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177.編み込み

 キャシーとベルの魔法の練習はそれなりの進展を見せた。

 的に当たって砕けた氷槍からは、シャーベット状の氷が出てくるようになったのだ。そしてその氷に触れた空気はキラキラと輝くダイヤモンドダストを生み出した。

 少なくとも進展はしているようだと判断したキャシーとベルは、暗くなりかけている空を見上げて砦の中に戻ることにした。


 ベルとキャシーが荷馬車の馬の世話をするというので、フェルが大部屋の荷物の収納、美咲と茜は夕食の準備と手分けをすることにする。


「茜ちゃん、何か食べたいものある?」

「少し遅くなっちゃいましたし、簡単にスープとパンでいいと思います」

「カップスープに刻み野菜とチーズでも入れてみようか」


 中くらいの鍋にお湯を沸かし、千切りにしたキャベツ、ニンジン、玉ねぎを茹で、カップスープを適当にブレンドして溶かし込む。

 ある程度粉が溶けたところにチーズを入れる。

 後はしばらく弱火で煮込むだけだ。

 スープの準備をした美咲は、鍋を火にかけ、茜に鍋を任せると広瀬に荷物を届けに行くことにした。



 対魔物部隊の鎧を着た兵士に、広瀬に荷物を持ってきたと伝えると、すぐに広瀬が呼び出されてきた。


「あ、持ってきましたよ」

「おう、助かる。えっと、食糧倉庫に出してもらった方がいいかな。こっちだ」


 広瀬に地下の食糧庫に案内される。

 砦の居住区画とは反対側にある小さな小屋から地下に降り、重そうな扉を開くと、木で出来た大きな棚で埋め尽くされた十畳ほどの部屋が現れた。


「生活する場所から随分と離れてるんですね?」

「ああ、すぐに使う分は砦の中に置くんだが、保存食は石造りの地下に置くのがエトワクタル風らしい。火事になっても残るからだって聞いたことがある」


 光の魔道具に照らされた棚は四分の一程度が埋まっているが、残りは綺麗に空になっている。

 それを見て、美咲は随分と寂しい倉庫だと嘆息した。


「倉庫の大きさの割に、中身は少ないですね?」

「ああ、倉庫はもうひとつあるけど、そっちも似たような状況でな。美咲に頼んだ分で、とりあえず次の補給まで持たせられる予定だが」

「んー、ここなら平気かな?」


 美咲は天井を見上げてフェルがいるだろう大部屋と、この部屋の位置関係を脳裏に描く。

 そして、なんとなく大丈夫そうだと判断すると、棚に小麦の袋を呼び出し始めた。

 頼んだのよりも多くの小麦の袋が並ぶのを見て、広瀬は美咲が何をしているのかに気付いた。


「おい、大丈夫なのか? 魔素感知できるのがいるって言ってたよな?」

「これだけ離れてれば多分。それに気付いたとしても、砦にはたくさん人がいるから、私だって特定されることはないでしょうし。あ、でも肉は筋の付き方とかが同じ肉があると不自然ですから呼び出しませんよ……代わりに、前に買った干し肉と豆も出しておきますね……あとは、お酒と甘味っと。甘味はミストの町で買えるものに限ってます」


 すべて棚に載せると美咲は広瀬の方に振り向いた。


「助かるよ。これ、代金な。足りるか?」

「えっと……はい、十分です。何かあったら電話してくださいね。ところで広瀬さんたちはまだずっと砦なんですか?」


 広瀬から金貨の入った皮袋を受け取りながら美咲が尋ねると、広瀬はわからんと答えた。


「白の樹海は魔物の巣窟だから対魔物部隊を残すという意見と、どこであれ塀の中は第一の管轄だという意見があって、まだ決まってないんだ」

「大変そうですね」

「早く王都に戻ってロバートの飯が食いたいよ。モッチーの飯もうまいけど日本の味が恋しくてな」

「アイテムボックスにお醤油とか入ってますけど、いります?」

「いや、間食程度ならともかく、俺ひとりだけ別の飯を食うわけにもいかないからな」


 そう言って広瀬は美咲の頭をくしゃりと撫でた。


「まあ、ありがとな。ここでの任務が長引くようなら、休暇を取ってミサキ食堂に食べに行くから、その時はよろしくな」

「あー、来るときは予め連絡くださいね。私もいつもミストの町にいるわけじゃないので」




 厨房に戻ると、モッチーが大鍋で大量の芋を茹でていた。


「あ、モッチーさん、今からですか?」

「ええ、ようやくみんなが樹海から帰ってきたので……あ、今日はマッシュポテトで、隊のみんなにも潰すの協力してもらうから、ちょっと厨房がうるさくなるかもなんだけど」

「こっちはもう完成なので気にしないでください」


 美咲の料理はカップスープがベースなので、チーズさえ溶け切れば完成だ。

 厨房にはコーンスープの少し甘い匂いに交じって、チーズの匂いが漂っていた。


「相変わらずミサキさんの作るお料理は美味しそうね」

「このスープは、食堂で出してるのよりもひと手間多くかかってますからね……あ、茜ちゃん、私は鍋を持っていくから、茜ちゃんは食器の準備をお願い」

「はーい」




 夕食を食べた後は風呂場で体を拭いて、コタツでまったりする。

 フェルがお茶を淹れ、ベルは保存食にもなる焼き菓子を提供する。

 背中の防寒のため、全員が毛布を被っているので、はたから見るとちょっと怪しい集会のようである。


「ベルさん、髪、いじってもいいですか?」


 焼き菓子を齧っていた茜が、ベルの方を向いて唐突にそう言った。


「お? いいけど、なにするんだ?」

「ちょっと編んでみたくて」


 ベルの髪は、栗色のストレートヘアをポニーテイルにしたもので、長さは美咲と同じくらいである。

 コタツから出てベルの後ろに膝立ちになった茜は、ベルのポニーテールをほどき、ブラシで髪を丁寧に梳く。


「うわぁ、サラサラですね。美咲先輩の髪もサラサラですけど負けてませんよ」

「あー、あれだ。雑貨屋アカネで買ったシャンプー使ってるからな」

「わたくしも最近使い始めましたけど、あれはいいものですわね」


 ふぁさっと自分の髪をかき上げて見せるキャシー。その髪にはとても美しい艶があった。


「フェルはエルフの精油使ってるんだっけ?」


 美咲の質問にフェルは頷く。


「うん。その辺は伝統だからって親がうるさくてね」

「フェルさんは髪を編み込んだりしないんですか?」

「しないね。軽くまとめたりすることはあるけど」


 フェルの髪にちらちらと視線をやりながら、茜は慣れた手つきでベルのトップの髪を緩いポニーテールにして、両サイドの髪をその結び目の部分で止めてくるりと引っ繰り返す。

 そして、残った襟足の部分の髪を二等分して、三つ編みにしたら出来上がりである。


「うん、できました」


 茜は女神のスマホを取り出すと、ベルの周りをぐるりと回りながら何枚かの写真を撮り、ベルにそれを見せた。


「ありがと。へぇ、アカネ、髪を結うの上手いな」

「えへへ、素材がいいから可愛くできました……フェルさんも編んでもいいですか?」

「いいけど、アカネは将来髪結いになるつもりなの?」


 フェルの後ろに移動した茜は、フェルの髪にブラシを通す。


「小さい頃は憧れましたけど、今はそうでもないですね」


 耳の上からサイドに掛けて編み込み、襟足の部分と合わせて大きな三つ編みにしながら茜はそう答える。

 耳が目立つため、髪にボリュームが出るようにひょいひょいと髪を引っ張りながら、全体を見てボリュームを調整する。


「……はい、完成です」

「うわ、すごいね」


 パシャパシャと写真を撮ってフェルに見せると、フェルは感心したように声を上げた。


「器用ですわね、手早いし綺麗だし、本当にお仕事にできるのではなくて?」

「当面は赤の傭兵を目指してますから……う、コタツから出てたらすっかり冷えちゃいました」


 茜は自分の肩を抱いて震えると、美咲の隣の席に座って毛布を被る。

 その背中に更に自分の毛布を被せ、美咲は茜の背中を撫でる。


「本当にすっかり冷えちゃって。ちゃんと暖まらないと」

「うう、砦は石造りなんですから、暖炉とかほしいですよね」

「……砦は極力火を使わないように作られてたはずですわ……非常時に備えて(かまど)はあるはずですけれど」

「火災対策でしょーか? だとすると」


 震えながらも茜は何か考え始めた。


「茜ちゃん、何作ってもいいけど風邪ひかないようにちゃんとあったまってからだよ」

メリークリスマス。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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