133.新たな門
美咲たちを乗せた荷馬車は、白竜とすれ違う事もなく、白の樹海の砦のそばまで到達していた。
馬車を荷馬車にしたのは、全方位の警戒がしやすく、気付かずに白竜とすれ違ったりしないようにとの配慮である。
荷馬車からの眺めは実によかった。
白の樹海の中に降り立って丸くなっている白竜の背中が見える程に。
「……冗談だろ? あのサイズ。背中まで砦の塀くらいあるよな。何とかなるのかよ、あれ」
白竜の背中を見て、呆れたような口調でベルが呟いた。
その顔色は少々青ざめていた。
「そうですわね。あのサイズでは、インフェルノでは威力が足りないかも知れませんわ」
そう答えるキャシーの顔色もあまりよろしくなかった。
「あんな所で何してるんでしょうね?」
茜は疑問を口にする。
白竜の背中は、白の樹海の木々の向こう側で、小刻みに動いていた。
たまに、ぐるりと反転したりもしている。
白竜周辺では、うっすら土煙があがっていた。
「……その辺は偵察隊の人たちに期待しようか」
レールガンの弾体を握りしめ、美咲はそう答える。
美咲のレールガンは、地球に存在するレールガンの仕組みこそ使っているが、威力はそこまでのものではない。
確実に白竜を倒し切ることが出来るかは不明だった。
「アレと対話できるか確かめるなんて、ちょっと笑えないね」
そう言いながらも、フェルは笑っていた。
ベルやキャシーよりも、まだ余裕があるようだった。
「とにかく、砦に入って偵察隊の情報を貰いますわよ」
キャシーの号令で、荷馬車から下りる一行を、砦の前にいた傭兵が出迎えた。
「俺はパーシー、偵察隊の隊長だ。君たちの事は、砦の女神のスマホで連絡を受けている。白竜から目を離したくない。ここで情報を擦り合わせるってことでいいか?」
「それで構いませんわ」
「とは言っても、まあ見ての通りなんだがな。砦の上からも監視しているが、奴は、まず、一帯の木々を焼き払い、そこに下りて、地面を掘り返したと思ったら、後はずっと地ならしのようなことをしている」
「巣でも作ってるのか?」
ベルの質問にパーシーは首を横に振った。
「分からんよ。ただ、そう見える行動を取っているとだけしか言えない」
「それ以外の行動は?」
キャシーの問いに、再びパーシーは首を横に振った。
「ずっと同じ場所で地ならしらしい行動を取っている。あんなデカブツ相手に、何とかなりそうか?」
「やってみるしかありませんわね」
「そうか。奴の所までは案内する」
「そうしてくださいまし……ミサキさん、倒せそうですか?」
「あのサイズだからね。やってみないと分からないよ」
「ですわね。とりあえず、ミストに連絡いたしましょう」
キャシーは女神のスマホを取り出すと、ミストの町の連絡担当に電話をかけた。
「キャシーです。砦に到着しました。これより白竜と接触するため、白の樹海に踏み込みます」
用件を伝えたキャシーは、パーシーに向かって、
「それでは参りましょう」
と、短く告げた。
◇◆◇◆◇
樹海に近付くと、白竜が動く足音と、振動が伝わってきた。
微かに焦げ臭さも感じる。
「話が通じればいいけど」
美咲が呟くと、フェルが頷いた。
「うん。あのサイズとは戦いたくないね」
「全員のインフェルノを頭に直撃させたら、大抵の生き物は死ぬと思いますけどね」
茜は倒せると考えているようだった。
だが、美咲と茜以外の魔法の射程距離は25メートルほどと短い。
白竜のサイズを考慮すると、かなり接近しないと直撃は難しいだろう。
そんなことを話しながら歩いていると、樹海外縁部を覆う灌木の前まで到着した。
樹海外縁部を覆う灌木は、一面を覆っていたが、一カ所だけ、踏み分けた道が出来ていた。
「ここから樹海に入る。白竜の影響で、魔物はいないと思うが、注意してくれ」
パーシーが先導するように灌木の踏み分け道に足を踏み入れる。一行は、その後ろに張り付くようにして、灌木のエリアを抜ける。
そこには、鬱蒼とした樹海特有の植生が広がっていた。
「こっちだ」
先行するパーシーの後を追う一行。パーシーはひょいひょいと歩いて行くが、美咲たちの歩みは遅い。
美咲は、収納魔法にしまいこんでいた金剛杖を取り出すと、杖をつきながら慎重に歩を進めた。
歩を進めるにつれ、樹海に入る前から響いていた白竜の動く音と振動が大きくなってくる。
前方が明るくなったところで、パーシーは、歩みを止めた。
「前方の明るいあたりに白竜がいる。俺は万が一の際に結果を報告する為、離れた所で監視させてもらう」
「分かりましたわ。ここからはわたくしたちだけで参りましょう。私が白竜に声をかけます」
「でもキャシー、大丈夫か? 足が震えてるぜ」
ベルの言葉に、皆がキャシーの足に注目する。
キャシーの足には僅かだが震えが見て取れた。
「これは武者震いですわ。ベルは黙ってらっしゃい!」
「ならいいんだけどさ」
「わたくしが白竜の前方から接近しますから、皆さんは、少し離れた位置で魔法攻撃準備です。ミサキさんはレールガンの準備をお願いしますわ」
「キャシー無理してない?」
フェルの言葉に、キャシーは深呼吸をしてから首を横に振る。
「……大丈夫ですわ」
少し落ち着いて来たのか、キャシーは冷静にそう答えた。
一行は樹海の中、不自然に明るい方向へと進んでいく。
白竜が動く振動で木々が揺れている。焦げ臭さも増していた。
やがて、唐突に樹海の木々が途切れる。かなりの広さが白竜によって焼き払われ、掘り返され、地ならしされていた。
その中央付近で、白竜は地面を踏み固めていた。
白竜の姿は、西洋のおとぎ話に出てくるドラゴンによく似ていた。
「……行きますわよ」
キャシーは小さく呟くと、白竜に向かってひとりで歩き出した。
美咲たちはキャシーから少し離れた位置を慎重に移動する。魔法の射程距離を意識しなければならないため、離れるといっても精々、5メートルだ。白竜が尻尾でも振れば、全員一度に吹き飛ばされてしまうだろう。
白竜まで10メートルほどの所まで近付くと、白竜は動きを止めた。
「……白竜よ! わたくしはキャシー! わたくしの言葉が分かるだろうか?」
キャシーが名乗りを上げると、白竜は興味深い物を見た、といった風に目を細め、僅かに首を傾げた。
「白竜よ! わたくしの言葉が分かったら、二回頷いてほしい!」
『……小さき者よ。何をしに来た?』
美咲たちの頭の中に声が響いた。
「こ、ここのそばには人の町がある! なぜ、このような場所に巣を作られる?」
白竜は、美咲たちとキャシーを交互に眺め、その場で腹ばいになった。
『我に逆らうか、小さき者よ』
白竜は首を伸ばし、鼻先をキャシーに近付ける。
思わず悲鳴をあげそうになったキャシーだったが、数歩後退るだけで恐怖を堪えた。
「あなたが人に仇なす存在であれば!」
『威勢が良いな。だが、それは蛮勇ぞ』
白竜は首を美咲たちの方に伸ばした。
『お前たちも黙って見ておれ。黙っておれば小さき者に振るう爪は持たぬ』
白竜は身を起こすと、地ならしの作業を再開した。
白竜との対話の後、美咲たちはキャシーと合流し、白竜が作った広場の片隅で、白竜の地均しの様子を観察することにした。
「頑張ったね、キャシー」
フェルがキャシーに声をかけると、キャシーはその場で蹲りそうになった。
それでも踏みとどまり、一言、
「……気が抜けましたわ」
とだけ呟いた。
「本当に対話ができるとはびっくりだな」
ベルの言葉に、頷く美咲と茜。
「何にしても、戦わずに済んでよかったよ」
「美咲先輩なら、あんなの倒せると思いますけどね」
「無理言わないで。レールガンでもあんなの倒せないよ」
「そんなことないと思うんですけどね。それにしても、あの白竜、何やってるんでしょうね?」
「平地を作ってるようにしか見えないけど。巣作りとか?」
白竜の動きが止まった。
『巣ではない。我が眠りはつい先ごろ終わったばかりだ』
「聞こえてたみたいだね」
フェルが囁く。
『我が主、名もなき神の命により、ここに門を設置する』
「……門?」
白竜の言葉に美咲は首を傾けた。
『小さき者たちが群がる門よ』
白竜の周囲に複数の魔法陣のようなものが浮かび上がる。と、同時に白竜は大きく羽ばたき、地ならしをした広場の上でホバリングをした。
『見ておれ』
複数の魔法陣がさらに大きな魔法陣に取り込まれ、広場全体を覆いつくす。横だけではなく縦にも魔法陣が展開され、広場と白竜の間に黒い穴が口を開けた。
空中に開いた穴から、沢山の石レンガがゆっくりと下りて来ると、それらは広場を埋め尽くし、石畳を作り上げた。
次いで、大きな門が穴から姿を現す。
「……迷宮の……門ですわ」
キャシーが掠れた声でそう呟くのと同時に、門は石畳の上に着地する。
ズシン、という重たい振動が響くと、魔法陣と空中の穴は消失した。
『100年ぶりの新しい門ぞ。これを小さき者の世に知らしめよ』
白竜はそう告げると、そのまま天空高く飛び去って行った。
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