15.開店準備
青海亭に向かい、今日で引き払う旨を伝える。
その帰り道、広場で魔道具を商っているフェルを見掛けて食堂を開く事を伝える。
「ミサキの故郷って、商業組合長ですら知らない秘境って聞いたけど、そこの食べ物が食べられるの? 未知の料理?」
「うーん、まあ、間違ってないかな。当面は麺料理メインで行くつもりだけど」
「メン?」
やはりこの辺りの文化ではまだ存在しないようだ。
「まあ、食べてみたら分かるよ。パスタってのと……未定だけどラーメンってのを準備するつもりだから」
美咲としては、あまり手を広げるつもりはないのだ。あくまでも拠点を確保するためのお金稼ぎが目的である。
目的と手段とを取り違えてはいけない。
「きっと行くから、一食分確保しといてね」
「うん、分かった……あ、営業時間は近所の食堂に合わせるから」
「宣伝しとくね。酒場で青いズボンの魔素使いの話題は今一番受けるからね」
「や、それはやめてお願いだから」
「私が話さなくても皆が話すけど? それなら宣伝になった方が良くない?」
「んー……じゃ、ほどほどで」
◇◆◇◆◇
翌日、再び美咲は孤児院を訪れていた。
「味見のお仕事? ですか?」
シスターは目を丸くした。
食事を食べて感想を言うだけでお金が貰える。そんな話は聞いた事がなかった。
「私って遠方の国の出で、今度、自国の料理をこっちで売る予定なんですが、何かおかしな物とか使ってないか心配になって……例えば、自国では虫は食べ物じゃないって言われているんですけどこの辺りはハチとかバッタとか普通に食べますよね。その逆で、こっちじゃ食べない物を使っていないかとか、後、お店で実際にお客様を相手にした時の動きの確認をしておきたいんですよ」
と、美咲は色々と突っ込みどころ満載の台詞でシスターを煙に巻く。
ラーメンが日本の食文化だと認めるとしても、パスタはどう考えても日本食ではない。
更に言えば日本でも虫食の習慣はある。都内でも探せばイナゴの佃煮くらいは見つけられるだろう。
「文化の違いですか……その問題を見極めるための実験という事ですね」
シスターはほっとしたように胸の前で祈るように手を組んだ。
「一応、食べる前に食材については説明するから嫌だったら食べなくて良いし。食べてから感想を貰えればそれで十分です。店の中で私がきちんと動けるかを確かめたりする練習も兼ねてますので、今日のお昼にみんなでお店に来て欲しいんですよ」
「それで、子供達に、というのは? そういう事なら好き嫌いの少ない大人の方が良いのでは?」
「好き嫌いがあった方が都合が良いんですよ。日本の味が口に合うのかの試験でもあるので」
◇◆◇◆◇
「パスタはこの前食べてもらったから、今回はラーメン。あ、ラーメンって言うのは、材料は小麦粉と塩、あと、うちの地方の調味料を使ってるの。それに肉野菜炒めを載せた熱いスープに入った料理。大丈夫そうですか?」
「小麦と塩なら問題なさそうですね」
シスターがそう答えるのを聞き、美咲は大鍋で沸かした湯を小さい鍋3つに移し、そこに乾麺を放り込む。
同時にフライパンで乱切りキャベツと鶏肉の肉野菜炒めを作る。味付けはなし。
小さな鍋の中を、適当な木材で作って貰った菜箸で麺を解す。
十分に解れたところで、木製の大きめのボウルに塩ラーメンのスープの元を入れ、そこに小さい鍋の内容をお湯ごと移して混ぜる。スープ用に別にお湯を沸かす人もいるが、美咲は袋に書かれた手順を踏襲する派だった。
混ざったら上から肉野菜炒めを適量載せる。
「はいお待ちどおさま。熱いから気を付けて食べてみてね……」
(あ、そか、実際はここでお金貰ってお釣り渡すんだ、お釣りと、お金を入れる箱を準備しておかないといけないね。テストやっといて良かったよ)
同時に3つのボウルをカウンターに出す美咲。手際は悪くない。
「これ、この前のパスタに似てるよね?」
「美味しいかも」
「匂いは悪くないよね」
まず小さい子供たちの分から提供してみた。
グリンとシスターの分はこれから作る。
「お前ら、食べるのはお祈りしてからだからな!」
「「「はーい!」」」
子供たちはお祈りを済ませ、フォークを片手に取る。
ラーメンを一掬い口に入れる。熱さに驚いたように吐き出す子もいるが、概ね安全に食べている。
「おー!」
「うまーい!」
「ショッパイ!!」
串焼き肉や、食堂での食事の経験から、塩ラーメンは塩味が濃すぎるのではないかという懸念はあったが、どうやら当たっていたらしい。
薄味、濃い味とか分けても良さそうだ。粉スープの分量を加減するだけだから難しい話ではない。
野菜と肉は味付けをしていないがスープに絡めて食べればそれなりに美味しいはず。
シスターとグリンの分も出来たので、カウンターに出す。簡単なお祈りを済ませて食べた二人は目を見開いた。
そのまま物も言わずに食べていく。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「さて、そっちの子供たち。まだ、入るかな?」
「「「うん!」」」
コップにカップスープを入れてお湯を注ぎ、よく混ぜながら15秒。
「これは私の故郷の穀物、トウモロコシを使ったスープだよ。気に入ってもらえると嬉しいな」
コーンポタージュである。
「どうぞ」
シスターとグリンの様子を見て、そちらの分も作っておく。
「これは……甘くて塩味が効いていて……こんなに美味しい物が作れるものなんですね」
シスターはカップスープを口にして、そう呟いた。
「芋でも似た物は作れるはずですけどね……でもこの様子なら売れそうです。安心しました」
美咲はほっとしたように笑顔を見せた。
孤児院の子供たちの審査を受け、ラーメンも行けそうだと判断出来たのは大きい。
パスタだけでは、短期ならともかく、長期に渡って商いを続けるのは難しいと考えていたのだ。
◇◆◇◆◇
開店を翌日に控え、美咲はメニューを作るのを忘れていた事に気付いた。
元々材料は買い揃えていたので、後は作るだけだ。
それにそんなに複雑なメニューにするつもりもない。木の板に一品ずつメニューを書いていく。
塩ラーメン(味は薄味、濃い味が選べます)
30ラタグ
塩パスタ(辛さ普通、辛めが選べます)
30ラタグ
肉野菜炒め(店主お任せ)
10ラタグ
スープ(日替わり)
10ラタグ
メニューはこれだけだった。
肉野菜炒めは鶏肉版と牛肉版を作り、鶏肉版はラーメンやパスタに載せて提供する。
牛肉版は味付けに醤油とソースを使って味を付ける。
スープは各種詰合せなので日替わりにした。スープと肉野菜炒めは単品での注文も受けるがサイドメニューと考えている。
木の札に名前と値段、簡単な説明を書いたら今度はそれを壁に貼り付けていく。
更に注文札も準備する。
注文を受けたらカウンターに注文札を置くシステムを考えていた。
ラーメンとパスタの注文札には裏表があり、裏面が薄味または辛さ普通、表は濃い味または辛め。
他の商品もそれぞれ札があり、注文を受けたらカウンターに並べ、出来上がったらお金と引き換えに商品を渡して札を片付けるというシステムだ。
これなら注文ミスの心配も少ないし、作り忘れの危険性も減る。
これで美咲が想定する前日までに行うべき開店準備は一通り終わった。
(さて、明日から程々に頑張ろう!)
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