EP04-03 記録Ⅱ
『……どういう意味でしょうか?』
RONAは声のトーンを一段階低くして言った。
俺だっていきなりそう言われれば同じ反応をすると思う。
「あくまで可能性の話だ。敵ということを確定できないし否定もできない。だからリーダーの提案は少し見送ったほうがいいかもしれん」
『――何か、アインリットさんに特定の現象が現れていたということですね』
「ああ」
少し間が空く。
その間にRONAがどういうことを考えたのかはわからない。
だけど複雑な気持ちになっているのは間違いないだろうな……。
『一度、いまからマスターに報告します。今後のことはその返答次第になります。それまでアインリットさんを引き留めていただけますか?』
「了解。おれももう少し話したいことがあるからその点は大丈夫だ。――じゃあ切るぞ?」
『はい。ではまた後程』
RONAとの通信を終了させ、ため息をついてから部屋にもどった。
――◇――
「お待たせ。悪いな待ってもらって」
「構わないわ。それで彼は?」
「いまは会議中だと。そのうち連絡が来ると思う」
「そう」
さっきまで違って、レグは何かを警戒するように目を動かしている。
何に対してなのかはわからないけど、とにかく今はレグはここに私を呼んだ理由が知りたい。
私は両手をテーブルの上に置いて、レグの眼を見ながら言う。
「それで?知りたいことは知れたかしら?そうであるのなら本題に入ってほしいのだけど」
「まだ、確認はできてない。だから質問攻めみたいになるけどいいか?」
「まだ何か?」
「ああ。ラーチさんはさっき俺が橋から落ちた少し後とは言ってたけど、それ以前に似たような現象はなかった?例えば、気が付いたら知らない場所にいたとか、知らない場所に傷ができてたとか」
「ないわ。訓練で知らに場所に傷ができてた事はあるけど、全く記憶にない間に傷ができてたなんてことは一度もないわ」
「じゃあ、ラーチさんはいままでで身体の変化とかあった?勝手に髪の色が変わったとか、目は……同じって言ってたな。とにかくどんなことでも」
「ないわ」
即答する。
「そうか」
どうしてレグがこんなことを聞くんだろう。
それぐらいもう一人の私のことが気になるならわかるけど、そもそもそんなことに注目する理由がないはず。
最近もう一人の私と話せていない……というかどうやったら話せるのかわからない。
だけど、それでも私は私だし、私自身に何の変化もない。
――じゃあレグは何を知りたいんだろう。
「ねぇ、何を知りたいわけ?」
「いまはまだ言えない」
「またそれ。一か月前もそういって詳しいことは教えてくれなかったじゃない」
「それは……」
レグは黙りこんで目をそらす。
言う気はない……ということみたいね。
私は目を閉じ、立ち上がって背を向ける。
それから扉に向けて歩き出す。
「どこに行くんだ?」
振り返るとレグは立ち上がっていた。
「帰るわ。これ以上ここにいてもたぶん、あなたが知りたい事は知れないし、私が知りたいことも知れない。ならこれ以上ここにいる意味はないと思うけど?」
「確かにそうだが……」
「どうしてそこまで私を引き留めようとするの?ナズ・レグルニアも来れない、話もそもそも本題にすら入らない。それなのに私を引き留めるのはなぜ?」
「……言えない」
絞りだすような声で、うつむきながら言った。
私はそれ以上は何も言わずに部屋を出た。
扉が締まる直前で、レグが何かを言っていたけど無視して、私は通路を歩いて出口へ向かった。
腹が立った。
とても腹が立った。
態度とか話し方とか、そういうことじゃない。
本題にすら入らず、それどころか何かを探るような状況に腹が立った。
理由も言えず、なにも私に教えず。
それであいつが知りたいことを教えることなんてできない。
だから私はあいつの言葉を無視して帰ることにした。
だけど、あいつは追いかけてきた。
「待ってくれ!まだ話は終わってない!」
入るときに使った扉の前に着いたと同時に、歩いてきた通路からあいつが追いかけてきた。
「なら、あなたは私に何を教えてくれるわけ?私を守っていた理由も言えず、今日何のために呼び出したのかすら教えてくれない。それなのに?」
「ご、護衛については本当に言えないんだ。今日のことは……急に事情が変わったんだよ」
「事情?」
「詳しくは言えないけど……」
「残念だけど、私からは何も教えてあげれないわ。私の中にもう一人の私がいる。それしか言えないから」
「ほかになにかあるだろ?」
「ないわよ。私は知らない。もういいでしょう?帰るわ」
「だから!!」
私の肩を強くつかんで、出ていこうとする私を引き寄せようとする。
さすがに完全に頭に来た。
だから強く引いてきたと同時に身体をひねらせて振りほどく。
それから動揺するレグに向かって思いっきりタックルをした。
飛ばされて壁にぶつかり、うめきながら座り込む。
その隙に外にでて、フェンスゲートへと向かう。
だけど歩く先に緑色の小さな光弾が飛んでいき、着弾点のアスファルトが少し溶けていた。
立ち止まって振り向けば、お腹を押さえ、壁にもたれながら光子銃を私に向けているレグがいた。
「なんのつもり?」
「だから、待てって……」
「その銃は脅しのつもり?これ以上動くと今度は足を撃つって言うつもりかしら?」
「おおむねあってる。それがいやなら部屋にもどってくれ。頼む」
「そう。どうしてそこまで執着するのかしら?まぁどうせ言えないとかいうんでしょうけど」
「いつかすべてを話す。だから今は……」
「ちなみにいうけど、あなたが私を撃てば規則違反になるわよ」
「知ってるさ。だけどいまはそんなことどうでもいい。とにかく戻ってくれ」
薄暗い訓練場で立つ私に銃口を向けながら言う。
痛みをこらえているレグが通路の明かりに照らされている。
いつかすべてを話す。
あの時もそういって教えてくれなかった。
このまま言うことを聞いて戻れば話してくれる……わけないか。
「ならいま、ここで本題が何かを話してくれないかしら」
「リーダーが、ナズ・レグルニアが戻るまで待ってくれ……」
「それまではなに?もう一人の私のことでもうっとうしいほど聞くわけ?殺気も言ったじゃない。あれ以上のことは私にもわからないって」
「わかってる。けど、知りたいんだ……」
「すべて話したと思うけど?あの時も含めて。これ以上何を知りたいわけ?」
「それは……」
「また。もういいわ。帰る。話すことなんてもうないわ」
向き直って歩き出そうとした瞬間。
再び、今度は右肩の上あたりを通って先のアスファルトに着弾した。
そして、後ろで「次はあてる」という声が聞こえる。
殺気のこもった声が聞こえた。
背後からさっきを感じる。
レグは本気だ。
これ以上先に進めばあいつはあててくる。
部屋に戻る?――進め。
撃たれると分かっていて進むのは単なる自殺行為ね……。
――なら簡単だ。
心に響くような声が聞こえ、私にささやきかけてくる。
誰なのか、この声の持ち主がいったい誰なのかは……不思議なことに考えずとも分かった。
――あいつを倒せ。なんならわたしがやろうか?
あの時以降全く反応のなかったもう一人の私だ。
それが分かったと思ったら、なんだかレグに対しての怒りが増したような気がする。
思いっきり殴りたい。
今の私が思っていることをぶつけてやりたい。
やり方はすぐに浮かんだ。
後はそれを実行するだけ。
「……そうね。そうしましょうか」
「ラーチさん?」
レグにも聞こえたのか、私の名前を呼んできた。
振り返り、一歩一歩歩みを進めてレグに近づく。
暗い場所から、明かりのもとにいるレグに近づくにつれて私の顔が照らされていく。
戦意のこもった顔が、拳が照らされていく。
「ラーチ……さん? 戻ってくれるんだよな……?」
――違うわ。
扉に向けて伸びる数段の階段を上がり、レグに近づいてく。
やがて私たちは向き合い、私はレグをにらみつける。
「これ以上私の邪魔をするというのなら、私は正当防衛として、あなたを無力化してから帰るわ。それでもその銃を向ける?」
「そこまで……。本気なんだな……」
「ええ」
――なぜ攻撃をしねーんだ?
なにがなんでも私をここにとどまらせたいなら、これでも私に銃口を向けるはずよ。
だから、もしそうしたのなら正当防衛としてねじ伏せる。
――回りくどいやり方をするな。私だったら有無を言わせずぶん殴るぞ?
不思議ともう一人の私との会話が成立するなか、レグは目を閉じ、銃口を降ろして腰のホルスターにしまった。
「わかった。今日は来てくれてありがとな……。近いうちにリーダーから連絡がいくはずだから。後のことはリーダーに聞いてくれ。じゃあまた、今度どっかに遊びに行こうぜ」
それだけ言って、レグは来た道を戻り始めた。
私はレグが曲がり角を曲がって見えなくなってから輸送艦を出て、駅へと向かった。
だんだんと輸送艦から離れるにつれて怒りが薄れていき、どうでもよくなってくる。
そして目の前にある駅のホームに着いた時には、もはやレグとの言い合いは完全にどうでもよくなっていた。
――◇――
大宮たちとの会議を終え、RONAに事情を聞かされた俺は輸送艦に戻った。
教えられた部屋に行くと、そこにはすでにアインリット・ラーチの姿はなく、格納庫の見えるガラス張りの前に立つレグだけがいた。
「レグ、アインリット・ラーチはどうした?」
「……帰ったよ。俺の責任だ」
「どういうことだ?」
それから俺はレグの横に立って事の経緯を聞いた。
「――ということだ。すまん。俺の責任だ」
「気にするな……とは言えないが、俺にも非はある。あの映像を見たときに気が付くべきだったな」
完全に失念していた。
眼も髪を変化がなかったから気が付かなかったが、そういう可能性もあった。
だが話を聞く限りでは可能性は低い気がするのは俺だけか……?
「お前はどう思う?」
「俺はラーチさんが敵っていう可能性は考えたくない。もし彼女が敵になったら相当厄介だ。【AWP】の訓練課程に対人戦があまりないのは知ってるよな?」
「ああ。理由もな」
「なら話が早い。たまに模擬戦があるんだけどよ。ラーチさんはほぼ負けなしなんだ。そんな彼女が敵になって、機体に乗る前のおれ達に攻撃してきたらそれまで。そう言ってもいいぐらいだ」
「そうか。だが、今すぐに判断できることでもない。勧誘の件はひとまず見送る。だが今のあいつは非常に欲しい人材だ。明日、俺が連絡しよう。お前は来月の行事まで通常通り、【AWP】の生徒として動いてくれ」
「悪いな。。――それはそうと、ラーチさんに何をしてもらうんだ?」
「最近こんなうわさを聞かないか?民間都市のほうで幽霊がでるってやつを」
あれは偶然【AWP】の建物の廊下を歩いているときに、そこの生徒が離しているのを聞いて知ったこと。
それが気になって調べてみたら非常に興味深いものだった。
――まぁはたから見れば変な奴だと思われるわな。
現に目の前にいるこいつもかなり怪しい奴を見る目で俺を見ているし。
「それってあれだろ?一か月前の作戦の少し後から言われてる、特に何の被害もない幽霊のことだろ?なんでお前がそんなこと気にするんだ?」
「なんだお前、詳しいことを知らんのか?」
「あ?ああ」
「ならいま見てみろ。適当に探せば細かいことまで書かれたものが見つかるはずだ」
「まぁそういうことなら。いったいどういうことなんだよ……」
いぶかしげな顔のまま端末を操作し始める。
その間、俺は特に何かをするでもなく、ただひたすらガラス越しに見える2機を見ていた。
「なぁリーダー、これやばくねぇか?」
細かいことまで書かれた記事を見たのか、引きつった顔で俺を見る。
まぁその反応は無理もないか。
「あくまで可能性の話だがな。放置もできん」
「たしかに……な。この件について、何か俺にできることはあるか?」
「しいて言うなら、ある場所の調査をしてほしい」
俺は内ポケットからメモリーカードを取り出し、レグに渡す。
「その中に詳しいことが書いてある。通常の機器では開けないようにロックがかけてあるが、【アルマテル】なら可能だ。移動には機体を使え」
「いいのかよ、動かして」
「そのための許可も先ほどとってきた。だから心配するな」
「……わかった。できるだけ早く結果を出すようにする。だから……ラーチさんは魔焦るぞ」
「ああ」
「じゃあさっそく行ってくるわ」
レグはおれから受け取ったカードをズボンのポケットに突っ込む、足早に部屋を出ていった。
一人になり、俺は再び格納庫内にある機体。特に【サルファガム】に注目した。
各所の装甲が外され、内部フレームがむき出しの状態。
ここ数か月であの機体が限界に近くなってきている。
だからこそここに来てからは慎重に改修してきていたが……。
「やはり、どう考えてもあと1、2回が限界か」
愛機の寿命が近いことを改めて確信し、俺は部屋を後にした。




