164.事件
お風呂を出て夕食を食べたあと、リビングのコタツで温まりながら、美咲は充電器と電池、ケーブルを取り出した。
パッケージを外した充電器にケーブルを挿し、電池を入れる。
「こんなのだけど、使えると思う?」
「試してみますね」
アイテムボックスにしまっていた通学鞄を取り出した茜は、鞄の中からスマホを取り出して美咲に手渡した。
美咲はスマホにケーブルを挿し、充電器の電源を入れる。
「充電のマークは出てるね」
「おおっ!」
美咲と茜がスマホの充電を試していると、こちらの世界の蒸留酒の果汁割を持った小川がやってきた。
「どうだい? 充電できたかな?」
「充電マークは出ました」
茜がスマホの画面を小川に見せる。
「へぇ、リンゴに対応していない充電器も結構多いんだよ、茜ちゃんは運がよかったね。でもどう考えても容量が足りないから、フル充電は出来ないと思うよ……美咲ちゃん、乾電池で動く機械とかって出せるかな」
「えーと……この充電器とヘッドランプ、小さい懐中電灯、それくらいしか思い浮かばないんですけど、何するんですか?」
「それなら、その充電器を2つ、ヘッドランプを4つ、ケーブルを3本、それと観光地に売ってるような箱入りのお菓子と、瞬間接着剤をお願いできるかな……フル充電できる充電器を作ろうかと思ってね……おっと、あと、ヘッドランプに入る電池を8本」
美咲は小川に言われた物を呼び出していく。
美咲が呼び出したヘッドランプの電池ケース部分を確認しながら、小川は他に足りないものはないかと思案する。
ばねの付いた電池ケースとそれを固定する箱、導線はケーブルから取り出せる、充電器本体部分は充電器そのものを流用できる。それらを箱に固定するための瞬間接着剤。そして、スマホに合ったケーブル。
小川の目論見では、それだけあれば充電器の容量を増やすことが出来る筈だった。
「小川さん、機械得意なんですか?」
「会社に入ってから勉強した程度だよ。充電器が対応してるなら、後は3ボルトの直列を4つ並列にして、充電器に繋げるだけの簡単な工作だから、小学生でも出来るかもね」
小川はアイテムボックスから革の通勤鞄を取り出す。そして、通勤鞄の中から黒い革のポーチのようなものを取り出した。
「工具に触るのは久し振りだよ」
ポーチからマイナスドライバーとラジオペンチを取り出した小川は、充電器をバラバラに解体し始める。
「小川さん、なんで工具なんて持ってるんですか?」
「ん? 仕事道具だよ。オフィス機器のサービスマンやってたからね……帰宅後でもトラブル対応できるように、最低限の工具はこうやって持ち歩いてたんだ」
「社会人って大変なんですね」
充電器の構造を確認した小川は、嬉しそうに頷いた。
「……しっかりした基板だね。これなら後は、ヘッドランプから電池ケースを外して、並列につなぐだけで出来そうだ」
「おじさん、なんか手慣れてますね?」
「僕のスマホもリンゴでね、乾電池式充電器を自作したことがあるんだよ。ほとんど忘れちゃってたけど、触ってたら色々思い出して来たかな……美咲ちゃん、リード線なんて出せる?」
ヘッドランプの電池ケース部分を取り外し、小川はふと思いついたように美咲にそう尋ねた。
「リード線ですか? 小学校の頃に触った記憶はありますけど……えーと、無理みたいです」
「楽は出来ないか。それじゃ、予定通りケーブルばらして導線にしますか……あ、明日の朝までには作っておくから、ふたりはもう寝ちゃって」
楽しそうに充電器を組み立てる小川を見て、美咲と茜は部屋に戻るのだった。
翌朝、小川はコタツに突っ伏したまま眠っていた。
手作り充電器と、小川の物なのだろう、リンゴのスマホがケーブルで繋がっていた。
小川の体には、毛布が掛けられている。リビングを掃除しに来たメイドが、掛けたものである。
そんな小川の肩を揺すって、美咲は声をかけた。
「小川さん、こんなところで寝てたら、風邪ひきますよ」
「んー……ああ、美咲ちゃんか……充電器は完成してるよ。工作が楽しくて色々弄ってたら寝落ちしちゃったみたいだ……うん、僕の携帯は充電できたね。そうだ、悪いんだけど充電器の材料をもう一セット出して貰えるかな、あと、乾電池を出来るだけ沢山」
「また作るんですか?」
充電器の材料を呼び出して小川に渡すと、美咲は乾電池を呼び出し始める。
12本パックの乾電池を10個ほど呼んだところで、美咲は呼ぶのを止めた。
「後は寝る前に呼びますけど、そんなにスマホを使うんですか?」
「電子書籍で事典が入ってるんだ。堆肥の作り方とか調べたかったんだよね。あと麹の育て方と醤油や味噌の作り方なんかもね」
「そんなことまで載ってるんですか?」
百科事典だとしてもそこまでの情報は載ってないのではないかと、美咲は首を傾げる。
「事典以外にも雑学関連の本がたくさん入ってるからね」
「SFなんかは入ってますかっ?」
食い気味に聞いてくる美咲に、小川は人差し指で頬を掻きながら蔵書を思い返してみる。
「んー、SFはなかったかな。雑学の他は戦争ものを読んでたから」
「そうですか、それじゃ、そろそろ朝食の方、見てきますね」
「え? 美咲ちゃんが料理するの?」
「いえ、ロバートさんですけど、味付けを見てほしいって頼まれてるんですよ」
純粋に料理の腕ならロバートに軍配が上がるのだが、和風の味付け、特に味噌を使ったものについては、美咲に一日の長がある。小川はなるほど、と納得した。
朝食が終わると、茜に連れられ、美咲は中庭に足を踏み入れた。
冬の花はあまり植えられていなかったが、中庭は丁寧に手入れがされていた。
「それでどうしたの?」
「ラジオ体操しましょう」
「ああ、なるほど」
スマホを取り出した茜は、プレイヤーを起動して、夏休みの小学生にお馴染みの曲を選択する。
軽快な曲がスマホから流れ出すのと共に、茜は美咲の前でラジオ体操を始めた。
「早いよ」
少しのテレを残しながら、美咲も曲に乗って体を動かす。
妙にキレのいい茜の動きに合わせようとすると、少し呼吸が乱れるのを感じ、なるほど、これをやっていたなら痩せるわけだと美咲は納得した。
ゆっくりと深呼吸をして体操が終わる。
「ラジオ体操ってこんなにハードだったっけ?」
「お姉ちゃんが家でやってたのはこんなでした。出来る限り素早く動かして、ぴたりと止めるのがポイントだそうです」
美咲よりもしっかり体を動かした分、茜も息が上がっているようだが、疲れを感じさせない動きで、スマホの電源をオフにした。
「たまにでいいので一緒にやりましょう。ひとりだと詰まらないんですよ」
「いいけど、ミストで音楽はかけられないかもだよ」
リバーシ屋敷と比べると、ミサキ食堂の庭は、庭と呼ぶのも烏滸がましいほどの狭さだ。スマホで音楽を流したりすれば、ご近所にも聞こえてしまうだろう。
美咲がその点について指摘すると、茜は、それは仕方ないと頷いた。
「あ、エリーちゃんにも教えて一緒にやりましょうね」
「んー、教えたら喜んでやりそうだね。日本で有名な体を鍛える体操だって言えば、マリアさんも乗って来るかもね」
ラジオ体操の話をしながら屋内に戻ると、リビングのコタツで、小川が新しい充電器を作っていた。
小川の隣に座った茜は、小川の手元を興味深そうに覗き込んでいる。
「小川さん、何か足りないものとかありますか?」
「今は足りてるけど、瞬間接着剤は暇な時に出しておいてほしいかな。何かと役立つんだよね」
「それじゃ、夜寝る前に電池と一緒に出しておきますね……茜ちゃん、今日はどうする?」
茜は少し考えてから、首を横に振った。
「特に行きたい所とかないですね。美咲先輩は行きたい所ないんですか?」
「んー……そうだ、本屋さんとかってあるかな」
赤の受験の際に見た、この世界の有名な小説や随筆、それに歴史の本が欲しいのだと美咲は言った。
「心当たりありますけど、行ってみます?」
「うん、行きたい。本屋、久し振りだなぁ」
日本にいた頃は、数日と置かずに本屋に通っていた美咲である。久し振りに本屋を覗けると考え、美咲のテンションは上がっていた。
この世界で大量の書籍に触れたのは、王立図書館に行った時以来であった。重厚な革の装丁の本が沢山並んでいたのを思い出し、自然と美咲の顔は笑みを形作る。
ちなみにミストの町に本屋はない。商業組合で書籍を扱っていないこともないが、基本的に取り寄せのみなので、本屋と聞いてイメージするものとは大分かけ離れている。
外出着に着替え、しっかりと防寒対策をしたふたりは、王都の町をのんびりと歩き始めた。
「美咲先輩は剣を装備していくんですね」
「お守りだからね。本屋ってどのあたりにあるの?」
「組合の本部とかがあるあたりですね。見掛けたことはありますけど、入ったことはないです」
傭兵組合や商業組合の本部は、リバーシ屋敷と同じく、王都平民街区南区に存在する。リバーシ屋敷があるのは貴族街区にほど近いエリアなので、それほど人通りは多くないのだが、それでもミストの町の広場よりも人口密度が高かった。
「この辺、あんまり子供がいないんだね」
「一応高級住宅街ですから、庭で遊ばせてるんだと思いますよ……あ、ほら、子供です」
茜が指さす方を見ると、小学生高学年くらいの女の子が、小学生低学年くらいの男の子と手を繋いで歩いていた。
長閑な風景に美咲と茜が微笑んでいると、ひとりの男が男の子を抱き上げて走り出した。
火が付いたように泣きだす女の子。異常事態だと理解した周囲の大人たちが騒めきだす。
「美咲先輩、追いかけますよ」
「私もいくよ」
美咲と茜が男を追って走り出した。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
まだ書籍化の原稿弄ってます。
こんな直前までやるものだとは思ってなかったので、ちょっと新鮮です。




