174.砦の暖房
白の樹海の砦に戻った美咲たちは、大部屋に詰め込まれた木箱を収納魔法でしまうと、室内を掃除して本日の宿を確保した。
「美咲と茜が来てるって?」
「あ、広瀬さん、ちょうどよかったです。渡すものがあるんですよ」
大部屋にやってきた広瀬に、美咲と茜は、支援物資の入った袋を渡す。
「こっちが日本の味詰合せで、こっちがお酒、こっちの箱は隊の皆さんにどうぞ」
「お正月も砦でお仕事のおにーさんに支援物資ですよ。嬉しいですか?」
茜がニコニコしながら尋ねると、広瀬は笑顔を見せた。
「ああ、ありがとう。嬉しいよ。昆布巻きとか入ってるのか。こりゃ楽しみだ」
「明後日また来ますから、欲しい物があれば持ってきますけど」
「なら申し訳ないが小麦と塩漬け肉を頼む……何なら今から倉庫に行って出してもらっても」
「えっと」
美咲は広瀬を廊下に押し出し、部屋の方を気にしながら小声でフェルのことを話す。
「魔素を感じられる人がいるので、砦の中で大量に呼び出したりするとバレちゃうかも知れないんです」
「なるほど……それじゃ、今度来る時にでも頼む」
「それはいいですけど、この前、モッチーさんと一緒にミストの町に来た時に補給してましたよね」
今度は、広瀬があたりを見回して声を潜める番だった。
「実はな、王都から別の部隊が来てて、そいつら、ろくに食い物を持ってきてないんだ」
「ひどい話ですね。小麦と干し肉、どれくらい持ってくればいいですか?」
「小麦はできれば大袋で4つ。脱穀した粒の奴な。塩漬け肉は5樽くらいか」
美咲は大学ノートを取り出してメモを取る。
「それだけでいいんですか? ついでだから何でも持ってきますよ?」
「それなら、酒だな。来た奴らに飲まれちまったから、例の紙パックのを頼む」
「ホワイトリカーですね。分かりました。他に何かあれば電話してくださいね……モッチーさんは甘いの好きでしょうか?」
広瀬は少し考えて頷いた。
「ん? ……ああ、そうだな」
「それなら、モッチーさん向けにお菓子も入れておきましょう。今回持ってきた袋に栗きんとんが入ってますから、それも分けてあげてくださいね」
「おう」
「それにしてもおにーさん、新しく来た部隊って、何しに来たんですか?」
美咲の横でうずうずしていた茜が口を開く。
「あー、それは軍機だ。まあ、迷宮関連ってだけ言っとくよ」
「それじゃ質問替えますね。第一ですか? 第二ですか?」
「えーと、それならいいか。第一だよ」
茜は目を丸くした。
「なんです? その第一とか第二って」
美咲が不思議そうな顔をする。
そんな美咲に、広瀬は苦笑いを浮かべて説明する。
「第一は警察と自衛隊が混ざったような軍種だな。主に町の中で活躍する軍隊。で、第二は国を守るための軍種。広義には対魔物部隊は第二に属する組織だ……赤になったなら、自分の国の軍種くらいは覚えておけ」
「教科書に載ってなかったもので。茜ちゃんはよく知ってたね?」
「ファンタジーなラノベでは、第一騎士団とか第二騎士団とかって登場するから、適当に聞いてみたんですけど、本当にあるとは思いませんでした」
茜はそう言って、あはは、と笑った。
「当てずっぽうだったのね……あれ? でも第一が警察っぽい組織なら、なんで迷宮なんかに?」
「あれです美咲先輩。警察だけに迷宮入り……」
「軍機だ。軍事機密な。茜も馬鹿言ってないで、この世界の教科書くらいは読んでおけよ」
肩を落とす茜に、広瀬は呆れたような口調でそう言うのだった。
夕食はキャシーの希望でポトフとパンになった。
「三……いえ、二通り知ってるんですけど、キャシーさんはどういうポトフが食べたいですか?」
「どういう? 肉と野菜が入っていて、塩味で、香辛料も使いますわね」
「なるほど、お肉の入ってる方ですね」
美咲の知っているポトフは、ソーセージを入れる簡単なものと、肉と野菜をしっかり煮込んでつくる本格版の二通りがあった。肉を煮込むタイプのポトフは、普通ならかなり時間が掛かるものだが美咲は時短の方法を知っていた。
「それじゃ作っちゃいますね。茜ちゃん、お手伝いお願い」
「はーい」
厨房にはコンロが増設されていた。
モッチーはそのうち、大型のコンロで複数の大鍋を煮込んでいた。
「こんにちは」
「あ、ミサキさん。隊長に聞いたよ。今度小麦を持ってきてくれるって。ありがとうね。ミサキさんが来なければ、買い出し部隊を出すところだったわ」
焦げ付かないように鍋をかき混ぜながらモッチーは笑顔でそう言った。
「いえ。他に何かあれば買ってきますけど?」
「んー……食料以外はなんとかなるから大丈夫よ。本当にもう、食べ物持たずに砦に来るなんて、困った人たちよね」
「もしかして、新しく来た人たちの食事もモッチーさんが作ってるんですか?」
「ええ。食材が勿体ないことになりそうだったから、まとめて作ることにしたの」
麦や豆を無駄にされたくないのだとモッチーは溜息をついた。
「なんか大変そうですね。頑張ってください。こっちのコンロ借りますね」
美咲は調理台の上にジャガイモ、人参、玉ねぎ、キャベツ、牛肉、ローリエと塩と黒コショウを並べる。
「茜ちゃんは玉ねぎを四分の一に切って皮剥いて。出来たら肉を一口サイズに切って塩とコショウを揉み込むのお願い」
「はーい」
野菜を洗って皮を剥き、一口サイズに切った美咲は、茜に任せた具材とまとめて鍋に放り込んでいく。
しばらくするとローリエの香りが立ち始める。
「……本当は圧力鍋があるといいんだけど」
「さすがに買ったことありませんよね?」
「うん。うちに昔からあったからね。あとはひたすら煮込むだけだから、もう大丈夫。お手伝いありがとね」
夕食の後、茜は全員に部屋の中央を空けるように頼んだ。
「いいけど、なにをなさるの?」
「ちょっと変わった物のお披露目です」
茜は板張りの床に毛布を広げ、そこに収納魔法から取り出したコタツを設置した。
コタツ布団の色は臙脂色である。
「随分と背の低いテーブルだな?」
「……魔道具かな? 何かついてるよ」
ベルとフェルは興味津々の様子である。
「茜ちゃん、王都から持ってきたの? コタツ布団は見慣れない色だけど」
「こんなこともあろうかと、予備を作っておいたんです」
「ミサキさんはこれが何だか知ってらっしゃるの?」
「日本の暖房器具ですね。日本って屋内は土足厳禁で、床の上に座ったりするから、その生活習慣に合わせた暖房なんです」
暖房と聞いてフェルが茜のそばに近付く。
「砦の中は寒いもんね。どうやって暖まるの?」
「ここに座って、布団の下に足を入れてみてください」
茜の指示に従ってフェルはコタツ布団を捲って足を入れる。
魔道具はすでに起動していたようで、フェルの表情がふにゃりと柔らかくなった。
「暖かい……これ、温風?」
「そうです。ドライヤーの魔道具の風量を弱くして、温度を高めにしたものが入ってます」
本当は遠赤外線にしたかったんですけど、と茜はぼやく。
「わたくしも入ってもよろしいかしら?」
「もちろんです。ベルさんも入りましょう。美咲先輩はこっちで、私はその隣っと」
「へぇ、まだ床が冷たいけど、しばらく座ってたら暖まるかな」
5人はコタツに入って暖まりだした。フェルなどは両手をコタツの中に入れている。
石造りの砦の中は冬場はかなり冷え込む。美咲たちのいる部屋は床こそ板張りだが、物置にされていたような部屋である。冷え込みはかなり厳しい。
「これ、足は暖かいけど背中が寒いね」
「毛布とか持ってきてるんですよね? それを被ったらどーでしょーか?」
「なるほど……うん、これはいいかも。この魔道具って朝まで暖かいの?」
ごそごそと毛布を被ったフェルは、そのままコタツの天板の上にのしかかるようにして暖かさに身を任せようとする。
「一日くらい持ちますけど、コタツに入ったまま寝るのは体によくないって、日本では言われてますね」
「そーなの? こんなに気持ちいいのに……お風呂に入ってるみたい」
「なあアカネ、これって普通に売ってるのか?」
ベルの質問に売ってないと答えた。
「私の行きつけの工房に頼めばすぐに作ってくれますけど、普通の家じゃ置き場所がないですよね?」
「俺の家、土足厳禁にしてるから大丈夫。絨毯敷いて、そこに乗っければよさそうじゃないか」
それなら、と、茜は工房を紹介すると答えた。
「それにしても何だって茜ちゃんは予備を作ってたの? ミサキ食堂じゃ置けるようなスペースはないよね?」
「前に砦に来た時に寒かったんですよ。なんとかならないかなって考えたら、これが一番よさそうだったので」
「……確かに暖かいけど、これ、寝る時にコタツから出るのが大変そうだね」
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