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180.迷宮内の植物

本年もよろしくお願いいたします。

 翌日、第三階層に下りた一行は、第三階層中央の小さな山に登った。

 天候は雲一つない晴天で、クマザサに覆われた山に踏み分け道を刻みながら頂上を目指す。

 頂上にある大きな白い岩の上に登ったフェルは、岩の上から四方を見渡した。


「グランボアの大きいのが二頭。あっちとそっち。護宝の狐はあっち。他は見えないね」


 第三階層には中央の山以外には障害物がない。

 草原の草も足首ほどの深さなので、山頂からであれば階層のすべてが見渡せるのだ。


「邪魔にならない位置にいるのなら、グランボアは狩る必要はありませんわね」

「だな。それじゃ、行くか……の前にキャシー」

「なんですの?」

「この足元の山一面に生えてる草、これも薬草だったはずだぞ」


 クマザサの葉を一枚むしりながら、依頼で採ってきたことがあるのだと、ベルは言った。


「珍しいものでもないけどさ、この量は凄いよな」

「そうですわね……第二階層でも、これだけ分かりやすく群生しててくれるとありがたいのですけれど」

「それで、採ってくのか?」


 ベルの問いに、キャシーは辺りを見回して嘆息した。


「見本として二株も持っていけばいいですわ。どこを採取すればいいのか分かりまして?」

「えっと、たしか引っこ抜いてこいって言われた筈だから、根っ子にも効能があるのかもな」

「なるほど……ミサキさん、この辺りの草を根っ子から掘り出したいのですけれど、土魔法で何とかなりません?」

「えーと、土をどけて、根を露出させればいいんだよね……操土!」


 美咲の目の前のクマザサががくんと下に落ち、ブラブラとぶら下がる。

 クマザサが生えていた地面がなくなり、その穴に落ちかけたが根っ子で宙にぶら下がっている格好だ。

 土は取り除いたのではなく、穴の底に圧縮したらしい。


「それでは……」


 キャシーはクマザサの茎を持つと、レイピアを抜き、周囲の土に繋がっている根を丁寧に切っていく。


「手間が掛かりますわね」

「魔法使いじゃなければ、手で穴を掘るんだ。俺たちはかなり楽をしているはずだぞ」

「そうですわね……それにミサキさんほどの土魔法の使い手でなければ、これだけの大きさの穴を掘るのはかなりの手間ですわ」


 根を切り取ったクマザサを収納魔法にしまい、次のクマザサを切り取りながらキャシーはそう言った。

 クマザサの根は複雑に絡まっており、切るだけでもかなりの重労働なのだ。


「さて、それではそろそろ護宝の狐のところに参りましょうか」

「あっちだよ。ここからでも見えてるね」


 フェルが指さす方を見ると緑の草原の中、何が楽しいのか、走り回っている護宝の狐の姿があった。




 護宝の狐に接近したキャシーは、立ったままの姿勢で魔法の鉄砲で狙いを付けようとする。


「呼吸をすると狙いがずれますわ」

「腹ばいになって、地面に鉄砲を置いて狙うといいと思いますよ」


 茜が腹ばいになって撃つ伏射(ふくしゃ)の姿勢をキャシーに教えようとする横で、フェルは魔法の弓で護宝の狐に狙いを付けて矢を放つ。


「……外しちゃった。ちょっと風があるね」

「俺なんか、接近戦になるまでは役立たずなんだが」

「……こうですわね? 確かに狙いが安定しますわ」


 キャシーはその場で腹ばいになって魔法の鉄砲を構える。


「そうです。それで、魔法の鉄砲は地面に置いたままで、狙いを付けて引き金を引いてください」


 フェルの攻撃に気付いた護宝の狐が、美咲たちの方に襲い掛かってくる。

 それをしっかりと狙い、キャシーは引き金を引いた。

 護宝の狐が氷の槍に貫かれ、跳ねるように転がっていく。


「やりましたわね。気のせいでなければ普通の魔法よりも氷槍の速度が速いみたいですわね」

「護宝の狐が魔法を撃ち落とせないんですから、きっと速いんだと思いますよ」


普通の魔法であれば、護宝の狐は鳴き声をぶつけて撃ち落としてくるのだ。それを考えれば、魔法の速度が速いのだろう、と茜は分析をした。


「何にしても、これで依頼達成だな。早いところ、ドロップ品を拾って帰ろう」


 ベルの言葉に、一行は護宝の狐が転がっている方に向かって歩き出した。

 慌てて立ち上がったキャシーは、鎧に付いた草を払い落とすと、魔法の鉄砲をかついでベルの後を追った。


「おかしいな?」


 護宝の狐まで、あと十メートルほどのところでベルが首を傾げる。


「どうしまして?」

「いや、護宝の狐が消えてないんだ。あれ、まだ生きてるんじゃないか?」

「とどめはベルに任せますわ」

「生け捕りにしなくてもいいか?」


 ベルの問いに、キャシーは顎に手を当てて考え込んだ。


「生け捕り……いえ、情が湧きそうな見た目をしていますから、それはやめましょう。とどめを」

「分かったよ」


 ベルは魔法の剣を抜いて護宝の狐に近付くと、剣でばっさりと首を切り落とした。

 光の粒になっていく護宝の狐。茜はその光の粒を食い入るように見つめて鑑定をしようとした。しかし光の粒を鑑定することはできなかった。その理由が、光の粒に実体がないからか、それとも別の理由なのかは、茜にはわからなかった。


「さて、何が出ますかしら?」

「あ、出てきたな……これは毛皮と……斧か?」

「武器……にしては、柄が短いですわね」


 そこに落ちていたのは、大きな斧だった。

 ベルはそれを手にすると不思議そうな表情で斧をまじまじと見つめる。


「どうかしまして?」

「いや、なんか大きさの割に軽くてな? アカネはこれが何だか分かるか?」

「はい、魔法の斧ですね。木を切ることに特化した斧で、木に切りつけると、入れた力に応じた深さまで魔法の刃が伸びるんです。植物以外は切れないみたいですけど」


 茜の返事を聞いたベルは、笑顔を見せた。


「第二階層ですぐに試せそうだな……本当にいいタイミングで出てきたな」

「ええ、もしかすると、わたくしたちには女神様のご加護があるのかも知れないと思えてきますわね」

「加護があるならミサキでしょ。巫女に選ばれるくらいなんだから」


 フェルの言葉にキャシーは頷いた。


「そういえばそうでしたわね。それじゃミサキさんに感謝しつつ、第二階層で薬草を探しましょうか」

「おう、せっかく手に入ったんだし、斧も使ってみたいな」


 第二階層に戻った美咲たちは、薬草を探しながら林の方向に向かうことにした。

 草原部分にはそれなりに薬草が生えていたが、群生しているようなものはなく、それでも、薬草入れにした、ゴミ袋ほどの大きさの皮袋がふたつ、満杯になるほどの量を採取することができていた。

 それだけのサンプルがあれば、この世界の薬草の知識がない美咲と茜であっても、同じ草を探す程度のことはできる。

 また、そうやって見ていれば、雑草と知っている薬草と知らない草という区別もつくようになってくる。

 そうなると、見たことのない草を発見した場合、


「キャシーさん、この草は薬草? 雑草?」


 と確認し、薬草であれば必要な部分を確認して採取するということもできるようになってくる。

 そうやって薬草の採取を行っていると、薬草の生え方にパターンがあることに茜が気付いた。


「大体、5歩に一本くらいの間隔で生えてますね。まるで誰かが植えたみたいです」

「迷宮は女神様が作ったんだから女神様の采配かもしれないね」


 フェルもそのパターンに気付いていたようで、そう返しながら足元の薬草を採取する。


「外では違うんですか?」

「うん、割と群生してることが多いかな。だから、外で薬草を探すときは、群生してそうな場所を探すことの方が多いよ」

「外でもこんなに採取できるんでしょうか?」

「外だと、根こそぎ採ることはあんまりないから、ここまでの量を集めるのは一苦労だね……キャシー、そろそろ林に入ろうよ。水辺でも薬草を探してみたいし」


 フェルに声を掛けられ、キャシーは立ち上がって腰をトントンと叩きながら頷いた。


「ですわね。まず林で斧の性能を確認して、薬草を探しましょうか」




 林ではベルが斧で木を切り倒した。


「さすが魔法の斧っていうだけのことはあるな」


 直径20センチほどの木が、ほんの数回、斧を振るうだけで切り倒された。

 斧を木に叩き込むと、コーンという音と共に、見えない薄い刃が木に食い込むのだ。斧の角度を変えて二回切り込むと、それだけで、楔形に大きく木が切り取られる。

 普通に木を切るのが馬鹿らしくなるほどの性能に、ベルは笑いながら斧を振り回して木を切り倒しまくり、枝を払って丸太を作った。

 その丸太を収納魔法でしまいながら、美咲は首を傾げていた。


「茜ちゃん、あの斧って植物しか切れないとか言ってたよね?」

「はい、そうですよ?」

「食虫植物みたいな魔物とかがいたら、通用するのかな?」

「えーと、食虫植物ですか? いるんですかね? でも相手が植物なら効果はあるはずですよ」


 すると、今度は美咲の言葉を聞きつけたキャシーが首を傾げた。


「そうなると、この斧は武器なのか、道具なのか、判断が難しいですわね」

「そうなんですよね……まあ、それを考えるのはゴードンさんのお仕事ってことなんでしょうけど」

「ですわね。ベル、そろそろ切るのをやめてくださいまし」

「おう! これ切ったら終わりにするよ!」


 木を切り倒し、枝を払って丸太にするベルを横目に、フェルとキャシーは林の中で薬草を探していた。


「……キャシー、毒はどうする?」

「毒は採らないでおきましょう。ちなみにどんなのですの?」

「この木。触るとかぶれたりするから気を付けてね」

「ちょっと見せて」


 美咲が割り込んでくる。

 そして、短剣で木の幹に切りつける。

 木肌にできた傷から、白っぽい樹液が出てくるのを見て、美咲は肩を落とした。


「樹液が白いから違うか。残念」

「美咲先輩、もしかして漆を探してるんですか?」

「うん。あったらいいなって思ってね」

「んーと、それ、漆で合ってるみたいですよ?」


 茜は木の名前を鑑定で調べてそう言った。


「でも樹液が白いよ? テレビで見たことあるけど、切りつけた所が黒くなるんだよね?」

「鑑定では漆って出てますけど……おじさんあたりなら何か知ってるかもですね」

「外に出たら聞いてみようか」


 雑学に詳しい小川ならば、何か知っているかもしれないが、迷宮の中からでは女神のスマホは使えない。

 美咲は、漆の木を恨めしそうに見上げる。

 そして、以前テレビで見たように、漆の木に何本もの切り傷を付けていく。


「ミサキ、急に木に切りつけて、どうしたの?」

「この木の樹液を使うと、ちょっと面白いものが作れるらしいんだ」

「美味しい物?」

「食べ物じゃないよ。食器とかを染めるのに使うんだ。日本の伝統工芸のひとつ」


 漆器の特徴として、美しい見た目で湿気を通さなくなる樹脂だと教えると、キャシーは興味を持ったようで、美咲と茜に色々と質問をし始めた。


「私たちも漆についてはちょっとしか知らないので、迷宮から出たら知ってそうな人に聞いてみます」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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