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18.指名依頼

開店から10日。

ミサキ食堂はじわじわと人気を伸ばしていた。

今日も結構早い時間帯に30食を売り切り、安定の早目閉店した美咲は、洗い物を片付け、明日のための仕込みをしていた。

冷蔵庫の魔道具を買った事が前日の仕込みの幅を広げてくれていた。

野菜と肉を切り、牛肉にだけは下味を付け、それぞれタッパーに入れて冷蔵庫にしまう。

そんな作業が終わり、包丁とまな板を洗っている時、ノックの音が響いた。


「誰だろ?」


ドアを開けると傭兵組合受付のシェリーが立っていた。


「シェリーさん?」

「あ、ミサキさん。組合から指名依頼が出ています。よろしければこの後、組合に来てもらえないでしょうか?」

「指名依頼……ってどういうものなの?」


何となくイメージは出来るが初めて聞く言葉だった。


「特定の傭兵を指定した条件付き依頼です。普通は条件と言えば階級制限や人数制限ですけど、稀にこの人に依頼をしたいという依頼人が、傭兵を名指しで指定する事があるんです」

(青いズボンの魔素使いの通り名で腕利きって勘違いされたかな)


それ以外に美咲を指名して傭兵の仕事を依頼する物好きがいるとは考えにくかった。


「断れないの?」

「いいえ。でも今回の依頼は出来れば受けてもらいたいです。依頼人は組合なので……だから私が派遣されました」


組合が依頼主であれば、美咲の実力を知らずに通り名だけで依頼してきたという可能性は低い。

だが、だとしたら余計に依頼される心当たりのない美咲だった。


「内容を聞いてから考える。って出来るの?」

「はい。それで、一度内容を説明したいので出来れば今から組合に来て頂けないかと」


シェリーの言葉に美咲は頷いた。


 ◇◆◇◆◇


道中もシェリーに話を聞いたのだが、シェリーは本当に内容を知らないようだった。

傭兵組合に到着した美咲はそのままで会議室に通される。

そこには傭兵組合長が待っていた。


「おう、来てくれたか。感謝する。改めて組合長のゴードンだ」


改めても何も、美咲にとっては初めて聞く名前だった。


「……それでゴードンさん、指名依頼があるというお話でしたがどういう依頼なんでしょうか?」

「ああ、先日の白狼撃退時にミサキとフェルが使った魔法についての検証に協力してもらいたいんだ」

「検証……魔素のラインのですか? 別に私じゃなくても出来ると思いますけど」


組合長は首を振った。


「フェルと別の魔法使いとで同じ事が出来ないかを試したんだが失敗したんだ」


それは美咲にとって悪いニュースだった。

誰にでも出来ると思っていたから何も考えずに魔素のラインを使っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。

既に手遅れの感はあるが、美咲の目標は平凡な一市民として埋没することである。特殊性を指摘されて喜べるわけがない。


「ええと、魔素のラインを使って見せれば良いんですかね?」


美咲は首を傾げる。

魔法の検証と言われても出来るのはそれだけである。一般に言われる魔法――例えば炎槍――を美咲は使えない。

美咲一人では魔素のラインは意味を持たないのだ。魔素のラインに魔法を乗せて撃ち出せるフェルがいて初めて攻撃力となる。


「フェルも呼んでいるから、白狼戦の時のように二人で魔法を使ってもらいたい。具体的な指示はこちらから出す。だがその実験の結果によっては今後も指名依頼を出させてもらいたい」


白狼撃退時、他の傭兵の攻撃を受け付けなかった白狼を、フェルと美咲のペアは合計16体倒している。

町の防衛戦力としても、その他の戦力としても、無視できないだけの攻撃力だ。今後も確保出来るならしたいだろう。

美咲もそれは理解している。だから、あえて次回以降の依頼については聞かなかった事にした。


「……なるほど。今回の指名依頼の内容については何となく分かりました。期間と報酬は?」

「一日500ラタグで明日から3日だな」


3日という期間は、ミサキ食堂の商売上は若干の差支えがあるが、元々商売にそれほど力を入れていない美咲にとっては問題視するレベルではない。

利益だけで見るならミサキ食堂の方が効率が良いのだが、白狼撃退という実績を作ってしまった以上、今回逃げても同じような話は再燃するだろう。そうであれば今回逃げる利点はない。


「分かりました。それじゃ具体的なお話をお願いします」


組合長の説明を要約すると。

傭兵組合で作成したチェックリストに沿って魔素のラインを使った試験をする事で、出来る事、出来ない事を調べたい。という事だった。例えば有効射程距離、弱めに撃った場合と強めに撃った場合の攻撃力の差等を明確にする事で、適切な運用方法を模索したい。という物だった。

一通りの説明を聞き、美咲は黙考した。

これは美咲の魔素使いとしての能力を計測するのが目的だ。

それを知られる事のデメリットは魔素使いとしての美咲の手の内を知られてしまうという事だが、魔素使いの能力は美咲一人では意味を持たない。

そう考えると魔素使いの能力について知られてしまう事のデメリットはほぼゼロと言える。

むしろ、美咲自身が知らない発見があるかもしれない。そこまで行く事が出来ればプラスに転じる。

そこまで考えて美咲は結論を出した。


「後の事はお約束できませんけど……明後日からで良ければ今回の件については受けます。明日の分の仕込み、しちゃってるんで」

「助かる。それでは明後日の朝、西の塀の上に来てくれ。アンナという傭兵とフェルが待っている」


 ◇◆◇◆◇


2日後の朝、美咲は指定された塀の上でアンナという傭兵と会っていた。

会ってみてようやく思い出したが、先日フェルと一緒に食堂に来ていた3人娘の1人、ショートカットの娘だった。


「ええと、アンナさん、おはようございます」

「……おはよ……あとアンナで良い」


アンナの後ろからフェルが顔を出す。


「ミサキ、おはよー!」


妙にハイテンションである。


「あ、うん、おはよう。フェルは元気だね」

「ミサキの魔素のラインで魔法を使うのって気持ちいいからね。実力が何倍にもなったように感じるから楽しみだよ」


どうやらフェルは一人では出来ないような高威力の魔法を撃てるのが楽しみなようだ。


「そうなんだ……今日はフェルとアンナさん……アンナだけ?」

「ん、私は検査官兼記録係。フェルとミサキに幾つかの実験をして貰う」


アンナは画板のような物を取り出して首に掛けた。色々と記述された羊皮紙が貼り付けられている。傭兵組合で作成されたチェックリストだ。


「ず、随分大きな紙だね」

「……3日分だから」


アンナが紙を指差す。見れば3つのブロックに分かれていて、それぞれのブロックに1日目、2日目、3日目と記載されている。


「ミサキは今日の予定って聞いてるの?」

「まったく聞いてないんだよね。フェルは?」


美咲の問いにフェルは肩を竦めて見せる。


「それがまったく。大体見当は付くけどね。……アンナ、そろそろ始めない?」


フェルはアンナに視線をやり、開始を促す。


「……本日の予定……先日の白狼撃退2日目の威力で複数回異なる距離の的を狙います。ミサキは疲れ具合を出来るだけ客観的に評価して。フェルはミサキの作る魔素のラインが安定しているかを見て……的はあっち」


アンナが指さす方を見ると、5メートル、10メートル、20メートル程の距離に金属製と木製の的が設置されていた。


「まず手前の金属の的、次に一番奥の金属の的を狙う……ミサキは疲れ具合に差があるかに集中……それじゃ開始」

「ん。ミサキ、お願い」

「2日目と同じ調子で……魔素のライン」


体から力が抜ける感覚。

フェルの手元から手前の金属の的まで指2本程の太さの魔素のラインが出来上がる。


「……相変わらず変態的な魔素操作だね」

「失礼ね」

「誉め言葉だよ……炎槍」


フェルの手元に現れた炎槍が真っすぐに的に当たり弾ける。


「……なるほど、ミサキ、フェル、次を」


次は一番奥の金属の的である。


「魔素のライン」


再び力が抜ける感覚。


「炎槍」


奥の金属の的で弾けた炎槍は1回目よりも大きく見えた。


「……ミサキ、1回目と2回目、どちらがより疲れた?」


アンナがチェックリストに何やら書き込みながら聞いた。


「んー……微妙に2回目の方が疲れたかも?」


数値化できないため、美咲の感覚的な回答となるが、アンナはチェックリストに記録する。


「……そう……フェル、魔素のラインはどちらが安定していた?」

「2回目の方が的付近で拡散しちゃってたみたい」

「ん。なるほど……」


それから、距離や的の種類を変えながら何パターンものチェックリストを消化していく。


 ◇◆◇◆◇


そして、最終日、最後のチェック項目。


「……あの木の上を通る感じで出来るだけ遠くまで。ラストだから全力で」


アンナは200メートル程離れた木を指さしてそう言った。

その辺りには他に木がないから間違いようがないが、今までの的と比べると格段に距離がある。


「ちょっと遠くない?」

「その判断をするだけの情報がない。だから試す……無理?」


首を傾げるアンナに美咲は溜息を吐いた。


「はぁ……やってみるけど届かなくても怒らないでよ? フェルは合図まで待ってね……魔素のライン……」


一気に力が抜けて行く。その感覚に耐えながら美咲は魔素のラインを伸ばしていく。

感覚としては木の上を通過し、まだ伸びて行く。それに伴い力が抜けて行く。

そして限界が訪れる。


「フェル、今!」

「……炎槍」


フェルの手元に現れた炎槍は、魔素のラインを消費しながら突き進んでいく。

途中で美咲の制御が途絶え、魔素が拡散するにつれて炎槍も大きく薄くなっていく。

そして、ちょうど木の真上付近で拡散して消えた。


「……なるほど、あの木が現在の限界値ですか」

「魔素のライン自体はもっと伸びてたけどね。私の炎槍が遅かったから届く前に拡散しちゃったって感じかな」


チェックリストに記入するアンナ。

その横で美咲が座り込んでいた。


「ミサキ、大丈夫?」

「うん……眠い……もう降りても良いかな」

「ミサキとフェルは帰っても良い。明日は結果報告をする。聞きたければ同じ時間に組合に集合で」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、評価、ブクマ、ありがとうございます。励みになります。

20171014修正

 誤:「ミサキとフェルは帰っても良い。明日も同じ時間で」

 正:「ミサキとフェルは帰っても良い。明日は結果報告をする。聞きたければ同じ時間に組合に集合で」

20171016修正

 誤:首を傾げるアンナに美里は溜息を吐いた。

 正:首を傾げるアンナに美咲は溜息を吐いた。

 ご指摘ありがとうございました。

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[一言] 20171016修正  誤:首を傾げるアンナに美里は溜息を吐いた。  誤:首を傾げるアンナに美咲は溜息を吐いた。 あとがき部分なので誤字報告の範囲外の為こちらで。 両方誤になってます。
[良い点] まだ少ししか読んでいませんが、読んでいて気持ちのいい文章です。感覚的な事で説明は難しいですが、言葉使いなのかな?品が有ってとても爽やかな感じがしますね。
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