126.ポイント増加
茜が小川に女神のスマホの鑑定結果を伝えるのを聞きながら、美咲は朝食の後片付けをした。
美咲が皿を洗い終わる頃には、茜の通話は終わり、美咲のそばに寄ってきた。
「本当に王都と繋がるんですねー」
「便利になるよね。ところで、私が不在だった間、何か変わったこととかなかった?」
「特にないですよー。いつも通りのお客さんの入りでした。それにしても随分と早く帰ってきましたね」
「うん、高価なアーティファクトを見付けてね」
「これですか?」
茜は女神のスマホに視線を落とす。
「ううん、狼煙のアーティファクト。55万ラタグで売れたんだ。だから、もう迷宮はいいかなって」
「狼煙ですか? ……でもスマホがあれば、価値が大暴落しそうですね」
「そうだね。スマホは狼煙より色々伝達できるから、白の樹海の砦とかには女神のスマホが配備されるかもね。小川さん、いつ頃公表するとか言ってた?」
「いえ、とにかく報告書を書かないとって、興奮気味でしたけど」
まだ限界は分かっていないが、少なくとも王都とミストの町を情報伝達という面で、一瞬で接続してしまう道具である。
国のありようから変化しかねない大発見なのだ。
興奮しない方がどうかしている。
そして、そのどうかしているふたりはと言えば。
「美咲先輩、これから工房に行って、木でスマホケースを作ってもらうつもりなんですけど、一緒に作りますか?」
「あ、そうだね、大事なことを忘れてたよ。私も欲しいな、スマホケース。幾つか余計に作って貰ってもいいかな」
と、このような状態であった。
工房へは茜が足を運んだ。
何のために、という点についてはあまり理解して貰えなかったが、木を撓めてそこにスマホをはめ込むという事はすぐに理解して貰えたので、茜は色合いの異なるケースを幾つか作って貰えるように注文をした。
「ケースは2、3日中には出来るそうです」
「早いね、無理とか言ってない?」
「大丈夫ですよー。親方も面白い注文だって喜んでましたから」
「それならいいんだけどね」
「美咲先輩、まだ開店まで時間ありますよね」
「ん? そうだね、まだ早いかな。なんで?」
「女神様にお祈りしに行きましょう」
「あー、そうだね。時間あるし行ってみようか」
美咲は冷蔵庫から肉の塊と野菜を幾つか見繕ってトートバッグに入れると、孤児院を目指して歩き出した。
◇◆◇◆◇
「おはようございまーす」
孤児院で美咲が声を掛けると、子供たちが寄ってきた。
「おねーちゃん、おはよー」
「みりーね、みりーね、せがのびたの!」
「おはよー」
美咲はその場でしゃがんで子供たちと目の高さを合わせた。
「みんな元気だね。シスターは?」
美咲の問いに、子供たちは振り向いた。その視線の先にシスターがいた。
「あらあら、済みません子供達が」
「いえ、あ、これは寄付です。礼拝堂でお祈りしても?」
トートバッグを渡し、美咲はシスターにそう問い掛ける。
シスターは柔和な笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとうございます。もちろんですよ。お祈りして行ってください」
美咲と茜は礼拝堂に入り、女神像の前で跪いた。
「とりあえず、色々面白いことが起こりますよーに」
「茜ちゃん、それが叶っちゃうと面倒だよ?」
「楽しいことならいいじゃないですか」
「楽しいことならね……そもそもこの世界のお祈りは言葉には出さないんだよ」
「あー、それじゃ……」
茜はしばらくの間、目を閉じ、静かに祈りを捧げた。
「うん、そんな感じ」
美咲はそのまま女神像に向かって祈りを捧げた。
迷宮探索の無事終了への感謝と、これからの平穏無事を祈願する。
立ち上がった美咲は、その場で女神のスマホを操作した。
「何してるんですか?」
「ん。ポイントがね……あ、3ポイント貯まったっぽい。冗談みたいなシステムだね」
「えーと、私は……1ポイントですね。お祈りの仕方がまずかったのかな?」
「いずれにしてもお祈りでポイントが貯まるって言うのは本当みたいだね」
「美咲先輩、春告の巫女の衣装でお祈りしたらポイント付くんじゃないですか?」
「あー、さすがにそこまでは。季節外れだしね」
そろそろ晩夏に差し掛かろうというこの時期、春告の巫女の装束では暑すぎる。
仮装までしてポイント上昇を狙うのはやり過ぎだと考える美咲だった。
「王都の神殿でお祈りしたら、ポイントも違うんですかね?」
「まあ、こっちは分神殿みたいなものだから、それはあるかもだけど。そこまでアプリが欲しい訳じゃないからね」
◇◆◇◆◇
ミサキ食堂に戻ると、気の早い客が並んでいた。
それを横目に美咲たちは店内に入る。
「そろそろ準備しないとですね」
「そだね、お湯沸かそう」
大鍋にお湯を沸かし始める美咲の後ろで、茜はパスタと各種レトルトソースなどを取り出して準備を始めた。
「あ、忘れてた」
フェルとの約束を思い出し、プリンの材料を呼び出して作業台に並べる美咲。
「プリンですか? フェルさん来るとか?」
「うん。プリン食べにくるって言ってたから」
フェルのプリン好きにも困ったものだよね。と笑いながら、美咲はプリンを作り始めた。
「もう市販品でいいんじゃないんですか?」
「手作りの方が、何かあった時に言い逃れとかしやすいでしょ? エリーちゃんにも食べさせたいし」
「なら仕方ないですね」
エリーには、この世界で手に入る材料だけで作った手作りお菓子を食べさせる、と決めている茜は、仕方ないと頷いた。
エリーが絡むと、どうしても過保護になるふたりだった。
「そうそう、美咲先輩、見てください」
茜は女神のスマホを取り出すと、その画面を美咲に見せてきた。
それを見て、美咲は目を丸くした。
「え? そんなこと出来るの?」
女神のスマホの待ち受け画面がエリーの写真になっていた。
「さっき撮った写真です。可愛く取れてますよね」
「そうだね。なるほど、私も後でエリーちゃん撮らなきゃ」
◇◆◇◆◇
食堂で30食を売り終わると、美咲は部屋に戻り、女神のスマホを呼び出した。
呼び出しは成功し、美咲の手元には2台の女神のスマホが存在していた。
「……問題は番号だよね」
電話番号が同じでは、増やした意味がない。
両方の女神のスマホの画面を操作して、自分の電話番号を表示させると、小川が予想していたとおり、同じ電話番号が表示されていた。
「増殖は出来ないか……まあ予想通りだけど、ちょっと残念」
自分の番号を自由に変更できない以上、呼び出しでの増殖は無理だと判明した。
美咲は実験結果を連絡するために小川のスマホをコールした。
『はい、小川です。美咲ちゃん、どうかした?』
「美咲です。よく私からだって分かりましたね?」
『茜ちゃんにやり方を教えて貰って、電話帳に電話番号を登録したからね。コール画面に名前が出てたよ』
「なるほど、ええと、スマホを呼び出したんですが、同じ電話番号のスマホが出てきちゃいました」
『ああ、実験結果の報告だね。ありがとう。増殖した分は、混乱するといけないからアイテムボックスの削除機能で消しておいた方がいいね』
「そうします。とりあえずそれだけです」
『うん、それじゃまた』
通話を切り、小川の提案通り、増やした側のスマホをアイテムボックスの削除機能で消した美咲は、そのままベッドにコロンと横になった。
「んー、便利なんだけど。便利なんだけどなぁ」
元々、王都にいるメンバーとは然程会話をしていなかった美咲である。そのため女神のスマホの恩恵に便利さをさほど見出せていなかった。
「そだ……えーと」
女神のスマホの画面を操作し、フェルの名前をスライドし、通話ボタンを押した。
しばらくコール音が続き、ガチャガチャと音が聞こえてきた。
『……ええと、フェルです』
「あ、美咲だよ。もうプリン食べに来てもいいよ」
『なんだ、ミサキかぁ。うん、すぐ行くね』
「電話帳の使い方も分かったから教えるね」
『うん』
「えーと、それじゃ切るね」
『切るって何を?』
「通話を、また食堂でね」
通話を切った美咲は、スマホをじっと見詰めた。
「これは便利だね」
王都への通話より、同じ町に住んでいるフェルへの通話ができることに便利さを見出す美咲であった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。