130.王都のアーティファクト
その日の晩、茜は小川に電話を掛けた。
「あ、もしもし、おじさんですか?」
『どうしたんだい? 茜ちゃん』
「スマホのアプリの正体が分かりましたので」
『希望のコンパス』について分かったことを小川に伝えると、茜は、
「美咲先輩はコンパスを使って、特に何かするってわけじゃなさそうです。勿体ないですよね」
とぼやく。
だが、小川は、そのアプリの仕様の厳しさに首をひねった。
『いや、その仕様だと、使いこなすのは至難の業だと思うよ。でもそうか、普通のコンパスじゃなかったんだね。女神様の意図がいまいちわからないな……まあ、それは考えても仕方ないか。そうだ、茜ちゃん』
「はい、なんでしょう?」
『近い内に王都にこれないかな。実は、鑑定して貰いたいアーティファクトが溜まって来てね』
「食堂のお仕事もあるんですけど、どれくらいあるんですか?」
『んー、結構数はあるんだよね。一週間くらいあれば最低限の鑑定はできると思うんだけど、難しいかな?』
「分かりました。美咲先輩に聞いてみます」
翌朝、
「美咲先輩、しばらく留守にしてもいいですか?」
茜は美咲と顔を合わすなりそう言った。
「どうしたの? 理由によっては反対するけど」
美咲は茜の保護者を自任している。
異世界という環境で、たった4人しかいない同胞だ。大抵のことは許してもいいと思っているが、しばらく留守にするというのは頂けない。
外泊先によっては、保護者権限で止めなければならないと、美咲は考えていた。
「昨夜、おじさんから電話があったんです。王都で鑑定してほしいものがあるって」
「あー、そーゆーこと。期間はどれくらいなの?」
美咲の保護下から、別の保護者の元に行くだけと聞き、美咲は安堵した。
「おじさんいわく、数があるから一週間くらいはみてほしいって」
「小川さんの所なら構わないよ。長らくリバーシ屋敷の主が不在だったわけだし、たまにはのんびりしてきたら?」
「美咲先輩を置いてくのは心苦しいんですけど」
「いいよ、迷宮の時は茜ちゃんに留守番させちゃったからね。でも寒くなる前に帰ってくるんだよ?」
「それはそのつもりですけど、なんでです?」
「雪が降り始めると、馬車のスピードが遅くなるからね」
季節は秋である。
雪の心配にはまだ早い。
「いくらなんでも冬になる前に帰ってきますよ」
コロコロと笑って茜はそう答えた。
◇◆◇◆◇
茜が王都に旅立ってから一週間。
ミサキ食堂は美咲とマリアのふたり体制で、十分に回っていた。
回ってはいたが、
「アカネおねーちゃん、まだかえってこないの?」
茜に懐いているエリーにとって、茜の不在は不満らしく、茜不在の三日目あたりから、毎日そう聞いて来ていた。
「予定だと、もうそろそろ帰ってくるかな。エリーちゃん、抱っこしたげるからおいでー」
「きゃははは、やー」
「ほーら、つーかまえた」
逃げ回るエリーを捕まえて膝に乗せると、美咲はエリーの頭を撫でる。
「ミサキおねーちゃんは、おでかけしないの?」
「茜ちゃんが帰ってくるまでは、お留守番かな」
美咲たちがそんな会話をしていると、ミサキ食堂の玄関が開いた。
「あれ? 誰だろ?」
「私です、美咲先輩」
「アカネおねーちゃん、お帰りー」
エリーは美咲の膝から下りると、茜の足元をくるくる回り始めた。
茜はそんなエリーを抱き上げると、美咲に、
「はい、美咲先輩、パスです」
と渡した。
じたばた暴れようとするエリーを抱っこしたまま押さえ込むと、美咲は再びエリーの頭を撫で始めた。
「茜ちゃん、予定よりちょっと早くない?」
「鑑定屋の鑑定結果と異なる性能のアーティファクトは案外少なかったんですよ」
「そうなんだ。それで、面白いアーティファクトはあった?」
「そうですね、結構、私達の世界の製品をベースにしてそうなアーティファクトがありましたよ。おじさんが、そういうのだけを選別してたからでしょうけど」
「へぇ」
「便利そうなの、いくつか貰ってきましたよ」
そう言うと、茜はアイテムボックスからホットプレートのようなアーティファクトを取り出した。
「あ、それ知ってる。たい焼き作るアーティファクトでしょ?」
見たことのあるアーティファクトに、美咲は思わず声をあげる。それは、青の迷宮のあるネルソンの町で見たホットプレート型たい焼き機だった。
「たい焼きも作れますね。あと、お好み焼きも、タコ焼きも作れますよ。型もないのに不思議ですよね」
「どうやって作り分けてるの?」
「入れる材料によって、何ができるのかが決まってるんです。小麦、豆、砂糖で白餡のたい焼き。小麦、タコでタコ焼き。お好み焼きは小麦粉と野菜類とその他。水は入れなくても良くて、材料も、ほんの少しでプレート一杯の完成品ができあがるんです」
茜の説明を聞き、美咲は不思議そうに首を傾げた。
「まるで錬金術だね。少しの材料で沢山焼けるなら、食料不足とかが起きた時に役立つんじゃない?」
「焼くのに時間がかかるので、大人数の食料供給には向かないっておじさんは諦めてました」
小川に、これは使い物にならないと判断されたため、茜が引き取ってきたのだ。
「他にどんなのあるの?」
「空気清浄機兼加湿器ですね。加湿器としてなら、この世界でも使えそうじゃないですか」
「そうだね。空気清浄機はあまり役に立たないだろうけど」
この世界の建築精度では、部屋の気密性などあってないようなものである。
いくら部屋の中の空気を綺麗にしても、すぐに隙間風が入ってしまっては切りがない。
茜は空気清浄機を取り出すとホットプレートの隣に並べた。
「あと、ジューサーミキサーがあったので貰ってきました」
これもホットプレートの隣に並べらる。
「どういうラインナップ?」
「王都では使わないっていうものを貰って来たんです。他にも色々便利そうなものはあったんですけど、王都で使うからって貰えませんでした」
「どんなのがあったの?」
「興味があったのは、プロジェクターとか、ノートパソコンもどきとか、エアコンもどきとかですね。プリンタもあったっけ」
「へえ、面白そうだね。でもそっか、今まで眠っていたアーティファクトの使い道を見付けられたんだ。茜ちゃんが調べに行った甲斐があったね」
「おじさんは、色々見つかって、これから大変だって言ってましたけどね」
小川はこれから、新しいアーティファクトの取扱説明書を作成しなければならないのだ。
女神のスマホのように、運用まで含めて調整をする必要はないが、それにしても必要となる取扱説明書の種類は膨大なものとなる。
小川が使い方をレクチャーし、レクチャーを受けた者が取扱説明書を作成するという流れにすれば、ある程度の並行作業が可能となるが、それにしてもかなりの時間が必要になるだろう。
「年末年始になったら、王都に行って、小川さんの慰労会でもしてあげようか」
「いろーかいって何ですか?」
「お疲れ様ってねぎらう会のことだよ」
「あー、それは喜ぶでしょうね。おじさんもおにーさんも、美咲先輩のお料理、大好きですから」
「そう言えば、この前王都に行った時に見かけなかったんだけど、広瀬さんは最近何やってるの?」
「魔物の駆除で、王都周辺を回ってるみたいですね。そう言えば、おじさんが、おにーさんにもスマホを持たせたって言ってましたよ」
職権の濫用ではない。
広瀬は対魔物部隊の中隊長を拝命しているため、緊急時に連絡がとれるように、女神のスマホを渡されたのだ。
「広瀬さん、いつの間にか偉くなってたんだね」
「対魔物部隊って、この国では、唯一の実戦部隊ですからね。叩き上げの人が多いらしいですよ。おにーさんはあれで、剣を持ったら結構強いですからね」
何といっても、『剣の才能』というスキルを持つ剣士である。
努力した分、確実に強くなっていく。
「ふうん。あ、対魔物部隊と言えば、そろそろアルバート王子にお酒を渡す時期じゃなかったっけ?」
「ああ、日本酒を年に何本かってやつですね。去年はついでにケンちゃんたちが遊びに来たんですよね。そう言えば今頃の時期でしたね。おにーさんに電話してアルに聞いて貰ったらどうでしょう? 番号はこれです」
茜は自分の女神のスマホを操作して、電話番号を表示させた。
「ありがと。ちょっと待って、登録しちゃうから」
美咲は茜のスマホの画面を見ながら、自分のスマホに広瀬の番号を登録する。
「お酒って、おにーさん達にも結構な量を渡してるんですよね。おにーさんから渡して貰ったらいいんじゃないんですか? 同じ部隊なんだし」
「そだね。広瀬さんに聞いてみるよ」
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