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167.高級金物店

「アカネ様にマイヤー様からお届け物ですが、いかがいたしましょうか?」

「マイヤー? ……ああ、あの誘拐事件の。ということは荷物はお酒?」


 お礼をしたいと言うのなら、酒でも貰っておくようにと指示を出したことを思い出した茜に、セバスチャンはお酒もあります、と告げた。


「お酒も? お酒以外に何があるの?」

「マイヤー家は宝飾品を扱っておりますので、その」


 こちらです、とセバスチャンは脇に抱えていた布張りの箱を茜に差し出す。

 そして、慎重にその蓋を開けた。

 白い布の上には20個ほどの色鮮やかな宝石が並んでいた。

 指輪やネックレスに加工されたものではない。宝石そのものだ。形はすべて楕円形で綺麗に磨かれており、大きさは指先ほどの物ばかりと粒が揃っている。


「あー、なんて言ってました?」

「マイヤー家の跡取りを助けて貰ったのだから、これくらいは受け取っていただきたい、と。まずはアカネ様にこれを見せて意向を聞いてほしいとのことでしたので」

「んー……まあ、くれるって言うなら貰っておきますか」


 茜はあっさりと宝石を受け取ることにした。

 相手にもこれを出すだけの理由があるのだろうと、折れることにしたのだ。


「セバス、お礼状を用意して」

「かしこまりました。返礼品は如何いたしましょう?」

「必要? それなら……ちょっと待ってね。あの、美咲先輩」


 美咲の方に振り向く茜。


「美咲先輩、小瓶をひとつ貰えませんか?」

「ああ、お返しにするんだね?」

「はい、出来たらちょっと失敗した感じのを」


 頷く茜に、美咲は牛乳瓶ほどの小瓶を呼び出して手渡す。

 首と胴の部分が大きく縊れた形の小瓶は、一番下は赤く、上に行くにつれて赤味は薄れ、瓶の中程からは薄青、瓶の口の辺りは真っ青に染まっていた。そんな小瓶を見て茜は首をかしげた。


「美咲先輩、こんな気合が入ったやつじゃなくてもいいんですけど」


 透明なサファイヤガラスならアルミ缶から作れるが、色を付けるには研磨剤として流通している灰色のコランダムが必要になる。これだけ綺麗に染め上げるのはかなり大変だったはずだ。


「んー、これ、色は綺麗に出たんだけど、ちょっと形が気に入らないんだよね。いいイメージが湧かなくてさ」


 ここんところ、と美咲が小瓶の胴の部分を指差すが、茜には何が問題なのか分からなかった。


「それじゃこれをお礼にさせて貰いますね……セバス、これを返礼品にして」

「かしこまりました。後ほどお持ちします。お酒は倉庫の方に移してありますので、ご確認なさっておいてください」


 セバスチャンは一礼すると踵を返した。

 セバスが退室したのを確認し、小川が美咲に小声で問い掛ける。


「美咲ちゃん、さっきの小瓶もお銚子と同じように作ったのかい?」

「そうです。ただ、慣れてきたせいか、最近はあんまり魔素消費が激しくないので、含まれる魔素量は少ないと思いますけど」


 多分、結晶内に魔素を閉じ込めるような無駄がなくなってきたんだと思ってるんです、と美咲は言う。


「なるほどね。じゃあ、ビールジョッキは美咲ちゃんに頼んだ方がいいかな」

「構いませんけど、テレビで見たことしかないから、イメージと違っちゃうかもしれませんよ?」

「うん、まあ、そこはある程度似てたらいいから……あ」


 小川は何かに気付いたようにお猪口に視線を落とした。

 そしてお猪口の飲み口の部分をじっと見つめる。


「おじさん、どうしたんですか?」

「さあ? 急に固まっちゃったけど」

「……ああ、ごめん。ちょっと思い付いたことがあってね……美咲ちゃん、レンズって作れるかい?」

「歪んだので良ければ出来ると思いますけど。どんなのですか?」


 小川は、直径5センチほどの凸レンズと、直径5ミリほどの分厚いレンズをそれぞれ数枚ずつ美咲に依頼する。


「レンズってことは、虫眼鏡? 顕微鏡か何かですか?」

「まずは虫眼鏡だね。出来たら顕微鏡にも挑戦したいね……拡大鏡のアーティファクトはあるんだけど、貴重品だから滅多に使えなくてね」


 微小魔石の発見では借り受けられたんだけど不自由でね。と小川は苦笑した。




 レンズのセットとビールジョッキ試作一号機を作成した美咲と茜は、完成品を小川に渡すと、王都の散策に出掛けた。

 観光は以前十分にやっているので、今回は王都の金物屋見物である。


「ナイフとか、中々格好いいのがあるらしいんですよね」

「ナイフはともかく、ハサミは髪の毛と布を切るのがほしいかな。前にいいのがあるって言ってたよね?」

「この店で売ってるって聞いてます。入ってみましょう」


 立派な店の前で、茜が立ち止まる。

 石造りの大きな建物は、間口も広くガラスのショーウィンドーまで備えている。

 展示されているのは、ナイフやハサミといった実用品なのだが、どれも洗練された美しさだ。


「なんか、凄そうな店だね。平民が入っても大丈夫なの?」

「うちのメイドもたまに買い物に来るって言ってましたから、大丈夫ですよ」


 黒く重たい木のドアを開くと、ドアのない三方向にはそれぞれカウンターがあり、店員が待ち構えている。店員の後ろの壁には、サンプルと思しき金物が飾られていた。

 店内を見回した茜は、こっちです、と美咲を先導し、ハサミのコーナーに向かった。


「いらっしゃい、お嬢様方。ハサミがご入用ですか?」

「髪の毛を切るのに適したハサミと、裁ちばさみを見せて貰えますか?」

「少々お待ちください……こちらをご覧ください」


 店員は、後ろの壁からサンプルのハサミを外して茜の前に並べる。

 サンプルのハサミは少々くたびれた外観だが、刃の部分は綺麗に研がれていた。

 どちらも基本的に黒っぽい金属で、刃の部分を除き、細かな彫刻が彫り込まれている。

 ハサミの大きさは、日本で見慣れたものより少し小さいように見える。

 茜はそれを手に取ると、カチャカチャと動かし、難しそうな顔をする。


「先輩、どうしましょうか? 切れ味はよさそうな感じですけど」

「んー、店員さん、これって誰でも研げるものなんですか?」

「ハサミの研ぎですか? お嬢様には少々難しいかと」


 店員の言葉に、美咲は少し考え込んだ。

 シャープナーなら呼べる。

 包丁やハサミを研ぐために、ホームセンターで買ったことがある。

 そこまで考えて、最悪、切れ味が悪くなったら呼べばいいのかと思い至る。


「えーと、裁ちばさみはもう一回り大きいのありませんか?」

「はい、ございます」


 店員が出してきたのは、日本で見慣れていたサイズの裁ちばさみだった。

 形は裁ちばさみにしては少々細身で、全体に細かな彫刻が刻まれている。

 刃の部分を見る限り、ハサミとしての実用性にも問題はないように見受けられる。


「試し切りをしても構いませんか?」

「端切れでよろしければご用意いたします」


 こちらをどうぞ、と端切れを手渡された美咲は、ハサミを手に取って端切れを二つに切る。

 端切れは綺麗に切断された。

 切り口がまっすぐなことを確認した美咲は満足げに頷いた。


「この大きな方の裁ちばさみと、こちらのハサミでおいくらでしょうか?」

「はい、6200ラタグになります」


 美咲基準の日本円換算で6万円以上である。

 手作りにしても高い様な気がすると感じた美咲だったが、質がいいということはそれだけ手間も掛かっているのだろうと納得する。


「それでは、ふたつとも頂いて行きます」

「ありがとうございます」

「あ、他にも見たいものがあるので、ちょっと待ってください」


 店員が裏に下がって、新品を持ってこようとしたところで、茜が店員を呼び止めた。

 その視線は、隣のカウンターのナイフに釘付けだった。

 茜が興味を引かれたのはペーパーナイフだった。

 美しいデザインが多く、銀製のものも置いてあったりする。


「そこにある銀色の剣みたいなのを見せてもらえますか?」


 店員に手渡された銀色の長剣を象ったペーパーナイフを、茜は楽しそうな表情で眺める。

 店員と何回かやりとりをしながら、奥から数点、品物を持ってきてもらっている。

 そんな茜の横で、美咲は壁に並んだ様々な金物を眺めていた。

 工具やドアノブ、食器など、色々な金物が置いてある中、それは美咲の目を引いた。


「笛?」


 長さや太さの異なる笛を10本以上集め、木琴のように並べて繋げたそれは、パンフルートに似ていた。色は少し青みがかった銀色だ。

 おもちゃのパンフルートしか見たことがない美咲だったが、一音しか鳴らない笛を集めて並べた、ハモニカの原形のような楽器と認識していた。


「パンフルートって木管楽器だったと思うけど……すみませーん」


 美咲は店員を呼んで、その楽器を見せて貰った。

 名前は筏笛(いかだぶえ)というらしい。

 店員に吹いてもらうと綺麗な音が出る。音階は美咲の知るドレミファソラシドではないようだが、音は足りているように感じた。


「手入れはどうすれば? 鉄だと錆びますよね?」


 すぐに錆びるようなものを売り付けはしないだろうとは思いつつも、美咲は念のため尋ねてみた。


「柔らかい布で軽く拭くだけで充分です。表面に聖銀を使っているので、錆びることはありません」


 聖銀と聞き、随分と値が張るのだろうと尋ねてみると、店員は首を横に振った。


「腕がいい職人が作っておりますので、聖銀の使用量は極僅かなのです」


 詳しく話を聞いてみると、メッキに近い技法のようだった。

 値段を聞いてみると、35000ラタグらしい。

 たかが楽器に35万円というと高く感じるが、美咲はこの笛が気に入ってしまっていた。


「んー、それじゃハサミと一緒にこれもお願いします……茜ちゃんの方の買い物はどうなったのかな」


 美咲が振り向くと笑顔の茜が待っていた。

 どうやらいい買い物が出来たらしい。


「私の買い物は終わってます。美咲先輩は楽器もやるんですか?」

「選択授業は美術だよ。でもこれならハーモニカみたいな感じで吹けそうだからね」


 日本の曲を練習してエリーに聞かせたいのだと、美咲は笑顔で言った。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

本屋さんに本が並んでいるのを眺めてきました。

なお、電子版でないとちょっと、という方は、11/30頃に配信開始予定だそうです。

タイトルが長いので略称を、という声をいただきました。現状、思い付きで『フ女子生活』と仮称しております。

#美咲が腐る予定はございません。

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