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104.過保護

 色鉛筆と鉛筆削りは、茜が懇意にしている木工工房で開発が開始された。

 鉛筆の構造はシンプルだ。

 木材を削り、中心に芯を挟んで貼り付ければそれでいい。

 規格は美咲が呼び出した鉛筆を参考にする。

 規格化しておかないと、穴に差し込むタイプの鉛筆削りが使えなくなるからだ。

 ナイフで削る仕様にすれば、規格にばらつきがあっても使えるが、ものによって筆の太さが違うのでは使い勝手が悪くなる。

 黒い鉛筆の開発は極めて順調だった。

 茜のうろ覚えの知識では、黒鉛を粉にして、粘土で固めたものが鉛筆の芯になる。その記憶は概ね正しく、黒い鉛筆の製造はすぐに成功した。

 鉛筆削りは木製の筐体に、刃を固定するだけの簡単仕様だ。これも開発は順調に進んでいった。

 この世界産の鉛筆と、鉛筆削りは雑貨屋に置かれ、そこそこ売れ線の商品となっていった。


 茜は、色鉛筆も黒鉛を染料に置き換えれば作れるのではないかと簡単に考えていたが、工房に持ち込んだ色鉛筆を分析して貰ったところ、色鉛筆と普通の鉛筆とでは、材料が全く異なることがわかった。

 色鉛筆は、油性だった。

 試しに茜が色鉛筆の芯を砕いて鑑定を使って調べたところ、染料や顔料と蝋で作られていた。

 問題は染料や顔料だ。

 これらは、ものによっては混ぜると化学変化を起こし、おかしな発色をする組合せがある。

 茜の鑑定で、日本産の染料・顔料の名前は分かっても、それがこの世界で知られていない素材であれば、素材を探すところから始めなければならない。

 地味に大変な作業だが、茜の依頼を受けた工房主は、喜んでこの仕事を引き受けた。


「鉛筆の便利さは分かった。その色付きだなんて、貴族様に売るにゃ、最高の品じゃないか」


 雑貨屋に卸す廉価版とは別に、鉛筆表面に金で箔押しを施した豪華版を開発してみたいと工房主は意気込んでいた。


「廉価版をしっかり作ってくれれば、あとは好きにしてくれて構いませんけど。大丈夫ですかー?」

「こんな面白い仕事はなかなかないからな。任せてくれ」


 参考として、色鉛筆数セットを渡し、開発が本格的に開始された。


 ◇◆◇◆◇


 それと並行して、茜は上質紙の開発にも着手した。


 この世界の主流は羊皮紙だが、辛うじて藁半紙は存在していた。

 面によってはペン先が引っ掛かり、字を書くのも一苦労のそれを材料から見直し、白くてペン先が引っ掛からないような紙を作れないか、茜は美咲が呼び出したスケッチブックや大学ノートを分解しては鑑定し、これもまたうろ覚えの、木材を材料としたパルプの作成方法と、藁を材料に使わないメリットを製紙工房に伝え、上質紙の開発を依頼した。


「羊皮紙にとって代わるのは難しいと思いますけどねぇ」


 とは、製紙工房主の言である。

 この世界で紙と言えば羊皮紙なのだ。

 藁を材料にした藁半紙は、あくまでも、羊皮紙を使うのが勿体ないような、メモ書きのような目的で使われるのが主である。傭兵組合の依頼票ですら、サインをしたものを一定期間保管するという目的から羊皮紙が使われている。


「取って代わるんじゃないんですよー。あくまでも羊皮紙や藁半紙ではできないことをできるようにするのが目的なんです。私の故郷では、こういうのがあったんですよ。これを再現してほしいんです」


 茜はそう言って、工房主に見本として、スケッチブックと大学ノートを手渡した。


「ま、開発費を貰ってるんだ、仕事はきっちりやらせてもらうよ」


 ◇◆◇◆◇


 これらの活動の目的は、エリーの絵の才能を世の中に認めさせることだった。

 エリーが色鉛筆で描いた絵は、既に美咲の描く絵を越えていた。

 だが、今のままでは、特別な紙に、特別な道具を使って描いたから、特別な結果が得られたのだという評価がついて回る。

 美咲も、茜も、そんなことはないと理解していたが、この世界の人から見れば、見たことのない綺麗な紙と、不思議な道具を使って描いた絵だ。道具のおかげで上手に描けているという評価を下してもおかしくはない。

 だから茜は、この世界の材料で上質紙と色鉛筆を開発し、誰もがそれを手に入れられる環境を作り、エリーの特殊性が道具に依存しないことを証明しようとしていたのだ。

 過保護である。

 だが、茜のその活動に美咲も賛同していた。

 ふたりの意見は一致していた。

 つまり。


「うちの子、天才!」


 だった。

 当初はいろいろと遠慮していたマリアも、美咲よりも上手に景色を写し取ったエリーの絵を見せられ、エリーの才能に気付かされた。


 そんな周囲の思惑を余所に、エリーはさまざまなものを絵にしていった。

 人物、静物、風景。

 特に喜ばれたのは人物画で、モデルになった人は、エリーに絵を貰って、家宝にするとまで言っていた。

 肖像画を描いてもらう機会など、貴族でもなければそうそうないのだ。

 その反応はある意味では当然なのだが、皆、絵のできのよさに感動してもいた。


 スケッチブックは美咲が何冊も与えていた。

 だから、エリーは、人物画を描いた場合はモデルになった人に絵を渡していた。

 人物画以外にも、エリーは思うがままに絵を描いていた。

 広場で友達の絵を描いていたかと思えば、なぜか傭兵組合の建物の絵を描き、北門付近で馬車を曳く馬の絵を描く。

 エリーは自由奔放に絵を楽しんでいた。


 ◇◆◇◆◇


 ミサキ食堂閉店後、ドアをノックする音が聞こえた。


「はーい。あ、ビリーさん」


 美咲がドアを開けると、そこには商業組合理事会会長のビリーがいた。


「久し振りですね。エリー嬢はこちらでしょうか?」

「エリーちゃんですか? 今日は外で遊んでると思いますよ」

「そうですか。実はお願いがありまして」

「もしかして、絵ですか?」

「そうです。うちの娘の肖像画を描いてほしいのです」


 エリーの絵の腕が知られるようになるのと同時に、絵の依頼をしにくる人も増えていた。

 エリーは絵が描ければそれで楽しいようで、依頼を断ることは滅多にない。

 ただし、美咲と茜、マリアが予め依頼の内容を確認し、例えばミストの町から出るような依頼は保護者フィルタでお断りさせて頂いている。


「ビリーさんの娘さんってことは、ミストの町ですよね? おいくつなんですか?」

「ミストに住んでいますよ。今年、12歳の子供です」

「エリーが帰ったら伝えておきますね。明日、商業組合にお邪魔すればいいですか?」

「ええ、それで構わないです。でも、エリー嬢に確認しなくても大丈夫ですか?」

「あー、もしも都合が合わないようなら、夕方までに商業組合の方に伺いますので」


 エリーは遅くとも夕方には帰ってくる。

 そのときに都合を聞き、不都合があるようなら美咲が商業組合に走れば、商業組合の営業時間内に連絡を間に合わせることは可能な筈だ。


「わかりました。それではよろしくお願いします。費用はどれくらいですか?」

「基本的に無料ですけど、子供が喜ぶような心づけを頂ければ」

「ミサキ食堂に住んでいるのでは、ケーキやプリンは食べ飽きているんでしょうね」

「そうですね。でも、飴玉でもあげれば喜んで絵を描くと思いますよ。絵を描くのが大好きなので」


 美咲とビリーがそんな話をしていると、茜が二階から下りてきた。


「あ、こんにちはー」

「おや、アカネさんもいらっしゃいましたか」

「茜ちゃん、ビリーさん、エリーちゃんに絵をお願いしたいって」

「……え」


 茜が固まった。

 しばらく様子を見ていると再起動する。


「あのー、ビリーさん、絵はどこで描くんでしょーか?」

「それは我が家と考えていますが?」

「あー、出来れば商業組合にしませんか?」

「茜ちゃん、どういうこと?」

「……そっかー、美咲先輩は知らないんですね。ビリーさんって、ミストの町の代官も兼任してるんですよ。端的に言うと、お貴族様なんです。ビリーさん」

「……え」


 今度は美咲が固まった。

 ギギギ、と音が出そうな動きで、ビリーの方を見ると、ビリーは頭痛を堪えるように、右手で額を押さえていた。


「ほら美咲先輩、エリーちゃんって物怖じしない娘だけど、さすがにお貴族様のお屋敷は」

「そうだね。緊張して実力を発揮できないかもしれないし、どうでしょうか、ビリーさん」

「……貴族と言っても町の管理のための役職のような物なので気にしないで頂きたいのですが……分かりました。商業組合で描いてもらうことにしましょう」


 ◇◆◇◆◇


 帰ってきたエリーは、ふたつ返事でビリーの娘の肖像画を引き受けた。

 美咲の膝によじ登り、尻尾をユラユラ揺らしながら、色鉛筆を取り出し、先が丸くなっている物は鉛筆削りで尖らせていく。

 一本一本丁寧に確認して、大事そうに鉛筆入れにしまっていく。


「エリーちゃん、今日は何を描いたの?」

「これー」


 スケッチブックには、ミストの町の町並みが描かれていた。

 美咲が教えただけあり、きちんと遠近法が使われている。


「あとねー、これもー」


 北門から外を眺めた風景画だった。

 耕作地の緑と、放牧された羊や牛の様子が描かれていた。

 門の手前から描いたのだろう。手前に門が描かれており、そこから切り取られた風景は、そこだけ別世界のようだった。


「じょうずだね。素材の選び方も面白いし、もう私が教えられることはほとんどないかな」

「エリー、じょうず?」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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