137.子供扱い
翌日。
美咲たちは白の樹海に向かう馬車に乗っていた。
馬車は幌の付いた荷馬車である。馭者台にはベルが座り、その隣には茜が座ってベルの手元を覗き込んでいる。
そんな茜の様子を楽しそうに見やりながら、ベルはふと疑問を口にした。
「アカネは剣を使うのか?」
「これはお守りですね。私は剣を使った事はないです」
「そっか。まあ、アカネは魔法使い寄りだろうからな」
「ですね。遠くから高火力が私の戦い方ですから。でもこれ、魔剣なんですよ」
「へぇ、そりゃ凄い」
馬車の荷台では、フェルが女神のスマホをいじっていた。
撮影した写真をめくっては何か考え込んでいる。
「フェル、どうかした?」
「んー、この写真ってやつだけど、不思議だなって」
この世界には、アーティファクト以外でカメラは存在しない。
景色を写し取るというのは、この世界では原理不明の不思議な事象なのだ。
美咲は原理を説明しようとしたが、うまく説明できずに口ごもった。
「あー、ピンホールカメラでもあればいいのかな」
「ぴんほーる?」
「あー、ちょっと説明が難しいかな。実際に作って見せられればいいんだけど」
「それもニホンの技術?」
「うん、そんな感じ」
そんなこんなでのんびりと馬車は進んでいく。
やがて砦が見えてくる。
最初にそれに気付いたのは茜だった。
「なんだか馬車が停まってますね?」
砦のこちら側に、数台の馬車とおぼしきものが見えた。
だが、馬が繋がれていない。
「どこの馬車だ? 俺達以外に迷宮探索の依頼が出てるのか?」
「……ああ、多分あれ、対魔物部隊の馬車だと思うよ。広瀬さんが樹海に行くって言ってたし」
ベルの呟きに、美咲が思い出したように答える。
「ヒロセ? 誰だ?」
「対魔物部隊にいる日本人なんだけどね。中隊長さんなんだって。リバーシ屋敷の住人だよ?」
「へえ……しかし、馬がいないってどういうことだ?」
「あの砦は馬車を何台も停められるほど広くないから、馬だけ厩舎に入れたんじゃない」
「なるほど」
急ぐでもなく、砦への道を辿ると、やがて馬車は砦のそばに停車する。
塀の上にいた兵士が合図をすると、門が開かれ、中からはキャシーが歩いてくる。
「ベル! 馬車をこちらに停めてくださいまし! 停めたら馬だけ砦の中に収容しますわ!」
「おう!」
キャシーの指示に従い、ベルは馬車を停める。
「アカネ、馬は扱えるか?」
「自信ないです」
「それじゃ見てるといい」
ベルはそう言うと馭者台を下り、馬を軛から外し、手綱を引いて砦の門へと歩き出す。
「手慣れてますねー」
「実家が農家だからな、荷馬車の扱いは慣れてるよ」
ベルを追うようにして、美咲たちが続く。
門の中には、対魔物部隊の鎧を着た兵士たちの姿が見えた。
中でもとりわけ若く見える兵士が、美咲たちに気付いて声をあげた。
「おいおい、子供がこんな所に何しに来たんだ?」
「うわ、テンプレ……」
茜が呟く。
その声は兵士には届かなかったようで、兵士は茜と美咲のことを交互に見ながら、ふたりに近付いてくる。
「馬車に潜り込んできたのか? ここは子供の遊び場じゃないんだぞ」
「……失礼ですね。これでも私たちは全員成人ですよ?」
美咲を庇うように茜が前に立ってそう言うと、兵士は呆れたような表情で、
「はぁ? どこをどう見たって、いいとこ12、3歳だろ? 背伸びするんじゃないよ」
と言って茜の頭を撫でる。
茜はその手を振り払う。
「あんまりヒドイこと言ってると、おにーさんに言いつけますよ!」
「誰だよ、お兄さんて……しかしどうしたらいいかな。砦で子供って預かって貰えるのか?」
兵士は、心底困ったような表情をしていた。
根は悪い人間ではないのだろうが、子ども扱いされた茜は腹に据えかねていた。
「人の話を聞かない人ですね! 美咲先輩、どうしましょう?」
「……まあ、日本人は若く見られがちだからね。広瀬さんに証明して貰えばいいんじゃない?」
「そうでした」
茜は兵士に向き直ると、
「広瀬って人、知ってますか?」
「あん? なんでお前が中隊長殿の名前を知ってるんだ?」
「ふふん、おにーさんは私の家に住んでますからね」
「中隊長と一緒に住んでるだと? ……女神様の色でおにーさん呼び……お前ら、まさか中隊長殿の妹か?」
「言うに事欠いて、おにーさんの妹扱い! 断固抗議します!」
茜が地団太を踏んでいると、若い兵士の後ろ、兵士たちがたむろしている辺りが賑やかになった。
「……と、中隊長だ。お前らちょっとこっちに来い」
若い兵士は茜の腕を掴むと、奥で兵士たちがたむろしている方に引っ張って行く。
「ちょ、引っ張らないでください! なんですかもう! あ、おにーさん!」
「中隊長! 中隊長の妹さんを保護しました!」
そこには、茜と美咲の姿を見て、唖然としている広瀬がいた。
「妹? ……コーマック、そのふたりはどうしたんだ?」
「はっ! 傭兵の馬車に乗っているのを見つけ、保護しました!」
「そうか……あー、そのふたりは俺の知り合いだが妹じゃない。傭兵の馬車に乗っていたということは……傭兵の仕事で来たのか?」
広瀬が尋ねると、茜が頷いた。
「そうです! 指名依頼を受けてきたんですよ。それをこの分からず屋が子供だって言いがかりをつけてきたんです!」
「まあ、こっちじゃ日本人は若く見られがちだから諦めろ。だがそうか、考えてみれば、ふたりとも強力な魔法を使えるんだから、そりゃ迷宮に投入するよな……コーマック、若く見えるがそのふたりは子供じゃない。放してやってくれ」
「……はい? し、失礼しました!」
コーマックが茜の腕を放すと、茜は小走りで美咲の後ろに逃げ込んだ。
「わかりましたか! これでも腕利きの傭兵なんですからねっ!」
「茜ちゃん、隠れながら言っても説得力がないよ……」
そんな美咲たちを見ながら、広瀬はコーマックに対して注意をした。
「……コーマック、こういうケースもある。人をあんまり見た目で判断するな」
「はっ! 申し訳ありませんでした!」
「茜、お前も童顔なんだから、こういうときの対処法くらい考えておくように」
「えー、私もお説教ですかー? まあいいです。美咲先輩、キャシーさんが待ってます、合流しましょう」
「そだね。それじゃ広瀬さん、気を付けてくださいね」
「おう」
広瀬と別れた美咲たちは、キャシーたちと合流して砦の中の大部屋に移動した。
「この部屋はミストの町の傭兵組合で借りてる部屋ですの」
大部屋には、壁沿いに大量の木箱が積まれていた。
それらの荷物は、前回美咲たちが運び入れた物資の一部だった。
「荷物のせいで随分狭くなったね」
木箱を眺めながら美咲がそう言うと、キャシーは肩を竦めた。
「これでも減らしたんですのよ? この部屋はわたくしたちが自由に使ってもいいそうです」
美咲たちの他に対魔物部隊や傭兵組合の偵察隊がいる中で、さして広くない砦の面積を考えると、かなりの好待遇である。
「それで、キャシーはもう迷宮に潜ったのか?」
ベルが問い掛けると、キャシーは首を横に振った。
「まだですわ。今のところ、迷宮に潜っているのは偵察隊だけ。私は連絡要員でしたし、対魔物部隊は地上の魔物討伐と、迷宮周辺の開拓をしてますの」
「偵察隊の進み具合はどんな感じなんですか?」
「迷宮の4階層までと聞いてますわ。第一階層は迷宮、第二階層は草原、第三階層は岩場、第四階層は大きな洞窟だそうです。敵の種類から、青の迷宮相当と言われていますわ」
茜の問いに、キャシーは即答した。
「アーティファクトはどんなのが見つかってるの?」
そう美咲が尋ねると、キャシーは首を横に振った。
「現在まで、アーティファクトは発見されていません。ですので、わたくしたちは、迷宮の深さを調べるよりも、アーティファクトの発見を優先しなければなりません」
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