120.迷宮・第三階層・安全地帯
翌日、美咲たちは再び探索の為、迷宮を訪れていた。
第一階層を抜け、第二階層にある下りの階段の前で隊列を整えると、ベルとフェル、ミサキとアンナ、キャシーの順に階段を下りてゆく。
第三階層では大きな山の中腹に出た。
ベルが地図と首っ引きで現在位置を把握しようとしているが、目に入る範囲にはランドマークになるような目立つ地形がなく、苦戦していた。
やがてベルは地図の一点を指差した。
「地図上の現在位置は、多分この辺りだと思うんだけど、あの尾根の向こうを見ないと判断できない」
ベルの言葉に、尾根を見上げる美咲。
登山道など存在しないが、傾斜はそれほど急ではない。
「登ってみるしかないかな?」
「そうですわね」
ベルとキャシーが先頭に立って尾根への道なき道を登り始める。
這うようにして尾根に辿り着くと、キャシーが片手をあげた。止まれ、の合図である。
「コボルトの大きいのが一体いますわ。距離があるから気付かれてはいません」
キャシーは囁くような声で言うと、美咲とフェルを呼び寄せた。
「見えますわよね。あのコボルトに魔素のラインで届きますか?」
キャシーの指差す方向を見ると、尾根から少し下がった位置に平地があり、そこに第二階層のコボルトよりも一回りは大きなコボルトが立っていた。
コボルトは上を向いて、匂いを嗅いでいるような仕草をしている。
「ギリギリ射程内だと思うけど。撃つ?」
「ええ、お願いしますわ」
「行くよ、フェル……魔素のライン!」
「氷槍!」
氷槍は一直線にコボルトに向かう。速度は並の投げ槍と同等だ。しかし、氷槍を察知したコボルトは大きく腕を振り、氷槍を叩き落した。
「どど、どうしようフェル」
今迄にない防御方法に美咲は上擦った声をあげる。
「大丈夫、効いてるよ」
フェルの言葉に、コボルトに注意を向ければ、コボルトは氷槍を殴った腕を抱きかかえるようにしてしゃがみ込んでいる。
幾ばくかのダメージは通っているようだ。
「もう一回魔素のライン引く?」
「お願い」
「分かったよ……魔素のライン!」
「氷槍!」
再度放たれた氷槍に反応したコボルトは、その場で起き上がろうとする。しかしその動作の途中で氷槍がコボルトの体を貫いた。
「やりましたわね。ベル、現在位置は分かりましたか?」
「おう。あそこに平地があるってことは、現在位置はこの尾根で間違いない。と、下りてきた階段の場所を書いとかないとな」
ベルはそう呟きながら地図に鉛筆で書き込む。
「キャシー、コボルトの魔石を回収しよう」
「ちょっと待ってくださいませ。尾根の上にいるのだから、下り階段や安全地帯がないか、よく眺めてから移動しましょう」
平地まで下りようとするフェルを押しとどめ、キャシーは尾根の上に立ち、四方を見渡した。
「それもそっか」
フェルも尾根の上に立って、辺りを見回す。
「何も、ありませんわね」
「そうだね、ミサキ、そっちはどう?」
「人工物は見当たらないね。でも、あっちにある岩場が気になるかな」
美咲の言葉に、ベルは手元の地図を覗き込んだ。
岩場付近は地図のほぼ中心にあった。
「このフロアの中心付近だな。行ってみてもよさそうじゃないか?」
「尾根から何も見つからないんじゃ仕方ありませんわね」
「……その前に魔石、拾わなきゃ」
アンナの指摘に頷くキャシー。
一旦全員で、コボルトがいた平地まで移動して魔石を回収すると、今度は岩場に向かって移動を開始する。
「地味に疲れるね」
岩場までの坂を上りながら美咲が呟くと、フェルが頷いた。
「このフロアは山岳フロアで、上り下りが多いからね」
「……ねぇ、フェル。さっきのコボルトさ、氷槍を叩いて避けたよね」
「距離があったから、弾道を見切られたんだろうね」
「怖いね」
「何が?」
「魔法を叩き落せるなんて知らなかったよ」
「腕のいい剣士なら、結構出来るらしいよ」
不意にベルが振り向く。
「俺も普通の氷槍なら叩き落せるぜ」
「ベル、前を見ててくださいまし」
「わりぃ」
「……まあ、氷槍は氷で出来た槍だからね。これが炎槍なら剣で叩き落すって訳にもいかないんだけど」
「なるほど」
◇◆◇◆◇
岩場に到着した美咲達は、警戒しながら周囲の探索を行った。
少し隊列を崩して手分けをして探索をすると、アンナが岩の陰に赤い石を発見した。
「安全地帯発見した」
アンナが手を挙げて全員を呼び集める。
早速地図に安全地帯を書き加えるベル。
キャシーはその地図を横から覗き込みながら、次に目指す場所を検討し始めた。
「もうひとつ尾根がありますわね。そこまで行かないと向こう側が見通せませんわ」
「そっちに行くなら、いっそ山頂を目指したらいいんじゃない?」
フェルが地図の一点を指差した。
地図で言うと随分と端の方だが、そこからなら全体を見下ろすことが出来そうだった。
「なるほど。それもよさそうですわね」
「俺は直接こっちの尾根に行く方が楽だと思うけど」
「直線距離は短いけど、上り下りが辛くない?」
「あー、言われてみれば確かにそうだな」
キャシー、ベル、フェルの3人が地図を指差しながらああでもない、こうでもないと相談をしている間、美咲とアンナは周辺の警戒を継続していた。
美咲がそれに気付いたのは、ほんの偶然だった。
踏み台に丁度いいサイズの岩があるからと、上に上って辺りを見回し、何も発見できずに石から下りる時に、石の上部がころりと転がり落ちたのだ。
何事かと振り向けば、そこには石で出来た箱があった。
「え? まさかアーティファクト?」
箱の中には、天辺に穴が開いた黒い半球状の物体が鎮座していた。
美咲はそれを取り出すと、キャシー達に声を掛けた。
「あー……みんなー、アーティファクト発見した」
「いくらなんでも、安全地帯のそばにそんなわけ……あら、本当にアーティファクトですわね」
美咲が持ち上げたアーティファクトを見て、キャシーは目を丸くした。
「俺、あのアーティファクト見たことあるぜ。確か王都のカフェだったかな」
「何にしても鑑定待ちですわね……そうですわね、まだ時間は早いですから、一度山頂まで登って下り階段を探しましょうか」
◇◆◇◆◇
美咲たちは山頂を目指して山を登り始めた。
下から見ると、大した事のない山に見えたが、実際に登ってみると、下からは見えない凹凸があちらこちらにあり、その都度、美咲たちの体力は削られていった。
「フェルー、疲れたよー」
「頑張れミサキー。私も疲れたー」
「……私も」
小さな凹凸を越えた所でアンナが力尽きた。
「キャシー、ちょっと待って!」
後衛チームがダウンしたため、前衛チームもその場で休憩に入った。
美咲は収納魔法でしまっていた金剛杖を取り出し、アンナに手渡した。
「アンナ、これ使う?」
「これ、魔法の杖? じゃない?」
見慣れぬ杖の焼き印を見て、アンナが急に元気になった。
杖をあちこちから眺め、首を傾げながら美咲を質問攻めにしている。
「この焼き印の意味は? なんで杖にこんなマークを焼き印しているの? どこで手に入れたの?」
「ア、アンナ、元気になったね」
「体は疲れ果ててるけど、知的好奇心は別腹だから」
「別腹って使い方おかしくない? あ、そうだ、アンナ、ちょっと待ってて」
美咲は収納魔法で女神の口付けを取り出し、アンナの足に向けて使用した。
「どうかな。楽にならない?」
「疲れてはいるけど、足の痛みは取れた感じがする……回復魔法って、こんなことにも使えるの?」
「まあ、プラシーボ効果かもだけど」
「プラシー……何?」
「とにかく、これで少しは回復したでしょ? 歩けそう?」
「……多分大丈夫」
「それじゃ少し水飲んで、もう少し頑張ろ」
「……わかった」
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