158.折り紙
美咲が食堂に戻ると、茜が楽しそうに料理をしていた。
復活祭に向けた特別メニューの研究らしい。復活祭はまだ数カ月先の話なのだから、かなり気が早い。それだけテンプレ出来る機会が楽しみなのだろう。
「茜ちゃん、材料は足りてる?」
「あ、美咲先輩、お帰りなさい。大きめの柔らかい肉とかがあったら欲しいです」
「牛肉がいい? あー、限定メニューなら地竜でもいいかな」
牛肉はそこそこの値段のステーキ肉を出せる。だが柔らかさで言えば、地竜に軍配があがる。
地竜の肉であれば、各部位ごとに購入したので色々選べる。
茜はしばらく考えてから、牛肉を選んだ。
「地竜の方が美味しいと思うんですけど、日本の食の無双ですからねー。日本の食材で勝負しないとなのです」
「おかしなところに拘るんだね。美味しければいいと思うけど」
美咲は呼び出したステーキ肉を冷蔵庫にしまいながら肩を竦めた。
「とりあえず3枚くらい冷蔵庫にしまっとくね。必要な数が分かったら教えてね」
「はーい、ありがとうございまーす」
肉をしまった美咲は、店内を見回した。
相も変らぬ飾りっ気のなさである。
以前、飾っていたガラス瓶は、客が落ち着かなくなるという効果をもたらしたため、ビリー氏に売り払ったのを機に、片付けてしまっている。
綺麗なものなら部屋にたくさん増えてきている。サファイアガラスの小瓶コレクションは、作った美咲本人でさえ、中々の出来だと思うものが幾つかある。
しかしそれを表に出すと、また商業組合が買い付けに来ないとも限らない。
「ん? ああ、紙ならいいかな?」
茜による植物紙開発は順調に進み、まだ少々高価ではあるが、画用紙や上質紙の製造には成功している。
ちなみに、鉛筆、色鉛筆もそれなりに使えるものが出来てきており、最近の工房では品質向上に余念がない。
それはさておき、美咲はテーブル席に座ると、日本製のカラフルな折り紙を取り出し、折り紙を折り始めた。
作れるのは簡単なものばかりだが、動物や鳥を形作って、テーブル上に並べていく。幾つかは、ペンで顔を描いたりもしてみる。
出来は子供の手遊びレベルだが、染料がそこそこ高価なこの世界では、綺麗だと思って貰えるだろうという判断である。
犬、猫、狐、カエル、鶴、花など、思い出せる限りの折り紙を作っていく。
「あー、美咲先輩、テンプレですか?」
「これもテンプレになるの? ただの折り紙だけど」
「一応テンプレですねー。なので、こっちに原始的な藁半紙があるって知った時に、折り鶴とか作って商業組合に持ち込んだんですけど、買い叩かれました」
この世界で折り紙に高値が付かない理由はふたつあった。
ひとつは原始的な藁半紙がそれなりに使われている事。羊皮紙が正式な書類に使われる「本物の紙」で、藁半紙は「偽物の紙」という評価がついている世界であるということである。偽物の紙で作った工芸品という評価だけで、高値は付きにくいのだ。
もうひとつは、芸術的価値観の相違である。この世界にはアーティファクト以外に写真というものが存在しないため、芸術は如何に写実的に描き、彫るかという点に集約されている。そこに抽象的な折り紙を持ち込んでも、芸術的な付加価値は殆ど付かなかったのだ。
それでも藁半紙を綺麗に正方形に切り取って作った折り鶴には、100ラタグ(1000円)の値段が付いたのだが、リバーシの版権を売ることに成功した茜は、以降、折り紙を商業展開するのをすっかり諦めていた。
なお、100ラタグの値が付くのは希少価値があるからで、茜が量産して持ち込んでいたら、もっと値は下がった筈である。
「まあ、私は売る気はないからいいんだけどね。テーブル席に置いたら、可愛いんじゃないかと思ったんだ」
「そうですか? 数作らないと、逆に寂しくなりそうですけど」
「うん。だから、箱庭風に区切って、そこに色々並べようかと思って」
旅行のお土産のお菓子が入っていた紙箱を置き、そこに折り紙を並べて展示するのだと美咲は言った。
どんな箱なのかと茜が聞くと、美咲は「土左日記」と書かれた箱を取り出した。
土左日記をモチーフにしているだけあり、箱は本のような見た目で、表紙を開くと中にお菓子が並んでいた。
「表紙の部分を立てて立体を表現すれば、鳥とか動物とかを配置しても綺麗だと思うんだよね」
「なるほど。箱が小さいから、そんなに中身を詰めなくても格好がつくし、いいと思います」
「後は、出来たら小さい縫い包みを作って並べたいかな……兎と犬ならキットを買ったことあるんだよね」
美咲は、キットを呼び出してテーブルの上に並べる。
完成図の写真は、デフォルメされた柴犬と、リアルな茶色い兎だった。
「そう言えば、正月に黒猫の縫い包み買ってましたよね?」
「あー、あったね。コタツ用だと思ってたから忘れてたよ」
美咲はテーブルの上に黒猫の縫い包みを置き、その背中を優しく撫でる。寝そべった姿勢の黒猫の縫い包みは、テーブルの上にバランスよく収まった。
「美咲先輩は縫い包みとか作るの、趣味だったんですか?」
「あー、これは友達に勧められて作ったんだ。初心者向きだから簡単だよ。茜ちゃんも作ってみる?」
「そうですね。才能が花開くかもなので、試しにやってみたいです」
◇◆◇◆◇
その日の食堂の営業時間が終わった頃、広瀬がモッチーを伴ってやって来た。
広瀬のアイテムボックスに買った物を収納しているので、ふたりともほぼ手ぶらだった。
「美咲と茜にお土産があったんだ」
広瀬はそう言って、護宝の狐の毛皮で作ったとおぼしき帽子をふたりに手渡す。
「えーと、護宝の狐ってことは……潜ったんですか?」
「ああ。塀を作るだけが仕事じゃないからな。帽子は隊の連中が作ったのを買い取ったんだ」
毛皮の帽子は、後ろに尻尾がぶら下がっていた。
早速帽子をかぶった茜は、毛皮を撫でて喜んでいる。
「茜ちゃん、尻尾がずれてるよ」
美咲は、茜の帽子を尻尾が真後ろに来るように直し、自分もポニーテールを解いて、帽子をかぶった。
「美咲先輩、似合ってますね」
「もふもふしてるね。茜ちゃんも可愛いよ」
「ふたりとも似合ってて何よりだ。ところで、その帽子を作った奴がビールを飲みたいって言っててだな……」
「分かりました。結構溜まってるので持ってってください。ビールだけでいいんですか?」
美咲はアイテムボックスにしまっておいたビールを取り出してテーブルの上に小さな山を作る。
それを自分のアイテムボックスにしまいながら、広瀬は少し考える。
「梅酒をつけるような強い酒があるなら、それも何本か欲しいな。酔えればいいって連中が多いから、水で薄めて飲ましてやれば喜ぶだろ」
「でも砦で飲んじゃっていいんですか?」
「たまにならガス抜きになる。既婚者は王都に帰したが、最初からずっと砦に詰めてる奴らは、いい加減可哀そうだしな」
ローテーションで休日を作ってはいるが、砦の中にいては息が詰まる。
酒程度で息抜きになるのなら安いものだと広瀬は笑った。
「それじゃ紙パックなので注意してくださいね」
紙パックに入ったホワイトリカーを呼び出し、机の上に並べる美咲。
紙パック1つで一升になるが、美咲はそれを20本呼び出した。
モッチーは、収納魔法に入っていたのだろうと思っているようだが、それでもその酒の量に、驚きの表情を隠せていなかった。
「とりあえず、こんな物で。余ったら砦の人にあげちゃってください」
「おう、ありがとな」
「おにーさんは年末年始も砦ですか?」
「ん? ああ、そうなるな。春までは砦に駐留することになるかな」
春になれば迷宮の門に関する各種根回しが終わり、情報が公開される。
そうなれば、部隊がいつまでも門のそばにいる理由がなくなるし、それが必要だったとしても、別の部隊を送り込むことが出来るようになれば、広瀬達は王都に帰ることが出来る。
「あー、それならお餅とお醤油と日本酒も付けときましょう」
美咲はテーブルの上に切り餅を追加した。切り餅は念のため、大袋で三つ。
さすがに疲れから眠気が出てきた美咲は、醤油は厨房の物を持ってきた。
「うん。助かるよ。これなら醤油味と米の味を楽しめる」
「どうしても必要なものとかあったら、電話してくださいね」
「ああ、そうするよ。それじゃ茜も元気でな」
「あー、おにーさん、ちょっと待ってください。お守りに秘薬です」
茜はアイテムボックスにしまったまま存在を忘れていた、サファイアで作った瓶を広瀬に手渡した。
「随分と綺麗な瓶だな?」
「サファイア製ですよ。中身は回復ポーションです。ゲームとかの秘薬っぽいので、お守りに持って行ってください」
「……まあ、一応貰っておくが……後でちょっと電話するから、ちゃんと説明してもらうぞ」
サファイア製、という部分で頬をひきつらせた広瀬は、そう言ってアイテムボックスにポーションをしまった。
「あー、そこは胸ポケットにしまう所なのに」
「鎧にそんなのないわ!」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
コーヒーで体調を崩したのを引きずってしまい、更新が一日遅れてしまいました。
寒かったり扱ったりで、体調崩しがちな季節です。皆様も健康にはお気を付けください。
追記
何回か誤字とのご指摘を頂いておりますが、土左日記は誤字ではありません。
定家本や為家本を含む多くの古写本では題は「土左日記」と表記されております。また、銘菓土左日記も実在します(箱が日記っぽい形状だったりして面白いし、中身も美味しいので好きなのです)。