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173.魔法のイメージ

 その夜、美咲と茜はミサキ食堂のテーブル席で、広瀬への支援物資を洗い出していた。


「やっぱり栗きんとんと伊達巻は外せないと思うんです」

「広瀬さんって甘党だったっけ?」

「プリンは割と普通に食べてましたよ……カマボコとかはお正月じゃなくても食べますけど、伊達巻とかはお正月専用じゃないですか。とりあえず入れとけば喜ぶと思うんですよ。あと、お雑煮の材料なんかもあったら喜ぶかもですね」


 美咲たちは、正月を王都で過ごせなかった広瀬に少しでも正月らしいものをと、色々と食料を用意していたのだ。

 乾麺の類は渡してあるし、餅も渡してある。美咲が来る前の正月と比べれば、遥かに正月らしい食事ができているはずだが、それだけでは足りないだろうと、茜が広瀬に支援物資を送ると言い出したのだ。


「お雑煮は……広瀬さん、作れるか微妙じゃない?」

「あー、そうですね……なんか、麺つゆに餅が浮いてるの想像しちゃいました……そしたら、日本の味ってことでカップ麺を渡しておきましょーか。年越しソバとか食べられなかったでしょーし」

「うん。それならお湯を貰うだけで作れるからいいかもね」


 広瀬に渡す食料の入ったビニール袋に、栗きんとん、伊達巻、各種カップ麺が追加されていく。

 砦の中という閉じられた環境の中なので、食べられるものは限られてくる。自身で調理するようなものは渡しても厨房が使えるかも分からないし、一人だけ料理して何かを食べるというのも難しそうだ。

 調理不要ということで、その他、昆布巻きなども入れていくが、他にこれと言って思い当たるものもない。


「他に何があったら嬉しいかな?」

「そうですね……ミカンとかどうでしょ? こっちには日本のミカンみたいなのはありませんよ。後はおつまみ系?」

「おつまみは前にたくさん渡してるんだよね……ミカンは日本の冬っぽいね、入れとこう。あとはお酒を渡しとけばいっか」


 最終的にお酒に落ち着くのは広瀬の普段の行いによるものだろう。

 それらを収納魔法にしまった美咲は、隊の皆さん向けということで、こちらの世界でありふれた、リンゴに似た果物をたくさん呼び出すのだった。


 ◇◆◇◆◇


 物資輸送の初日。

 傭兵組合に集まった美咲たちは、シェリーに裏手の買取倉庫に案内された。

 倉庫の中には木箱の大きな山がふたつと、小さな山が八個作られている。


「ミサキさんはこっちの大きな山を持っていってもらいたいんですけど……こんなに入ります?」


 山とはいっても倉庫に収まる程度でしかない。

 美咲は頷きを返し、木箱を収納魔法でしまい始める。それを見て、シェリーはキャシーたちの方に振り向いた。


「キャシーさんたちにはこっちの小さい山からお願いします」

「あの、美咲先輩ほどじゃないですけど、私も結構持てますよ?」

「そうなんですか? それなら、こっちの山から持てるだけお願いしますね」


 キャシーの返事に茜は笑顔で任せてください。と木箱を収納し始める。


「わたくしたちも、もう少しなら入りそうですわ」


 小さな山ひとつを収納したキャシーがそう言うと、シェリーは、それならと茜の方に振り向く。


「そうですか? それなら次回分の山から……あら?」


 シェリーは首を傾げた。


「あ、シェリーさん、収納終わりました」

「アカネさん、ここにあった荷物は?」

「全部収納しちゃいましたけど、違うの混じってました? 道理で限界まで埋まっちゃったわけ……」

「あ、いえ……収納できたのなら問題ないです。ない、んですけど」


 茜がしまったのは、美咲を除く四人で、次回、持っていってもらうつもりだった荷物の全てだった。

 小さな山ふたつも入ればラッキーと思って茜に任せたのだが、まさか全部入るとは思っていなかったシェリーは目頭を押さえて少し考える。

 そして、入らないよりはマシである。という結論に到達する。


「キャシーさんたちは、残った小さな山から持てるだけお願いしますね」

「分かりましたわ……それにしても、アカネさんの収納量もとんでもないですわね」

「そうですね。ミサキさんはどんな感じ……」


 振り向けば、大きな山がふたつ消えていた。

 輸送二回分の荷物を収納した美咲は、シェリーに笑顔を見せる。


「なんとか収納できました……シェリーさん?」

「いえ、何でもないですわ……残りは手分けして持てるだけ持ってください」


 持てないだろうと削った荷物はまだたくさんある。

 次回の便ではそれらを持っていってもらおうと、シェリーは笑顔でそう言った。


 ◇◆◇◆◇


 荷馬車は二台構成だった。

 一台には宿舎を組み立てるための人足が4人と細かな荷が積まれており、もう一台には美咲たちが乗ることになる。

 今回は茜が荷馬車を操り、隣でベルがそれを見ている。と言っても道なりに進ませるだけなので難しいことはない。前に進ませることと止まらせることができればそれで十分だ。危険があるとすれば魔物との遭遇だが、対魔物部隊が砦にいるため、砦に近付くほどに安全になっていく。馬車の練習にはうってつけの環境だった。


「そういえばアカネさん、この前何か思いついたっておっしゃってませんでしたかしら?」

「え? あ、はい。アブソリュート・ゼロまでは無理でも、かなり低温の氷魔法を練習する方法を思いついたんですけど」

「ホントですの?」

「ここにいる人にだけこっそり教えますから、みんなで赤になりましょー」


 茜は手綱を握ったまま、魔法のイメージを伝える。

 それを聞いた美咲は、なぜ自分がそれに思い至らなかったのかとばつの悪さを感じた。

 茜の考えたのは、空気が液化する魔法のイメージだった。

 そのイメージで仮に酸素が液化すれば、絶対零度まで下がらないまでもマイナス183度以下の低温が実現できる。もしも大気中の8割近くを占める窒素が液化するところまで下げればマイナス196度以下。絶対零度のマイナス273.15度までは100度前後も幅があるが、大抵の生き物は酸素や窒素が液化する温度の中では長くは生きられない。


「このイメージなら多分みんなできると思うんですよね」

「アカネさん、空気は液体じゃありませんわよ?」

「そうだよ。空気が水になったら溺れちまう。俺は空気でおぼれたなんて話、聞いたことないぞ?」

「冷やせば水みたいになるんです。水蒸気だって冷えたら水になって、更に冷やしたら氷になりますよね。それと同じことが空気でも起きるんです。これは日本では常識なんです」


 茜の言葉に、キャシーとベルは腕組みをして考え込む。フェルはそんなキャシーたちを楽し気に見ていた。


「フェルは突っ込まないの?」

「うん。蒸留酒の工房を見学したことがあるからね。水以外の液体が蒸発するのも知ってたし、お湯とお酒とで、蒸発する温度が違うのも知ってるから、もしかしたら空気もそんな風になるのかなって。それにニホンで常識だっていうことは、多分正しいんだろうなって思って……イメージできるかと言われるとちょっと難しそうだけど、今までの何も分からない状態よりはだいぶマシかな」


 魔法協会の様々な文物に触れている分、フェルには錬金術の素養があった。

 空気が液化するとは思っていなかったようだが、茜が言うのであれば、と信じることにしたらしい。


「……確かに空気が液化するなんてイメージは、ちょっと特殊ですから、練習すればモノになるかも知れませんわね」

「俺にはちょっとまだ信じられないけど……まあアカネが言うなら信じてみようかな」


 キャシーとベルは、納得はしていないようだが、アブソリュート・ゼロに似た低温魔法の練習をすることについては同意した。

 ただ、そこらで練習するには危険な魔法なので、砦について、荷を下ろして時間ができたら、実験してみようということになった。


「茜ちゃんはどこから空気の液化なんて思いついたの?」

「この前歩いてて急に思いついたんです。寒くなって息が白くなってるの見て、アブソリュート・ゼロのことを考えていたら、なんとなくですね」

「なるほど。空気の液化のイメージができたら、次はその空気が氷になるイメージで練習するといいと思うよ」

「え、空気って固体になるんですか?」


 茜は驚いたような声でそう聞いた。

 その問いに美咲は笑いながら返事を返す。


「なるよ。ドライアイスだって二酸化炭素が凍った物でしょ? まあ、酸素や窒素が氷になったとしても絶対零度にまでは下がらないだろうけど」

「キャシー、ミサキが変なこと言いだした」

「空気が氷になるのですか? ちょっと信じられませんわね……でも水になるのなら冷やせば氷になるのかしら? 不思議と言えば不思議ですけど、氷と水と水蒸気の関係だと言われると、なるほど、という気にもなりますわね」


 ◇◆◇◆◇


 白の樹海の砦に到着した美咲たちは、馬を馬小屋に入れると、一緒に来た人足を伴って迷宮の門に向かった。

 仮組の塀の中に入ったキャシーは、迷宮の門と、その周辺の石畳に目を走らせる。


「えっと、石畳から更に奥を整地してあるっていうことですけど、どこかわかりまして?」

「ああ、あの辺りだろうな」


 人足が指差した辺りを確認したキャシーは、荷をどこに出せばいいのかと尋ねる。


「全部石畳の上に載せてくれたら……そうだな、このあたりに頼む」


 言われるがままに荷物を出していく美咲たち。

 その量に、人足たちは呆れ顔である。


「ミサキさんとアカネさんも全部出しましたわね?」


 キャシーは、自分の問いに頷く美咲たちを見て、人足にこれで全部だと告げた。


「うむ。あともう一回荷が来ると聞いているが?」

「それは早くて明後日になりますわね……ところであなた方は今晩はどこに泊まりますの?」

「ここだな。今日中に荷物を入れるボロ小屋を作って、そこで眠るんだ。宿舎がある程度できたら、そっちに移るがな」

「そうなんですの? 風邪をひかないように注意してくださいまし」

「おう。あんたらも砦まで気をつけてな」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

ようやく劣化版アブソリュート・ゼロの覚え方を書けました。


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― 新着の感想 ―
[一言] アブソリュート・ゼロ ゴジラ映画のメカゴジラの「機龍」の武器としか 認識してねぇ。
[一言] 空気の存在は知られているんだなあ。
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