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122.鑑定と夜の迷宮

 待つこと数分、受付嬢が戻ってきた。

 大きめの籠にアーティファクトと、一枚の紙が入っている。


「1500ラタグになります。こちらがアーティファクトの詳細です……よろしければ店長がお話をしたいと申しております」


 代金と引き換えに、アーティファクトと紙を受け取ったキャシーは、聞くだけなら問題はないかと頷く。


「仲間と一緒でよければお伺いしますが」

「もちろん問題ございません。それでは少々お待ちください」


 受付嬢は受付のカーテンを閉めると、窓口を迂回してキャシーの前まで歩いて来た。


「それではこちらになります」


 受付嬢に案内され、美咲たちは高そうな扉の前まで移動する。受付嬢が扉をノックすると、すぐに扉が内側から開かれた。

 扉を開けたのは、メイド服を着た若い女性だった。

 そして扉の正面には眼鏡を掛けた年配の女性が待ち構えていた。


「ようこそ、私が鑑定屋の主人、リネットです。今日は珍しい出物があったと聞き、お話をさせていただきたく……おおっ! それはまさしく!」

「キャシーです……って、ええ?」


 リネットはキャシーが持つアーティファクトに顔を近付けると、アーティファクトを舐めるように観察しだした。


「これはまさしく……うん。よろしければこのアーティファクト、当店にお売り頂けませんかな?」


 リネットは、キャシーにそう切り出した。

 キャシーはアーティファクトの値段と機能が書かれた手元の紙に目を落とす。そして、その紙をそのままベルに手渡した。

 ベルの手元の紙を美咲たちも覗き込み、アーティファクトの諸元は美咲たちに共有された。

 アーティファクトは、狼煙のアーティファクトだった。


「ふたつ、お聞きしてもよろしいですか?」


 キャシーの問いにリネットは笑顔で頷いた。


「もちろんです。どうぞ」

「狼煙の魔道具があるというのは知っています。その狼煙の魔道具とこのアーティファクトの違いについて教えてください」


 飛竜騒動の時に、白の樹海の砦で使用され、危急をミストの町に伝えたのが狼煙の魔道具である。

 普通に煙を出すよりもより高くまで、しかも色付きの煙を出すことが出来るそれは、ミストの町と砦の連絡を可能としている。


「このアーティファクトは狼煙の魔道具よりも太い煙が、より高く真っ直ぐに立ちのぼります。つまり、より遠くから視認できるのです」

「なるほど……それではふたつ目です。ここでお売りするメリットは何ですか?」

「正直に申し上げると殆どございません。金額面では他店でお売り頂いた場合より若干色を付ける事が出来ますが、その程度ですね」

「そうですか。金額をご提示いただいた上で、仲間と相談したいと思いますが、よろしいですか?」

「勿論です。何でしたら他店で見積もりを取って頂いても構いませんよ。鑑定紙を貸してください」


 キャシーが鑑定結果の紙を渡すと、リネットはその裏面に金額を記入してキャシーに返した。


(あれ?)


 美咲はそこで違和感に気付いた。

 鑑定で受け取った紙は綺麗すぎたのだ。それはまるで上質紙のようだった。


「あ、あの。もうひとつ質問いいですか?」

「どうぞ」


 美咲の質問に、リネットは笑顔で答えた。


「この鑑定紙は、どこで買えるんでしょうか?」

「目の付け所がいいですね……この紙はアーティファクトが作り出したものです。売り物ではありませんよ」

「なるほど……ありがとうございました」

「それでは、隣室を空けておりますのでご相談はそちらでどうぞ」

「ええ、少々お時間を頂きますわ」


 ◇◆◇◆◇


 隣室に案内された美咲たちは、顔を突き合わせて鑑定の紙に記述された金額を見ながら相談していた。


「ここで売れば55万ラタグ、余所ではこの鑑定を信じるなら54万ラタグということですが、どうしましょうか?」

「俺はここで売ってもいいと思うぜ。高く買ってくれるんだろ?」


 ベルはリネットの出した条件で売るに一票を投じた。


「……なぜそこまでの値が付くのか分からない」


 アンナは首を傾げる。


「連絡が出来る距離が伸びるのですから、町や村、砦の位置の自由度が上がるってことですわ。それに最近はありませんけど、もしも戦争になれば、重要な戦略物資になりますわ」

「私はこの金額ならここで売っちゃっても構わないな、ミサキは?」


 フェルは提示された金額で満足しているらしい。

 美咲の換算で、日本円にして550万円である。ひとりあたり110万円。一日の稼ぎとしては十分という考えだ。

 フェルに問われ、美咲は腕組みをして考え込んだ。

 キャシーの言葉を聞くまでは売却に賛成だったが、戦略物資という単語に引っ掛かりを覚えたのだ。


「戦略物資を売るのって抵抗ない?」

「なんで? 戦争なんて100年もしてないよ? 新しい町を作るのに利用されるだけならいいんじゃない?」

「そっか、戦争してるわけじゃないんだっけ。なら売っちゃってもいいかな」

「ベルとフェル、ミサキさんは売る。ですわね? アンナはどうなんですの?」

「高く売れるならそれでいい」


 アンナの返事を聞き、キャシーは静かに目を閉じた。


「それでは55万ラタグで売りましょう……それとこの後ですが、十分な収入を得ましたが、まだ迷宮に潜りますか?」

「俺はどっちでも構わないぜ。潜るんなら付き合う」

「ベルは保留ですのね?」

「まあな。これだけ収入があれば帰ってもいいし、潜るんなら付き合うし」

「……山登りはもう嫌」

「アンナは帰るに一票ですわね」

「私ももういいかな。元々、一度は迷宮に潜ってみたいって興味本位だったし」

「フェルも帰るに一票ですか」


 美咲に全員の視線が集まった。


「……え、私? そうだね、出来れば迷宮内で一泊してみたかったかな」


 美咲の目的は、もしかしたらあるかもしれない白の迷宮探索の下準備である。青の迷宮で経験できることは経験しておきたかった。


「そう言えば、安全地帯での宿泊は未経験でしたわね……わたくしもそれは経験してみたいですわ……票が割れてしまいましたわね」

「それなら、迷宮内で一泊だけしてみようぜ、第二階層で一泊なら、山登りなしで行けるし」

「……それなら潜ってもいい」

「フェルもいいかしら?」

「ん。構わないよ。第二階層の敵なら魔法で蹴散らせるし」


 キャシーは大きく一つ頷いた。


「それでは、まず、このアーティファクトをリネットさんに売却いたしましょう。迷宮で夜を明かすのが目的ですから、その足で迷宮に向かいますわよ」


 ◇◆◇◆◇


 迷宮二階層に下りると、そこは既に夕暮れだった。


「この空ってどういう仕組みなのかな」


 天井を見上げてフェルが呟く。

 美咲は空を見上げ四方を見渡してみた。

 西の空に夕日が沈みかけており、東の空はもう暗くなり始めていた。

 それどころか、空には僅かながら星々が煌めいていた。

 作りものとは思えない、実に自然な空がそこにはあった。


「仕組みが分かって、再現出来れば、アーティファクトの比じゃない儲け話になるんだろうね」

「ほら、急ぎますわよ」


 光の杖を掲げながらキャシーが美咲たちを急かす。


「暗くなる前に安全地帯に移動しないとな……安全地帯はこっちだ」


 ベルが地図を見ながら先導する。

 小さな丘を幾つか越えた辺りで日は完全に落ち、光の杖の周囲以外は暗闇に包まれた。


「星明りがあるとは言え、結構暗いですわね」

「こりゃ、魔物がいても、近付くまでは分からないな」

「……ベル、そういうこと言うと出てくるから」

「とにかく急ぎましょう。ベル、方向はあっていて?」

「ああ、その丘の向こうが安全地帯だ」


 丘を登り切った一行の前に安全地帯の赤い石柱が現れた。

 しかし、その手前には3体のコボルトがいた。

 コボルトも、まさか目の前に人間が出て来るとは思っていなかったのだろう。しばらく向かい合ったまま動かなかった。


「……ひ、氷槍!」

「そか、氷槍!」

「……氷槍!」


 フェル、美咲、アンナの氷槍がコボルト目掛けて発射される。

 と、同時にコボルトも我に返って動き始めた。

 次の瞬間、フェルと美咲の氷槍はコボルトの体を貫いた。

 しかし、アンナの狙いはコボルトが動いたことで外されてしまう。

 ベルとキャシーは剣を抜き、襲い掛かって来るコボルトを迎えうつ。

 残り一体となったコボルトは、あっさりとふたりの剣に貫かれた。


「びっくりしたね」


 コボルト3体が光の粒になったのを確認し、美咲が安堵のため息を漏らす。


「暗くなって急いでたからね。警戒がおろそかになってたかな」


 フェルも小さくため息をつく。

 コボルトは魔石の他にナイフを残していた。

 それらを拾い集めたベルは、安全地帯に足を踏み入れた。


「安全地帯のすぐそばで遭遇とか、運が悪かったな」

「とにかく、安全地帯に到着ですわ。まず天幕を張りますわよ」


 キャシーの号令で、一行は野営の準備を始めた。

 天幕は三人で一張りなので、前衛組と後衛組に分かれて天幕を組み立てる。

 ほどなくして三角形のテントが二張り、安全地帯のほぼ中央に組み立てられた。


「食事の準備は任せて」


 アンナは魔道具を用いた携帯コンロと水の魔道具と小鍋、干し肉に野菜、パンを取り出す。

 干し肉を細かく刻み、小鍋にお湯を沸かすと、干し肉を茹でる。

 ある程度水に色が付いたところで刻んだ野菜を入れる。

 それをしばらく茹でれば完成である。


「……出来た」


 各自の器にスープをよそい、硬いパンを渡すと、アンナは完成を告げた。


「それではいただきましょう、感謝を」

「「「感謝を」」」


 硬いパンを力任せにちぎってスープに浸し、それを食べる。

 お世辞にも美味しい物とは言い難いが、腹は膨れる。

 作って貰った食事に文句をつける事も出来ず、美咲はかなり無理をしてそれを食べきった。


「さて、それでは2交代で睡眠を取りましょう。5人いるから、ひとりは朝まで寝てて構いませんわ」

「あの、私は夜の見張りって経験ないからやってみたいです」


 美咲が手を挙げる。


「なるほど。他にやりたい人は? いないみたいですわね。それじゃくじ引きで決めますわよ」


 予め用意してきていたのだろう。キャシーは4本の棒を差し出し、抜くように言った。


「それじゃ俺から……赤だ」


 ベルは赤い棒を引いた。


「……赤」


 アンナも赤だった。


「私はこれっと、青だね」


 フェルは青を引いた。


「ということはわたくしが色なし、朝まで休ませていただきますわ。青を引いたフェルがミサキさんと早番ですわね」

「早番ってことは、先に見張りってことだよね?」

「ええ。それじゃよろしくお願いしますわ」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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