134.報告
設置された門は、自動で開閉され始めていた。
よく見れば、門のそばの石畳の上に、魔法陣が刻まれていた。その紋様は、青の迷宮の帰還用の魔法陣に酷似していた。
それらを確認した美咲たちは、パーシーと合流した。
「いったい何があったのですか?」
白竜との会話は、パーシーには聞こえていなかった。
キャシーは、白竜との会話の内容をパーシーに伝えると、女神のスマホをパーシーに手渡した。
「これを使って組合長に連絡を入れてください」
「いや、また聞きでは報告の鮮度が落ちる。君から報告してくれ」
「……分かりましたわ」
キャシーはミストの町の連絡担当に電話をかけた。
連絡担当用の女神のスマホを傭兵組合に持って行ってもらい、それを使ってゴードンに状況を報告する。
キャシーの報告を受けたゴードンは、唸り声をあげてからゆっくりと返事を寄越した。
『あー……キャシーたちは、一度ミストに戻ってきてくれ。……門の件は、傭兵組合の手に余る。ビリーの領分だ、これは。……白竜は姿を消したんだから、指名依頼は達成でいいだろう。だが少し、いや、色々問題が出てきそうだ』
問題があった。むしろ問題だらけだった。
白竜は”名もなき神”の指示で門を、この世界に100年ぶりに作成したという。
キャシーたちの見立て通り、今回作られた門が迷宮の門だとした場合、ユフィテリア以外の神が迷宮を作成したということになる。
この世界に干渉する女神はユフィテリアと、その姉女神の合計4柱とされている。であれば、”名もなき神”の正体は、名前が伝わっていない、ユフィテリアの姉女神たちのいずれかであろう。だが、姉女神はいずれも悪戯好きで、過去は悪神とまで言われていた存在だ。そのような存在が作成を指示した迷宮に不安がない筈がなかった。
また、知られている限り既知のすべての門は、気付いたらそこに存在していた。
100年前に作られた門があるとすれば、未知の迷宮が、今回のものとは別に、少なくとも1つ存在するということになる。迷宮は富と名誉を生み出す装置だ。未知の迷宮があるという情報が広がれば、探索の機運が高まるだろう。
また、今回、迷宮は白の樹海に作成された。当然、国がこれを管理しようとするだろう。
だが、白の樹海は魔物の巣窟であり、過去に開拓に失敗した場所でもある。
今までの迷宮では、その周囲に人が集まって自然と町が形成されたが、今回は場所が悪い。
開発するには十分な人員と、それを守る為の護衛が必要となる。樹海を切り拓くとなれば時間もかかる。そうなれば、相応の費用も必要だ。ミストの町だけでどうにかなるレベルではない。
だが、悪いことばかりではない。
現在のミストの町は、王都からの距離こそ近いものの、行き止まりの町だ。
農耕が盛んなため、王都との間の流通はそれなりにあるが、人の動きは少ない。
しかし、白の樹海の迷宮が人を集めるようになれば、ミストの町は中継点となり、今よりも人や物の動きが活発になるだろう。
白の樹海開発にしても人や金が大きく動くのだ。その際、開発の主体となるのはミストの町となるだろう。過疎化が進んでいたミストの町にとっては、大きなチャンスとなる。
『とにかく、俺はこの話をビリーに伝える。そうだ、パーシーはそこにいるか?』
「あの方たちでしたら、門の周辺を調査すると仰ってましたわ」
『そうか……なら、お前たちはミストの町に戻ってきてくれ』
電話を切ると、キャシーは頭痛を堪えるようにこめかみに手をやった。
「どうしたんですか?」
茜の問いに、キャシーは大きなため息を吐いた。
「いえ、これからの事を考えたら、少し頭が痛くなってきただけですわ」
キャシーは傭兵だが、ミストの町では代官の娘という顔も持っている。
それだけに、今回の事態が何を引き起こすことになるのか、比較的正しく予見していた。
「キャシー、今日の行動方針は?」
フェルに聞かれた、キャシーは、
「ミストの町に戻りますわ」
と答え、すぐにそれが不可能であることに気付く。
もう日は沈みかけている。今から戻るとなると、ミストに着く前に完全に日が落ちてしまうだろう。夜になれば、門も閉じられてしまい、町に入ることはできなくなる。
「……困りましたわね。帰れないとなると今晩は砦に泊めて貰うしかなさそうですわ」
砦は宿泊施設ではないが、白の樹海から避難してきた者や、王都からの応援を収容するための大部屋が設けられている。
そこを借りよう、と、キャシーは足早に砦の中に向かって行った。
「それじゃ、馬車を砦内に収容させてもらわないとな」
ベルはミストの町から乗ってきた荷馬車の馭者台に乗ると、馬を操って砦の門に馬車を進ませる。
残った美咲と茜、フェルは、顔を見合わせると、キャシーとベルの後を追って歩き始めた。
◇◆◇◆◇
砦では、大部屋を借りることが出来た。
大部屋に入ると、壁は石が剥き出しだが、床は一段高くなっており板が張ってある。ミストの砦よりも居心地はよさそうだった。部屋の扉がある部分は石の床が剥き出しになっており、全員、そこでブーツを脱いで板張りの床の上にあがる。
10畳程の部屋に入った美咲たちは、鎧を外してくつろいだ格好になった。
美咲がアタックザックを開けて、中から食べ物を取り出そうとしていると、茜が近付いて来た。
「お布団とかないんですよね? どうやって寝るんですか?」
「マントに包まって寝るんだけど。あ、茜ちゃん、もしかしてマントは持って来てない?」
茜に問われ、美咲が茜に耳打ちすると茜は頷いた。
急な話だったので、マントを持ってくるというところまで気が回らなかったのだ。
「ちょっと待っててね」
美咲はフェルの注意を引かないように大部屋を出て、荷馬車のそばまで行き、茜の分のマントを呼ぶ。それを抱えて部屋に戻ると、茜にマントを手渡した。
「これ使ってね」
「ありがとうございます。へー、思ってたよりもゴワゴワしますね。川ネズミのとは違うんですね」
「何回か着てると馴染んでくるよ」
茜は立ち上がってマントを羽織った。
「……ぶかぶかです」
「鎧の上にまとうものだから、大きくないとね」
「なるほど」
ペタンと座り込み、マントに包まる茜。
「うん、温かい。これなら眠れそうです。助かりました」
「早目に気付いて良かったよ。さてと。フェル、夕ご飯ってどうするの?」
「ん? 干し肉をかじるしかないかな。砦だって余裕があるわけじゃないだろうし」
「そか、それじゃ、買い置きのパンと、あとチョコレートがあるから出しておくね」
美咲は、アタックザックからチョコレートを詰めた木の箱を取り出して床の上に置く。
続いて収納魔法にしまっておいた、買い置きのパンを乗せた木皿を数枚、チョコレートの横に並べた。
「みんなー、ミサキから食料のおすそ分けだって」
「どれどれ、ミサキの食べ物はどれもうまいから楽しみだよ」
「ミサキさんの収納魔法には、いつも驚かされますわね」
ベルとキャシーがパンとチョコレートを囲むように床に座り込む。
「みんな、ご自由にどうぞ」
口々に礼を言い、パンとチョコレートの夕食が始まった。
翌朝、まだ、日が出ない内から美咲たちはミストの町に向けて出発した。
パーシー達、偵察隊のメンバーは、まだやることがあるとのことで、砦に残ることとなった。
砦からミストの町までは、馬車であれば1時間強といったところである。
自転車でゆっくり走る程度の速度で、馬車は小さい丘の間をぬうようにしてミストの町を目指す。
馭者台にはベルが座っており、荷台からは茜が食い入るようにして、ベルの手元を覗き込んでいた。
「ベルさん、特に操作しているように見えないんですけど、何かやってるんですか?」
「んあ? ああ、馬車の操作のことか。道なりに走る時は何もしないな。進め、曲がれ、止まれ。大体、それだけだぞ。慣れが必要なのはいつ手綱を引くかだな。早すぎても、遅すぎても乗り心地は悪くなるからな」
ベルに、馬車の扱い方のレクチャーを受ける茜。馭者をやってみたいお年頃のようだ。
ミストの町に着く頃には、地平線に太陽が顔を覗かせていた。
門番に挨拶をしながら門を潜ると、ミストの町は、まだ塀の影に覆われていた。
「傭兵組合に馬車を返しに行かないとな」
「ですわね。この時間だと、さすがに組合長はいないでしょうから、返却だけしましょう。報告はわたくしが後ほど行っておきますわ……女神のスマホで必要なことは全部伝えてしまっていますけど」
「報酬の受け取りは各自で?」
フェルの問いにキャシーは頷いた。
「各人に個別に行われた指名依頼ですから、それでいいと思いますわ……」
馬車が傭兵組合に到着すると、ベルが代表で組合に入って行った。
しばらく待っていると、ベルが戻ってきて、
「組合長が呼んでる。みんなに話を聞きたいって」
と告げた。
「もう仕事に出てらっしゃるの? 仕事熱心だこと。それでは皆さん、参りましょうか」
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