124.通話実験
今回、長目ですm(_ _)m
食事を終えた美咲たちは地上まで一気に抜け出した。
「まず、ドロップ品を売ってしまいましょうか」
キャシーの言葉にベルは頷いた。
「そうだった。魔狼の毛皮と牙とかあったよな」
「あ、夜間、コボルトが出てきてドロップあったよ」
美咲がそう言うと、フェルはドロップ品を取り出し、美咲に手渡した。
「そうそう、これこれ。金の短剣だよね」
「金色の、ね。金にしては軽すぎると思うよ」
フェルにそう言われ、美咲は手の中の短剣の重さを計るように、短剣を持った右手を上下させた。
「んー、言われてみると軽いかも?」
「真鍮じゃない? 道具屋行けば分かるよ」
「そっか、そだね」
道具屋に着いた美咲たちは、ドロップ品と魔石の買取を依頼した。
どのドロップ品も珍しい物ではなかったらしく、すぐに値が付けられていく。
「金の短剣が600ラタグ……真鍮だったみたいだね」
美咲が肩を落とすと、店主が笑いながら答えた。
「これは贋金の短剣さね。真鍮って見立ては合ってるよ」
ドロップ品と魔石を売り払うと、合計で143600ラタグになった。
「魔狼は滅多にドロップしないからね。あんたら運がいいよ」
店主から代金を受け取ると一行は道具屋を後にした。
「さて、王都に戻りましょう。この時間ならまだ乗合馬車があるでしょう」
ネルソンの町と王都の間をつなぐ乗合馬車は、日に数便出ている。
今からなら昼の便に間に合うだろうとキャシーが提案する。
夜の迷宮で疲れていたため、皆もそれに賛同し、王都への馬車に乗り込んだ。
馬車では全員、昨夜の疲れからか、すぐに眠りに落ちる。
ガタガタと揺れるその振動すら、子守歌になっているようだった。
◇◆◇◆◇
王都に到着したのは夕刻を過ぎ、空が暗くなりかけている時刻だった。
さすがにこの時刻から押し掛けたのでは夕食や部屋の支度に不都合があるだろうとの意見から、リバーシ屋敷への投宿は見送られた。
迷宮と往復する馬車が停車する付近だけあり、周囲に宿屋は複数、軒を並べていた。
「ベル、どこがいいかしら?」
「俺の勘だと、あそこの黄金の実亭がよさそうだな」
「それではそこにしましょう」
ベルの意見に対する異議が一切出なかったので、美咲は首を傾げた。
勘だけで決めてしまってもよいものだろうか。と。
そんな美咲の疑念に気付いたアンナが、美咲の肘を後ろから引っ張った。
「……ベルの勘で泊った宿の食事は、大抵大当たり」
「そうなんだ? なんで迷宮の町ではそうしなかったの?」
「高くつく場合もあるから。でも今日はみんな懐が温かい」
なるほど、と納得顔の美咲に、アンナは付け加えた。
「ベルは美味しい物が大好きだから」
「俺だけ食いしん坊みたく言うなよ。みんな旨い物は好きだろ?」
「ですわね。ほら、喋ってないで早く行きますわよ」
黄金の実亭は値段はそこそこ高かったが、料理の味は文句なしだった。
◇◆◇◆◇
翌日、美咲とフェルはアーティファクトの売買を行っている店を訪れた。
なお、アンナ、ベル、キャシーは別行動でリバーシ屋敷に向かっている。
窓口に座っていた青年にスマートフォンもどきを取り出して見せ、同じ物がないかと尋ねると、寸分違わぬアーティファクトを持ってきた。
「お幾らですか?」
「30000ラタグだよ……そんな目で見るなよ。こっちも商売なんだ。売値が買取価格より高いのは当然だろ?」
鑑定屋では20000ラタグだったのに、と、美咲が納得がいかないといった表情で青年を睨んでいると、フェルが横から口を挟んできた。
「もう少しまけてよ」
「アーティファクトは国が値段を決めてるんだ。そんな勝手は出来ないんだよ」
「ちぇ、ミサキ、どうする?」
「うん。確認したいことがあるから買って行くよ。起動するか確認してもいい?」
「ああ、それくらいならどうぞ」
美咲はアーティファクトを起動し、起動アイコンが同じであることを確認すると、納得して青年に金貨を3枚支払った。
「フェルは何か用事ある?」
「別にないよ。リバーシ屋敷に行こうか」
「そだね」
◇◆◇◆◇
「美咲ちゃん、いいところに戻ってきたね」
リバーシ屋敷でリビングに美咲とフェルが顔を出すと、小川がそう言って迎えた。
リビングには小川とアンナがソファに座っていた。
「どうしたんですか? あ、フェルは部屋で休んでてね」
「うん。それじゃまた」
フェルはあくびを噛み殺しながらメイドに案内され、リビングを後にした。
それを見送ってから、小川は
「いやね、アンナ君から美咲ちゃんの収納魔法が異常だって聞いてね。見せて貰えるかな?」
と切り出した。
「えーと、今は特に温かい物も冷たい物も収納してないんですよね」
「それじゃ、しばらくこれを収納しておいてもらえるかな」
小川は手に持っていたティーカップを美咲に手渡した。
「それじゃ、適当なところで声を掛けてください。10分もしまっておけばいいですかね?」
そう言って美咲はティーカップを収納魔法でしまった。
そして、アーティファクトを収納魔法から取り出した。
「小川さん、待ち時間でちょっと見て貰いたい物があるんです」
「何かな? それはスマホかい?」
「いいえ。アーティファクトです」
「どう見てもスマホだよね……どれ」
小川はアーティファクトを受け取ると、電源ボタンに相当するボタンを長押しして起動させた。
「へえ、見たことのないアイコンが回ってるね」
「起動画面だと思います。しばらくすると画面が切り替わります」
「オガワ先生も使い方を知ってた……」
アンナは目を丸くして小川がアーティファクトを操作するのを見詰めていた。
「鑑定ではカメラって言われたんですけど、どうみてもそれ以外の機能がありますよね」
「茜ちゃんがここにいてくれたらよかったんだけどね。これ、通話できないかな?」
「そう思って、もう一台買ってきました。一台30000ラタグです」
「30万円相当か。もしも通信機能があるなら、それでも安いくらいだけどね」
この世界における、遠隔地への通信方法の最先端が狼煙である。
そんな中、もしもこのアーティファクトに通信機能があったりしたら、大発見である。
これがスマホであるなら、基地局なしでは大した意味を持たないが、物はアーティファクトである。基地局が必要などと言う常識に捉われない可能性がある。
美咲はもう一台のアーティファクトを起動し、歯車のアイコンを押してみた。
「……電話番号、どれだろう?」
「自分の番号かい? 多分、設定アイコンの中にあると思うけどね……これかな?」
小川はアーティファクトを操作し、画面を美咲に見せた。
「電話番号っぽくないですね。000009901っていうのが電話番号なんですか?」
「試しに掛けてみてよ、アイコンは多分これ」
小川が指さしたのは緑色の受話器マークである。
「まあそうでしょうね……えーと」
美咲が画面を操作する。すると、小川の手の中のアーティファクトがメロディを奏で出した。
「……何?」
アンナがビクリと反応した。
「……電話、取るよ」
「はい」
小川が画面を操作して電話を取る。
「もしもし」
アーティファクトを耳にあて、小川が応答すると、美咲の手元のアーティファクトから僅かに遅れて小川の声が漏れ聞こえてきた。
「はい、通信できてるみたいですね」
「できちゃったね。後の課題は通信距離だね。王都とミストの間でも使えるとしたら大変な発見だよ」
「あー、そうするともう一台買ってこないと駄目かな。一台は茜ちゃんにあげようと思ってたんですよね」
「こっちでも一台買っておくよ。後日、繋がるかどうか電話かけてみるから」
「分かりました……アンナも話してみる?」
美咲が、アーティファクトを使って話すのをまじまじと見ていたアンナに問い掛けると、アンナは勢いよく頷いた。
「ここを耳に当てて」
「……こう?」
「アンナ君、聞こえるかい?」
「は、はい、アーティファクトからオガワ先生の声が聞こえました」
アンナはアーティファクトと小川の顔を交互に見ながら、今起きたことを頭の中で整理しようとしていた。
「……声を伝えるアーティファクト?」
「そう、そして、多分相手が見えないくらい離れていても、声は伝わると思うよ」
そう言いながら、小川はリビングから出て行った。
そして姿が完全に見えなくなってから、アーティファクトから声が響いた。
「アンナ君、聞こえるかい?」
「聞こえます。聞こえます、オガワ先生」
「後は通話距離だね。それによっては、この国は激変するよ……まいったね、美咲ちゃんには。こんな凄い発見をするなんて」
リビングに戻ってきた小川は、アーティファクトの通話を切ると、画面を操作し始めた。
「アプリストアみたいな機能もあるのが気になるね。拡張性があるのかもしれないよ」
「それは私も気になって見てみたんですけど、コンパスしかなかったんですよね」
「そうなのかい? まあ、いずれにしても、今の内に同じアーティファクトを幾つか押さえておきたいね」
通話可能距離にもよるが、通話機能を公にすれば、このアーティファクトは市場から姿を消してしまうだろう。小川としてはそうなる前に、数台入手しておきたいと考えていたのだ。
「私から情報公開するつもりはありませんから、公開のタイミングは小川さんにお任せします」
「そう? 助かるよ。褒章の賞金、ここで使い切ってもいいかもしれないね」
「お金儲けですか? 程々にしないと、国から目を付けられちゃいますよ」
「まあ、実際、買うとしても4、5台って所だよ。魔法協会の連絡用と、広瀬君にも持たせたいからね」
「そうですね。広瀬さんだけ持ってないと拗ねちゃいますよ。アンナも必要なら買っておくといいよ。もしかしたら、小川さんとの連絡に使えるかもしれないし」
美咲にそう言われ、アンナは目をぱちくりさせた。
「離れていても声を伝えるアーティファクト。興味がある」
「狼煙のアーティファクトを売ったお金で買えるでしょ? 多分、小川さんが情報公開したら、値上がりするよ」
「みんなにも教えていい?」
「今回のパーティメンバーにだけならいいですよね、小川さん」
「そうだね。美咲ちゃん達が持ち帰らなければ、スマホのアーティファクトだなんて分からなかったわけだしね」
「それ、見本として貸しとくね」
美咲が、アンナが握ったままのアーティファクトを貸し出すと言うと、アンナはひとつ頷き、キャシー達を呼びに二階に上がって行った。
「それでだ、美咲ちゃん。収納魔法の方を見せて貰ってもいいかい?」
「ああ、紅茶でしたね……はい、どうぞ」
収納魔法からティーカップを取り出して小川に手渡した。
小川はティーカップに口を付けて温度を確かめた。
「どれどれ? うん熱い。ぜんぜん冷めてないね。時間と空間がどうとかアンナ君に聞いたんだけど、どういうイメージなんだい?」
美咲は、アンナたちにしたのと同じ説明を繰り返した。
時空間連続体の一コマを切り出して、そこにしまっているから時間の経過という概念がなく、温度は変化しないという説明だ。
それを聞き、小川は頭をひねりながら、イメージを作ろうとし、挫折した。
「一夕一朝では難しいかな。でもイメージは理解したよ……普通の収納魔法だと時空間の一部を囲むイメージだからどうしても熱が拡散しちゃうけど、美咲ちゃんのイメージなら温度変化や劣化が発生しないのは確かだよね」
「出来たら魔法協会にレポートお願いします」
「うん。連名で出しておくよ。ちょっとアーティファクト屋に行ってくる。これ、見本として借りて行ってもいいかな?」
小川がアーティファクトを持ち上げながらそういうと、美咲は頷いた。
「どうぞ、後で番号を交換しておきましょう」
「そうだね。ミストの町と通話できたら便利になるだろうね」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。