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145.樹海の迷宮・第二階層・新たなアーティファクト

 草にじゃれつく護宝の狐の姿を確認した一行は、その場で姿勢を低くした。


「なあ、あれってアーティファクトを持ってた護宝の狐、だよな」

「……また美咲先輩の魔素のラインで攻撃しますか?」

「ちょっと待ってくださいまし、考えがまとまりませんわ」


 キャシーは護宝の狐を食い入るように見つめ、そう言った。

 今までに知られている迷宮では、アーティファクトは一階層あたり一個しか出ないとされていた。一度その階層でアーティファクトを拾ったパーティは、同じ階層ではアーティファクトを拾えないというのが常識だったのだ。

 だから、今回護宝の狐を倒してもアーティファクトは入手できないかもしれない。それなら無意味な戦闘は避けるべきではないか。しかし、この後は安全地帯で休むだけだ。

 そんな思考がキャシーの頭の中を駆け巡る。

 そして、キャシーは判断を下した。


「……狙いましょう。ミサキさん、魔素のライン、全力でお願いしますわ」

「うん。フェル、行くよ……魔素のライン」

「……氷槍!」


 フェルの声が聞こえたのか、それとも美咲の魔素のラインを感知したのか、護宝の狐はびくりと何かに反応した。しかし次の瞬間、フェルの氷槍が護宝の狐の胴体を貫き、貫かれた身体はそのまま地面を転がっていった。

 それを追うように、キャシーとベルが走る。

 美咲は魔素のラインを使った影響で少しふらつきながら、フェルと茜はそんな美咲をフォローしながら護宝の狐の元に近付いていく。

 美咲たちが到着する頃には、護宝の狐は光の粒になって消えていた。

 そしてその後には、握りの部分が鈍い銀色で、他は数種類の素材を張り合わせたような弓が落ちていた。


「……弓、ですわね。アーティファクトなのでしょうか? それともただの弓?」

「茜ちゃん、分かる?」

「……魔法の弓ですね……もっといい名前はなかったんでしょうか? ええと、ちょっと触りますね」


 弓を拾い上げた茜は、弦を引こうとして力を入れる。しかし、弦は重く、茜に引くことは叶わなかった。


「……フェルさん、お願いします」

「ん、弓を引けばいいの?」

「はい」


 フェルは軽々と弦を引く。すると、フェルが引いている部分に半透明の矢のようなものが現れた。

 驚いたフェルが弦を戻すと、地面に落ちた矢は溶けるように消えていった。


「ええと、アカネ?」

「今のがこの魔法の弓の機能です。弦を引くと魔素から矢が生成されるんです。矢を持ち歩かなくて済むので便利ですね」


 茜の説明を聞いたフェルは、再び弓を構えて弦を引く。そのまま現れた矢を指で挟み、丘のない方向を狙って矢を放った。

 そして、矢は100メートル程離れた地面に突き刺さり、先程同様、溶けるように消えていった。


「……これ、もしかすると、とんでもないアーティファクトかもしれないよ」


 フェルは弓を下ろすと、呆然としたような表情で呟いた。

 それを耳にしたキャシーは小首を傾げる。


「どういうことですの?」

「……この矢って魔素が元になってるよね……だとしたら、魔物にも刺さるかもしれないじゃない?」

「可能性はありますわね」


 それがどうかしまして? と目で聞いてくるキャシーに、フェルは首を横に振った。


「……分からない? 弓の射程距離は魔法よりもずっと長いんだよ?」


 キャシーは目を見開いた。

 短弓よりも連射性能で劣るが、射程、貫通性能ともにけた違いの長弓である。

 有効射程こそ50m前後だが、それにしても一般の魔法の倍の距離だ。

 フェルの仮定が正しければ、この弓を持つ者は、対魔物戦に於いて大きな戦力たりえる。


「……ですが、魔物に効くかは試してみないと分かりませんわね」

「うん。今日の野営で魔物が出たら、これを使ってみたいよ」

「そうですわね……それにしても、同じ階層で二回もアーティファクトが出るなんて、この迷宮は本当に変わってますわね」


 ◇◆◇◆◇


 安全地帯に到着した美咲たちは、安全地帯の中央付近に天幕をふたつ張ると、夕食の準備に取り掛かった。

 夕食は、茜のリクエストで茜の分だけ、フェルが作ることになった。

 収納魔法から、野営用の各種魔道具、鍋、具材を取り出すフェルを、茜は隣で興味深げに眺めている。

 フェルは水の魔道具を使って鍋に水を張り、それを沸かし始める。

 次に、干し肉の塊を小刀を使って薄く削り、削り取られた肉片を鍋に入れる。

 そこに乾燥した豆と麦を入れ、鍋に蓋をしたところで、フェルが茜の方へと振り向く。


「後は煮るだけだよ。これが長期間の仕事を請け負った時にみんなが食べる傭兵飯かな」

「え? これで終わりですか?」


 料理のあまりの簡単さに驚いたのだろう、茜がフェルと鍋を見比べるようにする。


「野菜があれば豆と小麦の代わりに入れて普通に煮物にしたりするけどね……あとはパンかな」


 フェルがまな板の上に置いたパンは、ドンと音を立てた。

 いわゆる黒パンである。茜が恐る恐る触ると、硬くてみっしりと詰まっている感じがした。

 フェルは小刀を使って、パンを薄く切っていく。


「なるほど……いかに手早く料理できるのかがポイントなんですねー」

「それと、材料が長持ちするかだね。小麦も豆も乾燥したものだし、干し肉も三ヵ月はもつよ」


 フェルは茜に具材を見せながら説明を続ける。


「このパンだって何ヵ月かはもつし、固くなったらスープと一緒に煮込んだりもするんだ。だから何かあって探索が長期化しても食べ物には不自由はしないよ……おいしいかどうかは別にしてね」


 そう言って、フェルは肩をすくめた。


「これがいわゆるファンタジーのご飯なんですよね」

「ファンタジーが何かは知らないけど、傭兵が野営するときに食べるご飯かな。時間がないときは、干し肉削ったものとパンだけで済ませることもあるけどね……さて、アカネは本当にこれを食べるんだよね? ミサキのご飯があるのに物好きだね」

「本場の傭兵の食事って食べてみたかったんですよ」


 茜はそう答えると、笑顔を見せた。



 夕食は、茜だけがフェルの作った傭兵飯、フェルたちは美咲が作った肉と野菜の煮物と缶詰と白パンというメニューだった。

 傭兵ができるだけ短い時間で効率よく栄養を取るため、長い時間をかけて開発された傭兵飯は、味よりも栄養を重視したものであるが、そこまで不味いものではない。しかし、傭兵飯には大きな問題点があった。それはレパートリーがないことである。材料は豆と小麦と干し肉で、時折現地調達した野菜や野草が混ざる程度なのだから、毎回似たような味付けになるのだ。そうなれば遠からず飽きが来るというものである。

 そんなことは知らずに、茜はフェルに作って貰った傭兵飯を、言うほど不味くないじゃないですかと喜んで食べていた。


 夕食後は早々に見張りを立てて眠りに就く。

 少人数で2交代の野営を行う場合、野営時間はおよそ12時間である。各自の睡眠時間を5、6時間確保するには、そうせざるを得ないのだ。

 そのため、野営時は静かなものである。

 茜の好きなファンタジー小説であれば、誰かがリュートのひとつも鳴らすのだろうが、そんな暇はない。寝るのも大事な仕事なのだ。

 さて、そんな野営の最初の見張りは、公正なくじ引きの結果、フェルと茜だった。


「フェルさん、その弓、気に入ったんですか?」


 魔法の弓をそばに置き、光の杖の前でマントに包まりながら、フェルは頷いた。


「そうだね。矢が要らないなんて、弓の弱点がないようなものだからね」

「でも、メンテ……補修とかできるんですかね?」

「見たところ、弦は普通の材料を使ってるみたいだし、大丈夫じゃないかな」


 そう言って、フェルは指先で弦を弾く。

 ビィン、という音が、静かに闇に消えていく。

 そんな闇の中に、煌めくものがあった。


「……魔物が出たみたいだよ……この弓が通用するか試させてね」

「はい」


 フェルは弓を引き、闇の中に動く魔物の目を狙った。

 距離は30メートル程、慣れない弓であることと、魔物がグランボアの子供と小さな的であることを考えると、必中の距離とは言い難いが、フェルは何の気負いもなく矢を放った。

 直後、トス、という軽い音と共にグランボアの子供が倒れ、間を置かずに光の粒へと変わって行った。


「倒せたね。魔物を倒せる弓矢か。これが白狼や飛竜の時にあれば、かなりの戦力になったんだろうね」


 フェルはそう言いながら、光の杖と剣を持つと、グランボアが倒れた辺りまで移動して、何か落ちていないかと探し始めた。

 ほどなくして、フェルは大きな牙を持って戻ってきた。


「グランボアの牙ですか。何に使うんでしょうね?」

「さあ? でも迷宮産のものは大抵役に立つからね。大事に持ち帰ろう」


 その夜は、それ以上の魔物の襲撃はなかった。

 翌朝の天気は晴天だった。

 天幕を畳み、軽い朝食を食べた美咲たちは、第三階層に下りる階段を目指して移動を開始した。

 途中、遠目にコボルトを確認したが、すぐに丘の陰に入ったため、駆除はせずに移動を優先する。


「階段が見えましたわね」

「ああ……偵察隊の記録では、第三階層は小さな山と、山を囲む平地らしい。今までと同じ隊列でいいか?」


 地図を確認しながらベルが尋ねると、キャシーは頷いた。


「フェルとミサキさんは隣り合わせにしておくべきでしょうし、アカネさんに前衛は無理そうですからね。ベルが先頭でわたくしが殿(しんがり)ですわ」

「そうか。みんな、そろそろ下りるけど準備はいいか?」


 ベルの声に頷く一行。

 フェルは魔法の弓を握りしめている。


「それじゃ下りるぞ」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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