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EP04-06 準備期間

 ナズ・レグルニアからの依頼を受けた日から2日が経った。

 その間は展覧会が開催される場所の確認と街に出る幽霊についての情報収集をした。

 ――といっても幽霊についてはほとんどインターネット上に上がっている情報で、幽霊に関しては信憑性はあまりない。

 だけど、ある程度は幽霊のイメージが固まった。

 一つ目はAWPの戦闘スーツに酷似した衣装を着ていること。

 二つ目は髪の色が白銀で、目撃者の証言だと体系からして女性であること。

 分かったのはこれだけだった。

 

 だけどれだけでも十分。

 これ以上の情報収集は無意味と判断して、私はいま、家の近くにあるスポーツジムに来ていた。

 

 天井近くの鉄棒から鎖で吊されたサンドバックを相手に拳を何度も突き出す。

 黒いノンスリーブシャツとジャージを着て、手にグローブをつけて攻撃を叩き込んでいく。

 冬だけど、立ち込める熱気と身体が厚くなっているせいで汗がでて、シャツが身体に狩りついている。

 それでも私は、周囲の目を気にすることなくサンドバック相手にまわし蹴りを打つ。

 

「はぁ!」


 サンドバックからややにぶい音が鳴り、鎖同士がこすれながら音を立てて揺れる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ぷは」


 休憩を兼ねた水分補給のために、近くの棚に置いておいたスポーツドリンクを体の中に流し込む。 

 口元の水分をタオルで拭い、腕や首元を拭いていくと、私のウォーミングアップを近くで見守っていた、筋肉質でガタイのいい男性が歩み寄ってきた。

 白シャツが張って筋肉の凹凸が浮き出ていて、半ズボンから出るあしのふくらはぎが異常なほど発達している。

 

 「相変わらず華奢な手足から出るとは思えん威力を出すな、お前は」

 「神崎さん。いえ、この程度。相手には通用しませんよ」

 「かもな。だが、大園副隊長と大宮隊長に鍛え上げられたお前は倒せる可能性もあるんじゃないか?」

 「冗談を言わないでくださいよ。いくらあの人たちの部下だったあなたでも勝てないのに、それより下の私に倒せるわけないでしょう」

 「だが俺もおっさんだ。歳を食うごとに体力も反射神経も落ちている。――それよりどうだ?久々に一戦やらないか?」

 

 腕を回し、軽い準備運動をしながら私を見る。

 ――こうなったら嫌といってもやるのよね、この人は。仕方ないか。

 

 「わかりました。それで、ルールはどうしますか?」

 

 一応模擬戦なので、ルールを定めたほうがいいと思って聞いてみる。

 だけど、予想外な答えが返ってきた。


 「どちらかが参ったというまで。要は当時のままだ」

 「当時というと、何でもありの肉弾戦ですか?」

 「もちろん。久々にやるんだ。やすやすと負けてくれるなよ?」

 「っ!!いいでしょう。さっそく上がりましょう」


 少しだけ頭にきて、早く始めるように催促しながら部屋の中央にあるボクシングリングへと上がる。

 相手は元陸上自衛隊で大宮司令の部下だった神崎さん。

 そう簡単に勝てる相手じゃない。

 だけど、勝たないといけない。

 人間相手に勝てないようじゃ、幽霊に肉体があった場合に勝てる可能性なんてあるわけがないから。

 

 両手につけた指先のない薄手のグローブをきつく結びなおし、ジャージのポケットからピンを出して横髪を止める。

 腰を落とし、両手を構えて、向かい合って構える神崎さんを見る。

 

 「準備はいいか?」

 

 真剣さの伝わってくる声で聞かれる。

 

 「はい。いつでも」


 リングの周りを囲むようにジムにいた人たちが集まり、私たちにそれぞれエールを送っている。

 けど、気に食わない言葉が時々聞こえる。

 

 「嬢ちゃん無理するなよー!相手は相手をことごとく戦闘不能にする鬼の神崎だからなぁ!」

 「神崎さんも手加減してあげてくださいよー」

 

 まるで最初から私の負けが確定しているような言い方。

 それが気に食わない。

 だから、早々に模擬戦を始めることにする。


 「始めましょう」

 「おう。元陸上自衛隊中央第二防衛部隊 現神崎スポーツジム 神崎一誠」

 「……未所属、アインリット・ラーチ。……行きます!」


 開始の宣言を発し、一間置いて床を蹴る。

 身を引くして神崎さんに接近する。

 

 最初から真っ向から撃ちあっても勝てるような相手じゃない。

 だからこそ……。


 私は神崎さんが打ち出してきた右ストレートをかわし、側面に回り込んで脇腹にこぶしを打ち込もうと繰り出す。

 だけど神崎さんはあと少しというところで左に飛び、私の攻撃を回避した。

 着地と同時に床を蹴り、神崎さんが接近してくる。

 すさまじい迫力とともに飛んでくる拳を受け流す。

 右手がしびれるような感覚に襲われ、少しだけ歯を食いしばる。

 なら……。

 懐にもぐりこみ、顎めがけてアッパーを繰り出す。

 しかし、胸元にあった神崎さんの左腕が動き、私よりも早く攻撃を仕掛け、溝内に鈍い痛みが走った。

 

 「かはっ……」

 

 胃の中のものが出てきそうな気持ち悪さをこらえ、こぶしから解放されてよろめきながら距離をとる。

 思ってた通り、一撃が重い。

 鼓動に合わせて痛みが広がって、思わずロープにもたれかかる。

 

 「どうした。もっと本気で来ないのか?」

 

 わざとなのか、挑発するように神崎さんが言う。

 少し油断しすぎたことを反省し、痛みが少し和らいだ後にもう一度こぶしを構える。

 

 「少し、遠慮しないで行きます」

 「おう、というか最初からそうしろってんだ」

  

 勝つんじゃなくて、制圧することを目標に神崎さんを見据える。

 そして、これは試合じゃないと自分に言い聞かせる。

 

 「行きます」


 神崎さんとの距離をもう一度詰め、わざと打ち出された拳を回避する。

 そのまま後ろに走り抜け、リングを囲むように張り巡らされたロープに足をかけて、神崎さんにとびかかる。

 狙うは首。

 いくら身体を鍛えようとそこだけはどうしても鍛えるのは難しい。

 大柄な神崎さんにとって、そこが数少ない弱点でもある。

 だからこそ、そこを集中的に狙うプランに変更した。

 

 からだをひねらせ、右足からまわし蹴りを繰り出す。

 

 「あまい!」

 

 神崎さんはすぐに振り返って私の攻撃を、腕を盾にして受け止めるとすぐに反撃してきた。

 繰り出された拳を両腕を盾にして防ぐが、尋常じゃない痛みが両腕を襲い、衝撃でロープに背中をぶつける。

 背中に食い込むような痛みにこらえる。

 けどロープは私がぶつかった衝撃でわずかに弧を描いて、パチンコの要領で私を神崎さんに向けて撃ち放った。

 前のめりになりながら接近する。

 飛んできた拳を済んでのところで進路を変えて避け、そのまま神崎さんの顔に撃ち込む。

 手ごたえを感じつつ、背中をそらせる神崎さんから距離をとる。

 だけど、それだけだった。

 

 「今のは……効いたぞ」

 

 嬉しそうに笑い、口元をぬぐい取る。

 ――やっぱり体格差は決定的ね……。

 頭一つどころか、二つ分くらい大きい神崎さんを拳で殴り飛ばせるわけがない。

 やっぱり首を狙うしかないか……。 

 神崎さんとの距離をつめ、体をひねりながら床を蹴る。

 身体と床を平行にして、神崎さんの首元めがけてまわし蹴りを打つ。

 だけどしゃがんでかわされ、がら空きになった身体にこぶしが撃たれる。

 けど、予想済み。

 拳を受け流し、その衝撃を利用して距離をとって着地する。

 

 「おーおー、アクロバティックなこと」

 「予想外な攻撃でないと倒せないと判断しましたから。でも予定変更です」

 「へぇ、なら真っ向からの殴り合いでもするか?いいぜ、こいよ」 

 

 手をくいくいと動かして挑発してくる。

 私はあえて挑発に乗り、神崎さんとの単純な打ち合いを開始する」

 私の攻撃をかわし、受け止め、カウンターをしてくる。

 だけど私も、かわし、受け流し、カウンターを仕掛ける。

 

 撃ち合うたびに心の底から湧き上がるような熱さを感じながら攻防を繰り返す。

 だけど、試合を開始してから10分経っても、お互いのスタミナは続き、試合は終わらない。

 全身に受けた神崎さんの攻撃に鈍い痛みが広がる。

 髪もすっかり汗で濡れて首とかほほに張り付いてる。

 

 「――っく!!」


 とっさにガードし、一度距離をとる。

 息が乱れて呼吸し辛い。

 何回も攻防をしているせいで腕がしびれ始めた。

 それでも私は、紙一重の攻防から逃げない。

 まわし蹴りを撃ち、拳を受け流す。

 カウンター攻撃を顔に撃ち、私も顔に拳を受ける。

 口の中につばを飲み込み、相手の腹部に拳を打ち込む。

 けど、鉄板のように硬い腹筋に阻まれて、おそらくダメージは与えたものの、私自身の手へのダメージもあったようで少し痛む。

 

 「……見事だ。ずいぶん強くなったな。――が、まだまだだ」

 

 上から聞こえた声に気を取られ、気が付いた時にはロープにぶつかって座り込んでいた。 

 お腹に尋常じゃない痛みが走る。

 胃から何かが込み上げてきそうな感覚に襲われ、ぼやけ始めた視界の中で、拳を突き出した状態の神崎さんを見る。


 肩を上下させながら、背後のロープにもたれかかった。

 もう少し……だったか……。

 結局持久戦にまで持って行ったけど勝てなかった。

 私は暗くなる視界の中で、降参の旨を伝えようとした。

 けど、それもかなわず、私の意識は途絶えた。

 

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