13.拠点について考える
広場での人間観察は暫くお休みにした。
したというか、なった。
美咲が観察される側になってしまっていたからだ。
美咲には目立つ要素が多過ぎる。特に服装は、この世界の人から見たら目立ちたくてやっている、としか思えないレベルである。
だからと言ってこの世界の衣類を揃えて着替えたとしても、通り名が「青いズボンの魔素使い」から「女神様の色の魔素使い」あたりに変わるだけだろう。
(目立たない。というのは、黒目、黒髪の時点で無理だったんだね)
美咲はようやくそれを理解した。
服装だけなら何とかなるが、髪と目は変えようがない。それにこの辺りの人は白人種だ。そもそも黄色人種が目立たない訳がないのだ。
(目立たない路線は無理だったんだよね。多少目立っても良いから、生活基盤を整えるとなると拠点が必要かな)
『呼び出し』を使ったお店である。
(まずは、専売とか、禁制とかがないか、確認が必要だよね)
◇◆◇◆◇
「あ、青いズボンの魔素使いさん、どうされました?」
商業組合に入るなり、受付のマギーにそう声を掛けられ、美咲は苦笑いを浮かべる。
「あの、出来れば美咲と呼んでください」
「はい、ミサキさん、それで、どういった御用でしょうか?」
美咲が、商売を始めようと考えている事、それに際して売買が制限や禁止されている物がないかを聞きに来たことを告げると、マギーは塩と酒、小麦については流通量が決まっている事、医薬品は制限はないが重い責任が伴うと回答を返してくれた。
「でも、ミサキさんが商売ですか……あ、ニホンの娯楽で、こちらにない物とかありませんか?」
「娯楽、ですか? 色々ありそうですけど、作るのは難しそうですね」
「そうですか……いえ、去年から王都でリバーシ、というゲームが大人気を博しているんです。そういうのがあればと思いまして」
(あー、確かにリバーシなら簡単に作れそうだね…将棋やチェスとかはルールが面倒だし、似たゲームもあるよね。きっと。でもそうか、そういう知識も商売になるんだ。カードはあのツルツルの素材が作れないから無理だし、花札はルール知らないしなぁ)
リバーシ、という単語に一瞬疑問を覚えた美咲だったが、高性能な翻訳機能の意訳だろうと流す。そして、何か持ち込めそうなゲームがないかを考えてみたが、残念な事に何も思いつかなかった。
「残念ながら、娯楽は難しそうです」
「そうですか…あ、ミストの町で商売する場合なんですが、規模によって年会費を商業組合に納めて頂く事になっていますので、商売を始める前にお声掛けください。組合員は起業からある程度のサポートを受ける事が出来ますので、早目の方がお得ですよ」
「ええ、ありがとうございます。その際はよろしくお願いしますね」
◇◆◇◆◇
実際のところ、美咲が必要としているのは、人間観察を行うための拠点であり、商売は拠点を維持するための手段である。
そのため、具体的な商売のイメージは全くできていない。
宿に帰った美咲は、どういう商売が成り立つかを考えていた。
具体的には『呼び出し』を使ったお店である。
問題は売るものだ。
タオルは商業組合に仕入れの事を問われた時に答えられないから駄目だ。
香辛料は悪目立ちするのが目に見えているからこれも駄目。
オーバーテクノロジー系は絶対駄目。
佐藤家の食卓を預かっていた美咲に掛かれば、様々な食料品や生活雑貨を『呼び出し』する事が出来るだろうが、例えば肉や野菜は品種の違いを説明できないので素材のままの取り扱いには慎重を期す必要がある。
候補としては美咲が加工した食品だろう。それも、持ち帰りが難しい汁物などが望ましい。
しかし、屋台ならともかく汁物単体の食堂と言うのは幾らなんでもないだろう。
サンドイッチが何種類か呼べるからそれと組み合わせるか?
(例えばカップスープ……確かアソートを買った事があった筈……あ、出てきた)
カップスープの各種詰め合わせである。店舗販売を考えるならメニューの幅が広がる。
(他に汁物って言っても……多分、お味噌汁とかは売れないよねぇ)
海外でもミソスープとして有名ではあるが、味噌独特の香りを嫌う外人は意外と多いのだ。好き嫌いの差が大きいのは発酵食品系の宿命なのかもしれない。
(あ、持ち帰りにくいって事でなら麺類とかもありかな……パスタ。うん、普通の乾麺が出たね……パスタソース……レトルトのミートソースかぁ、これはゴミが多くなりそうだから避けたいなぁ……そだ、ええと、オニオンソルト……出た! 後はタバスコ……うん、出たね。次は……ええとラーメン……おお、塩の袋ラーメンお徳用が出た!)
気付くと周りに色々増えていた。
(しまった……調子に乗った)
美咲の『呼び出し』は一方通行なのだ。出した物はしまえない。幸い出したのは食品系のみ。消費できなくはないが、ゴミは出てしまう。
ビニール類はダイオキシン覚悟で燃やして減量するしかないだろう。
◇◆◇◆◇
美咲は町の外れにある孤児院の前に来ていた。
調子に乗って出しまくった食料の効率的な消費が目的である。
取り敢えずパスタは地味に重いので、これだけでも何とかしたかったのだ。
また、パスタがこの町の住人に受け入れられるのかも確認したいという目的もあった。
「すみませーん!」
門の前から声を掛けてみる。
孤児院は、思っていたよりも綺麗だったが、あちこちにガタが来ているのが見て取れた。
これは確かに子供たちが空腹を抱えて町を彷徨うわけだ。
「はーい、どなた……って、青いズボンの魔素使いさん?」
シスターなのだろう。墨染めの衣類に身を包んだ高齢の女性が出てきた。
そしていきなり美咲の正体を看破した。
「あー、はい、青いズボンです。ええと、食糧が余ったので持ってきました。子供たちにどうかと」
「それは助かります」
「ところで、パスタってご存知ですか?」
どういう物かを説明したが正しく伝わらなかった。
ニョッキまでは伝わったのだが、そこからのブレイクスルーがまだらしい。
地球では麺類はかなり昔からあった筈だが、全てが同じように進化するとは限らないのだろう。
「子供達がいるなら今作っちゃいますけどどうします?」
「まあ、それは是非お願いしたいです。ご厚意に感謝します」
聞けば人数は4人らしい。準備した野菜も間に合いそうだ。
鍋一杯のお湯を沸かし、途中で買ってきたキャベツっぽい物をざく切りにしたものを軽く茹でる。
しんなりした所で野菜を取り出す。
もう一杯お湯を沸かし、パスタを入れる。
パスタは3人前の物だったので更に1パック呼び出して6人分をお湯で茹でる。
茹で上がるのを待つ間、暇だったのでコンロの魔道具に魔素を補給する。
鍋にオニオンソルトを軽く振り、タバスコを数滴。
ここでシスターに声を掛けて子供たちを集めてもらう。
茹で上がったら野菜と混ぜてオニオンソルトでしっかりと味付け。
塩味と玉ねぎの風味、それに僅かなタバスコの風味。
「うん。良い感じ」
振り向くとグリンを始めとする孤児達が目を輝かせていた。
「もうちょっとだよー」
皿に取り分けて、野菜を乗せてみんなの前に並べる。
「はい、出来上がりー。シスター、どうぞ」
「ありがとうございます。神の恵みと青いズボンの魔素使いさんに感謝を。さあ、頂きましょう」
長々としたお祈りがあるのかと思っていたが、そういうのはないらしい。
「おー! うっめー!」
子供たちが歓声を上げる。
味付けはシンプルなオニオンソルトだが、どうやらパスタはこの世界の子供達には受け入れられたようだ。
「おかわり!」
「みりーも!」
「ふがふが!」
「お、俺も!」
予想以上に。
「あー、はいはい。好きなだけ作ってあげるから、おかわりは食べ終わってからね」
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