01.転移から邂逅
本作、伏線があちこちにあります。
読んでいて、これはありえないだろ、と思う箇所があったら、もしかしたら伏線かな、と思って頂けると幸いです。
もちろん作者の見落としとか考えが足りない部分もあると思いますので、そういう部分は感想で質問して頂ければ伏線かどうかに絞った回答をいたします。
※伏線はかなりロングパスなので、数話読んだ程度ては解消しません。。。
「……ぁいたたた」
突然襲ってきたひどい頭痛に、美咲は額を押さえて蹲った。
割れそうな頭痛に眩暈。目の奥がちかちかしている。足の裏も痛い。
(風邪でも引いたのかな?)
そう考え、ふと周囲を見渡して目を疑った。
辺りには沢山の木々が生えていた。
「え、嘘、さっきまで私、部屋に……あれ? なんで森の中?」
高校から帰って、着替えて。その後の記憶がなかった。
帰宅後に家を出た覚えはない。今日学校であった事も覚えている。だけど、頭痛に襲われる直前の記憶は部屋で着替え終わって制服を壁に掛けた所までだった。
自身を見下ろせば、確かに着替えた服装――デニムのパンツに厚手のシャツとニット――である。
しかし、改めて周囲を眺めてみると、やはり見覚えがない森が広がっていた。
昨年、美咲は富士登山をしたのだが、その帰りに少しだけ樹海に足を踏み入れてみた事があった。
この景色は、その時の景色に似ていた。
「……青木ヶ原樹海?」
そして気付く。自分がそんな樹海に靴下1枚で立っているという事に。
「靴下だけで樹海って……」
足の裏が痛かったのはこれかと納得し、ついで状況の悪さに絶望する。
ここが樹海だとしたら、靴下1枚で歩けるような場所ではない。
富士登山をした時の靴が欲しい。と美咲は思った。
するとその手元に、今まさに欲しいと考えた登山靴が現れた。
美咲は自称現実主義者である。科学に詳しいわけではないが論理的な思考を好む。
取り敢えず、思っただけで物が出てくる現実に心当たりはない。
論理的な思考は一つの結論に至った。
「……夢だね」
それはそれとして。
足の裏が痛いのが続くのは不快なので靴下に付いた枯葉や木の枝を払って靴を履いてしまう。
すぐに夕食の買い物に出るつもりだったので、動きやすくそれなりに暖かい恰好をしていたのは不幸中の幸いだった。少なくともスカートで歩けるような場所ではなさそうだ。
そのままだと引っ掛けそうだったので、手首に嵌めていた髪ゴムで髪をポニーテイルにまとめる。
「明晰夢かな。なら……家に帰りたい!」
明晰夢とは、これは夢であると自覚しつつ見る夢である。
夢と理解したうえで見るので、自身の願望を夢の中で形にできる……場合もあるが、今回はむなしく声が響いただけだった。
明晰夢だからと言って常に自在に何でも出来るというわけではないのだ。
(それにしても樹海かぁ)
靴を履き、多少余裕が出てきた美咲は改めて周囲を見回した……どちらを見ても大差のない景色が広がっている。
地面は平坦ではない。でこぼこで苔や落ち葉で埋まっている。
地面を見た限り、まっすぐ歩くのは難しそうだ。
夢なのに難易度高いなぁ。とぼやく。
迷ったときは動かない方が良いというが、ここで立ち尽くしていても助けが来る見込みはない。
(杖が欲しいなぁ……富士登山で使った金剛杖とかでも良いから)
美咲がさっきと同じように欲しい物を念じると、その手の中に長さ1.2mほどの木製の八角形の杖が現れる。
(うん、やっぱり夢だ)
ご丁寧に購入時点と同じく、5合目までの焼き印が押された金剛杖だ。
実物の杖は頂上までの焼き印をコンプリートした筈なのだが、劣化品なのだろうかと首を傾げつつも、手の中の杖の感触を確かめる。強度に不安はなさそうだった。
おもむろに杖を地面に立てて倒れた方向に進む事にする。どうせ夢だし。と。
数歩歩いたところで美咲は立ち止まる。
以前、一緒に富士山に登った幼馴染が言っていた事を思い出したのだ。
樹海では、足元を常に確認する事。
穴に枯れ枝と落ち葉が積もって天然の落とし穴があるかもしれないよ。と。
それと、大きな穴や木を避けながら歩いていると、直進しているつもりで曲がってしまう事もあるとも言っていた。対策についても教えてくれていた。
基点となる2本の木を決める。
両方の木に印を付ける。それが重なるように移動し、また印を付ける。これを繰り返す事である程度だが直進が出来ると幼馴染は言っていた。
ただ、これには問題がある。
これはあくまででも直進するための方法で、樹海を脱出するための方法ではない、という事だ。
横長の樹海の左端に自分がいたとして、まっすぐ右方向に向かって進んでしまえば、脱出までの時間は最大になる。
だからこれは運を天に任せるしかない場合の最後の方法なのだそうだ。
「ま、夢だしそれでも良いか」
(取り敢えず蛍光ピンクのスプレー塗料とか出てこーい)
と念じてみる……来なかった。
(印になれば良いのだから、目立つ色のロープでもいーよー)
これも来ない。
(もしかして呼べなくなったのかな? 金剛杖、出てきてー)
金剛杖を呼んだら2本目が出てきたので金剛杖2号と名付けた。前のが1号らしい。
(この際、色は何でも良いのでスプレー塗料!)
と念じたら赤いスプレー塗料が呼び出されてきた。
ちなみに美咲の記憶にある限り、スプレー塗料など使った事はない。しかし、赤いスプレー塗料は高校の文化祭でお化け屋敷の大道具を作る時に買い出しで買った経験があった。
「出てくる基準って、もしかして私が買った事があるか否か、なのかな?」
太めの木を2本選び、遠くからでも見える様に色を付けていく。
さあ、基点が出来た。
どちらに行くかを決めるのは金剛杖2号の仕事だった。
樹海を歩くのは、美咲の予想以上に面倒だった。
足元は落ち葉でふわふわだったり岩でガチガチだったり、ついでに邪魔な灌木もポツポツ生えている。
身長程の高低差の昇り降りの連続。場合によっては大穴が口を開けていて迂回したり、高低差が連続すると印を付けた木が見えなくなって慌てて戻ったり。
美咲はじっと自分の手を見た。目立った傷はないが、高低差の昇り降りなどでボロボロだった。
「そだ、軍手、出てきて!」
出てきた軍手は、掌に黄色いゴムの滑り止めが付いたものだった。
これもまた、富士登山の際に買った物だと思われる。
軍手をはめて進む。
どれくらい歩いただろうか。
美咲はお腹が減っていた。喉が渇いていた。手も足も痛かった。
そういう夢もあると知っていたから、さほどおかしいとは思っていなかった。
脳が勝手に飢餓感や痛みを作り出しているのだ。
美咲はそう考えていた。
目印の木を作ったところで良い感じの岩を見つけて休憩にする。
岩に座って、ペットボトルの水とおにぎり、ウェットティッシュ、タオルを呼んでみる。
今までは立ったままだったから気付かなかったけど、落ち着いて座って呼んでみると、呼んだ直後、ちょっと疲れるような感覚がある事に気付いた。
どうやら体力を消費して物を呼び出しているようだ。
「さすが私の夢。というべきか、私の夢にしては質量保存の法則どこ行ったというべきか」
美咲の読書傾向はSFと純文学。ファンタジーは教養として指輪を捨てに行くのを読んだ程度だ。
理屈っぽい現実主義者を自称する。それが美咲だ。
おにぎりは美咲が学校近所のコンビニでよく買う、特徴的なパッケージだった。
おにぎりが二つ入ったパッケージで、お弁当を作れないときはこれを買ってお昼にしていた。
ウェットティッシュと水はどこにでもあるパッケージで、どこで買った物かは特定出来なかった。
タオルは濃紺で目の詰まった良い物だった。中学の修学旅行に持って行ったもので、今でもお気に入りの逸品だ。
タオルで汗を拭う。手をウェットティッシュで拭いたらひどく染みた。どうやら細かい怪我をしていたようだ。もう少し早く軍手に思い至れば良かったのだけど、と美咲は肩を竦める。気にしても何も出来ないのでおにぎりを食べる。今度はおにぎりの塩気が傷に染みた。
おにぎり2つを食べたが、結構歩いて来ているためか物足りなさを感じた。何か他に。と考え、アーモンド入りのチョコを呼び出し、パッケージを開けて一粒口に放り込む。
そして気付く。片手にチョコの箱。片手に空のペットボトル。ゴミもある。
(……入れ物が欲しいな。富士登山の時のアタックザック、出てくるかな)
緑のアタックザックが出てきた。
タグとかが付いたままの新品状態だったのでハサミを呼んでみたが呼べなかった。
(なんか切るもの……刃物……えーと、ナイフとか)
と呼んだら果物ナイフが出てきた。
タグを切り取り、空のペットボトル、残ったチョコ、おにぎりの包装をアタックザックに詰め込む。タオルは背負い紐にぶら下げる。
疲れているし、足も痛い。歩かずに済むなら歩きたくない。夢なんだから歩く必要なんかない。
美咲の理性はそう呟いていた。だけどなぜか足を止める事は出来なかった。
2本の杖で足元を確認しながら歩く。時折振り返り、目印を確認する。
横にずれて、2本向こうの目印が見えにくくなっていたら新しく目印の木を作る。
基本はその繰り返し。
応用は、身長程の崖の昇り降り、灌木の回避。たまに一休みして水分補給。
時速にしたら1kmにも満たない。
岩の多い地形になってきた。
岩だらけなのに木は元気に生えているのだから、木々の生命力は大したものだ。
ふいに、美咲の目の前の茂みが音を立てた。
息を潜めてじっと見ていると、兎が出てきた。
……兎、だと思った。
だけど、角が生えていた。
美咲と角兎(仮称)の目があった。
次の瞬間、角兎(仮称)は反転して逃げ出した。文字通りの見事な脱兎だ。
「……うん、落ち着こう……兎は草食。草食だから角があってもおかしくない……角があるのは草食動物なんだ。矛盾はしない……って、そんなわけあるかー!」
思わず叫んでいた。
いや、まあ、世の中広い。
ああいう奇形種がいるのを美咲が知らないだけという可能性もなくはない。
だけど、奇形種にしては動きが綺麗すぎた。
あれは角があるのが前提の動きだった。角を引っ掛けないように首を捻りながら上手にターンしていた。
再び茂みが音を立てる。
また来たのであれば、今度は捕獲して観察したい。
だが茂みから顔を出したのは美咲を捕食する気満々の白い大きな犬だった。
お陰様で、第6回ネット小説大賞の期間中受賞を頂きました。
いつも読んで下さっている皆様のお陰です。この場を借りてお礼申し上げます。
モーニングスターブックス様から刊行して頂けるそうです。