118.迷宮・第二階層・安全地帯
林を迂回し、安全地帯を探す美咲達の前に、下層に続く階段が現れた。
「これは……幸運なのかしら?」
キャシーの呟きに、ベルは頷いた。
「ついてると思っとこうぜ。取り敢えず地図に書き込んどくよ」
「……そうですわね。それじゃ、引き続き安全地帯を探しましょう」
地図上、林の奥側は壁となっていた。
「壁ねぇ」
フェルは岩山の麓から頂上を見上げた。
断崖絶壁となっていて、登れそうになかった。
「無理矢理登ったらどうなるんだろうね?」
「ろくな事にはならないだろうね。見えないけど天井があるっていうし」
美咲の呟きに、フェルがそう返した。
「……行き止まり。戻るしかない」
アンナは岩肌に触れながら呟いた。
「そうですわね」
「それじゃ、この後だけど、幾つか丘があるから、その上を目指そうと思うんだけど、どうかな」
ベルの発言に、全員が頷く。
「……構わない」
「あてがあるわけではありませんし、いいと思いますわ」
「そだね。またアーティファクトがあるかもだし」
「安全第一で行こう」
地図を確認しながら、大きめの丘を登り、周辺に赤い石がないかを確認する。
そうやって三つ目の丘を登っている時だった。
「……後方に魔物接近中。コボルト? 数4」
後方を監視していたアンナが声をあげた。
「ベルとわたくしが前衛を務めます。ミサキさんとフェルは魔法攻撃をお願いしますわ。アンナは周辺警戒継続です」
後方、50メートルほどの位置に犬顔の人型の魔物が4体。美咲達の方に向かって走って来ていた。
速度はそれほどではないが、背が低く、草原の草に姿が隠れがちである。
ベルとキャシーが美咲たちを背に庇う位置に移動する。
「フェル、まず、魔素のラインで」
「了解」
「……魔素のライン!」
「……氷槍!」
魔素のラインで射程の伸びた氷槍がコボルトに突き刺さる。
コボルトはその場で光の粒に変わり、ポトリと魔石を落とした。
「後は個別で行こう。私は左から。ミサキは右からお願い」
「分かった……氷槍!」
「氷槍!」
美咲の氷槍が直撃したコボルトは、その場で凍り付き、次の瞬間光の粒に変化した。
氷槍と言いつつ、実態はアブソリュートゼロだったようだ。
フェルの氷槍はコボルトの右肩に突き刺さったが、コボルトは傷をものともせずに駆け寄って来る。
「氷槍!」
美咲の氷槍がコボルトを凍り付かせる。
残りは肩に傷を負って迫って来るコボルトだけだ。
「近いですわね。魔法攻撃中止! ベル、行きますわよ」
「おう!」
キャシーとベルは右肩から血を流しているコボルト目掛けて走り、その体に剣を突き刺す。
止めを刺されたコボルトは光の粒になって消えていく。
「アンナは引き続き周辺警戒をお願いしますわ」
キャシーとベルは、コボルトが落とした魔石を拾いながら戻って来る。
美咲によって氷漬けにされたコボルトは、氷の中に魔石だけがポツリと残されていた。
「これ、取り出せるのか?」
「えーと、ちょっと触るのは危ないと思うから待っててね、炎槍!」
美咲はコボルトの形に残った氷に炎槍を当てて氷を溶かし始めた。
それを見て、もう一つの氷の塊を溶かし始めるベルとキャシー。
程なくして、氷は溶け切り、ベルは魔石を拾いあげる。
「おし、それじゃ、探索に戻るか」
「そうですわね。とりあえず、この丘を登ってしまいましょう」
丘を登り切ると、その先の窪地に、赤い石柱が4本見えた。
石柱の高さは70cmほどで、一辺10m程の正方形になるように4本の石柱が配されていた。
石柱と石柱の間は、赤い石が地面に埋め込まれ、赤い線が正方形の各辺をなしている。
「ねえ、あれが安全地帯?」
美咲が赤い石柱を指差してそう聞いた。
「うん、多分。私も初めて見るからね」
自信なさげにフェルが頷く。
「丘の上からだと丸見えだね」
「丘の上まで魔物が登って来なければ見つからないって言い方もできるんじゃない?」
「そか、そう考えると逆に安全なのかも」
「それでは安全地帯まで行きますわよ」
「はーい」
丘を降り、赤い石柱に囲まれた安全地帯の手前まで移動した美咲達は、僅かな逡巡の後、安全地帯に足を踏み入れた。
安全地帯に踏み入る際、キャシーは少し驚いたような表情を見せた。
「なんの抵抗もなく入れるのですね。もう少し何かがあるのかと思っていましたわ」
ベルは地図に安全地帯を書き込み、大きく伸びをした。
「んー! まあ、安全地帯発見ってことでいいんじゃないか?」
しゃがみ込み、石柱間を繋ぐように地面に埋め込まれた赤い石を指でつつきながら、アンナは
「……これが安全地帯の石」
と興味深げに観察している。
「それでキャシー、この後は地上に戻るってことでいいか?」
「そうですわね。最低限の探索の経験もできましたし、今日のところは一旦地上に戻りましょう」
◇◆◇◆◇
帰路では魔物を見かけたものの、戦いを避けて迂回しながら登りの階段まで何事もなく辿り着いた。
階段の下で、周囲を警戒しながら美咲とキャシーは光の杖を取り出し、杖を起動する。
「それでは第一階層に戻りますわよ」
「おう!」
キャシー、アンナ、フェル、美咲、ベルの順番で階段を上り、一行は迷宮のフロアに戻った。
光の杖の灯りで暗い迷宮の中が照らし出された。
「ベル、先導をお願いしますわ」
迷宮の出口は入口とは異なるため、初めて歩く道となる。
ベルは手元の地図を確認しながら美咲たちを先導する。
帰り道は単調で、一行はすぐに出口がある部屋まで辿り着いた。
出口があるとされる部屋の床には、大きな魔法陣が描かれていた。
「……ここだ。あの魔法陣の上に乗って、誰かが中央の丸を踏めば外に出られる。魔法陣からはみ出してる奴は置いて行かれるらしいぞ。それと、転移したらすぐに魔法陣から出るようにだって」
ベルは地図に書かれた注意書きを読み上げた。
「便利だね」
「ま、女神様が造った物だからね。考えたって真似できないよ」
光の杖で魔法陣を照らしながら美咲が呟くと、フェルはそう言って魔法陣に足を踏み入れた。
「そうですわね。早く戻って、アーティファクトを鑑定して貰いましょう。それでは行きますわよ」
全員が魔法陣の中にしっかりと入ったことを確認し、キャシーは、魔法陣中央の黒丸を踏んだ。
美咲はくらりと眩暈のようなものを感じた。同時に、一瞬にして周囲の景色が変化する。
「転移ねぇ……階段も驚いたけど、面白いな」
「ですわねぇ……と、いけない。魔法陣から出るんでしたわね」
美咲たちは魔法陣から降り、辺りを見回した。
そこは、部屋の中だった。
床に魔法陣が描かれているが、それ以外は何の調度品も置かれていない、飾り気のない部屋である。
「それじゃ、アーティファクトの鑑定をして貰いに行くとするか!」
「ですわね。うー、楽しみですわ!」
「鑑定ってどこでして貰うの?」
盛り上がるキャシー達に美咲は首を傾げた。
「ん? 専門店があるんだってさ。混んでなきゃいいけどな」
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