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142.樹海の迷宮・第二階層・林の探索

 朝食を食べた美咲たちは、モッチーに食事のお礼を述べると装備を整えて迷宮に向かった。

 天気は晴れ。日は昇っており、樹海の中も多少薄暗いという程度だった。

 樹海の中に切り拓かれた道を辿り、迷宮の門の前に到着した一行は、光の杖を片手に門の前に集合して装備を確認していた。

 そこで、ふと気になった美咲は、疑問を口にした。


「そう言えば、青の迷宮では一回目も二回目も、同じ場所に安全地帯があったけど、どうやって同じパーティーだって見分けてるのかな?」

「一緒に入ったメンバーはパーティーだって認識されるらしいぞ。メンバーに多少の増減があっても見分けてくれるけど、半分以上メンバーが変わったら同じパーティーとは見てくれないんだってさ」


 美咲の疑問にベルが答えた。


「へぇ、それじゃパーティーが遭難したりしても、救助は望めないんだね」

「そうだな。だから迷宮の探索は自己責任だ」

「あ、でも、半分以上が脱出出来たら、救助に行けるのかな?」

「半分以上が脱出できるんなら、頑張って全員で脱出するんじゃないか? ところで準備はいいのか?」


 ベルに言われて周りを見れば、美咲以外は装備の確認が終わったようで、美咲とベルのやり取りを眺めていた。

 美咲は慌てて、自分の装備を茜に確認して貰い、フェルの横に並んだ。


「準備はよろしくて? そろそろ行きますわよ。次に門が開いたら入りますわ」


 キャシーに促され、美咲は門を見上げる。

 迷宮の門はゆっくりと閉じ、そして開いた。



 迷宮に入った美咲たちは、地図を確認しながら第二階層に繋がる階段を目指した。

 岩を削ったような壁面に、光の杖が複雑な陰影を浮かび上がらせる。

 地図に従って最初の角を曲がる所で、美咲が声をあげた。


「キャシー、ちょっと試したい事があるんだけど」

「どうしましたの? 時間が掛からないことなら構いませんわよ」

「ちょっと印を付けておこうと思って」


 美咲は、アイテムボックスに放り込んでおいた赤いスプレー塗料を取り出し、曲がり角の壁に近付くと、壁面に向けてノズルを押した。

 壁には赤い矢印が記された。


「随分きつい匂いがしますわね。塗料ですの?」

「うん。乾くまで触らないでね」

「目印を残すつもりなら無理ですわよ。迷宮の中に放置されたものは、時間が経つと消えてしまうんですもの」

「そうなの?」


 美咲は肩を落とし、スプレー塗料を収納魔法でしまうと、フェルの隣に戻った。


「いい考えだと思ったんだけどなぁ」

「消えるまでは何日か時間が掛かるそうですから、探索するときの一時的な目印としてならいいかもしれませんわね」


 そのままベルの先導で、一行は階段まで到達する。

 階段の手前で立ち止まると、ベルはキャシーに地図を見せた。


「ここまでのところ、地図通りだぞ」

「ですわね。次の問題は第二階層がどう変わっているか……もしくは変わっていないか、ですわね」

「まあ、下りてみれば分かるか。また俺が最初でいいよな」


 ベルは光の杖をしまうと、階下に下りた際の遭遇戦に備えて剣を抜いた。


「俺は準備いいぜ?」

「それではベル、先鋒をお願いしますわ」

「おう」


 ベルが階段に足をかけると、その姿がかき消える。

 そして、時間を置かずにフェル、美咲、茜、キャシーと続いて階段を下りて行った。



 第二階層は薄曇りだった。

 草原には小さな丘が点在しているため、見通し距離はそれほどでもないが、見える範囲に敵はいない。

 ベルは周囲の警戒を続けながら、地図に視線を落とす。


「階段の位置は前回と同じみたいだな」

「まず、安全地帯の位置が変わっていないかを確認しますわよ。もしも変わっているようなら、安全地帯の確保が最優先ですわ」

「安全地帯ってどっちだっけ?」


 フェルが地図を覗き込んでくる。


「あっちだな……今のところ、地形に変化はないみたいだ」


 時折地図を確認しながら、一行はできるだけ体力を消耗しないようなルートを選んで進む。

 やがて、前方の草原の中にぽっかりと、そこだけ草が生えていない場所が現れた。


「草がないエリアがありますね。安全地帯でしょうか?」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、草がない場所を指差しながら茜がはしゃいだ声をあげる。


「アカネは元気だなぁ……うん、あれが安全地帯の筈だ……毎回地図が変わる訳じゃないみたいだな?」

「パーティ毎に異なる地図になるのかも知れませんわね」


 一行は安全地帯に入ると、地図を再確認した。

 少なくとも今日通ったルートの地形は、昨日から変化していないようだった。


「そう言えば、パーシーさんたちは地形の変化に気付いてないんだっけ。地形の変化はパーティ単位って可能性が高そうだね」


 地図を眺めながらフェルが納得顔で頷いた。

 美咲はそんなフェルの横でアタックザックを背中から下ろした。


「美咲先輩、荷物下ろしてどうしたんですか?」

「休憩ならおやつタイムかと思って」


 美咲はアタックザックからピーナッツ入りのチョコを取り出して皆に配った。

 チョコを口にしたフェルは、蕩けるような表情を見せた。


「相変わらずミサキのお菓子はおいしいね」

「甘すぎませんし、この豆の歯ごたえが面白いですわね」

「これ、旨いな。もっともらってもいいか?」

「どうぞどうぞ」


 そんなやり取りを前に、茜はひとりガッツポーズをとり、


「そうです! これこそが正しい食の無双なのです!」


 と、嬉しそうにしていた。



 安全地帯で地図を確認した美咲たちは、当初の計画通りに林に向かう。

 安全地帯から林に至るルートも、ここまで同様、一回目から変化はない。

 丘の間を縫うようにして、地図を頼りに一行は林への道を辿る。

 しばらくすると地図の記載通り、前方に林が見えてきた。


「これは、本当にパーティーごとに異なる地形になるという説が正しいのかもしれませんわね」

「だとしたら、地図はパーティーごとに作らないといけないのか。面倒な話だ……しかし、それにしても静かな迷宮だな」


 ベルはそう言うと、丘の向こうに見えてきた林に視線を向ける。

 迷宮には魔物以外は住んでいないため、迷宮内が静かなのは当然なのだが、ベルには何か気になることがあるようだった。


「静かってどういうことですか?」

「魔物が出なさすぎるんだ。アカネはおかしいと思わないか?」

「私は昨日初めて迷宮に潜った素人ですから。美咲先輩はなにか気になったりしますか?」


 問われて美咲は周囲をぐるりと見回す。


「言われてみれば静かかもね。昨日は第二階層全体を回って、出会った魔物は一匹だけだったけど、青の迷宮ではもう少し多かったね」

「この迷宮が特別なんでしょうか? フェルさんはどう思いますか?」

「さあ? ……あ、噂をすれば影が差すってやつかな? 狼じゃなさそうだね」


 丘の向こうの林の手前に、何やら動くものがあった。

 形は犬や狼に似ていた。

 体高はおよそ40センチで体毛は黄色に近く、太目の尻尾の先は白かった。


「狐にしか見えないんだけど。茜ちゃん、あれの正体、鑑定できる?」

「えーと……もう少し近付かないとちょっと無理です。でも本当に狐にそっくりですね。額に魔石があるから魔物なんでしょうけど」


 お互い、間に丘があったため接近に気付かなかったが、直線距離にして30メートルほどを隔てて睨み合いになった。

 唐突に狐もどきがタッと地面を蹴り、美咲たちの方に向かって走り出す。

 小さい見た目に反し、かなり力強く速度も速い。


「ミサキさん! アブソリュートゼロをお願いします!」


 キャシーは美咲に指示を出すと、ベルと共に剣を抜き、狐もどきを左右から挟み込めるように走り出した。


「えーと……アブソリュートォ……ゼロッ!」


 狐もどきの素早い動きにタイミングを合わせて美咲が魔法を発動させる。

 空気をも凍らせる氷の槍が狐もどきに突き刺さろうとする、その寸前、狐もどきは大きく口を開けて吠えた。


「――ンッ!」


 音にならない音が迷宮に響き渡る。同時に氷の槍は砕け飛ぶ。しかし、砕けた氷が狐もどきに降りかかり、その全身が白い水蒸気に覆われた。


「キャイン!」


 水蒸気の雲の中から黄色い毛皮のあちこちを白く凍らせた狐もどきが転がり出てくる。

 その場でクルリと体を反転させた狐もどきは尻尾を巻いて逃げ出そうとするが、そうはさせじと茜が魔法を発動させる。


「アブソリュートゼロ!」


 同時に氷の槍が逃げる狐もどきに向かって飛ぶ。しかし狐もどきは今度はゴロリと横に転がって氷の槍を避けた。

 その場で限界まで姿勢を低くすると、狐もどきは全速力で逃げ出し、美咲たちが追撃する間もなく丘の向こうに姿を消していった。


「……逃げられちゃいましたねー。美咲先輩の魔法、当たったように見えたんですけど、避けられたんですか?」

「なんか避けるのとは違ったっぽいけど、刺さらなかったね。狐みたいで可愛かったから無意識に攻撃の手を緩めちゃったのかな? それにしても……」


 美咲は狐もどきが放った不思議な音のことを思い出した。氷の槍を壊したように見えたが、あれは何だったのだろうか。と。


「迷宮で魔物に逃げられたのは初めてですわね」

「小さくて狙いにくいし、動きが速過ぎだ。あんなの剣じゃ触るのも一苦労しそうだ」


 ◇◆◇◆◇


 林に入り、木の梢を見上げてアーティファクトを探すのはいいが、見上げてる者はどうしても無防備になってしまう。そのため美咲たちは、ふたりが魔物を警戒し、残りがアーティファクトを探すという分業でアーティファクトを探し始めた。

 警戒にあたるのはキャシーとベルである。ふたりは、残りのメンバーを挟む様にして周囲に目を配っていた。


「美咲先輩、何かありそうですか? と言っても、物を隠せそうな木がありませんけど」


 茜が木々の梢を一本一本確かめながらぼやく。

 林を構成する木々は、どれもたいして太くはない。

 物を隠せそうな(うろ)があるような木は見当たらない。林の中の地面には、ほとんど灌木がなく、所々に草が生えている程度だ。


「みつからないねぇ……でも、この階層で物を隠せそうな場所ってここしかないし、取り敢えず一通り見て回るしかないよ」

「ですよねぇ」


 茜は溜息を吐いて、木々の梢を見上げる作業に戻った。


 しばらく無言で梢を見上げる作業が続いた。

 林の四分の一ほどを確認した頃であろうか。


「首が痛い」


 唐突にフェルが呟き、下を向いて首を押さえた。

 上を向きすぎて、首が痛くなったようだ。


「いたた……ごめん、ちょっと休憩させて。もう無理」


 後頭部に両手を当てて首筋を伸ばしながら、フェルは苦しそうにそう言った。


「ずっと上向いてたもんな。キャシー、休憩にしよう」


 ベルがそう言うと、キャシーは頷きで返した。


「うー、痛い……ミサキもアカネも、首、痛くならないの?」

「痛いですよー」

「そうだねぇ」


 首をぐりぐりと回しながら美咲と茜はそう答えた。

 首を回す運動が地味に痛かったのか、ふたりとも若干涙目になっている


「交代制にした方がよさそうですわね」

「それはいいけどさ、本当にこんなので見つかるのか?」

「やめてよ、この首の痛みが無意味だなんて思わせないでよね」


 フェルが涙目でそう言い募ると、ベルはそっと目を逸らした。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば女神のスマホってカメラ機能あるんだから、こういう調査では活用されそうなものですよね…ダンジョンで記念撮影も出来そう。いいなぁ
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