17.初日のお客様の反応
フェル達が帰った後は暫くお客さんは入ってこなかった。
その時間で食器類を洗い、生鮮食品を呼び出し、下拵えをする。
大鍋のお湯も減ってきたし水を加えて沸かしなおす。
そのままボーっとする。
(売れないラーメン屋さんのご主人が新聞読んでお客さんを待つ気持ちが分かったよ……『呼び出し』で……漫画とかだと目立ちすぎるよね……かと言って雑誌もカラフルに過ぎるだろうし……お客さん待ちの時間の潰し方も考えないとねぇ)
本格的にやる事がない。が、店番でもあるので離れるわけにはいかない。
だいぶ早いけど閉店するか。と考え始めた頃にその客はやってきた。
「やってるかね?」
「はい。いらっしゃーい!」
あれ?
と美咲は首を傾げた。
見覚えのある顔だった。
「えっと、商業組合の会長さん?」
「ええ、覚えていてくれて嬉しいですよ、ミサキさん」
そう、ビリー氏だった。
そして後ろから受付嬢のマギーさんもやってきた。
「こんにちは……」
「空いているお席へどうぞ。メニューは壁にある通りです。ラーメンは柔らかくて細長い小麦料理がスープに入った物。パスタは固めで細長い小麦料理に味をつけた物です。味付けは2種類から選べます」
コップに水を注ぎ、二人に出す。
「ふむ……マギーはどれにする?」
「そうですね、パスタの辛さ控え目にスープで」
「では私はラーメン薄味に肉野菜炒めだ」
「はい、毎度ー」
札を並べる。
今回は初の単品肉野菜炒めのオーダーだ。
(んー、コンロが足りない……)
まずカップ一杯分のお湯を沸かし、その待ち時間でフライパンを二つ温める。
片方は鶏肉の野菜炒め、もう片方は牛肉の野菜炒め用だ。
フライパンの温め時間でお湯が沸いたのでスープの素を入れたカップに注ぎ、よく混ぜる。
混ぜつつ、フライパンに下拵え済みの材料を放り込んでいく。
「はい、スープです。熱いので気を付けて。代金引換です」
「ええと10ラタグっと」
「はい毎度」
続いて小鍋にお湯を足して沸かし始める。
その横でフライパンを両手で振る。牛肉の方には醤油を数滴。軽く馴染んだ所にソースを掛けて味を調える。
「はい、肉野菜炒めあがりました」
「ほう。10ラタグだったな」
「はい、毎度ありがとうございます」
大鍋からもう一つの小鍋にお湯を入れて沸かす。
ラーメンの味付けは薄味との事なので丼にソースの素を準備する。薄味の準備が微妙に手間だ。
片方の小鍋が沸騰し始めたのを見てパスタを放り込む。
続いてもう片方も沸騰したのでラーメンの乾麺を茹で始める。
二人は黙々と片や肉野菜炒めを食べ、片やスープを飲んでいる
(と、忘れてた)
パスタの鍋には風味付けとしてオニオンソルトとタバスコを少しだけ入れる。
パスタをお湯からあげ、オニオンソルトとタバスコで味を調える。タバスコは少なめだ。
そこに鶏肉の肉野菜炒めを載せる。
「はい、パスタ薄味お待ち」
「30ラタグね……これはちょっと楽しみかも」
「毎度ー」
続いてラーメンだ。
小鍋の中身を一気に丼に入れてよくかき混ぜ、鶏肉の肉野菜炒めを載せる。
「はい、ラーメンも出来ました」
「ほう……手際が良いな……30ラタグ丁度だ」
「はい、毎度」
二人は黙々と食べる。
美味しいとも不味いとも反応がないが、先に出した皿とカップは空いている。
鍋とフライパンを洗い、使った分の生鮮食品の下拵えをしながら様子を見るが、まったく無反応でフォークだけ動いている。
そして二人はほぼ同時に食べ終わった。
「うむ……これは驚いたな」
「そうですね……こちらのカップスープは味が濃厚過ぎて正体が分かりませんでした……入っている粒からコーンではないかと思うのですけれど」
「コーン? 家畜の餌じゃないか」
(あー、ここではトウモロコシはそういう扱いなのか……)
「ですが、味は今まで食べたどんなスープにも引けを取りません……そしてパスタ……濃い塩味に、不思議な風味と辛み……それらが入り混じってこれはもう貴族の食卓に出すと言われても納得です」
「そうか……こっちの単品肉野菜炒めも不思議な風味だった。甘辛く、それでいて深みのある味に仕上がっている。材料を吟味すればこの味付けならどこにでも出せるぞ……ラーメンは不思議な食感だったな。味付けは塩と野菜の出汁、香辛料だろう。だが、複雑で計算され切った味だった」
(日本のメーカーはそういう拘りが凄いからねぇ)
「さて、ミサキさん。あなたの故郷の物、という事で試しに来たんですが……あなたの故郷はとんでもない所みたいですね」
何しろ異世界である。
「これらを他の業者に卸してみるつもりはありませんか?」
「あー、ありがたいお話なんですが、その、レシピは秘密ですし、作れる量にも限界がありますので」
「そうですか……それでは次の機会には是非ともお声掛けください」
◇◆◇◆◇
美咲は、お客さんが来るまでの待ち時間で鍋や食器を洗い、生鮮食品の仕込みを行い、更に空き時間があったので色々不足している物を準備することにした。
「ええと……ラーメンは柔らかくて細長い小麦料理がスープに入った物。パスタは固めで細長い小麦料理に味をつけた物です。味付けは2種類から選べます、と、後は、料金引き換えです、と」
札に料理の説明を書いてカウンターに張っておく事が一つ目。
二つ目は20本あるスプーンの選定である。
木製の手作り品だけあって、スプーンの大きさは不揃いだった。だから、ラーメン薄味に丁度良いサイズの計量スプーンになりそうな物を探してみる事にしたのだ。
上手くいけば、分量の加減で悩まずに済む。
そして、美咲はラーメン薄味用の計量スプーンを手に入れた。
◇◆◇◆◇
「あ、新しい店ですかね」
「ミサキ食堂ねぇ……まあ、開拓してみっか」
そんな声と共に新しいお客さんが入ってきた。
それぞれ剣と斧を持っている。
地球であれば通報が必要な凶悪犯罪者に見えなくもないが、この世界では単なる傭兵である。
斧も剣も、別に刃が剝き出しという訳ではないので、ミストでは問題にならない。
ちなみに首元のペンダントトップの色は黄色と緑。中堅以上だ。
「ぃらっしゃいませー。お好きなお席にどうぞ」
「おう! ほう、お嬢ちゃんも傭兵か」
相手も美咲の首元に気付いたらしい。座りながら声を掛けてくる。
「ええ、傭兵になってから10日も経ってませんけど」
「マジか……え? 10日で青って事はまさか」
「ん? 兄貴の知り合いですか?」
「馬鹿、お前、酒場で噂になってたろ。最短で青になったのがいるって……」
「え、それってまさか青い魔素使い?」
間違って覚えられているようである。
「えーと……魔素使いさん、ですか?」
しかも恐れられているようでもある。
「ええ、まあ青いズボンの魔素使いとか呼ばれているらしいです。凄いのは炎槍使いのフェルなんですけどね」
「うおー! すげー! 噂の魔素使いってこんなに小柄な女の子だったんだ!」
反応がまるでグリンである。
「うっせーぞ。だが俺たちもあの防衛戦には参加していたんだけど、白狼には傷一つ付けられなかったからなぁ……と、いかんな注文しないとな。お前も正気に戻れ!」
賑やかな傭兵は相棒にペシリと後頭部を叩かれて。
「あ、すんませんね」
と正気に戻る。
「細長い小麦の料理か。じゃ、俺はパスタの辛め、大盛って出来る?」
「あー、ごめんなさい。大盛には対応出来ないです」
実際の所、出来なくはないが、料金その他が未定なのでお断りとさせてもらう。
「そっか、じゃ、普通のとスープで……そっちは決まったか?」
「辛いのにも惹かれるっすけど、ここはラーメン濃い味と肉野菜炒めで」
「パスタ辛めにスープに、ラーメン濃い味に野菜炒めですねぇ」
パタパタと札を並べる。
流石にお客さん3組目ともなると手慣れた感じで調理を進めていく。
(大盛ってのは考えてなかったなぁ)
「う……む。これは確かに開店記念特価だな。旨い」
「兄貴兄貴。こっちもすっげー旨いっす」
「このパスタも辛くて旨いぞ。だがスープな、これは今までに食べた事のない味だ。不思議な風味だが旨い」
「グルメな兄貴がそこまで言うなら、魔素使いさん、俺にもスープを」
「はい、毎度ー。ちなみにスープは日替わりですから、毎回同じのってわけじゃないんですよ」
「う……これは通いたくなるなぁ……」
「ありがとうございます」
◇◆◇◆◇
その後も数組のお客さんがやってきては美咲の料理、というよりも日本の食文化を絶賛していった。
ただ、ミサキ食堂には、店主にあんまりやる気がないという致命的な欠点があり、パスタ、ラーメンが合計30食出た所で閉店となった。
料理には原価が掛かっていないし、美咲自身は『呼び出し』を使った物を食べれば食費は無料。光熱費も魔素使いである美咲には無料。賃貸費用と組合の年会費だけ稼げれば美咲は生きていけるのだ。それが文化的な生活かどうかは別にして。
そういう意味ではメインディッシュの合計30という数字は十分以上に黒字を出せる数字だった。
それにサイドメニューもそこそこ人気があった。
ただ、このメニューで回すには、コンロが足りないという事も分かった。
ネックはサイドメニューだった。
サイドメニューだけでコンロを一つ占有されてしまうから、メインディッシュの回転が悪くなるのだ。
(サイドメニューから肉野菜炒めを外すべきかなぁ。でもなぁ)
そうするとサイドメニューの選択肢がスープ一択になってしまう上に、ただでさえ4品しかないメニューを減らす事になってしまう。
(コンロが後1口あれば何とかなるんだよね、コンロを買い替えたり出来るのかな? でも魔道具だから高いかな?)
30食程度で閉店する割に、無駄に効率化を考える美咲であった。
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