脚が出来上がり、美咲と茜はお茶の用意をし始める。
「ミサキさん! ちょっと、この株を抜くのを手伝ってくださいまし」
「ちょっと行ってくるよ。コンロのお湯、見ててね」
「はーい」
キャシーに呼ばれた美咲は、水辺に生えていた、妙に見覚えのある草の周りの土を土魔法で取り除いた。
美咲は実物を見たことはないが、それはテレビなどで何回か見たことのあるワサビに見えた。
「これ……薬草なんですか?」
「そうですわよ。これを使うと、食べ物が腐りにくくなりますの。ちょっと特殊な味と匂いがしますから、嫌う人もいますけれど、保存食に使われることもありますわね。確か、沢葵とかいう名前だったと思いますわ」
「へぇ……一本貰ってもいいですか?」
「たくさんありますから構いませんわよ」
キャシーに断ってから、美咲はワサビをテーブルでお茶の用意をしていた茜に渡し、それを銅貨一枚で買い取る。
地竜の肉の時にやったのと同じことの繰り返しだ。これで美咲が採りたてのワサビを呼び出せるようになったはずである。
「この世界にもワサビなんてあったんですね」
「漆もあったし、ワサビもあるなんて、まるでこの階層、日本人のために作られたみたいだよね」
「日本から呼び出した植物だったりして」
「そんなまさか……」
そう言いつつも、強く否定することができない美咲だった。
一通り、水辺の薬草探しを行ったキャシーたちが砂岩のテーブルにやってくる。
「お茶どうぞ、寒かったでしょ?」
「ありがとうございます、ミサキさん。このテーブルと椅子は砂から作ったんですのよね?」
「そうですよ。土魔法でささっと」
「……置いていくのも勿体ないですわね。収納して持っていきましょう」
「ベルさんはこっちに来てくださいね。足を乾かします」
茜はベルを少し離れた椅子に案内した。
足元には石でできた桶があり、中には綺麗なお湯が入っている。
「お、こりゃありがたい。ブーツの中まで水が入っちゃってるんだ。助かるよ」
「ドライヤーもありますからね」
茜はドライヤーと手拭いをベルに手渡す。
「おう。それじゃ、まず洗っちゃうよ」
ベルはブーツを脱いでブーツの中の水を捨てると、足をお湯に浸けて綺麗に洗う。
それを横目に、キャシーとフェルはお茶を飲み、焼き菓子を齧る。
「こうしていると、迷宮の中というのを忘れそうだね」
「そうですわね」
「それで、薬草はたくさん採れたの?」
美咲の質問に、キャシーは頷きを返した。
「ええ。これで本当に薬草が短期間で元に戻るのなら、薬草採取するために傭兵を雇ってもいいくらいですわ」
「そこまでは儲からないだろ?」
「十日に一度、あれだけの薬草が採れて、材木も手に入るのなら、十分に元は取れますでしょ?」
「そうか。薬草は季節によって採れるのが変化したりしないか?」
生えていた薬草が、主に冬場に採れるものばかりだったのを思い出し、キャシーは苦い顔をする。
「その可能性はありますわね……しばらくは、定期的に迷宮の探索をした方がいいかも知れませんわね」
「まだ偵察チームの偵察は続いてるんだろ? そっちに調査を依頼してもいいんじゃないか?」
「ミストの町に戻ったら組合長と相談しますわ……さて、そろそろ安全地帯に移動して野営の準備を始めましょう」
そう言ってキャシーは立ち上がった。
安全地帯には、川縁で美咲と茜が作成したテーブルと椅子が持ち込まれた。
夕食の準備はそのテーブルの上で行われた。
本日の調理担当は美咲である。
メインは大麦と野菜の粥だが、味付けのベースは白だしだ。
そこに、醤油と味醂で甘辛く煮たさつま揚げを乗せて完成である。
「これ、復活祭の屋台で出したのに似てるね」
一口食べたフェルが嬉しそうにそう言った。
「あれほど分厚くはないけどね」
「うん……やっぱりミサキの料理はうまいな」
「パンの買い置きがあんまりなかったんだよね。手抜きでごめんね」
「十分美味しいですわ。この大麦、不思議な風味があるんですのね」
「キャシーさん、明日は朝から地上を目指すんですよね?」
美咲の質問に、キャシーは少し考えてから返事をした。
「そうですわね。この階層でやるべきことは終えましたし……ミサキさんは、何かやり残したことがありまして?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど、私は復活祭は王都に行かないといけないから、次にここに来るのは、だいぶ先になりそうだなって思っただけです」
「巫女のお勤めですわね。ミサキさんには、ウルシのことを調べていただかないといけませんから、早めに戻ってくださいまし」
「神殿次第ですね」
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