168.新しい武器
金物屋を出たふたりは、同じ通りにある金持ち相手の店舗を巡っていた。
昨日入った本屋は職人気質の店だったが、金物屋のある通りの店はどこも商品を上品に展示しており、店員も丁寧な口調だった。
この世界の人間の目から見ると子供と誤解されることの多いふたりだったが、この通りの店ではどこも丁寧に遇された。ふたりの着ているカラフルな服を見て、金持ちの子供と判断されているのかもしれない。
「さて、それじゃ後は武具を覗いて行きましょうか」
茜は美咲の方を振り返ってそう言った。
美咲はあれ、と首を傾げる。
「金物屋でナイフ買ってたよね?」
「普通の短剣が欲しいんですよ」
「そう言えば、茜ちゃんって武器は魔剣しか持ってないよね」
「短剣も持ってますよ。適当に買ったから品質以外はいまいちですけど」
茜の鑑定は物の状態を見抜くため、武具選びで重要な『質のいいものを選ぶ』という点においてはほぼ無敵である。
だが、ミストの町の武具屋では、質が良くて見た目も茜好みという短剣を見付けることが出来なかったのだ。
そのため茜の持つ短剣は、品質は優秀だが見た目が気に入らないから普段から装備するのはちょっと、という不遇な扱いをされていた。
「やっぱり格好良くて軽くて切れ味のいいのが欲しいんですよね」
「茜ちゃんの短剣ってどんななの?」
これです。と茜が取り出したのは、刀身の長さが30センチほどで、柄の部分が妙に長い短剣だった。
柄の部分だけ見れば両手剣と言ってもいいだろう。
鞘に収まっているため刃は見えないが、妙に幅広に見える。
「なんか面白いバランスの短剣だね?」
「万能ダガーって言って、穴掘りから魔物の解体までこれ一本で出来るそうです」
主に魔物を倒すことを生業にする傭兵の為に作られた短剣なのだと茜は説明した。
刃の部分は片側が普通の剣で、もう片側は粗い鋸になっており、倒した魔物の骨や角を切るのに適している。幅広の刀身はスコップのように使うことも出来るし、柄が長いので棒などに固定しやすく、槍として運用することも出来る。一本に様々な機能を詰め込んだ短剣なのだ。
「なるほどね。収納魔法を使えない傭兵なら、一本で色々賄えるっていうのは便利そうだね」
「そうなんですけど、収納魔法を使えるなら一本にまとめる必要ないんですよね」
無理にまとめてるので結構重いんです、と茜はぼやく。
「そっか、茜ちゃんならスコップと鋸を収納魔法でしまっておいて、短剣だけ腰につければいいのか」
「はい。多少重いのは我慢できますけど、格好悪いのは許せないので、新しい短剣が欲しかったんですよ」
そう言って茜は、武具屋の入り口の上に飾られた剣と槍を交差させた看板を見上げた。
無骨な看板は青空を背景に、黒いシルエットになっている。
いかにもな看板を見て茜のテンションが上がっていく。
「ここに来るのは初めてですけど、王都ならそれなりの品ぞろえの筈。ちょっと期待です」
ドアを開けて店内に入ると、店内は左右で完全に別の店のようになっていた。
入って左側にはテーブルが並び、店員が控えている。
右側には先ほどの金物屋のように、壁に武器が展示されている。
「えーと、まず、展示されてるのを見てみようか。どんなのが欲しいの?」
「そうですね……力がないですから、短剣か、何か軽い武器ですね」
壁に掛けられている武器は、レイピアが多く、セットでマン・ゴーシュなども飾られている。
次に目に付くのはサーベル、ブロードソード。槍や斧の武器もある。
「こうやって見ると、色々あるんだねぇ」
キャシーやベルが魔法剣士として戦っているのを見ている内に、美咲にもレイピアとサーベルとブロードソードの区別は出来るようになっていた。
槍や斧はまだ分からないので、槍斧を見て首を傾げているが、以前と比べれば格段の進歩である。
「そうですねぇ。こうやって見ると、不思議な武器もありますね……なんでしょう、これは」
茜は、棘が付いた鉄球が槍の穂先に付いたような武器を見て首を捻っていた。
強いて言えばモーニングスターに見えなくもないが、茜の知るモーニングスターと比べると柄の部分が長過ぎる。柄の分だけで茜の身長の倍近くあるのだ。
似たような武器が幾つか並んでいるので、それなりにメジャーなのだろうが、それらは茜の知識にない武器だった。
他にも未知の武器は色々あったが、どれも、茜が持つには重すぎるように見えるため、茜は気にするのをやめた。
「茜ちゃん、短剣って言ってたけど、どういう刃の短剣がいいの?」
両刃に片刃、刺突用まで様々な短剣がある。美咲はまず、刃の形状から絞り込んでみようとした。
「そうですね。両刃で細身、見た目に格好いいのがいいです」
「両刃で細身、というとこの辺かな」
壁に掛けられた短剣の中から、茜のリクエストに近い短剣を探し出す。
美咲の隣に立った茜は、壁の短剣を眺める。
どれも品質は悪くないが、特段いいという物もない。全てが手作りの世界で均質であるというのは見事だが、茜の目からはどれも凡庸であると感じられた。
「なんか、どれも品質は普通にいいんですけど、そこまでですね」
つまらなそうな茜のつぶやきに、ひとりの店員が反応した。
「お嬢様、短剣をお探しですか?」
「そうですけど、どれも似たような品質ばかりなので、ちょっとがっかりしてたんですよ」
「なるほど、黄色の傭兵でいらっしゃる。お連れ様は赤の傭兵ですか。それでしたら、こちらへどうぞ」
店員は、傭兵のペンダントに目を走らせると、店の奥に続く廊下に茜と美咲を案内する。
短い廊下を進むとすぐに広い部屋に出た。
最初は事務室でもあるのかと思っていた美咲たちだったが、そこには様々な武具が、先ほどまでの部屋の上品さを捨て去ったかのように、雑多に飾られていた。
「倉庫……にしては壁に飾るのって変だよね……茜ちゃん?」
美咲が茜の様子を伺うと、茜は壁の武具に夢中になっていた。
のめり込むような勢いで、花から花に舞う蝶のように、武具から武具へと視線を移していく。
どうやら茜のお眼鏡にかなう武具があったらしいと理解した美咲は、一歩下がって茜の様子を眺めることにした。
どれくらい経っただろうか。
正気に戻った茜は、店員に詰め寄った。
「どういう事ですか?」
「さて、質問の意味が分かりかねるのですが」
茜の問いに店員は、上品な笑顔でそう返す。
「なぜこれだけの品質の武器を表に並べず、こんな所にしまっているのですか?」
「表にある物は品質を統一したものなのです。そういうご要望が多いものですので」
武器を購入する者は二通りの人種がいる。
買った武器を自分で使う者と、買った武器を他者に使わせる者である。
この店の客は後者が多く、そうした客は、武器に均質であることを求めるのだと店員は言った。
「護衛や私兵がそれぞれ異なる武器を使っていたのでは、全員そろっての訓練が難しくなる上、見栄えも悪いというお客様が多いのです」
「だから、一定以上の品質の武器は奥にしまっているわけですか」
「はい。均質を求められないお客様にはこちらをご案内しております」
「それは……そうでしょうね。全然違います。これ以上隠し玉はないでしょうね」
茜の言葉に店員は慇懃な態度で礼をすると、後はとっておきの魔剣が数本だけです。と答えた。
それならばと、茜は再び壁の短剣を眺め始める。
そんな茜を眺めていた美咲は、壁にかかっている一本の剣に目を惹かれた。
両刃で刃渡りは60センチほど、ブロードソードとしては細身だが、レイピアにしては太すぎる。
柄の長さから片手剣。フィンガーガードは付いていない。丸い柄頭には等間隔に宝石が埋め込まれている。
「……綺麗な剣」
刃に薄っすらと青をまとっている事から、含有量は低いが魔銀を含んだ魔剣の類だと分かる。
大きさを考えないのであれば、全体のフォルムは幅広の両手剣に似ている。
鞘は鮮やかな青で数か所に革が巻き付けられている。
美咲がその剣に見惚れていると、
「決めました!」
茜が一本の短剣を指差していた。
両刃で細身、まっすぐの鍔。小さい十字架のような形に見えるがこの世界に十字架はない。偶然の一致なのだろう。
柄の部分は金色。鞘は革。鞘の先端は金色の金属で補強されている。
「これ、お願いします」
「かしこまりました。本当にお目が高くていらっしゃる」
店員と値段の交渉が始まる。
とはいっても、茜の場合はじゃれ合いみたいなもので、ほぼ言い値での買取が決まった。
そのタイミングで美咲は茜に声を掛けた。
「あの、茜ちゃん、ちょっといい?」
「はい、なんでしょーか?」
笑顔の茜に、先ほど見付けた剣を鑑定してほしいと美咲は頼んだ。
「綺麗な剣ですね……材質は魔銀と鉄を混ぜた魔鉄だから魔剣とは言えませんけど、白狼くらいなら切れます。剣に魔石をあしらうだなんて珍しいですね……魔石には意味はないみたいですね」
「へぇ、んー。あの、これ試しに振ってみたいんですけど」
店員に声を掛けると、奥に練習場があると案内される。
小さな扉を抜けると吹き抜けになったかなり広い部屋に出た。
店員の進めるままに、美咲は剣を構えて突き、切り、薙いだ。
「バランスもいいし、手にも馴染むし、これを買っていきます。あ、茜ちゃんとは会計は別で」
「かしこまりました」
ほとんど一目惚れの衝動買いだったが、前からメインの武器がないのは気になっていたのだと、美咲は自分を納得させることにした。
店を出ると、随分と店内で粘っていたのか、少し太陽が傾きかけていた。
美咲と茜は、それぞれ買った剣と短剣を腰につけていた。
茜は腰の後ろに着けて、右手で引き抜けるようにしている。
美咲はマン・ゴーシュを腰の右に着け、剣は左にぶら下げている。
「なんか衝動買いしちゃったな……茜ちゃんはなんで短剣なんて欲しかったの?」
「ファッションみたいなものですね。美咲先輩が誘拐犯相手にマン・ゴーシュを抜くのが綺麗だったから、真似したいっていうのもありますけど、人間相手には抜くつもりはありませんし」
シャって抜くのが格好良かったから、その真似だけしたいんです。と茜は楽し気に笑った。
「私も人のこと言えないけど、一応、人を殺せる武器だってことは認識しておいてね。そだ、ミストの町に帰ったら、誰かに武器の使い方を教えて貰おうか」
「はい、せめて自分が怪我しない程度にはなりたいです」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
置き場所の問題で買い控えてらっしゃった方に朗報です。
電子書籍版は11/30配信開始の予定だそうです。