EP04-02 記録
【民間都市ナゴヤ 東部 原初のエリア:中央通り】
16:00
大園さんに誘われて原初のエリアに来た私は、買い物に付き合いながら昔話をしていたら、いつの間にか夕方になっていた。
「もうこんな時間か。アイン、この後どっかで夜ごはん食べていかない?」
黒いコートに白いズボンとシャツ、それから変装用のサングラスをかけた裕美さんが、隣を歩く私を見ていった。
両手にある紙袋は裕美さんのものじゃなく、裕美さんが私に向けて買ったもの。
確かに私はこれからあの制服は着れないけど、なにも今このタイミングで買うものでもないと思う。
そう言っても聞いてもらえず、その結果があの紙袋。
まぁそれはあきらめたからいいけど……。
「すみません。これから少し待ち合わせがあるので、一度帰ろうかと思います」
「待ち合わせ?もしかして彼氏?」
「違います」
即答した。
けど、それ以上は言えない。
本来は今の私が接触できない相手だから……。
もしもだれかを聞かれたら答えようがない。
けど幸い、裕美さんはそれ以上深くは聞いて来なかった。
まるで安心したかのような表情で両手の紙袋をアスファルトの上に置くと、コートの内ポケットから一枚の紙とカードキーを取り出して差し出してきた。
「もし一人でいるのがさみしくなったらいつでもいらっしゃい。その紙に今の私の家の住所が書いてあるから」
「あ、ありがとうございます……」
二つを受け取り、紙に書かれた住所を確認。
それらを腰につけているポーチ、その中のカードケースにしまった。
「じゃ、私はこの荷物持って帰るから、近いうちに取りに来なよ?その時は歓迎するから」
「いえ、自分で持って帰りますよ」
「じゃぁまた、これから頑張って!」
私の言葉を最後まで聞かないで、裕美さんは足早に駅に向かって歩いて行った。
追いかけても絶対逃げられる。
だから私は追いかけず、裕美さんの言った通り近いうちに取りに行くことにして集合場所へ向かった。
それは原初のエリアからさらに東に行った先にある【AWP】の前にあるモノレールの駅の改札前。
もう二度と来ない、降りないと思っていた場所の前で、私はレグと待ち合わせをしていた。
あたりはすっかり暗くなって、完全に冷え切った風が身体から体温を奪っていく。
両手をパーカーのポケットに突っ込んで、柱にもたれかかって彼が来るのを待つ。
念のため私が来たことがばれないようにフードを目深くかぶって、右手を出してスマートフォンでニュースサイトを開く。
最近の話題といえば民間都市のほうでうわさされている亡霊と、サルファガム関係のことぐらい。
いままでは組織内だけに知らされていた機体のことが、ついに一般向けにも公開されたらしい。
公開されたのは【サルファガム】と【アルマテル】の画像。
それからサルファガムの戦闘映像だけ。
ナズ・レグルニアやレグのことは一切発表されていない。
そしてついさっき、12月20日に、数年に一回開かれる兵器、武器、研究成果を一般向け、各国向けに公開するイベント、【ブバルディア兵武装展覧会】が発表されたことが書いてあった。
そしてそれには2機とも実機を公開することが追記されている。
「この日は家にずっといたほうが楽そうね……」
おそらく、例年通りならほぼすべての生徒と正規兵が警備に駆り出される。
当然テロも想定されており、当日はそこら中に警備兵はいるわ荷物検査はあるわでめんどくさいことになる。
それに昨日まで所属していた組織の展覧会に行く意味が全くない。
だから私は家にいることにして、近づく足音に気が付いて立ち上がった。
「遅かったじゃない」
スマートフォンをポーチにしまってフードをとる。
髪がなびいて、耳や首に冷たい風が当たって、改めて寒いことを実感する。
「悪い悪い。突然呼び出てごめんな」
AWPの白基調の制服を着たレグが目の前に立つ。
「それで、いきなり呼び出して何の用?」
「ちょっと、話したいことがあってな。まぁとりあえずついてきてくれ」
レグについていった先は【AWP】の敷地からモノレールを挟んで反対側の第3訓練場だった。
私自身は使ったことはないけれど、このどこまでも続いていそうな広大な訓練場では【インパクト】の演習が行われたはず。
だけど今はあの輸送艦が鎮座している。
多分昨日の夜とかに第一区訓練場から移動したんだろう。
でもなんで……。
検問所はなく、訓練場の敷地に沿って張られたフェンス、その一角にある扉をくぐって中に入る。
そして輸送艦の前につくと、レグが行く手を阻むように前に立った。
「なに?」
「約束してくれ。ここから先のことは他言無用だ」
「どうしていまさらそんなことを再確認するわけ?いままであなたたちのことを、誰かに言ったことはないんだけど?」
「それでもだ。頼む」
「……。わかったわよ。なんなら今度誓約書にでもサインしましょうか?」
「いや、いい」
「どうして?あったほうがいいんじゃないの?」
「ラーチさんの言葉は信用できるからな。口約束だけで十分だ」
目を見開いてレグを見る。
まさか、そこまで信用されていたとは思わなかった……。
薄暗い艦内の狭い通路をふぃたり分の足音を響かせて歩いていく。
空調か動力音か、とにかく少しだけ重め、リズムが一定の音がどこからともなく聞こえてくる。
外よりは温かいけれど、それでも夜の寒さは堪えるものがある。
そしてレグは通路の途中にある扉の前で立ち止まると、扉を開けて中に入り、私もそこに足を踏み入れる。
照明がつき、薄暗くてよくわからなかった室内が鮮明に現れる。
やや広めの部屋。
右の壁にそってベンチのようなものが設置されていて、左には全面ガラス張り。
その向こうには灰色に近い色の武骨な壁があり、その下には何か巨大なものが置いてある。
戻って部屋の中央には円形のテーブルとイス二つ。
そして奥の壁には半分以上占める巨大なモニターがはめ込まれている。
初めて見るその部屋。
レグは背面にある壁の収納から紙のはさまれた薄いファイルを取りだすと、中央の円形テーブル。その奥側の椅子に座って私を見た。
それとなく向かい側に座ったほうがいいと思った私は素直に座り、さっそくレグに聞いた。
「それで?ここで何をするわけ?」
正直全く予想できない。
ここに来る前に他言無用とは言ってたけど、何をするのかはわからない。
脅迫?――ならここに入った時点で攻撃してもおかしくはないか……。
いや、そうなら艦の前で私のことを信用しているなんて言うはずがないか。
ならもっと別のこと?
……心当たりはいくつかある。
【アルマテル】のパイロットであることについて?
それともナズ・レグルニアについて?
なら一か月後に話す必要なんてない気がする。
一週間後でもよかったはず……。
じゃあなに?
私は何のためにここにいるの?
レグは目を閉じて深い深呼吸をすると、制服のポケットから下に透明な長方形のパーツのついた端末を取り出し、立ち上がってモニタに歩み寄って言った。
「とりあえず、確認のためにもこの映像を見てほしい」
端末を操作して、モニターに何処かの映像を映し出した。
暗く、わずかに揺れていてわかりにくいけど、画面の下のほうで何かが飛んでフラッシュが起きている。
カメラが移動したのか、その戦闘が中央に行き拡大される。
悪環境な中でも鮮明に映し出されたもの。
それは間違いなく私だった。
無表情で【インパクト】と【118】を使って【ヒューマン】と【アニマル】とたたかっている。
しかも一人で。
大型ナイフに持ち替え、【マキナ】を切っていく。
やがてその映像は、私が建物に【マキナ】ごと激突したところで終わった。
再びモニターが先ほどの映像の最初を表示し、レグは再生位置を操作して無表情で戦う私のところでとめた。
「これはラーチさんで間違いないんだよな?」
「え、ええ。確かに……確かに私だわ」
全く記憶にないけど、間違いなく私だ。
「でもこの映像がどうしたというの?」
「正直、俺はここに移っている絵ラーチさんは最初別人かと思った。けど、今言われたので確信した。本人だってね。――っじゃ次はこの映像を見てくれ」
画面が再び代わり、今度は殺気よりもカメラの位置は低く、戦う場所もさっきより開けた場所になっている。
けどその場所は見覚えがある。
最初の数秒だけ映った倒れた観覧車と崩れた橋。
あの時、Aチームがかり拠点として使った廃墟の近くだ。
そしてその映像にも、【インパクト】に乗った私が映っていた。
そしてその映像が終わると、レグが机に戻ってきて座り、聞いてきた。
「今の映像のラーチさんは、俺と再会する少し前の戦闘のもの、そして最初のものは俺が橋から落ちて死んだと見せかけた後の映像。ラーチさん。どうして全く戦闘スタイルが違うんだい?」
「……」
いうべきなの?最初の映像の時の記憶がないことを。
……あいつのことを。
「ラーチさん?」
けど言ってどうにかなる問題なの?これは。
この一か月、あいつは私に一度も接触してこなかった。
どうやってもあいつは答えてくれないし、なにより証明する方法がない。
「どうしてそんなこと知りたいわけ?まさかそれの確認のためだけに呼び出したわけじゃないでしょうね?」
「本題はこの確認ができてから。これは重要なことなんだ。答えてくれ」
「……正直、説明しても理解できないと思う。私自身も分かっていないから。それでもいい?」
「あ、ああ。頼む」
ため息をついて、立ち上がって説明し始める。
「最初の映像の戦闘。あれは全く記憶がないの。どこかもわからないし、私がいったい誰の【インパクト】を使ったのかもわからない。だから私からすればあの戦闘のことは初めて知ったの。だから後の戦闘との違いなんて説明できないわ」
「――そっか」
「まだ終わりじゃないわ。最初に言うわ。多分私の中にはもう一人の私がいる」
それを聞いた瞬間、レグは立ち上がり、身を乗り出して私の眼をまじまじと見始めた。
「な、なに?」
「ラーチさんってさ、もともと目の色って青?」
「たぶんそうだけど……それがどうしたの?」
「……。いや、続けてくれ」
もう一度座って、私の言葉に耳を傾けた。
「どうしてもう一人の私が生まれたのかはわからないけど、多分あなたが橋から落ちた少し後に生まれたんだと思う。そのあとの記憶がないし、次に私が覚えているのはボロボロになって木にもたれかかっていたということ。そのあとは新塚さんと一緒にいたわ」
「そう……か。そのあと何か変わったことは?」
「特にないわ。もう一人の私がどうなったのかはわからないけど、今の私自身は今まで通りよ」
最後の言葉まで聞いたレグは背もたれに勢いよく身を預け、額に手を当てて天井を見始めた。
時間にしてたぶん1分。
その間お互いに言葉をはすることはなく、それから沈黙を破ったのはレグだった。
立ち上がり、少し低めの声で言う。
「……ナズを呼んでいいか?」
「ナズ・レグルニア?構わないけど……どうかした?」
「いや、何でもない。廊下で電話するからちょっとここで待っていてくれ」
レグは私の返事を待つことなく、足早に部屋を出ていった。
◇――◇
俺はラーチさんに一言言って廊下に出た。
いや、今の彼女が本当にラーチさんかも怪しい。
彼女も俺たちも、かなり危うい状態にあることは確か。
だから俺はリーダーに連絡をし、この場に呼ぶことにした。
「RONA、聞こえるか?」
『はい、なんでしょうか?』
端末を操作して、通話相手をあえてRONAにする。
「リーダーは?」
『今はAWPの指令と会議中です。何かありましたか?』
「ちょっとな。いや、場合によっては最悪の状況かな……」
『というと?』
俺は息を吸って、覚悟を決めていった。
「アインリット・ラーチ。もしかしたら彼女は俺たちの敵かもしれない」




