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107.手紙

 エリーがケーキを食べ終わると、美咲はその口周りをハンカチで丁寧に拭いた。

 普通の食事の時は問題ないのだが、ことケーキとなると、エリーは手の掛かる子供になる。


「はい、綺麗になったよ」

「ありがとー。アカネおねーちゃん、おいしかった」

「ん、良かった。明日はクッキーにするからね」

「おー!」


 オーブンの天板の上にクッキーの生地を並べながら茜がそう言うと、エリーは目を輝かせた。


「もうできたんだ。早いね」

「クッキーは昔からそれなりに作ってましたからねー。これでクッキングシートとかあると便利なんですけど」

「諦めて天板に油塗りなよ」

「ですよねー」

「でも茜ちゃん、お菓子以外は作らないの?」


 普通の料理のレシピ本もあるのだが、茜はデザート一直線である。

 ミサキに頼んで呼び出して貰ったバレンタイン特集、クリスマス特集の雑誌は擦り切れる程に読み込んでいるが、おかずの載ったレシピ本は見向きもされていない。


「子供向けのがあれば考えますけどねー」

「あんまり甘いのばっかりだと、虫歯になったり、太ったりしちゃうから気を付けてあげてね」


 流しで手を洗いながら茜は困ったような表情を見せた。


「でも太らないレシピなんて知らないんですよねー」


 美咲の呼び出した雑誌に載っていたのは、基本的に砂糖やバターを大量に使用するものばかりである。

 稀に砂糖が少なめのものがあったかと思えば、妙にビターだったり、お酒の味が強いものだったりして、エリーの口に合わないのだ。


「あまいのすきだよ?」


 尻尾をユラユラ揺らしながらエリーが口を挟んでくる。


「知ってるよ。エリーちゃんは甘いの好きだよねぇ」


 エリーを膝の上に抱きかかえながら美咲がそう言うと、エリーはバタバタと暴れ始める。


「おいしーはせーぎなの!」

「どこで覚えてきたの? あ、本体は甘さ控えめにして、ジャムとかで味付けするようなものにしたら? スコーンとか。まあカロリーは高いけど」


 うりうりとエリーの頭に頬ずりしながら美咲は思いついたメニューを口にする。


「あー、そういうのもありですね。美咲先輩、寒天とか出せませんか?」

「えーと、どうだろう。寒天、寒天」


 美咲の目の前に寒天が出てきた。

 それを器用にキャッチするエリー。


「おー! しゅーのーまほーすごいねー」


 エリーには、美咲の呼び出しは収納魔法だと説明している。


「出てきたけど、寒天ってこっちの世界にあるのかな?」

「あー、そっか、下手したらこっちで再現できないレシピになっちゃいますねー」


 いつか、エリーが自分で同じメニューを再現したいと思った時に困らないように、茜はケーキの材料をこちらの世界で入手可能なものに限定してレシピを調整している。

 そして、この世界では寒天や、それを用いた料理を見た記憶がない事に気付き、茜は肩を落とした。


「原料はあると思うんだけどね」


 コティアまでの旅路で見た森の植生は日本の物とよく似ていた。

 地上の植生が類似するのであれば、海中の植生も似ていてもおかしくはないと美咲は推測していた。


「でも寒天の形で入手が出来ないんじゃ、将来エリーちゃん、困りますよねー」

「そうだね。いっそ、商業組合あたりに寒天を渡して、同じものを作ってほしいって依頼する?」

「それもありですねー」


 ◇◆◇◆◇


 おやつを食べたエリーがふたたび外に飛び出していく。

 友達と高鬼をするそうだ。

 絵描き一筋にならずによかったと、美咲達は胸をなでおろしていた。


「さて、それじゃ茜ちゃん、ちょっと待ってね」


 美咲は紙と鉛筆を取り出すと、神託の内容を日本語で書き記し始めた。


『白の迷宮の願いは、この世界に働きかけるもの。世界を跨いでの願いは聞き届けられません。

 ただし、帰還の可能性はゼロではありません。

 願いの力でこの世界から出ることはできます。

 あとは自身の力で自分の世界に辿り着くことができれば、元の世界への帰還はかなうでしょう。

 ですが、それはとても難しいこと。

 分の悪い賭けとなります。

 この世界で安寧を得る道はありませんか?』


「……ん。小川さんにはこれを送ろうと思ってるんだ。神託の内容だよ」

「えーと……へぇ、この世界の中に限ればどんな願いも叶いそうですね。もしかして、死んだ人も生き返るのかな? でも戻るのはほぼ絶望的と、うん、いっそ諦めがついてよかったです」

「やっぱり、絶望的だと思う?」

「女神様が止めるくらいですからねー」


 文字通り、無数にあるだろう世界線を跨いで帰る。

 この世界線は、元の世界から遠く離れている。と美咲は想定していた。

 この世界から離れ、元の世界に戻るには、どれだけの世界線を通過しなければならないのかがまず分かっていない。

 また、そもそも、人間である美咲達に、意識して世界線を渡るということが可能なのかも不明だ。

 仮に自由に世界線を渡れたとして、元の世界線を見付けることは可能なのかも不明である。何しろ分母は無限だ。


「難易度、高そうだよね、やっぱり」

「ほぼ無理だと思います。でも白の迷宮にはちょっと興味湧いてきましたー」

「なんでまた? 叶えたい願いでもあるの?」

「新しい能力を追加して貰いたいですねー。地球にあったものを、こちらの世界の技術で作り出せるようになる能力、とか、どーですか?」

「随分限定的だね?」

「例えばさっきの寒天とかも、こっちの世界で作れるようになるわけですよ。そうやって少しずつでも技術を進歩させていけば、最後には飛行機くらい作れるようになるかもしれませんよ」

「不老不死とかは願わないの?」

「んー、病気知らずの頑強な体、とかには興味ありますけど、不老不死は人間の手に余りそうじゃないですか」


 SF好きな美咲からすると、不老不死は手垢のついたテーマである。

 不老不死をめぐって不幸になる話もあるが、長命種に短命な人類が追い付き、宇宙全域に広がっていくようなストーリーもある。美咲にとって不老不死は、人生に飽きるという一点を除き、単なる不幸ではないのだ。そして人生に飽きても、未知の世界が残っていれば不老不死は新たな冒険へのチケットとなる。

 ファンタジー好きな茜からすると、エルフと人間の恋のように寿命が異なる人種が接触すると、長期的な観点では不幸が発生するのが定番である。そこに本当の愛情があればあるほど、寿命の違いは悲しみを呼ぶものなのだ。


「手に余るかな? まあ、一人だけ長命種ってのも寂しいか……と、小川さんと広瀬さんに何か伝言ない?」

「特にない……あ、ひとつありました。マリアさんとエリーがいるから、今度来るときはミサキ食堂には泊まれませんよって」

「あー、なるほど。空き部屋ひとつしかないもんね」


 ◇◆◇◆◇


 小川への手紙をしたためた美咲が傭兵組合に向かうと、シェリーが迎えに出た。


「ミサキさん、指名依頼が出ているのですが。その手紙は?」

「うん。私も依頼を出しに来たんだ。王都のリバーシ屋敷の小川さんか、広瀬さんにこの手紙を届けてほしいんだけど」

「受注条件なしで王都まで手紙の配達、承りました。それで指名依頼なんですが」

「また魔物駆除?」


 モグラの次は何だろうと身構える美咲に、シェリーは首を横に振った。


「いえ、お届け物です。ここだけのお話なんですけれど」


 シェリーは声を落とし、美咲に耳打ちした。


「……以前、ミサキさんにお願いしたお手紙配達、覚えてますか?」

「えーと、うちの常連のクリスさん宛のラブレター?」

「あれがうまく行きまして、クリスさんとマーシャさんはお付き合いするようになったんですよ」

「それはよかったですね」

「それが噂になってまして、ミサキさんに手紙を頼みたいって人が他にもいるんです」


 なるほど。と美咲は頷いた。


「ミストの町から出なくてよければ受けますよ」

「あー、それなら大丈夫です。全部町の中です」

「待って」

「はい?」

「全部って、一体何件あるの?」

「5通、ですね。」

「待って……」


 頭痛を堪えるように額を押さえる美咲。

 美咲の前に丸められた羊皮紙を並べるシェリー。


「続き、いいですか?」

「はぁ、みんななんで急にこんなに……それで?」

「宛先は3通がマリアさん、残りはそれぞれ別の人にですね……」

「重複しているのは除外しましょう。受けません」

「そうですね。これ、確実にどちらかは『お断り』ですもんね」

「残り2通はまともなんでしょうね?」


 シェリーは更に声を低くした。


「宛先はベルさんと、ジェガンさん。どちらもお知り合いですよね?」

「あー……そちらも断ります。知り合いにそういう手紙届けに行くのはちょっと抵抗があるので」

「もしかして、ジェガンさん狙いでした?」

「いえ、今のところ、色恋には興味はありませんので、それはないです」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

私事で恐縮ですが、剥離骨折(部位は足首です)をやってしまいました。

座ってキーボードを打つのが厳しいため、しばらくは更新頻度が低くなるかもしれません、

申し訳ありませんが、ご了承ください。。。

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― 新着の感想 ―
絵描き一筋になったらあかんの? こういう周りからの才能へのストッパーが、 日本社会の病巣の一つかもしれないね。
[一言] 剥離骨折、私も足の甲に重い物が落ちてなったわ。
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