143.樹海の迷宮・第二階層・狐もどきの駆除
担当を交代しながら林の探索は続いた。
しかし、林の9割の探索が終わっても、なおアーティファクトは発見できなかった。
「本当にないですねー。このままだともうすぐ林が終わっちゃいますよ」
茜がボヤく。
林の木を丁寧に確認していく作業は、単調な作業だけに精神にくるものがあったのだろう。
そんな中の事である。
「……魔物だ。みんな目の前の木に印を付けろ」
ベルが魔物を発見した。
その報を受け、美咲たちは剣を抜いて目の前の木に切りつけて印とした。
「どこですの?」
キャシーがあたりを見回すが、木が邪魔になって魔物を見付けることができなかった。
ベルは林の外側、方向としては小川がある方を指差した。
そこには、丸くなって休んでいる狐の魔物の姿があった。
体の下半分は草むらに埋もれているが、黄色い毛皮が上下に規則正しく動いている
「さっきの狐みたいな魔物だ。この真っ直ぐ先」
ベルの後ろにフェルと美咲が回り込み、狐もどきを確認する。
「……あー、アレ、さっきのと同じ個体だね」
狐もどきを確認したフェルが声を潜めてそう言った。
「なんで分かるの?」
「魔物は魔素で状態を見分けられるんだよ。アレ、さっきのダメージが残ってるよ」
狐もどきはまだ美咲たちには気付いていないようで、草むらで丸まっていた。
美咲たちからの距離はおよそ20メートルほどである。
「ミサキさん、こんな林の中からでも魔素のラインは通せますの?」
問われた美咲は改めて狐もどきまでの間にある物を確認する。
林の中からとは言っても、林の木々はそれほど密生していない。林を出てしまえば障害物は草むらだけである。
以前、組合の依頼で行った試験では、魔素のラインを曲げることもできていた。
美咲は、林の木々や草むらに触れないように魔素のラインを引くことは可能だと判断した。
「……多分大丈夫だよ。ライン、引く?」
「できるだけ太くしてくださいまし。あの魔物は逃げ足が早いですから。フェルもよろしくて?」
「氷槍でいいよね?」
「ええ。アカネさんは魔物の反撃に備えてアブソリュートゼロを用意してください」
美咲は慎重に魔素のラインを制御する。
魔素のラインが真っすぐ狐もどきの手前上空まで伸びて行き、そこで下方にラインが曲がる。その先には狐もどきがいた。
「フェル、撃って」
「氷槍」
フェルが氷槍を魔素のラインに乗せた次の瞬間、氷の槍は狐もどきの体に突き刺さった。
同時にベルとキャシーが魔物に向かって走る。
狐もどきの姿は、まだ光の粒には変化していなかった。
もぞもぞと狐もどきが動き出す。
そこにキャシーが到達し、レイピアを突き出した。
「硬いっ?」
キャシーの剣先は狐もどきの毛皮の表面で弾かれていた。
狐もどきは氷の槍でその尻尾を地面に縫いとめられていた。
キュウキュウと鳴きながら逃げようとするが、氷の槍から逃れる事は出来なさそうだった。
「早く止めを刺してやろうぜ」
「レイピアが刺さりませんの。ベル、お願いしますわ」
「おう」
ベルは狐もどきに近付き、その首に剣を突き刺そうとするが、キャシーのレイピア同様、毛皮の表面で滑るばかりで切れる様子はなかった。
「俺の剣も通用しないぞ。どうすんだ、これ」
「魔法は効くようですから、アブソリュートゼロで止めを刺して貰いましょうか」
そこに美咲たちが追い付いて来た。
美咲たちは、狐もどきは倒されているものと思っていたため、地面に縫い付けられているのを見て眉をひそめた。
「護宝の狐? ……止めを刺さないんですか?」
茜が不思議そうに首を傾げる。そんな茜に、キャシーは苦笑とともに返事を返した。
「できればやってますわ。わたくしたちの剣では切れませんの。アカネさん、アブソリュートゼロで止めを刺してあげてくださいません?」
「……はい? 私がですか?」
「アブソリュートゼロの使い手はふたりしかいませんもの。ミサキさんは魔素のラインを使えますから温存したいんですの」
「えー……こんな動けなくなったのを狙うなんて、かわいそうで無理ですよー」
「あー、アカネ、それなら、その剣を貸して貰えないか?」
ベルがそう言うと茜は腰の剣を鞘ごと抜いた。
「これですか?」
「ああ、本物の魔剣なら、多分、止めを刺せると思うんだ」
そう言われ、一瞬躊躇した茜だったが、おずおずと魔剣をベルに手渡した。
「できるだけ苦しまないようにお願いしますね」
「おう」
ベルは受け取った魔剣を抜くと、狐もどきの首に当てて押し切る。魔剣は抵抗らしい抵抗もなく、その首を刎ねた。
すぐに狐もどきの体は光の粒へと変じ、ふわふわと浮かんでは空中に溶けて消えていった。
「……凄い切れ味だな」
「やっぱり本物の魔剣は違いますわね……あら?」
光の粒が消えた後に、狐の毛皮と、金属の光沢を放つ黒っぽい杖のような物が残っていた。
その長さは大人の腕の長さほどもあり、棒状の部分は鉄で、頭の部分は木で出来ているように見えた。
「毛皮はともかく、あいつ、杖を落としたのか? 武器を持ってない魔物でも武器を落とすんだな……しかしバランスの悪い杖だな」
ベルは杖を拾い上げ、クルクルと回した。
「ベル、駄目! そっと扱って!」
「ん? どうしたミサキ?」
「それ、杖じゃないから」
美咲がベルの手から杖を受け取ると銃口を誰もいない方に向けて地面に置き、茜を呼んだ。
「茜ちゃん、これ鉄砲だよね」
「まあ、どう見ても鉄砲ですよね。でも私たちの知ってるのとはかなり違うみたいですよー」
「ミサキ、それで、この杖って何なの?」
フェルが杖あらため鉄砲をつつく。
「フェルもちょっと待って、下手に触ると火を噴くかも知れないよ」
鉄砲をつついていたフェルが、そのままの姿勢で固まった。
「ミサキさんはこれを知ってますのね? またニホンの物なのかしら?」
「まあ、そうですね。日本にあった、ええと……そう、飛び道具にそっくりなんです。それで茜ちゃん、これって何なの?」
「魔法の鉄砲ですねー。これを杖として使って魔法を使うと、その魔法がこれに登録されるんですよ。後は鉄砲と同じ要領で、引き金を引くと登録された魔法が撃ち出されます。弾丸は使用者の魔素だそうです」
なるほど、と美咲は納得したが、ベルたちは理解が追い付かないようで首を捻っている。
だが、美咲は説明の前にひとつ確認したいことがあった。
「それで茜ちゃん、これはアーティファクトなの?」
「あー、ええと……あれ? 分かりません。あー、でも」
茜はポンと手を打った。
「さっきの狐、護宝の狐って名前でしたから、多分これがアーティファクトなんだと思いますよー」
アーティファクトとおぼしき物を発見はしたが、美咲たちは念のため一通り林の中の確認を行うことにした。
そして、それが無為に終わった後、茜は魔法の鉄砲を実演することにした。
「まず、魔法を登録しますね。私がこれを杖としてアブソリュートゼロを使うんですよ」
茜は魔法の鉄砲の銃身部分をストック部分を上にして持ち、林の木に向けてアブソリュートゼロを撃った。
狙われた木の幹は、氷の槍を受けて真っ白く凍り付いた。
次に茜は、魔法の鉄砲を、鉄砲として正しい持ち方に持ち替える。
「これが使う時の姿勢です。それで、ここのへこみと、こっちの出っ張りが重なるように狙いを付けて、ここの安全装置っていうレバーを倒して、こっちの引き金を引くと」
説明しながら茜は実演してみせる。
再び、氷の槍が木の幹を白く凍り付かせた。
「……と、こんな感じですねー。狙いが多少外れてても、狙いたいものに当たるみたいですよ。フェルさん、やってみますか?」
「へ? 私?」
茜は安全装置を掛けた魔法の鉄砲をフェルに手渡した。
「そうです、さっき私がやったみたいに持って……そうそう、そんな感じです」
「安全装置ってどういうものなの?」
「レバーがこうなってる時は引き金が固定されてて安全なんです」
「へぇ、じゃあ、こっちに倒すと固定が外れるんだね」
茜が一通り教えると、フェルは林に向かって引き金を引いた。
ほぼ無音で氷の槍が林に向かって飛んでいき、木の幹を白く染めた。
「へぇ……フェルがアブソリュートゼロを撃ったのか」
ベルが感心したような声をあげる。
その横でキャシーはじっと魔法の鉄砲を見ていた。
「アカネさん。それ、わたくしでも使えるのかしら?」
「使えますよ。どうぞ」
フェルから魔法の鉄砲を返して貰い、安全装置を掛けた茜は、それをそのままキャシーに手渡した。
「ええと、こうやって構えて、レバーを倒して……狙って……撃つ」
その後、キャシーたちがそれぞれ数回の試し撃ちをするとキャシーは怪訝な表情をしながら、茜に声を掛けた。
「アカネさん、ちょっとよろしいかしら。これは凄いアーティファクトだと思うんですが、問題が2つありますね」
「どんなですか?」
「同じ道具が複数あった場合、中に入っている魔法が何なのかが分からないこと。もうひとつは、長期保存する際に安全装置だけでは不安があること、でしょうか? こんなに簡単に魔法が放たれるのでは、長期の保管は難しいですわ」
「ひとつ目は、本体に書いておくしかないでしょうね。ふたつ目は、こうやって操作すると入ってる魔法が空っぽになるんですよ」
茜は大きなレバーと小さなレバーを同時に操作して、薬室に相当する部分の蓋を開いた。
「なるほど、必要に応じて、魔法を入れ直すんですのね……今の状態で引き金を引いたらどうなるのかしら?」
「何も起きませんよ」
再び射撃姿勢で銃口を林に向けた茜は、安全装置を外して引き金を引いた。
引き金を操作するチッという軽い音がするだけで、魔法は発動しなかった。
「……これ、魔法が入ってるか入ってないかは見た目では判断できませんの?」
「一応、ここを見れば分かりますけど」
茜は薬室上部の蓋の部分を指差した。そこには鉄とは異なる風合いの、小さい窓のような物があった。
「……何も入ってなければここが黒、入っていれば白になるんですよ……でも、常に危ない魔法が入っていると思って取り扱ってくださいねー」
「……そうですわね。見間違い、勘違いで事故を起こしそうですし……それにしても、まさかアーティファクトがドロップするとは思いませんでしたわ。これは一度、報告をすべきでしょうね」
キャシーはそう言うと、空の色を確認した。
林の調査に時間を取られたため、空は少し暗くなり始めていた。
「キャシー、今日は安全地帯まで移動して野営にしようぜ。今から地上を目指したら、地上に着く頃には夜になっちまう」
「そう……ですわね。まだ大丈夫だと思いますけど、光の杖を用意してから安全地帯まで移動しましょう」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
申し訳ありませんが、8月一杯は更新が滞るかも知れません。
出来るだけ頑張りますが、どうかご了承ください。m(_ _)m