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141.対魔物部隊の世話係

今回は少々長目です。

ごめんなさいm(_ _)m

「多種多様な学説ってどんなのがあったんですか?」


 茜が目をキラキラさせながら聞いてくる。フェルは肩を竦めてそれに答えた。


「魔素が生まれる場所は迷宮じゃないかって説があったかな。後、迷宮は女神様の遊び場所なんて説もあったし、人は迷宮で生まれたなんてとんでもない説もあったよ」

「UMAとかいないんですか?」

「ユー……なに?」


 フェルにはUMAという言葉は通じなかった。


「普通の生き物と違う、おかしな生き物の事です」

「魔物のことかな? 迷宮には魔物しか住んでないけど?」

「魔物は多分、UMAとは違いますね……」


 茜はそう言って肩を落とした。


「ふうん、よく分からないけど難しいんだね」

「ところでみんな、食事はどうする? よければまとめて作ってくるけど」


 美咲がそういうと、全員一致で美咲の夕食を食べたいという声があがった。


「それじゃ適当に作って来るね」


 美咲は大部屋を出て厨房に向かった。

 砦の厨房に入ると、そこには赤毛の見慣れない女性がいた。


「こんばんは、門を調査している美咲ですけど、厨房使わせてもらってもいいですか?」


 美咲がそう声を掛けると、その女性は振り向いて、美咲のことをまじまじと見つめた。


「可愛い傭兵さん? ……あ、厨房ならご自由にどうぞ。私は後は洗い物だけだし」

「ありがとうございます。あの、あなたは?」

「ああ、ごめんなさい。私は対魔物部隊の世話係のモッチーです。対魔物部隊は食事が終わったので、夕食の洗い物をしてたのよ」


 通常、対魔物部隊が遠征する際、世話係は同行しない。

 しかし、今回は安全な砦の中で、比較的長期間生活することになるため、モッチーが同行することになったという。

 そんな話を聞きながら、美咲は大鍋にお湯を沸かし始めた。


「それにしても男所帯に女性がひとりだけって大変ですね」

「よい食事はよい筋肉を育てるのに必須ですから、苦になんかなりませんよ」

「……筋肉ですか?」


 何の聞き間違いだろうか、と恐る恐る美咲が聞き返すと、モッチーは悲し気な表情で頷いた。


「はい、今回みたいな長期遠征でいつもの遠征みたいな適当な食事をしてたんじゃ、筋肉が落ちちゃいますから。だから私が来たんです」

「……遠征したら筋肉が付く物じゃないんですか?」


 美咲がそう尋ねると、モッチーは肩を落として首を横に振った。


「遠征中は食事が適当になるし、訓練みたいに全身の筋肉を使う訳でもないから、全体的に見ると仕上がりが悪くなっちゃうの。三角筋とか上腕三頭筋とかが特に顕著ね。だから中隊長に連れて行ってくださいってお願いして付いて来たの……そう言えば、あなたたちの食事ってどんななの?」


 美咲がパスタの説明すると、モッチーは食器を洗う手を止めて首を傾げた。


「お肉が足りないわね。筋肉がつかないわよ?」

「あ、パスタに、肉野菜炒めを乗っけますから、そこは大丈夫だと思います」

「きちんとバランスを考えてるのね。それなら大丈夫かな?」


 この世界に、栄養学という学問はまだない。それでも経験則として、体を作る食事という考え方は存在しており、モッチーは、それを使って対魔物部隊の面倒を見ていた。

 モッチーの料理の考え方は、広瀬に提供された知識によってブラッシュアップされており、それほど大きく間違えていないと言える程度のものになっていた。その結果、対魔物部隊の肉体完成度は着々と上がっていた。


「筋肉は裏切らないわよ。完成した筋肉があれば、魔物との戦いで生還する可能性はきっと高くなるわ」


 ああ、ちょっと変だけどいい人なんだ、と美咲は納得した。


「広瀬さんなら知ってるかもですけど、筋肉を効率的に付けるなら、鶏胸肉とかがいいですね。簡単でおいしいお料理のレシピを幾つかお教えしましょうか?」

「うわあ、ありがとうございます! 筋肉には鳥肉がいいって中隊長に教えて貰ったんだけど、どうしても単調になっちゃうんですよね」


 モッチーと美咲の語らいは、食事の完成後も少し続いた。




「お待たせー」


 美咲はオニオンソルトパスタ、肉野菜炒め添えを5人前、トレイに乗せて大部屋に戻った。

 部屋では、第二階層の地図をテーブル代わりの木箱の上に置き、アーティファクトがあるとすればどこか、という議論が行われていた。


「美咲先輩、お帰りなさい」

「ただいまー。お皿並べるから、ちょっと場所をあけてー」


 美咲がトレイを持ったままそう言うと、木箱の上に広げられていた地図やノートが片付けられた。

 空けてもらったスペースにトレイを置いた美咲は、木箱の上にお皿を並べる。


「みんなでなんの話をしてたの?」

「明日の方針かな。あ、ミサキ、それって最初の頃にミサキ食堂で出してたパスタだよね?」


 レトルトソースに切り替えてからは出すのをやめたメニューだが、フェルは覚えていたらしい。


「うん、オニオンソルトとタバスコのパスタ。シンプルで好きなんだ」

「うん、私も好きかな。香りがいいよね」




 食事が終わるとベルと茜が食器洗いに立候補した。

 ふたりがトレイに食器を乗せ、厨房に向かうのを見送った美咲は、キャシーに頼んで迷宮の地図を貸して貰った。


「ミサキさん、何をするんですの?」

「んー、私もアーティファクトがありそうな場所を考えてみようと思って」


 そう言って地図を眺めるが、常識的に考えて物を隠せそうな場所は林くらいしかなさそうというのが美咲の結論だった。


「……まさか地面に埋まってたりはしないよね」


 美咲がポツリと呟くと、フェルも地図を覗き込んできた。


「埋まってる場合、発見するのは無理だろうね。でも、小川に沈めるとかはあるのかな?」

「水中に落ちてるのを見付けるのも大変そうだけどね……探すとすればやっぱり林かな。木の上の方ってあんまり確認してなかったんだよね」


 アーティファクトの入った箱は地面に置いてあるという経験則から、重点的に足元の確認を行っており、頭上はほとんど見ていなかった。


「ミサキだけじゃないと思うよ。私も自分の目線より上ってほとんど見てなかったよ」

「それにしても、本当に迷宮のルール、変わったのかな?」

「地形の変化のこと? ……それはパーシーさんに裏付けを取るまでは決まった話じゃないと思うけど」


 フェルは慎重に言葉を選びながらそう言った。そして、地図の小川の部分を指でなぞりながら続けた。


「でも、本当に地形が変わっていたとしたら。それからアーティファクトの隠し場所が箱じゃなくなっていたら……そうすることが女神様にとって望ましいことなんだろうね。多分、何か意味があるんだと思う。この変化で、何が起きると思う?」

「迷宮の地形が変わると、地図は参考程度にしか役立たなくなって、迷宮の調査に時間が掛かるようになるかな。アーティファクトも、隠し方が巧妙になれば探索に時間が掛かるようになるし、迷宮に人が入っている時間が伸びる……あと、迷宮に出入りする回数が増えたりもするかも?」

「んー……うん、たしかにそうなるね。でもそれに何の意味があるのかな?」


 フェルは地図上に記入された、地形と地図の不一致箇所を指でつつきながら首を傾げる。


「分からないよ。女神様にお伺いでも立てないと」

「女神様に望んだ神託を貰うなんて、出来るわけないじゃない」

「そ、そうだよね」


 美咲はフェルから視線を逸らした。


 ◇◆◇◆◇


 翌朝、美咲たちが目を覚ました頃、美咲たちが借りている大部屋に、モッチーがコーマックを伴ってやってきた。


「おはようございます。ミサキさん、よく眠れましたか?」


 呼ばれた美咲は、部屋の入り口のところまでモッチーを出迎えた。

 そんな美咲の姿を見て、コーマックは部屋の中が見えない位置まで下がった。


「んー、うん、おはよ、モッチーさん。どうしたんですか? それにコーマックさんまで」

「私はほら、ミサキさんにレシピのお礼として朝食を用意したのよ。あ、もちろん皆さんの分もあるわよ」


 モッチーは視線を美咲の後ろで固まっているキャシーたちに向けた。


「それはありがとうございます。モッチーさんはそれを伝えに来てくれたんですよね、そうするとコーマックさんは何をしに?」


 そう言って美咲はコーマックの顔を見る。


「……俺は護衛だ。中隊長がモッチーの護衛を命じられたんだ」


 ぷい、と横を向き、ぶっきらぼうに答えるコーマック。

 その顔は少し赤かった。


「護衛?」

「昨夜、モッチーが厨房で傭兵に会ったという話を聞き、小隊長達が砦内での護衛を具申したんだ」

「ミサキさんにレシピを教えて貰った話を隊の人にしたら、傭兵ってところだけひとり歩きしちゃったみたいなのよ。私は護衛なんかいらないって言ったんだけどね。隊のみんなも心配性だわ……それはともかく、良い朝食は良い筋肉の元。皆さんも準備ができたら隊の部屋の方に来てくださいね」


 そう言ってモッチーとコーマックは去って行った。


「……えーと、みんなどうする?」


 美咲が皆の方を振り返ると、皆、黙々と着替えていた。


「……あれ?」

「ミサキ、その格好で行くわけじゃないんでしょ?」


 美咲の服装は緑色のルームウェアだった。

 さすがにこのまま男性の前に出るのは憚られる。

 そこまで考えて、美咲はコーマックの前にこの格好で出て行った事を思い出したが、まあ仕方ない。と首を振って忘れることにした。


「……とりあえずご飯が大事だよね」


 美咲はそう呟くと、ルームウェアを脱いで、デニムとニットに着替え始める。

 そんな美咲にフェルが近付いた。


「やっぱり、美咲たちの肌着って変わってるね。どうなってるの? この胸当て」

「フェル! つつかないのっ!」


 美咲の着替えには、今しばらくの時間が必要そうであった。




 対魔物部隊は、大部屋2つを借りていた。

 それでも一度に全員が着座して食事をするには少々手狭であったため、2回に分けて食事をしていた。

 美咲たちが招かれたのは、その1回目の食事だった。


「美咲、茜、こっちだ!」


 美咲の姿を見付けた広瀬が手を振る。

 その横には5人分の座席が用意されていた。

 テーブルはなく、荷箱をテーブル代わりにしているのは、美咲たちの部屋と同じだった。


「おはようございます、広瀬さん。今日はお食事のお誘い、ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこっちだよ。美咲、モッチーに栄養指導してくれたんだって? ありがとう、助かったよ。あいつは鳥肉が筋肉にいいと知ったら、3種類の肉料理をローテーションするようになったんで、みんな飽きてたんだ」


 美咲が広瀬の隣の席に腰を下ろすと、広瀬はそう言って頭を下げた。


「そんな大層なものじゃないですよ。脂質少なめの肉料理を教えただけです」

「レシピが増えれば旨い物が食える。そうなれば部隊の士気もあがるんだ。隊を代表して礼を言うよ」

「おにーさん、モッチーさんとはどういう関係なんですか?」


 畏まった挨拶が終わると、茜が広瀬に絡み始めた。


「なに、中坊がませたこと言ってんだ。上司、部下の関係に決まってるだろ」

「つまりオフィスラブですね?」

「そういうお前こそ、そろそろ初恋のひとつもしたか?」

「美咲先輩、聞きましたか? おにーさんがセクハラです! 女子中学生の初恋事情を聞きだそうとしてます!」

「どの口が言うんだか……よし、みんな揃ったな!」


 広瀬は部屋を見回し、全ての席が埋まっているのを確認すると座ったまま大きな声をあげた。


「ここにいる美咲が、モッチーに新しい肉料理のレシピを伝授してくれた! 皆、今日は美咲にも感謝するように! それではリック!」

「はっ! ……感謝を!」

「「「「「感謝を!」」」」」


 鍛えられた対魔物部隊の面々の大音声が響いた。


「それじゃ美咲、モッチーの料理を楽しんでいってくれ」


 テーブル代わりの荷箱の上には大量の茹でたジャガイモと、鳥のささみのチーズ掛け、鳥肉と根菜とトマトの煮物、鳥のステーキ、蒸した鳥肉に果物と塩、香辛料で味を調えた料理などが並んでいた。


「……モッチーさん、随分、頑張りましたね」

「美咲に味を確認してほしいって言ってたからな。一通り食べてやってくれ」

「はい。でも広瀬さんが味の監督した方がいいと思いますよ。力仕事してる人の好みの味付けとかあるでしょうし」


 そう言いながらも、美咲は荷箱の上の料理を取り皿に少しずつ取って、味見をしていった。


「……大体、イメージ通りの味ですね。好みから言えば、トマトソースはもう少し酸味があってもいいですけど」

「そうか。モッチーに伝えておく」

「あと、ジャガイモを主食にするなら、マッシュして、塩と酢と少しの油を混ぜると食べやすいと思いますよ。マッシュは力仕事ですから、隊の皆さんに協力してもらうといいでしょうね」

「なるほど、マッシュポテトか! でも、あれはマヨネーズを使わなかったか?」

「色々な種類があるんです。マッシュして塩胡椒でもいいですけど、マヨネーズの代わりに酢と油を少し混ぜるだけで滑らかになりますよ」


 なるほど、と、広瀬は納得した。


「ミサキ、このトマトの料理、ミサキ食堂で出さない?」


 茜の隣で料理に舌鼓を打っていたフェルが、鳥肉と根菜とトマトの煮物を指差して、そう言った。


「出しません。煮物ならセイル食堂さんに行けば食べられるでしょ?」

「うーん、ミサキ食堂はどの料理も香辛料が効いているから、どんな味になるか気になったんだけど」

「私が作ったら、これより少し酸っぱくなる程度でほとんど変わらないよ」

「そっかー、それなら今度作り方教えてよ。自分で作ってみたい」

「ん、帰ったらね」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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