12.青いズボンの魔素使い
白狼撃退の翌日、ほぼ日課となりつつある広場での人間観察に行こうと宿を出た美咲は、丁度出迎えに来ていたシェリーに身柄を確保され、傭兵組合に連れて行かれた。
「というわけでミサキさん」
「いや、有無を言わさず引っ張ってきたよね? 何が、というわけなの?」
「それを今から説明します」
ちなみにフェルも確保されていた。
ひらひらと手を振るフェルに手を振り返し、美咲は椅子に座った。
「白狼の死骸ですが、4体は燃え尽きていましたが魔石だけは確保出来ました。残り12体については、毛皮の一部と魔石を確保しました。魔物溢れの通例に従い、半額を傭兵組合が受け取り、町の復興に使います……とは言っても今回は被害が少なかったので、炊き出しや、消費した矢や槍の費用と、参加してくれた各傭兵への支払いに充てられますが」
半額は税金だろうか。と美咲が考えていると、シェリーから革袋を2つ手渡される。
「残りはお二人の取り分です。残りを半額ずつに分けておきました」
美咲が革袋の中を覗くと、金色の硬貨が入っていた。
(最低でも金貨ですか……)
「今回の活躍はフェルによるものですので、私が半額は貰い過ぎです」
美咲は革袋をフェルに押し付けた。
実際フェルが居なければ、美咲だけでは何も出来なかったのは間違いない。
が、フェルも黙ってはいなかった。
「私は火を点けただけ。白狼に当てたのも、十分な威力を発揮できたのもミサキのお陰だよ。ミサキが8割。私が2割程度が妥当だと思う」
フェルは美咲と異なり、目立ちたくないという訳ではなかった。
ただ純粋に自身と美咲の貢献を比較して、妥当と思われる割合を口にしているに過ぎない。
「大体、フェルが気付いて私を探しに来なければ、私は炊き出ししてたんですから」
「だけど結果的にミサキがいなければ白狼の撃退にはもっと時間が掛かっていた筈だし」
「はいそこまで」
シェリーが割り込んできた。
「組合としては、それら諸々を考慮して半額と決めましたので、これは受け取って貰わなければ困ります……良いですね?」
◇◆◇◆◇
傭兵組合を出てフェルと連れ立って広場に行くと、美咲はやたらと視線を感じる事に気付いた。フェルから少し離れてみても効果はなかった。
美咲を指差して何やら盛り上がっている人達もいるのだから、美咲の勘違いではない。視線を集めていたのは美咲だった。
白狼撃退の顛末が、昨夜の内にあちこちで話題になっていたからなのだが、宿でノンビリしていた美咲には知る由もなかった。
なお、語り手の一人はフェルである。
最前線で戦ったフェルの語りは臨場感に溢れ、フェルは飲み切れないほどのお酒を奢られていた。
青いズボンの魔素使いと言うのが美咲の通り名となっていた。
ヒネリも何にもない通り名だが、それだけに青いズボンの美咲は注目を集めてしまっていた。
「……ほらあれが」
そんな声が聞こえる。
(聞こえない、聞こえない)
美咲は他人のふりをした。が、隣にフェルがいた。
青いズボンの魔素使いと炎槍使いのエルフのペアは更に目立った。美咲にとって都合の悪い事にフェルには隠す気が全くなかったからだ。
ニコニコしながら手を振って応えている。
(……目立たない路線は駄目かも……いっそ別の町に移動しようかなぁ……)
「あ、お姉ちゃん!」
振り向くと孤児院の男の子がいた。
(名前は……グリム……じゃなくてグリンか)
「グリン、久し振りだね」
「名前覚えててくれたんだ。青いズボンの魔素使いってお姉ちゃんの事だよね」
「青いズボン?」
美咲は自分の下半身を見下ろした。
インディゴブルーのデニム生地は青かった。
「そんな格好の人、他にはいないからすぐにお姉ちゃんの事だってわかったよ。傭兵になったんだね」
美咲は慌てて辺りを見回してみた。
確かに青いズボンの人はいない。
女性のスカートや上着には染色した布が使われているし、男性の服だって革製品なら革の色だ。
だが、それ以外に色付きの服はなかった。
傭兵の仕事は肉体労働が多く、服が汚れたり破れたりする可能性が高い。
だから女性の傭兵は作業服としてスカートではなくズボンを穿いている。そんな作業服にわざわざ高価な染色した布を使う者は極めて稀だった。
戦いを生業とする者の中には、革で補強したズボンを穿いている者もいるので、無地無色ばかりという訳ではないのだが、それにしても美咲の服装は目立っていた。
「……私のバカ……」
ようやく理解したようである。
最初にグリンと話した時に美咲はこう聞くべきだったのだ。
『私、どこか目立ってない?』
と。
そうすれば、緑のアタックザックに青いズボン、金属ボタンの付いたブルゾン。女神様の色の髪と目が目立つと教えてくれた事だろう。
ちなみに、ウエストポーチは黒地に薄紫の模様が良く映え、ブーツは黒地に白と赤の細い線が目立っている。グローブもブーツと同じ配色だ。元の世界であれば、結構地味と言えるのだが、この世界では実に目立つ配色だった。
服装で目立っていない部分が一つもないのは、もう笑うしかない。
「違った?」
「違わないよ。ミサキが青のズボンの魔素使いで、私が炎槍使いのエルフことフェル。初日の夜は白狼4匹を燃やし尽くし、昨日は手加減しつつも12体を倒したのは私達だよ」
「すっげー! 最初の4体は骨と魔石しか残らなかったって本当?」
グリンが目をキラキラさせている。
美咲はフェルを止めたかったが、グリンが大喜びで聞いているのを見て諦めた。
「よく知っているね。初日はミサキが張り切り過ぎてね、魔素のラインが太過ぎて炎槍一発で白狼が真っ二つだったんだ。魔法は距離が離れると威力がなくなるから塀から離れている白狼は倒せないって思われていたし、実際にミサキが来る前に撃った炎槍は全部白狼の毛皮に弾かれていたんだ。矢も槍も白狼に傷一つ付けられない。もう町は駄目かもしれない。そう思ったんだけど思い出したんだ。魔法は使えないけど魔素の制御が精密で広範囲の魔道具に一気に魔素を込めたり、一部の魔道具だけ狙って魔素を込めたり出来る強大な魔素使いの事を」
「それがお姉ちゃんだね」
「そう、ミサキ。青いズボンの魔素使いだよ。ミサキも傭兵だって知っていたから探してみたら塀の下で炊き出しやっててね。無理矢理塀の上に登らせて魔素で白狼まで道を作って貰ったんだ。うちの家系は魔素が感じられるんだけど、一本の太い魔素のラインが私の手元から白狼まで真っすぐに伸びていたよ。私はそこに炎槍を置いただけ。次の瞬間自分の目を疑ったよ。炎槍ってのは炎の槍が飛んでいく物で、速さは普通の槍と同じ程度の筈なのにだ」
フェルの溜めにグリンは身を乗り出すように聞き入る。
「炎槍は私の手を離れた次の瞬間、白狼に突き刺さり、白狼は真っ二つになって燃え上がった……驚いたね。私の魔法はそんなに強くないのは悔しいけど自分が一番良く知っている……それが一瞬で遠くの白狼を燃やし尽くしたんだ。驚いたし嬉しくもあったよ。これで勝てるってね」
「おー、かっけー!」
「ただ、白狼相手にそこまでの威力は必要なかった。魔素の使い過ぎでミサキはダウン。私も前半無駄に魔素を使っていたからそこで打ち止め。でもそれまで一体も倒せなかった白狼を、完全に圧倒して4体も倒したんだ。でもミサキも必死だったんだろうね。塀から降りたら食事も摂らずに荷箱の上で寝ちゃったよ」
(いや、そこ言う必要ないよね?)
「戦士の休息だね」
「難しい言葉知ってるね。でもそんな感じ」
(いやいや、寝落ちしただけだから!)
「翌朝、塀の上から周囲の白狼の配置を確認した私達……というか、ミサキは、撃てる数を増やすために白狼を倒せるギリギリのラインまで魔素を減らして道を作った。初日の魔素のラインは腕位の太さがあったけど指位の太さだったかな……私の炎槍は普段と同じくらいの速度で、でも威力が落ちる事無く白狼まで届き突き刺さった。前の日のように真っ二つになったり、燃え尽きたりはしなかったけど、白狼を倒すには十分な威力だったんだ。実に見事な魔素制御だったよ」
「おー!」
(フェルの指示に従っただけなんですけど!)
「そして、塀の上を回り塀に近い白狼から順番に倒していったんだ。ミサキは青のズボンに緑の背負い袋で目立つからね。私達が塀の上を回っていると強面の傭兵達が道を開けてくれたりしてさ、みんなミサキに感謝してたんだ。絶望しながら戦っていた前半を引っ繰り返してくれたんだから」
「それでどうなったの?」
「その日12体目の白狼を倒した時、白狼達が遠吠えを始めた。最初は何が起きているのか分からず、逆襲してくるかもしれないと思って塀の上でしゃがんで様子を見たんだ。だけど、白狼達はみんな真っすぐに樹海の方に走って行くんだ。あれはミサキに恐れをなして逃げてたんだね。塀から降りたらみんなお祭り騒ぎだったよ。白狼が来た時は正直、このままじゃ勝てないだろうってみんな思っていたんだ。それが一晩で引っ繰り返った。そして気付けば勝ってしまっていた……」
フェルはそこで息を整えた。そしてじっと美咲を見詰めた。
「本当、みんな感謝してるんだよ。ミサキ」
「そうだぞ!」
「ありがとうな!」
「おー!」
いきなり後ろから声を掛けられ振り向くと、美咲の後ろには沢山の聴衆が集まっていた。
「お姉ちゃんかっけー!」
(に、逃げたい……)
読んで頂きありがとうございます。
ようやく一段落です(まだ続きます)。