119.アーティファクト(スマホもどき)の鑑定
その店は、大通りに面した間口の広い店舗に似合わず、小さく鑑定屋と書かれた看板を掲げていた。
内装はミストの町の傭兵組合に似て、複数の受付がある。まだ時間が早いせいか客は少なく、店内はがらんとしていた。
代表してキャシーがアーティファクトを持ち、受付の女性に声を掛けた。
「あの、鑑定をお願いしたいのですが」
「アーティファクトはどれ?」
「こちらです」
「アーティファクトの鑑定は初めてですか? 費用は一律、1500ラタグです。よろしいですか? はい、それではお預かりします。少々お待ちください」
頷くキャシーに微笑みかけ、受付の女性はアーティファクトを受け取る。
スマートホンにも見えるアーティファクトを受け取ると、受付はそのまま後ろを振り向き、アーティファクトを籠に入れた。
待つこと数分、籠が戻ってきた。
籠にはアーティファクトの他に、一枚の紙が入っていた。
「1500ラタグになります。こちらがアーティファクトの詳細です」
代金と引き換えに、アーティファクトと紙を受け取ったキャシーは、後ろで待っていた美咲たちの元にそれを持ち帰った。
「どうだった?」
「……んー、アーティファクトとしての価値は20000ラタグですわね。景色を写し取るアーティファクトだそうです」
「ひとり4000ラタグか、まあ、一日の稼ぎとしてはそう悪くないけど、ハズレか。どうする? 買取に出すか?」
「そうですわね」
「……ハズレなら仕方ないと思う」
「あ、魔石もあったね。あれも売るんでしょ?」
アーティファクトを売る方向で話が進む中、美咲は、アーティファクトが単なるカメラであるという鑑定結果に疑問を抱いていた。
「それでは買取窓口に行ってきますわ」
「ちょっと待って、売っちゃうなら、私が16000ラタグで買い取りたいんだけど」
「ミサキさんがですか? 手元に残すほどのアーティファクトではないと思うのですが、宜しいのですか?」
「うん、ちょっと詳しく見てみたいんだ。後で売っちゃうかもだけど、出来れば暫く手元に置いておきたいよ」
手元に置いておけば、自分で弄り回して機能を発見できるかもしれないし、持ち帰って茜に鑑定してもらうことで新しい事実が判明するかもしれない。と美咲は、アーティファクトを買い取ることを主張した。
「ミサキも物好きだね」
「まあ、わたくしたちはお金になるのなら誰が買っても構いませんけれど」
キャシーはそう言って美咲にアーティファクトを手渡した。
◇◆◇◆◇
魔石を売り、新しく宿を取る。
宿は基本的に一泊ずつの契約となる。特に迷宮探索者は連泊を断られることが多い。
宿を取ったまま迷宮に潜り、契約日数以内に戻って来られないことがある為だとのことだ。
「そう言えばベルの剣は研ぎに出さなくて大丈夫ですの?」
「ん? ああ、俺のは問題なかったぜ。キャシーのは違うのか?」
「わたくしのレイピアも問題はありませんわ。骨には当たらなかったですから」
戦闘は一回だけ。動きの鈍っている敵を一刺ししただけだったため、剣は綺麗なものだった。
「それじゃ私達は反省会しようか」
フェルがベッドの上で美咲の方に向き直る。
「反省会?」
「そ、魔法攻撃についての反省」
「最初の敵は魔素のラインで倒したよね。あれは射程距離から考えると妥当な選択だったと思うけど、どうかな?」
美咲の問いにフェルは小さく頷いた。
「うん。遠くの敵には魔素のラインは有効だし、効果的に倒せてたと思う」
「次の敵への攻撃は少し手間取ったかもしれないね」
最初の敵を倒した後、それぞれがどの敵を倒すのかを決めていなかったため、フェルの指示が出るまで攻撃が出来なかった。
フェルから、美咲は左の敵から、フェルは右の敵から狙っていくという指示が出た後は素直に攻撃に移れたが、それまでに数秒を無駄にしてしまっていた。
「次からだけど、射程距離に入ったら自分の正面寄りにいる敵から個別に倒すって決めておこうよ」
「お互い、正面の端っこから倒していくんだね? 真ん中の敵はどうする?」
「それは早い者勝ちってことで。それと、使う魔法だけど、氷槍で倒せる相手はアブソリュートゼロは使わない方針にした方がいいかな」
「そうなの? 私はアブソリュートゼロが使えるからスカウトされてきたんだと思ってたけど?」
「そうなんだけどさ、アブソリュートゼロは氷槍で一撃で倒せなくなったら使ってほしいかな。魔石を取るのに魔法を使うのは効率悪いでしょ?」
アブソリュートゼロで凍り付いた敵はその場で光になって消えたが、魔石はアブソリュートゼロで作られた氷の中に閉じ込められてしまっていた。
魔石を取り出すために炎槍を数発撃つ羽目になったことを考えれば妥当な指摘である。
「それもそっか。魔素を無駄に消費しちゃうしね」
フェルの説明に美咲は納得顔で頷いた。
「それと、私の反省点。一発外しちゃった」
「当たってたよね?」
「肩にね。美咲の攻撃に気を取られちゃって外しちゃった。あれは失敗だった。反省」
「それで、その後はベルとキャシーに任せたんだよね」
「接近され過ぎると魔法じゃどうしてもね……うん。とりあえず反省会はこんな所かな」
「そだね」
「ところでミサキ、なんでアーティファクトを手元に残したの?」
フェルの質問に美咲は肩を竦めた。
「直感。カメラ……景色を写し取るだけの道具じゃないって思ったの」
「鑑定って、そういうアーティファクトを使って見てるから、まず間違いないと思うんだけど?」
「間違ってるとは言わないけど、全部を見通せてないって思ったんだよね」
美咲はアーティファクトを取り出して電源(?)ボタンを押し、起動した。
謎のアイコンが回転する画面が表示される。
そのまま1分ほど待っていると、アイコンが複数に分裂した。
「あ、やっぱりそうだ」
先頭に表示されたアイコンはカメラだった。
その他、いくつかのアイコンが表示されている。
「何が、そう、なの?」
アンナが美咲の手元を覗き込んできた。
「うん、風景を写し取る以外の機能がありそうだってわかったの」
美咲はカメラのアイコンをタップしてカメラを起動すると、アンナとフェルの写真を撮った。
「これが景色を写し取る機能ね」
撮影した写真を見せると、フェルは目をみはった。
「ミ、ミサキ? なんで使い方が分かるの?」
「日本にね、似たような物があったからね……えーと、これは撮った写真を見る機能だったから、こっちのはまさか通話? って、1台じゃ意味ないじゃない。そもそもアンテナってどうなってるの。こっちはスケジュール帳っぽいね、この世界のカレンダーなのかな。こっちはまさかアプリストア? 設定はどのアイコンだろ? ……とりあえずもう一台欲しいかな。スマホのアーティファクト」
「もう一台って、アーティファクトなんだから、そうそう同じのはないと思うけど?」
呆れたような口調でフェルが呟くと、アンナが頷く。
「もしも通話機能が使えたりなんかしたら、幾らお金を出してでも欲しいって言う人が出てくると思うよ」
「つうわって何?」
「これと、別のアーティファクトの間で離れていても声が届く機能、かな」
フェルとアンナは揃って首を傾げた。
「うるさくてはた迷惑じゃない?」
「声を魔素かなんかに変換して遠くに飛ばして再生するの! 声量を拡大するわけじゃないから!」
「魔素に変換なんて出来るの?」
「魔素って言うのは物の例えで、見えない何かに変換して、遠くにあるアーティファクトでそれを声に戻すの」
「……ミサキ、何でそこまで分かるの?」
アンナは眉根を寄せて、美咲の方を見た。
「日本に、私の故郷にね、似たような道具があったから、多分、同じような機能なんだろうなって想像したの」
「ミサキは、その似たような道具っていうのを持ってないの?」
フェルに聞かれ、美咲は首を横に振った。
「残念だけど持ってないよ。前にフェルにヘッドランプをあげたよね。あれと同じように電池で動くカラクリだってことしか分からないな」
「……それにしても、ここの鑑定っていい加減ですわね。追加の機能を秘匿していた? それとも気付かなかったのでしょうか?」
キャシーは腕組みをして小首を傾げた。
「あのね、そもそも通話ができるかどうか、まだ分かってないんだから、現時点では鑑定結果に偽りはないと思うよ。私としてはこれと同じアーティファクトを買って、色々試してみたいけどね」
「でも、スケジュール帳の機能もあると分かっているのですわよね?」
「んー、入力方法がまだ分からないから使いこなせないけどね……持ち帰って色々試せば、出来ることは増えそうな気がするんだよね……あ、でも電池ってどうなってるんだろう? まさか使い捨て?」
「アーティファクトなら、魔素が切れることはないって聞くけど?」
フェルの言葉に、美咲は驚きを隠しきれなかった。それが事実だとすればある種の永久機関である。
「いくらなんでもそんな……でもとりあえず、同じのをもうひとつ買って帰りたいな」
「それじゃ、迷宮探索終わったら、王都でアーティファクト扱ってるお店に行ってみる? 景色を写し取るしか機能がないアーティファクトなら、多分、売ってると思うよ」
「あ、それなら見に行ってみたいな」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
書籍化作業、順調に進んでいます。