EP04ー10 ブルターニュ
「わぁぁ! どれもいいです!」
アクセサリーを買いたいということで、大園さんと来た時に数軒回ったアクセサリーショップのうちの一店に案内をしてから少し経った。
子供のようなテンションで店内を見て回るカナン・グレッガーマン大佐を、壁にもたれかかりながら遠巻きに見ている。
「本当にうちの隊長がすみません」
「いえ……。あの、どうしてカナン大佐とフィリオ補佐官は長期滞在をすることになったんでしょうか? 言えないもであればかまいませんが……」
「大佐や補佐官といった肩書きをいちいちつけるののは面倒でしょう。つけなくて構いませんよ。ーー大した理由ではありませんが、半分は隊長のわがままです。あなたに会いたいからニホンに行かせろと上層部に言ったんですよ」
フィリオさんはため息をつき、カナンさんを見る。
「隊長は部下からの信頼も厚く、理想の上官というイメージを持つ者も多い方です。ですがその反面、どうも自分がやりたいと思ったことには全力で取り組むので、今回のようなケースもたまにあるんです。そのたびに巻き込まれる私の苦労は知らずに……」
初めて会ったときは冷静そうな人だと思ったけど、おそらくこっちが本性なんでしょうね……。
聞けば聞くほどフィリオさんの苦労とカナンさんの自由さが伝わってくる。
「ではもう半分は?」
「あなたという強い戦士の確保です。――とはいっても、これは後付けの理由ですが」
「そういえばあなた方の支部に戦力的な余裕がないと言っていましたが、そのためですか?」
「はい。まだ他国どころか、ヨーロッパ連合軍の中でも情報共有が十分にされていませんが、【アニマル】タイプと予想される新型が、私たちの支部の管轄する地域に出現しました」
誰も周りにいないことを確認して、私の耳元で言った。
「新型?」
「はい。そのおかげで支部の戦力の約40%を失ってしまいました。しかも補給をするための道はふさがれ、人員の搬送はできても物資の搬送には時間がかかってしまう状態です。ーーおまけに、私たちブルターニュ地方支部はフランスの中でも1,2を争う【マキナ】襲来地域。一刻も早く戦力の回復をしなければ、フランスは陥落してしまいます」
「……そんな状態なのに、半年もこの国に滞在してもよろしいんですか?」
「よくはありません。ですが、もしかしたら上層部は隊長が邪魔だったのかもしれません。たびたび命令違反を犯し、それでも地方を守ってきた方ですから。規律と面目を重要視する上層部は、戦場での状況判断を最優先する隊長の考えが気に入らなかったんでしょう」
歯を食いしばり、悔しそうな顔でうつむく。
「改めて私からもお願いします。どうか、私たちとともにフランスに来ていただけないでしょうか」
生まれ育ち、少し前まで命がけで守ってきた国を離れ、フランスに行く。
すぐに決めれることではない。
「すみません。すぐには返答できません……」
「そう、ですか。――いえ、そうですよね。焦っていたんだと思います。ですが、頭の片隅にでも私のお話したことを置いておいて下さい」
「――はい」
そこに、ふたつのヘアピンを持ったカナンさんが駆け寄ってきた。
「ねぇアインリットさん! 私にはどっちが似合うと思いますか?」
そういって見せてきたのは、いくつもの水色の五角形が組み合わさったものと、花をおチーフにしたピンク色のもの。
どっちも大きさは人差し指ぐらいあり、どっちも似合うと思う。
「――ピンク、でしょうか。私ならカナンさんにはピンク色のほうが似合うと思います」
「じゃあピンクにします! それと、失礼します」
何をするのかと思えば、もう一つの水色のヘアピンを私の髪に当ててきた。
「ねぇフィリオ、どうかな?」
「ええ、とてもお似合いです」
「だよね! 買ってくる!」
「あ、ちょっと……!」
けど、カナンさんの足は速く、あっという間に反対の壁にあるレジに行ってしまった。
止めようとして手を伸ばしたけど、置く場所がなくなってそっと手を引く。
戻ってきたカナンさんは、紙袋の中からすぐに水色の髪飾りを取り出し、差し出してきた。
「今日の記念に!」
「受け取ってあげてください。隊長、今日アインリットさんとお会いできるのを楽しみにしていましたから」
「フィ、フィリオ! それは言わない約束です!」
「なんのことでしょう。そのような約束、した覚えはありませんね」
「~~~~~!! と、とにかく! 今日の記念にあ、あげます!」
顔を赤らめながら一歩近づいてくると、右手で私の前髪をかき分けて、右耳の少し上につけてくれた。
前髪を止めるなんてこと、何年もやってなかったから少しむず痒い。
けど満足そうに微笑むカナンさんを見ていると、これはこれでいいかなって思った。
近くにあった鏡と向かい合うと、額の右側が見えていてその先に水色の髪飾りがある。
「どう、でしょうか」
自分ではいいとは思うけど、気になって二人に聞いてみる。
振り返ったことで改めて二人が髪を止めた私を見て、カナンさんは嬉しそう近づいてきて、フィリオさんはその場でほほ笑んだ。
「似合ってます! きれいです!」
「ええ、お似合いですよ」
「あ、ありがとうございます。――カナンさん、もう一つに髪留め、少し貸してくれませんか?」
「? いいですよ」
何をするのって言っているような顔で髪飾りを渡してくれた。
受け取った髪飾りを、私がされたと同じように右側の髪をかき上げ、耳の少し上で留めた。
髪の一本一本が細くてなかなかまとまらなかったけど、うまくまとめれたと思う。
「お返しです。お似合いですよ」
「ありがとうです! うれしいです! フィリオ! どうですか?」
「ふふ、アインリットさんも徐々に洗脳されてますね」
「ーーえ?」
「フィリオ!?」
「冗談です」
だんだん二人の関係が分かってきたような気がする……。
それからすぐに店を出た。
○
「おいしい! アインリットさん、これおいしいです!」
「ええ、本当に」
通りにあるカフェ店内、その一角にある丸テーブルを囲むように座っている私は同じように座っている二人がパンケーキを食べている様子を見ながらあたたかいコーヒーを一口飲んだ。
あたたかい店内にあたたかいコーヒー。
油断したら全身から力が抜けそうになる。
カナンさんがが食べているパンケーキは、大園さんとこのエリアに来た時に食べた分厚く甘いパンケーキ。上にクリームやカラメルで作ったであろう飾りがトッピングされている。
フィリオさんはトッピングにリンゴが使われたパンケーキ。
私のはカナンさんと同じもの。――少し甘すぎる気がするけど、これはこれで悪くはない。コーヒーの苦さとこの甘さがちょうどいいから。
「ふわふわしていておいしいですね。それに向こうのものと比べて、私にはこのくらいの甘さがちょうどいいです」
「フランスのものはそこまで甘くなかったんですか?」
「逆です。甘すぎて私の口に合わないんです。といっても、そのような甘さのものを食べれるのは内陸部の比較的平穏な都市ですけどね。海に近い場所では甘いものはあまり食べれませんので」
「ではどんなものがあったんですか?」
「わかりやすいものでいえばガレットですね。場合によっては甘さの控えられたクレープもあります」
「へぇ、どんなトッピングだったんですか?」
「シンプルにチーズです!」
黙々と食べていたカナンさんが、手を上げて言った。
口元についているクリームをフィリオさんがふき取り、何事もなかったかのように説明をしてくれた。
「ガレットは卵や野菜といった朝食に近いトッピングをすることをありますが、私のよく行っていた店ではチーズやアイスをトッピングしたものが有名でした。あとはタルトのようなトッピングをしたものも最近でてきていたと思います」
「フィリオありがとうです」
まるで子供と母親みたいね……。
あるいは姉妹。
けど、相手のことを信頼しているからこそ、そういうことができるんだと思う。
「お二人は本当に仲が良いのですね」
「私とフィリオはえっと……親友! ずっと前から背中を任せてきた親友です!」
「そうですね。私が隊長と戦場を共にするようになってだいたい10年は経ちましたね。――ああ、言い忘れていましたが私たちはアインリットさんと同い年です」
「ーーえ?」
思わず口元にコーヒーカップを持ってきていた手が止まる。
「驚きましたか? 見えないでしょう? 私が18には」
くすくすと笑い、口にパンケーキを運ぶ。
確かに年齢のことは驚いた。けど、私が驚いたのはそっちじゃない。
戦場に立つようになって10年ですって……?
確かにフランスも日本が襲撃を受けた数か月後に【マキナ】の襲撃を受けたけど、その翌年にはもう戦場にいたっていうこと?
あまりに驚いたことが分かってしまったのか、フィリオさんが――
「ああ、10年戦場に立っていたといっても、【マキナ】の襲撃と被害状況は日本ほど激しくありませんでしたし、防衛線に立って観測兵をしていた時期も含まれます。なので、厳密に最前線で【マキナ】を破壊していた期間は8年ぐらいだと思いますよ」
「そうです! でも私たちはもともと少し特殊な部隊にいたので、大活躍していました!」
「特殊な……部隊?」
「――もう過去の事です。特に秘匿するようにとは言われてませんので大丈夫ですが……あまり公になっていないことなので、後程場所を変えてお教えします。ここでは少しまずい話題ですので。それと隊長も少しは場所を考えてください。最悪の場合強制送還することになりますよ?」
「そ、それだけは嫌です!」
「ならおとなしく食べていてください」
「……わかったです」
――完全に立場が逆転してる……。
それはともかく、少し重たくなった場の空気を変えるために話題を変える。
「次はどうしますか? ほかに行きたい場所があれば、可能な限り案内しますよ」
「私は隊長の行きたい場所で構いませんよ」
「んー……。ならゆっくりと通りにある兵器を見たいです!」
「ということは……【パラディン】や【インパクト】の所ですか?」
「そうです!」
「じゃあこの後見に行きましょうか」
「そうですね。ですがその前に、今は難しいことは忘れてパンケーキを味わいましょう」
「フィリオの言う通りです! 食べましょう!」
「隊長、そう言って私のところから取ろうとするのはやめてください」
ぺしっという音ともに、フィリオさんの器にフォークを伸ばしてたカナンさんの手の甲がたたかれる。
一瞬だった。
「――ならもう一つ頼むです!」




