127.スマホのあれこれ
食堂に下りると、テーブル席に座ってエリーが絵を描いていた。
それを見た美咲は、女神のスマホを取り出してエリーの写真を撮り始めた。
絵を一心に描くエリーの姿を女神のスマホの待ち受けにすると。
「うん、可愛い」
と頷いた。
「こんにちはー、ミサキいる?」
ノックの音と共に聞こえたフェルの声に、美咲は女神のスマホを片手に玄関まで出迎える。
「どうぞ、入って。今、プリン出すからね」
フェルを招き入れた美咲は、カウンター席に座らせると、厨房の冷蔵庫からプリンを取り出した。
「どうぞ」
「ありがと、ところでエリーちゃんは何描いてるの?」
「静物画らしいよ。さっき見たら店内を描いてた。外は暑いから、夕方までは中で遊ぶんだって」
「へぇ……んー、プリン美味しいなぁ」
「レシピ教えるから自分で作ってみたら?」
「ミサキのプリンが好きなんだよ」
「もう、調子いいんだから。あ、食べたら電話帳の登録方法教えるね」
美咲はそう言って、女神のスマホを振って見せた。
「うん……うん? 何それ」
「何って何が?」
「画面、だっけ? 画面がエリーちゃんになってる」
「ああ、待ち受けの変え方も教えるね」
「待ち受け?」
「いいから食べちゃいなよ。そしたら設定方法教えるから」
美咲の言葉に、フェルは頷き、残りのプリンを食べ始めた。
プリンを食べ終わったフェルは、女神のスマホを取り出すと、カウンターに置いた。
「ミサキ、絵が変わる奴、教えて」
「それじゃまず写真の撮り方からだね……鑑定屋で、風景を写し取るアーティファクトって言われたよね。その機能を使って、画面に貼り付けたい絵を写し取るんだよ」
「写し取る?」
「このカメラアイコン、これを押すと、画面が切り替わるから、写し取りたい物をこの枠に入れて、準備出来たら、ここを押すんだよ」
言われるままに写真を撮影したフェルは、撮影した写真と美咲を見比べて目を丸くした。
「そっくり」
「それが写真……って私を撮っても仕方ないでしょ。プリンでも写そうよ」
美咲は冷蔵庫からプリンを取り出し、フェルの前に置いた。
「ほら、プリンの写真撮ろうよ」
「……うん、撮れた」
「写真は何枚保存できるか知らないけど、写したのは消さない限り中に残ってるから」
プリンを回収して冷蔵庫にしまうと、美咲は写真を待ち受け画面の壁紙にする手順をフェルに教えた。
「なるほど……これで、他の人のと混じっても、自分のが一目で分かるね」
「そうそう。それとね、あと何日かしたら、スマホカバーも出来上がって来るから、見に来るといいよ」
「スマホカバー?」
「木で出来てて、落とした時に衝撃を吸収するものかな。この女神のスマホって、衝撃にはあんまり強くないかもだから」
物はアーティファクトである。恐ろしく頑丈に出来ている可能性もあるが、試しに落としてみるしか丈夫さを検証する手段がない。ならば最初からカバーをつけて、落下などの衝撃に備える方が賢いというものである。
「女神のスマホ?」
「言ってなかったっけ、このアーティファクトの正式名が女神のスマートホンだから、略して女神のスマホ、若しくは単にスマホね」
フェルは女神のスマホを様々な角度から確認した。
「アーティファクトの名前ってどうして分かったの?」
「え? あ、うーん、ちょっと私の口からは言えないかな」
美咲は、茜の能力の核心に触れる部分についてはぼかして答えた。
こうしたものに詳しいと誤認させる程度であれば問題はないが、そうした固有の能力を茜が持っているということまでは、バレないように気を付けているのだ。
「ふーん。まあミサキがおかしいのは今に始まったことじゃないからいいか。それで、電話帳だっけ? 登録はどうやるの?」
「うん、それじゃ私の名前を登録してみようか。まずこれをね……」
美咲の説明を聞きながら、フェルは美咲の名前と電話番号を登録した。
そして、美咲の指示に従って、電話帳を用いた通話方法で、美咲の持つ女神のスマホに通話をし、大体の取り扱いを理解した所で講習は終了となった。
「いちいち長い番号を入力しなくていいんだ。便利だね」
「そうでしょ、ベルやキャシーにも教えてあげてね」
「うん、分かったよ」
◇◆◇◆◇
数日後の午後、茜が発注していたスマホケースが出来上がった。
テーブルの上に広げられたそれらは、7種類あった。
すべて素材が異なっており、色違いになっている。
表面には細かな彫刻が施されている。
「どうです、美咲先輩。中々いい感じに出来てますよね?」
「木材によって色や風合いが違うんだね」
「私はこの赤っぽいのにしようかと思います。美咲先輩はどれがいいですか?」
「これがいいかな」
美咲が選んだのは、一番黒っぽい物だった。
実際にカバーを付けてみると、彫刻が滑り止めになって手に馴染んだ。
「あー、それもいい感じですよね。残りはみんなに配ります?」
「どうだろ? カバーの必要性とか分からないかもだし、分かったら分かったで、カバーの性能を過信しすぎても怖いから、当面は配らない方針でいこうか」
「なるほど、そうですね」
美咲は女神のスマホをポケットにしまうと、食堂の外の様子を見て、厨房に入った。
「茜ちゃん、私は孤児院行くけどどうする?」
「あー、行きます行きます。ポイント貯めないと」
ここの所、美咲たちは連日、孤児院を訪ねていた。
ポイントを獲得し、アプリを導入した後のことは未定だったが、とりあえず女神のスマホについては、出来ることはするという方針である。
もしかしたら、もっと便利そうなアプリが追加されるかもしれないし、ポイントを使った新しい仕組みが追加されるかもしれない、という期待から出た方針だった。
孤児院へ寄付する食料を準備し、玄関まで出た所で美咲は空を見上げた。
見上げた空には黒っぽい雲がかかっていた。
「んー……これは微妙なお天気だね。帰り雨になるかもだけど、マントは持ってる?」
「はい、大丈夫です。夏場にマントは着たくないですけどねー」
「それじゃ行こうか」
美咲たちはマリアに留守を任せ、食堂を後にした。
曇天のせいだろうか、広場にはあまり人は歩いていなかった。
それでも屋台などは幾らか店を出していたが、いつでも店を閉められるように、天幕などは半開き状態だった。
露天商に至っては殆ど店を出していない。
「雨の日に出歩いたことなかったけど、こういう風になるんだね」
「ですねー。私もこっちに来てから、雨の日はほとんど屋内に籠ってましたから、初めて見ました」
この世界にも薬はあるが、日本のように手軽に手に入るものではない。
雨が降っている中、無理を押して外出して風邪でもひけば、下手をすれば命にかかわることもあるのだ。
余程のことがなければ雨は避けて屋内に籠るのが、雨の日の普通の過ごし方だった。
美咲たちは足早に孤児院への道のりを行き、シスターに食料を手渡すと女神に祈りを捧げた。
祈りの後の確認では、ふたりとも3ポイントを獲得していた。
「茜ちゃんも慣れてきたね」
「正しい作法さえ分かればこっちのもんですよ」
孤児院を出ると、幸いまだ雨は降っていなかったが、空はその暗さを増していた。
「雨、降りそうだから急ごうか」
「はい」
そう言って少し歩いたところで、大粒の雨がぽつぽつと地面を濡らし始めた。
美咲たちはマントを取り出すと、頭の上に被るようにして食堂までの道を走った。
「うわぁ、結構降られちゃったね」
食堂の軒下で、美咲はマントを振って水気を切った。
茜もそれを真似るように、マントを振る。
毛織のマントとは言え、油脂を染み込ませているため、マントは水をよく弾く。
後は軽く陰干ししておけば、問題はない。
「そだ、茜ちゃん、女神のスマホって防水なのかな?」
濡れた手を拭きながら、美咲はふと、思い付いたことを聞いてみた。
茜は、手を拭いてから、自分の女神のスマホを取り出すと、じっと見詰めた。
「前に見た時はそんな項目なかったんですけど、もう一回確認してみますね。えーと、防水性能、防水性能……あ」
「あった?」
「はい、鑑定したまま防水性能に意識を集中したら、生活防水って出てきました」
「へえ、それじゃ、多少の水濡れは大丈夫だね。でも、まだ鑑定にも謎な部分があるんだ」
「スキルにしても、スマホにしても、取扱説明書が欲しいですよねー」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。