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172.新しい依頼

 ミストの町に帰ったふたりは日常に戻った。

 茜はミサキ食堂の店員と雑貨屋アカネのオーナー、魔道具の開発と忙しく走り回り、美咲は食堂をやっていないときは、暖かい時間帯だけ広場を歩き、その他の時間帯は部屋で本を読むような生活である。

 美咲の蔵書は以前買ったことのある本に限られるため、冊数は限られている。小遣いの範疇での購入なので、小さな本棚をひとつ埋められるほどもない。


「そろそろ暗記してきちゃったな……他に呼べる本っていったら、雑誌と教科書くらい?」


 読み終えた本を本棚に戻し、他に忘れている本がないかと記憶を探る美咲。


「ん、と。あれは借りたんだっけ? あとで買ったっけ?」


 一冊の小説を思い出した美咲は試しに呼び出してみる。すると、その手元に一冊の小説が現れた。

 満面に笑みが零れる美咲。そのままニマニマしながら本を読み始める。


 美咲が過去に読んだ小説の数は美咲自身でも数え切れないほどである。

 しかしその大半が図書館や図書室で借りたものなので、呼び出そうとしても出てきてはくれないのだ。

 丁寧にページをめくりながら、美咲は手元の暗さに窓を見た。


「もう夕方か。そろそろ夕飯の支度しないとだね」


 美咲が厨房に入ると、マリアがエリーの手を引いて帰ってきたところだった。


「お帰りなさい、今日は何食べたいですか?」

「あ、手伝いますよ。エリーは食べたい物ある?」

「んー、シチュー!」


 寒くなってきたしそれもいいかと美咲は材料を調理台の上に並べる。


「それじゃマリアさん、皮むき手伝ってください。味付けは私の好みでもいいですか?」

「ええ、それじゃ芋を洗いますね」


 マリアは手早くジャガイモの泥を落として皮をむき始める。

 その横で美咲は、玉ねぎを切って皮を剥がす。


「エリーちゃん、お外から帰ったら?」

「うがいとてあらい! いってきまーす」


 洗面所に消えるエリーを見送り、美咲は楽しそうに笑う。

 エリーは戻ってくると、椅子に座って美咲たちが料理をする様子をじっと眺め始めた。また絵の構想でも考えているのかもしれない。

 一通り材料の準備が終わったところで、マリアはエリーと一緒に部屋に戻った。

 あとはじっくり煮込むだけである。


「もう一品何か欲しいかな……鶏肉はシチューで使ってるし、豚肉、牛肉、地竜……」

「ただいまー。いい匂いですね。お腹が空いてきます」


 美咲がメニューで頭を悩ませていると、茜が帰ってきた。

 外の寒さにやられたのか、頬が赤くなっている。


「お帰り。今日はシチューだよ。外、寒かった?」

「はい、雪でも降りそうな寒さですよ。積もってくれたら、マリアさんにこの世界の雪遊びを教えてもらいたいですね」

「日本とそう変わらないじゃない?」

「でも海外の雪だるまは雪玉みっつのところがあるそうじゃないですか」


 ああ、と美咲は頷いた。それならテレビで見たことがある。

 確かに国が変わるだけで雪だるまの形が変わるなら、世界が変わったらどれだけ変化があってもおかしくはない。


「でも雪遊びできるくらいに雪が積もるの見たことないけど」


 積もって数センチである。頑張れば雪合戦くらいはできるかもしれないがそれ以上は難しい。


「K市だって似たようなものでしたけど、降る時は降ったじゃないですか。あー、でもエリーちゃんが使えるサイズの手袋とかないですよね?」

「さすがにあのサイズは買ったことないかな……あ、そだ。もう一品なにか付けたいんだけど、食べたいものある?」

「シチューにですよね。温野菜とかどうでしょーか。シチューにつけて食べるとおいしいんですよ」

「へぇ、そういう食べ方はしたことなかったけど面白いね。やってみようかな。どんな野菜で作ろうか」


 美咲と茜は並んで厨房に立ち、鈴木家の温野菜のレシピで温野菜を作り始めるのだった。




 翌日は分厚い雲が空を覆っていた。

 気温はそれほど低くはないようだが、風が強いためとても寒く感じる。

 出歩いている人の姿も心なしか少ないように見える。

 そんな中、茜は今日も元気に走り回っていた。


(えーっと、あとは雑貨屋で空き缶回収して、と、あれ?)


 見慣れた後姿を見付けた茜は、その後ろ姿に声を掛けた。


「キャシーさん、こんにちはー」

「あらアカネさん。ちょうどよかったですわ、また白の樹海の砦に物資輸送のお仕事がございますの。ミサキさんと一緒に参加してくださらない?」

「えーと……美咲先輩に聞かないとちょっと答えられないんですけど……よかったら一緒に食堂にきてお話を聞かせてもらえませんか?」


 並んで歩きながら、茜の問いにキャシーは頷く。


「構いませんわ。どちらにしても今から行こうと思ってましたの……ところでアカネさんはこの先、傭兵としてどういう風になりたいとか希望はありまして?」

「へ? 希望ですか? 考えたこともないですけど……この歳で黄色になれちゃいましたから、やっぱり赤を目指すとかでしょーか」


 アカネの返事を聞き、キャシーは笑みを浮かべた。


「おかしいですか?」

「おかしくて笑ったわけじゃありませんわ。わたくしやベルと違って、アカネさんの魔法の腕ならきっとなれますもの」

「キャシーさんもインフェルノを使いますよね? キャシーさんも赤になれるんじゃないでしょーか?」


 キャシーは静かに首を横に振った。

 不思議そうな顔をする茜に、キャシーは赤になるためには秀でた技が必要なのだと言った。


「インフェルノじゃダメなんですか?」

「今この時点でならインフェルノでも十分な特技と見てもらえると思いますけれど、インフェルノはインフェルノを使える術者に教えを請うことができれば、比較的簡単に習得ができますわ。使える術者が増えれば特技とは言えなくなりますわね」

「フェルさんはなんで赤になれたんでしょーか?」

「現時点ではインフェルノの使い手は貴重ですし、何といってもフェルの魔素感知とミサキさんの魔素のラインの組み合わせは、魔法の射程や威力を大きく引き延ばしますから」


 キャシーの答えに引っかかるものを感じた茜は、その場で立ち止まる。

 それに気付いたキャシーが振り向くと、茜は難しい顔をして考え込んでいた。


「アカネさん?」


 声を掛けられ、茜は自分が立ち止まっていることに気付いて照れくさそうな笑みを浮かべる。


「いえ、ちょっと思い付いたことがあってですね……もう少し考えてからお話しします」

「ええ、ニホン人の発想は色々と驚かされますから楽しみですわ」




 食堂に着くと、フェルがカウンターに座っていた。

 珍しいことに、その膝の上にはエリーが乗っかっている。

 厨房では美咲がお菓子でも作っているようで、ミサキ食堂の中にはバターの匂いが漂っている。


「ミサキ、キャシーが来たよ……キャシーとアカネが一緒っていうのも珍しいね」

「そうでもありませんわよ? 巫女選定の時は、アカネさんと行動を共にすることもありましたし。フェルこそ閉店してるのになんで食堂に……」


 キャシーの問いは途中で途切れた。

 フェルの前にプリンがふたつ並んでいるのに気付いたのだ。


「……プリンを食べに来ていたのですわね?」

「そうだよ。隠しメニューみたいなものかな。ねー、エリーちゃん」

「ん」


 エリーは銀色のスプーンでプリンを口に運ぶのに忙しいようだ。

 片耳だけキャシーと茜の方に向けているが、目はプリンから逸らさない。

 誰も取る人はいないが、プリンを取られないように警戒しているのかもしれない。


「それでキャシーもプリン食べに来たの?」

「いえ……でもいただきたいですわね」

「それじゃ座ってください。一皿30ラタグです……でもキャシーさんは何か用事があってきたんじゃないんですか?」


 冷蔵庫のプリンを皿に移し、ステンレスのスプーンを添えて出しながら美咲が水を向けると、キャシーはカウンターの椅子に座りながら頷いた。


「フェルもいるならちょうどいいですわね。白の樹海の砦に物資輸送の仕事がありますの。明後日早朝に出て、昼前に到着、荷を下ろして整理して、一泊したら帰るという日程を最低二回ですわ」


 キャシーはそう言って、プリンを一口、口に含む。その滑らかな舌触り、バニラの香りを堪能していると、フェルが不思議そうな顔をする。


「どうかしまして?」

「酒場と傭兵組合で面白い噂が流れてるんだ。春まで拘束の土木工事の人員募集があって、どうもそれ、最近人集めしてる湖畔じゃなく、白の樹海の砦ってことで募集してるみたいなんだ」

「間違いなくアレの対応でしょうね。それで何が気になりますの?」

「たくさん人を連れていくなら、なんでわざわざ私たちが物資輸送するのかなって思って」


 一緒に持っていけばいいのに、とフェルが訝しむ。


「今回持っていくのは宿舎の材料ですわ。地竜を一体丸ごと収納できるミサキさんがいても、二往復しないと持っていけないだろうと試算しているそうです」

「宿舎?」

「白の樹海の砦には、今、対魔物部隊の半個中隊ともうひとつ別の部隊が入っているそうで、大部屋の空きはないそうです。そこに人足を送り込むには、人足の宿舎が必要になりますわ。私たちが運ぶのは、その宿舎の資材ですの」


 キャシーの言葉を聞き、フェルは腕組みをしようとして膝の上のエリーが眠っているのに気付く。

 エリーが落ちないようにそっと抱きしめて、フェルはその頭に頬ずりをする。


「……あ、私もちょっと気になることがあるんだけど、いいかな」


 厨房から、手を拭きながら美咲が現れる。


「はい、なんでしょう?」

「砦の大部屋が埋まってるってことは、私たちはどこで寝泊まりするの?」

「荷物置き場になっている大部屋がひとつあるそうですので、箱を収納して寝る場所を確保しますわ」


 収納魔法を使える魔法使いならではの解決策に、なるほど、と頷く美咲。


「ミサキさんは食堂の方は休めまして?」

「うん、それは大丈夫かな。王都に行く前に戻ってこられれば問題ないから、何回か往復することになっても平気だし」

「美咲先輩が参加なら、私も参加しまーす」

「それでは、組合の方には全員受けると報告しておきますわ……可愛いですわね」


 プリンを食べ終えたキャシーは、立ち上がるとエリーの頭を撫でて食堂から出ていった。


「ミサキはまた王都に行くの?」

「うん。春告の巫女ってのを去年やったでしょ? あの関係で、復活祭の最終日に神殿の式に参列してほしいって」

「へぇ、貴重な機会だから、これ使ってきたら?」


 フェルは女神のスマホを取り出す。


「使うって、電話するの?」

「じゃなくて、風景を写し取る機能で式の様子を写し取ってくればってこと」

「あー、なるほど。許可が下りたらやってみようかな」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

すみません、体調を崩してしまい、投稿が遅れました。。。

誤字のご指摘、たくさんありがとうございます。

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