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178.雪の中

 翌朝、砦の外は30センチほどの積雪に加え、更に雪が降り続くという天気だった。

 真っ白い雪に覆われた砦は、しかし、その地面には多数の足跡が刻まれており、活動する者がいることを示していた。

 降ってくる雪ではっきりとは見えないが、塀の上の見張り塔にも人の気配がある。厩舎では誰かが馬の世話をしている。雪の中でも白の樹海の砦は正常に機能していた。


 そんな景色を砦の中から眺めたキャシーは大きなため息をついた。


「……困りましたわね。ベル行けまして?」

「やめといた方がいいな。行けなくはないけど、これ以上積もると途中で動けなくなる。雪の中で閉じ込められたら死ぬぞ」

「ですわよね……仕方ありませんわね、雪がやむのを待ちましょう」


 キャシーは女神のスマホを取り出すと、ゴードンが国から借り受けている女神のスマホに電話をかけて、降雪のため、今日はミストの町に戻れない旨を伝えた。


「それにしてもこの雪じゃ、魔法の練習もできないよな。どうする?」

「対魔物部隊の人たちは今日はお休みだって言ってたね。私たちも休みでいいんじゃない? 最近妙に寒いと思ってたけど、まさかこんなに降るなんてね」


 ベルのぼやきに、フェルは降ってくる雪を毛糸の手袋で受け止めながらそう答える。

 小さな雪の結晶が体温で溶けていくのを興味深げに眺めながら、フェルはキャシーの方に耳だけ向けた。


「ですから、雪だと……それはそうですが……はぁ? ちょっとお待ちになって、まず、みんなに話を聞きますから……はぁ、全員注目してください」


 キャシーは右手をあげて、全員に注目を促した。


「どーかしたんですか?」


 入口の横に高さ30センチほどの雪だるまを作っていた茜が立ち上がる。


「したんです。えっと、組合長から追加の依頼がありましたの。まだ受けるとは答えていませんわ」

「依頼? この雪の中で?」


 ベルが目を丸くする。

 この雪では外に出て歩くのにも苦労するだろう。

 視界も足場も悪くては、もしも魔物にでも襲われれば苦戦は免れない。

 今日は対魔物部隊も屋内待機をしているのだ。魔物が白の樹海の奥から出てきていないとも限らない。魔物と遭遇する確率は、普段よりも高いと考えるべきだろう。


「依頼内容は、迷宮探索。アーティファクトやドロップ品の権利はわたくしたちのものですわ」

「……キャシー待って、それ何日間の仕事なの?」


 フェルが声をあげる。

 迷宮探索には時間がかかる。言われたからといって、はいそうですかと潜ってこられるものではない。


「二泊でできる範囲の探索をということですわね」

「短いですね。二泊三日で何を探索するんですか?」

「目的は第三階層でのアーティファクト入手ですわね……基本報酬は一人あたり、一日700ラタグ。第三階層のアーティファクト入手に成功していれば、追加報酬1000ラタグ」

「なんか微妙な額じゃないか?」


 ベルの言葉に、キャシーは頷いた。


「確実に戦うことになる依頼の報酬としては格安ですわ。迷宮探索をしたうえでお金が貰えると考えればお得ですけど」

「これって強制なんですか?」


 美咲の質問にキャシーは首を横に振った。


「魔物溢れ対応以外の強制依頼なんてありませんわ。だからみんなの意見を聞いて決めたいんですの」

「俺は参加してもいいかな。暇だし」

「私はみんなに合わせるよ」


 フェルはそう言って肩をすくめる。


「えっと、どっちでもいーです」

「んー、私は第三階層のアーティファクトにちょっと興味があるから、行ってみたいかな」


 茜は態度保留で美咲は賛成だった。


「ミサキがこういうのに積極的なのって珍しいね?」

「そうかな? 第三階層のアーティファクトには興味があるんだよね。また武器以外の物が出るのか、とか、出るとしたらどんな物なのか、とか」

「時知らずの鞄が出たら、わたくしが高値で買い取りますわよ。それで、結局、迷宮に入るということでよろしいのね?」


 キャシーが尋ねると、全員頷きを返した。


「では、今から準備を始めて、準備でき次第迷宮の門に向かいます。本日中に第三階層の安全地帯を目指し、そこで野営。明日、護宝の狐を探して仕留めたら、時間帯によって、戻るか留まるかを決めましょう。何か質問はありまして?」




 真っ白い雪原の中に、一直線に足跡が続いている。

 砦から樹海の入り口まで美咲たちは雪を蹴りながら進んでいた。雪がブーツに入らないように膝下から足首までを毛皮で覆ったキャシーが先頭に立ち、膝下くらいまで積もった雪をかき分けるようにして進んでいた。

 白の樹海はその名の通り真っ白に染まっていた。木々にも白く雪が張り付いて、小さな山のようにも見えていた。


「キャシー、そろそろ先頭を替わろう」

「お願いしますわ。そんなに距離はないはずですのに疲れますわね」

「この雪じゃしかたないよ」


 先頭をベルに代わり、一行は樹海を目指す。

 時折雪が真横から吹き付けてくるが、樹海を見失うほどではない。


「フェルは耳とか寒くないの?」

「寒いよ」


 今日のフェルは革鎧の上にマントを羽織り、そのフードをしっかり被っている。しかし、それでも長い耳は先端から冷えていく。

 毛織りのマントのフードを被っていても、風が吹けば簡単に耳元まで吹き込んでくる。フェルは、フードを片手で押さえながら雪の中を進んだ。


「そろそろ樹海の入り口ですわ。樹海の中に入れば雪も少ないでしょうから、頑張りましょう」


 ほどなくして、一行は樹海の入り口に到着した。

 木々の梢に雪が降り積もっているため、樹海の中は雲が出ているということを差し引いても薄暗く、所々に雪の塊が落ちている。


「光の杖を出した方がいいな。雪の塊と白狼の見分けがつかない」

「ですわね」


 樹海の入り口の木立の下で光の杖を出し、剣を抜いて進む美咲たち。

 歩きやすいように木を伐り、足元を(なら)した迷宮までの道は、そこだけ樹木がなくなっているため雪が降り積もっている。そんな雪を避けるようにして進むと、仮組の塀と通用門が美咲たちを出迎える。


「おや、こんな雪の中、よく来たね」


 塀の中では4人の人足が焚火にあたっていた。迷宮の門からも、作りかけの宿舎からも少し離れた場所に、大きな木箱を並べ、木箱の中に座って焚火を突いている。


「私たちはこれから迷宮に潜るんです」


 美咲がそう言うと、男は納得顔で頷いた。


「ああ、そういうことか。迷宮の中は暗いんだろ? 気をつけてな」

「私たちは慣れてますから。おじさんたちも火事には気を付けてくださいね」


 門の前で装備を確認しあうと、一行は迷宮の中に足を踏み入れた。

 第一階層は光の杖と地図があれば踏破は難しくない。美咲たちは迷宮の中を、下り階段を目指して進んでいく。


「前にミサキが壁に描いたの、完全に消えてるね」

「あ、ほんとだね……ん? キャシーさん、知ってたら教えてください」

「なんですの?」

「もしも壁に矢印を彫り込んだらどうなるんですか?」


 美咲の質問に、キャシーは、ああ、と頷いた。


「時間経過で埋まるらしいですわよ。迷宮の木を切ったり地面に穴を掘ったりしても、気付くと元に戻ってるそうですわ」

「あれ? ……もしかして材木取り放題ですか?」

「魔物と戦いながら材木を切ることになりますわよ?」

「この迷宮に限って言えば、迷宮の中の方が安全かもです」


 白の樹海は魔物の巣窟である。迷宮の中であれば一定数の魔物を倒してしまえば、一度迷宮から出入りしない限り追加の魔物は発生しないが、樹海では魔物が尽きるということがないと美咲は主張した。


「樹海を切り拓く意味でも外の木の伐採は必要ですわ。でも材木が不足してきたら、中で切ってくるのはいい考えかも知れませんわね」


 切ってきた木は乾燥させなければ使えないが、それは樹海の木を切った場合でも同じことだ。

 迷宮の門が一回開閉する間に、対魔物部隊と木こりからなるパーティを送り込み、伐採しまくって帰ってくればそれなりの本数の材木を入手できるだろう。

 そして、パーティメンバーの半数以上を入れ替えて同じことをすれば、迷宮内の地図はリセットされる。うまくメンバーを入れ替えながら伐採を続ければ、かなりの量の木材が手に入る可能性がある。

 収納魔法使いがいないと材木を運び出せないという問題があるが、再生までの時間の短さは大きな利点である。


「これはお父様に報告すべきですわね」

「他の迷宮では、やってないんですかね?」

「町が出来上がってしまえば、製鉄でもしない限り、そうそう木がなくなるようなことはありませんわ。それなら外で切ってきた方が確実なのでしょうね……あ、階段ですわね」


 下り階段の手前で一同は立ち止まる。

 ベルは光の杖をしまい、魔法の剣を抜く。


「それじゃ、俺から下りるぞ。ゆっくり10を数えてから続いてくれ」




 第二階層は晴天だった。

 外の大雪が嘘のような天気にベルは思わず小さく嘆息した。

 周囲の様子を確認しながら階段を下りたベルは、姿勢を低くして魔物の姿を探す。

 近くに魔物の姿がないと判断したころには、美咲とフェル、茜にキャシーと続いて下りてきた。


「魔物は見当たらない。このまま下り階段を目指すんだよな?」

「そうですわね。こちらからは仕掛けずに第三階層の安全地帯に到着することを優先しますわ」

「それじゃこっちだな」


 地図を見ながらベルが先導する。

 オブジェクトの配置は前回と変わらない。

 幾つもの丘を迂回するように慎重に進んでいくと、やがて下り階段が見えてきた。


「警戒しながら一休みですわ。第三階層は霧が出ていなければいいのですけれど」

「そうだな。霧が出てたら撤収だよな?」

「その場合は第二階層の安全地帯で一泊して、明日、もう一度挑戦ですわね」


 車座に座り、お互いの後背を警戒しつつ休憩する。

 水を飲み、携帯食を齧れば準備完了だ。


「それじゃ、俺が先に下りるな。ゆっくり10数えてから続いてくれ」


 そう言ってベルの姿が階段に消える。

 そしてゆっくり2まで数えたあたりで、


「魔物がいたっ!」


 ベルが駆け戻ってきた。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

年末年始は、少し不定期になるかもしれません。。。

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