179.キャシーの思惑
「何がいましたの?」
慌てた様子で階段から出てきたベルを受け止めるようにしながら、キャシーはそう尋ねた。
「グランボアが階段の横、歩いてた」
「魔物は階層間の移動はしないと言いますけれど、念のため警戒しますわ。階段正面を避けて待機……ベル、グランボアに発見されたんですの?」
「いや、見つかる前に逃げ帰ってきたと思うけど、奴ら、鼻がいいから勘付いてはいるかもだな」
ベルの返事を聞き、キャシーは考え込んだ。
そして、すぐに結論を出す。
「でしたら、今日は第二階層の安全地帯で野営をして、明日、改めて第三階層に下ります」
「そうだね。明確な危険があるなら、避けるべきだと思うよ」
フェルはキャシーの意見に賛同した。
美咲も、茜も否やはないようである。
「そうしたら、えっと、階段の向きがこうだから……安全地帯はこっちだな」
地図を取り出したベルが一行を先導して歩き出す。
五分ほども歩いた頃だろうか。
丘が連なる草原を進む一行の前に、黄色い影が横切った。
「狐!」
茜の声にフェルが弓を構え、すぐさま半透明の矢を放つ。
弓を引くことで魔法の矢が供給されるため、時間を置くことなくフェルは三射した。
護宝の狐の体が跳ねる。
護宝の狐は地面に縫い付けられていたが、魔法の矢はすぐに消えてしまう。そうなる前にとどめを刺す必要があった。
茜が狐に向かって右手を突き出す。
「氷槍!」
白い氷の槍が地面に縫い付けられていた護宝の狐の体を貫く。
体勢が悪かったようで、魔法を壊す鳴き声は放たれなかった。
「やりましたわね。このタイミングで遭遇するとは思ってなかったのですけれど」
念のため、魔法の鉄砲を構えて護宝の狐に近付いていくキャシーだったが、すぐにその銃口を空に向けた。
護宝の狐が光の粒になって消えかけているのを確認したのだ。
ゆっくりと近付くキャシーの目の前で護宝の狐の姿が完全に消える。
「?」
護宝の狐が消えた後には、魔法の鉄砲や魔法の弓は残っていないように見えた。
キャシーはゆっくりと地面に突き立った氷槍に近付いていく。
そして、その視線は氷槍の周囲を彷徨った。
「何もありませんわね……ハズレもあるのでしょうか?」
「ちょっと見せてください」
キャシーの横から茜が顔を覗かせる。
そしてあたりをざっと眺めると、草に埋もれていたビー玉のようなものを拾い上げた。
「これがアーティファクトですね」
茜が差し出したのは、直径3センチほどの藍色のビー玉のようなものだった。
その中には一切の気泡がなく、空にかざせば空の青に溶け込むような深い青を宿していた。
「この階層のアーティファクトということは、それも武器ですの?」
「えーと……なにこれ?」
茜はアーティファクトを片手に首を捻った。
そして改めてアーティファクトを鑑定する。
「うん、とですね。これはゴーレムの核です」
「……アカネさんはゴーレムの作り方を知ってらして?」
「いえ、ちょっと調べたことはありますけど」
魔道具好きの茜である。ゴーレムについても当然調べたことがある。
しかし茜が調べた限りにおいて、掛かる手間に見合わない不細工なロボットが出来上がるだけというものだったため、茜はゴーレム作成にはほとんど興味を持っていなかった。
「ゴーレムって、あの虎のみたいなのが作れるの?」
ゴーレムと聞いて、美咲は少し興味を引かれたようだった。
「そーですね。核はゴーレムの制御装置みたいなものですから、本体は別に作らないとなんですけど」
「ロボットの電子頭脳が手に入ったようなものなのかな? 自律型のロボットって考えると凄いけど、虎のゴーレムを見た限りじゃ、単純な命令しか実行できなさそうだよね」
「そーですね」
茜は頷いた。しかし、もしも茜にもう少しSFの素養があればその答えは違っていたかもしれない。
ゴーレムが単純な命令しか実行できないというのは間違いではない。しかし核に視覚を与えれば、例えば森の中に立っている人間を見て、そこに人間がいると判断できる能力は持ち合わせている。
移動時は人間を害さないように行動すること。という前提条件を付与されたゴーレムであれば、人間を発見したら避けて歩く程度の事はしてみせるのだ。もしも美咲がそれを知れば、その認知の仕組みに興味を覚えただろう。
「アカネ、ゴーレムの核って、普通は魔石を加工して作るよね?」
「そーですね。フェルさん、ゴーレム作ったりするんですか?」
「ううん。でも魔法協会の研究報告とかにたまに載ってるからね。それでさ、それって魔石じゃなくて核なんだよね。どんな挙動が入ってるのかは分かる?」
茜は再び核を目の高さまで持ち上げてじっくりと眺めた。
「えっとですね……腕に魔法の鉄砲を仕込んだゴーレムの制御ができるみたいです。指定された魔物を狙う、引き金を引く。あと、何か接近したら避けるのかな? 後は歩く、走る、伏せる、起きるみたいな単純動作とかです」
誰かについていくとか、指定された場所に行くとかもできそうです。と茜はできることを羅列していく。
「アカネさん、魔法の鉄砲って使用者の魔素を使いますわよね?」
「そーですね。ゴーレム内に魔石を仕込んで、それを使うみたいですけど、魔素がなくなったら役立たずですよね」
「魔法使いが使う場合でも魔素がなくなれば役立たずですけど……数を揃えたら怖いことになりそうですわね」
「えーと、攻撃対象は人間以外に限定されていますね」
「茜ちゃん、それ、人間をどう定義しているのかって分かる?」
「えっと……そこまでは分からないです」
茜の返事を聞いて、美咲は残念そうな顔をする。ロボットが何を人間と判断するのかは、SFファンの間では長く議論されている問題である。その答えに触れられる機会かと期待したのだ。
「どちらにしても核しかないのでは意味がありませんわね。このまま安全地帯を目指しますわよ」
第二階層の安全地帯に到着した一行は、天幕を張り、野営の準備を始めた。
洞窟の中と同じく、迷宮の中で火を焚くことはあまり望ましいこととはされていないため焚火はしない。
「こういうとき、コタツがあるといいのですけれど」
「この天幕じゃ、中にコタツ入れたらいっぱいになっちゃうよ」
鎧を外しながらキャシーがぼやくと、フェルが天幕の方を振り向きながらそう答えた。
キャシーは肩をすくめると、鎧を収納魔法でしまい、木箱の上のコンロの魔道具にお湯を沸かし始める。
「それでは今日はわたくしが作りますわね」
キャシーは鍋に乾燥豆を入れ、干し肉を削り入れる。そして、豆が十分に柔らかくなったところで、ちぎった野草を入れて軽く混ぜる。入れた野菜がいいのか、傭兵飯にしてはかなり美味しそうに仕上がっていた。
「いい香りですね」
鍋から立ち上る湯気の香りをかぎ、美咲が目を細める。
「ミサキ食堂の店主にそう言ってもらえると自信がつきますわね。さっきそこで取ったハーブを使ってるんですの」
「迷宮産のハーブですか。それもしばらくすると再生するんですよね」
「ですわね。この階層は丘が連なる草原ですから、探せば色々生えていると思いますわ」
「……迷宮の中には薬草なんかはないんでしょーか?」
アカネの問いにキャシーは首を傾げて考え込んだ。
「貴重なものはみかけておりませんわ……でも探したわけではありませんし……もしも群生地を発見できたら、採り尽くしても十日ほどで元に戻るのですわよね。そして第二階層であれば脅威になる魔物はいない……材木の伐採と組み合わせれば、産業として成立するかもしれませんわね」
この世界には便利な魔法薬を作る技術はない。だから薬草と言っても様々な種類があり、症状に応じて適切な種類の薬草を適切に処理したものを用いなければならない。
薬草には草原に生えるもの、森や林に生えるものと様々な種類があるが、幸いなことにこの第二階層の大半は丘の連なる草原で、都合のよいことに林があり、水辺もある。そういった視点で見た場合、まるで薬草採取のために作られたような階層だとキャシーは思った。
「皆にお願いがあります」
「どうしたんですか?」
真剣な声色のキャシーに、茜はそう尋ねた。
その後ろでは、ベルとフェルが顔を見合わせている。
「明日、第三階層でアーティファクトを手に入れたら、時間が許す限り、第二階層で薬草探しを手伝ってほしいのです」
「俺は構わないぞ。もともと迷宮に二泊の予定だし」
「あの、私は薬草には詳しくないんですけど」
「私もです」
美咲と茜はそう言って困ったような顔をした。
「付き合ってくださるだけでも十分ですわ。あ、と。冷めてしまいますわね、ご飯ができましたから食べましょう」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
今年一年、ありがとうございました。
来年も何卒、よろしくお願いいたします。
しばらく二巻の書籍化対応で更新が滞るかもしれません。申し訳ありませんが、なにとぞご容赦くださいませ。。。