100.罠
「モグラの対策ってぇことだが、まず、寄せ付けねぇようにするのがひとつだ。もうひとつは、ちと面倒だが罠だな」
農家を交えての対策会議の場で、農家代表のデニスはそう言って、筒のような物を取り出した。
「それは?」
ゴードンの問いに、デニスは筒の両端を開けて見せた。
「これはモグラ用の罠だな。モグラのトンネルに仕掛けて捕まえるもんだ。寄せ付けねぇっていうなら、商業組合で薬が売られてるが、確実に倒すなら罠だ。ただ、モグラが毎日使う道を探して仕掛けないとなんねぇから、ちと面倒だがな」
デニスは罠を仕掛ける場所の見つけ方、罠の仕掛け方、モグラに止めを刺す方法をゴードンに教えた。
また、忌避剤についても仕掛けるポイントについて説明した。
「なるほど。参考になった。とりあえずトンネルを探すことにする……罠は、トンネルのサイズに見合った物を発注することにしよう」
「罠で片が付くなら、私たちの指名依頼は取り消しかな?」
フェルがそう尋ねると、ゴードンは首を横に振った。
「まだ、これで解決できると決まったわけではない。当面は待機だが、指名依頼は継続だ」
「じゃあ、何かあったら呼んでもらうってことで」
「ああ。そうだミサキ、農家に聞くと言うアイディアは助かったぞ」
「はい、マリアさんの案なので、ご褒美があるならマリアさんによろしくです」
◇◆◇◆◇
「と言う訳で、マリアさんにお土産です」
ゴードンから協力への感謝として、マリアには金一封が送られた。
革袋に入ったそれを、美咲は簡単な説明と共にマリアに手渡した。
「別に普通のことだと思いますけど、頂けるものはありがたく頂戴しておきます」
「そうしてください。ところでエリーちゃんは?」
そろそろ夕食の時間帯である。
姿の見えないエリーのことを尋ねると、マリアは天井を指差した。
「アカネさんが遊んでくれてます。何でしたっけ、リバーシ? エリーはあのゲームが気に入ったみたいで」
「なるほど。それじゃ晩御飯は私が作るか。エリーちゃんの好物ってお肉でしたっけ?」
「あの娘はなんでも食べますよ。でも強いて言うなら鳥が好きですね」
「んー……モモ肉を生姜醤油に漬け込んで焼こうかな。主食はお米にして、と」
マリアとエリーには米の存在を教えている。
とは言っても、雑貨屋から運ばれて来る謎の食料の一部として教えているだけであり、この文化圏には米食の習慣が存在しない事などは勿論知らせてはいない。
麦を炊いたものに似た、不思議な食感の食べ物。と言う程度の理解だが、食べる分にはそれで充分である。
「あ、料理は私が作りますから、マリアさんはエリーについててあげてくださいね」
「はい、分かりました」
ミサキ食堂の厨房は、美咲と茜が仕切り、マリアは接客と皿洗いのみと言うのは営業時間外にも適用されるルールとしていた。
そのため、マリアはあっさりと二階のエリーの元に上がって行った。
「さて。じゃ鶏モモ肉の生姜焼きと、もう一品、何にしようかな。ニラ味噌でも作ろっかな」
甘めの味付けにすればエリーでも食べられることは確認済みである。
美咲は材料を調理台に並べ、料理の準備を始めた。
◇◆◇◆◇
モグラの魔物の探索は順調に進んでいた。
モグラのトンネルを発見したら、そこを潰す。
数日後に元通りになっていれば、そこはモグラが日常的に使用する通り道である。
デニスの指導の元、モグラの通り道はすぐに発見された。
しかし、退治となると、肝心の罠がまだ未完成で、具体的な対策を取るには至っていなかった。
その為、通り道が変わっていないか、毎日のように偵察隊によるトンネル探しが行われていた。
「毎日、モグラのトンネルを探すのもいい加減飽きてきたな」
「そうは言っても兄貴。モグラが相手じゃ剣で戦う訳にもいかないっすよ」
「わぁってるよ。単なる愚痴だ。聞き流せ」
「へーい。あ、あっちにも盛り上がってる所がって、こりゃただの根っこか」
ミサキ食堂の常連でもあるふたりは、ミストの町の東側の偵察を行っていた。
偵察とは言っても、地道に歩いてモグラのトンネルを探すと言う労力ばかり掛かって実りの少ない作業なのだが、これを行っておかないと、モグラの縄張りが変わった際に、それを見落としてしまう恐れがある。
「……ん? レニー、ちょっと静かにしろ」
「へい」
短く返事をしてレニーはその場で動きを止めた。
クリスの視線の先には、土の盛り上がりがあり、それが動いていた。
ボコっと土が盛り上がり、中から子牛ほどもある生き物が顔を出した。
モグラだった。
その額には魔石が埋まっていた。
モグラの魔物は、土を捨てると、地面の中に戻って行った。
「……初めての目撃例だな。魔物だったな?」
「へい。魔石がありやしたね」
「戻って報告だ。この情報は最優先で持ち帰るべきだろう」
◇◆◇◆◇
報告を受けたゴードンは、大きく溜息を吐いた。
「まあ、魔物だろうと思ってはいたが、実際に確認されたか。しかし、厄介な魔物だな」
「地面の下じゃ手が出ねぇからですかい?」
レニーの問いに、ゴードンは首を横に振った。
「いや、敵を見付けるのが困難だってのが一番厄介なんだ」
「……ああ、なるほど……あれ? でも罠を作ってるんすよね?」
「モグラ用のな……魔物にどこまで通用するか」
魔物の中には魔法のような能力を得るものがいる。
竜種が火を吐いたり、亀の魔物の甲羅が異様に丈夫になったりするようなもので、種によってその性質は異なるが、基本的には生き物としてより強くなるのだ。
モグラの魔物の能力が不明なうちは、罠で決着がつくと安易に考えられないゴードンだった。
「組合長、罠はいつ頃出来るんですか?」
クリスが聞くとゴードンは渋面を作った。
「後、2、3日はかかるそうだ。それまでは引き続き偵察を頼むぞ」
◇◆◇◆◇
4日後、美咲とフェルは傭兵組合に呼び出された。
「モグラの魔物、見つかったの?」
「ああ、いや、うん、まあなんだ。一旦捕捉はしたが、逃げられた」
「逃げられたって、どうして?」
フェルの問いに、ゴードンは厚さ5ミリほどの金属の板を見せた。
「罠を破ってだ。これは罠の破片だが、鋭利な刃物で切られたような断面だろ。モグラの魔物がやったんだ」
板には数条の切れ目が入っていた。その断面は磨いたように綺麗だった。
「……ということは、罠の見直しですか?」
「罠を2つ連結する。ひとつ目が壊されて、ふたつ目の罠に入った所に魔法で攻撃をしてもらう」
「私の炎槍じゃ、地面の下の相手には効果ないと思うけど」
「……そうか……なら、ミサキのインフェルノならどうだ? ミサキ、効果はあると思うか?」
ゴードンの問いに、美咲は小首を傾げ、考え込んだ。
「地上にインフェルノが着弾ですから……地面の下で蒸し焼きになるでしょうね。仮に表皮がもったとしても、酸……えーと、息が出来なくなって死ぬと思いますよ……ってことは、罠を仕掛けたら、そこで掛かるのを待つわけですか?」
「ああ。それが最善手のようだからな」
「ミサキ、頑張ってね」
「フェルは他人事だと思って、もう」
「そんなことないよ。一応付き合うつもりだよ。インフェルノで倒し切れなかった時の保険としてね」
遅くなってしまい申し訳ありません。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
気付けば100話になっておりました。これも偏に読んで下さっている皆さんのお陰です。