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150.樹海の迷宮・第二階層・アーティファクトの分配

 砦に戻った一行は、部屋で体を休めていた。

 美咲は、フェルが壁に寄り掛かって寝ているのを確認すると、こっそりと建物から出て、人目に付きにくそうな物陰で日本で買ったセーターと、こちらで買った毛布を5枚ずつ呼び出して、収納魔法でしまうと砦内に戻った。

 まだそれほど寒くなってはいないが、念のための冬対策である。


「空いてるかなぁ」


 厨房を覗けば、今日はタイミングがずれているのか、モッチーの姿がない。

 厨房に入った美咲は、お玉と包丁にボウル、ジャガイモ、人参、玉ねぎ、マッシュルームもどき、鳥胸肉を収納魔法から取り出し、あたりを見回してからシチューのルーを呼び出す。

 手早くシチューのルーをパッケージから取り出しボウルにあけ、カラフルな紙箱とプラスティックのパッケージをアイテムボックスに格納して削除。そして少し考えてから、ルーの入ったボウルは収納魔法にしまいこむ。


「まずはテストだよね」


 美咲は大鍋を収納魔法で、取っ手が両手の位置に来るようにイメージしながら取り出す。しかし大鍋は手の間ではなく、少々離れた流し台の上空に現れた。

 それを予想していた美咲は、落ちて来る鍋をキャッチする。


「これも安全装置なんだろうね」


 手の間に現れるイメージで、本当にそこに出てきた場合、手の幅が十分でなければ手と大鍋が重なってしまう。だから、安全距離を保って出てくるのだろう。美咲はそう納得した。

 再び大鍋をしまい、今度はコンロの上に乗っかるイメージで取り出すと、大鍋はコンロの数ミリ上空に出現した。


「台の上でも他のものと重複しないように少し上に出るんだ……でもこれくらいなら大丈夫かな?」


 何回か実験を繰り返し、鍋が落下するときに斜めになったり跳ねたりしないことを確かめると、美咲は大きく頷き、大鍋に水を汲んだ。


「……んー、手抜きでいっか」


 大鍋を火に掛けると、流し場でジャガイモと人参を洗い、野菜の皮を剥いて適当なサイズに切り大鍋に放り込む。

 鳥胸肉も適当なサイズに切り、これも鍋に放り込んだ。

 マッシュルームもどきは石づきを切り落とし、これはボウルに出しておく。

 後はしばらく煮込んで、適当なタイミングでルーを割り入れて、マッシュルームもどきを入れれば完成である。

 煮込んでいる間に調理器具を洗って片付ける。

 しばらくすると、匂いに釣られたか、モッチーが現れた。


「こんにちは、これって煮物よね? 何作ってるの?」

「シチューを作ってます」

「え? 牛乳はどうするの?」


 問われて、美咲はしまったという表情をしたが、すぐに気を取り直して誤魔化しにかかる。


「そこはうちの食堂の秘伝なので内緒なんです。こういうのを使うんですけどね」


 収納魔法にしまったボウルを取り出して、欠片をモッチーに見せると、モッチーはルーの匂いを嗅いで、納得したように頷いた。


「ホワイトソースの匂いね。小麦と油脂で固めてあるみたい……」

「大体あってますけど、秘伝なので内緒です」

「そっかー、まあ、今みたく長期遠征でもなければ、牛乳も手に入るから大丈夫ね。ミサキさんは色々器用ね」


 モッチーが戻ると、美咲は軽く灰汁を取り、ルーを割り入れ、弱火で煮込み始める。そろそろ完成というところで、マッシュルームもどきを入れ、しっかりと火を通して完成である。

 出来上がった大鍋を美咲は収納魔法にしまいこむ。


「大丈夫だよね?」


 大鍋を収納魔法から流しの上に取り出すと、ドン、という重い音と共に鍋が着地する。


「問題ないね。これなら迷宮で作り置きの料理を出せるね」


 美咲は大鍋を収納魔法にしまい、部屋に戻った。




 それからしばらくは、迷宮と砦の往復だった。

 最初はアーティファクトが出るまで迷宮に潜り続ける計画だったが、4日経過しても護宝の狐が出ないことがあり、条件を見直すことになった。アーティファクトが出るか、丸2日経過するまで迷宮に潜り、砦に戻って来て休む。その繰り返しである。

 第二階層で出てきたアーティファクトは、鉄砲、弓、短弓、そして剣だった。剣は通常は刃を潰した刃引きの状態だが、何かに接触する瞬間だけ、魔法の弓の矢と似た刃が出てくるようになっており、その刃は護宝の狐を切り裂くことが出来た。

 刃こぼれや脂で切れ味が落ちることがなく、魔剣並みに魔物を切り裂く魔法の剣に、ベルは興奮しきりであった。

 それぞれ武器が複数出揃ったところで、ゴードンから譲れる武器があったらパーシーに渡してほしいという連絡があった。

 迷宮は深層になるほど広く、現在の調査は第10階層まで進んでいる。

 その間、護宝の狐は数回姿を現しているとのことだが、いずれも逃げられてしまっている。

 パーシー達が魔法の武器を使って護宝の狐を倒せるかが、この迷宮の価値を決める。ゴードンはそう考えていたのだった。


「それではみんなの意見を聞かせて貰いますわ。手元に残しておきたいものはありまして?」


 砦の大部屋で、木箱の上に並べたアーティファクトを前に、キャシーは美咲たちにそう問い掛けた。

 キャシーの問いに、最初に反応したのはベルだった。ベルは木箱の上の魔法の剣に手を伸ばした。


「これは魔剣以上の剣だと思う。俺はこれを貰いたい」


 フェルは最初から魔法の弓を抱えており、それを持ち上げた。


「私はこれかな。手に馴染んでるし」

「えーと、美咲先輩、どうしましょう?」

「欲しいのがなければ、無理に言わなくてもいいんだよ?」


 茜はなるほど、と納得する。

 魔法使いとして最強の部類の茜は、武器には興味はないようだった。


「……わたくしはこれですわね。地上なら火魔法も遠慮なく使えますし」


 キャシーは魔法の鉄砲を手に取った。

 アブソリュートゼロは無理だが、インフェルノならキャシーでも使える。インフェルノを登録した魔法の鉄砲は、地上であれば十分に力を発揮するという判断だった。


「キャシー、インフェルノは使えたよね?」


 フェルが尋ねると、キャシーは頷いた。


「ええ。ですが、魔法の鉄砲は引き金を引くだけで魔法が使えますのよ? 詠唱不要というのは大きいですし、わたくし以外の誰かに託すこともできますわ。それにアカネさんに魔法を登録して貰えれば長射程の武器に変わりますわ」

「あー、アカネの射程距離はちょっと凄いからね……短弓は人気ないんだね」

「そんなことないよ? 魔法の短弓も便利だよ」


 美咲は、魔法の短弓を手に取り、その弦を弾く。

 魔法の短弓は、魔法の弓よりも遥かに取り回しがしやすい。また、魔法の鉄砲と比較すると魔素を消費せずに使用できるという利点があるし、短時間であればその速射性能は一般の魔法を上回る。だが、射程の長さに魅力を感じるのであれば魔法の弓に軍配があがるし、自分の魔素を消費することを是とするのであれば、引き金を引くだけの魔法の鉄砲の方が速射性に優れている。

 言ってみれば、魔法の短弓はすべての性能がそこそこ優れた万能型の武器で、皆が選んだのは性能特化型なのだ。どちらが良いというものではなかった。


「ミサキは短弓を使うの?」

「ん? んー、短弓は可愛いけど、使わないかな」


 美咲は魔法の短弓を武器の山に戻す。


「それでは、後の武器は手放すということで構いませんわね?」


 キャシーの問いに、全員頷いた。

 それでは、とキャシーは続けた。


「この先ですが、組合長からはこれで終わりにしてもいいというお話が来ています。同時に、可能であれば第三階層を調べて貰いたいというお話もありました」


 第三階層と聞いて、ベルが左手首を押さえる。

 成体のグランボアの存在は、第三階層攻略の壁だった。

 難易度の高い魔物の存在から、第三階層の調査は、現場が可能と判断した場合のみ行って貰いたい。ゴードンはキャシーにそう伝えていた。


「……この前の不覚は、主に濃霧のせいだと思うんだよね」


 フェルがそう言うと、キャシーは頷いた。

 グランボアは重量級で厄介な敵だが、接近される前に倒してしまえば勝てる、というのがキャシーの考えだった。そしてそれは、このパーティであれば十分になしえることだった。

 そして、迷宮において、天候は一時的な現象に過ぎない。次に潜った時、第三階層が濃霧に包まれている可能性はほぼゼロである。


「接近を許さずに倒してしまえば、私たちは第三階層も制覇できる筈ですわ。一度、第三階層に潜って、霧が出ているようなら撤退する。という作戦でどうでしょう?」

「……俺は雪辱を果たしたい」


 ベルが静かにそう答える。


「次は凍り付かせてあげるんです」


 茜がグッと拳を握る。

 珍しく燃えているようだった。


「まあ、視界さえあれば、この武装で負ける気はしないかな」


 フェルもやる気を見せていた。

 美咲は溜息をつくと、いつから潜るのかとキャシーに質問する。


「パーシーさんたちに魔法の武器を受け渡した後ですわね。組合長の話では、明日か明後日には出てくるみたいですから、その後になりますわね」

「それじゃ、ミサキさんも第三階層に下りるのに賛成ですのね?」

「うん、霧さえ出てなければね」


 美咲は第三階層で見た濃霧を思い出して眉をひそめた。

 あれは魔法使い殺しの霧だった。指呼の間になる迄相手の姿が見えないのでは、魔法使いにはなすすべもない。

 キャシーとベルは魔法剣士だが、魔法を使わずに剣士としての腕だけで見れば、グランボアに勝つのは難しいだろう。

 しかし、霧がなければグランボアなど、魔法を当てやすい大きな的でしかない。足元に魔法を当ててやればグランボアの武器である速度も重量も活かすことは出来なくなる。魔法使いに取って、グランボアは怖い敵ではないのだ。

 むしろグランボアよりも護宝の狐の方が、魔法を避けたり迎撃する分、魔法使いにとっては厄介な敵だ。

 濃霧さえ出なければ、このパーティに勝てる敵は少ないと、美咲は考えていた。


「それでは、パーシーが出てくるまでは砦で休暇ですわ。ミサキさんはどう過ごされますの?」

「お洗濯かな。大分たまっちゃったし」


 美咲は収納魔法にしまい込んである汚れ物の数々を思い出してげんなりした表情を見せた。


いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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