EP04S-01 処罰
大規模な破壊作戦だった【The Hunting strategy】から一か月経った。
あの後も2,3回【マキナ】の襲撃があったけど、現存の戦力だけでどうにかなった。
だけど私はその作戦には参加できなかった。
理由は単純。
形はどうあれ、あの作戦で私は度重なる規律違反と命令違反をした。
その結果正式な処罰が下されるまでの間、出撃禁止を言い渡されていた。
だからこの一か月は訓練にも参加せず、ひたすら授業に没頭していた。
そして今日、11月25日。
処罰が決まったということで【AWP】の本棟最上階にある司令事務室にやってきた。
「アインリット・ラーチ。到着しました」
「ああ、待っていた」
低く、冷たい声が物の少ない室内に反響する。
置いてあるのは司令のシンプルなデザインの灰色の机と椅子。左右の壁にひとつずつの棚。それだけ。
椅子に座って見つめてくる大宮指令は私に敬礼を解かせ、机の上に置いてあった3,4枚の紙を持ってめくり始めた。
「今日ここに呼ばれている理由はわかっているかね?」
「はい。一か月前の違反に対する処罰。それを聞きにまいりました」
「わかっているならいい。これよりアインリット・ラーチの処罰を言い渡す」
少し間を開けて、悲しそうね目で私を見ながら言い放った。
「本日付けで【AWP】機関からの無期限除名。これが今回の措置だ」
予想していた通り除名になった私は【AWP】の敷地を後にして帰宅した。
カーテンを閉めたうすぐらい部屋。
カバンを落とし、制服の上着を脱ぎ捨ててベットに倒れ込む。
――なに……しようかな。
特に趣味もない。
好きなこともない。
この11年。ひたすら訓練と戦闘に没頭していたせいで、それをとられた今、何もやることがないしやる気にもならない。
「そういえば……小さいときは大宮さんや大園さんにあれこれ薦められたっけ」
女の子向けのアニメだったり、児童本だったり。
今思えばどうして私は興味を示さなかったんだろう……。
うまく思い出せないけど、聞く耳すら持たなかったんだっけ……。
曖昧になりつつある幼少期の記憶を探りつつ横を向く。
いろんな教材と筆記具しか置いてない机。
その先にある窓からはすでに暗くなり始めた空が見える。
――もうこんな時間かぁ。夜ごはんの準備とか返却する荷物の整理とかしないとなぁ……。
いざ行動しようと起き上がろうとするけど、なぜか力が入らない。
それどころかどんどん眠くなっていく……。
疲れた……のかな。
とりあえず一休みしてから……夜ごはんのこととか考えよ……。
◇――◇
同刻
【AWP敷地内 第一訓練場 輸送艦内】
俺は技師のニアと、先行者としてアインリット・ラーチの護衛をした大宮レグとともに格納庫に隣接する操縦室に集まっていた。
「それで?リーダー、見せたいものってなんだよ」
集まって早々、ホットコーヒーの入った耐熱コップ片手に大宮レグが聞いてきた。
「ああ、遅くなってすまないが、まずはこれを見てくれ」
下部に直線の模様の入ったクリアープレートのつけられたデバイスを操作して、前方モニターにある映像を映し、再生する。
それは一か月前の作戦の時、念のためニアに頼んだ小型無人偵察機によって記録された、アインリット・ラーチの戦闘録中の一シーン。
アインリット・ラーチは無表情で銃を持ち、20を超える【マキナ】と戦闘をしている。
ただし、【AWP】の戦士が使う【インパクト】に乗って。
木の生い茂る公園を縦横無尽に飛び、次々と攻撃を仕掛ける。
だが弾はほとんど当たっていない。
――ここまではまだいい。問題はこの後だ。
あいつは銃を投棄して大型のナイフに切り替えた。
より強引な移動をし、加速して【マキナ】を切り付ける。
【マキナ】との距離をつめ、ナイフを振るって破壊していく。
その間も無表情。
それどころか俺には心なしか笑っているようにも見えた。
――まるで別人。
おれはこの映像を見てまずそう思った。
そして、ある可能性を感じて二人にこの映像を見せることにした。
映像が最終フレームに到達し再生が終わる。
――やはり、可能性はある……。
再度思い、映像に集中していた二人に話しかける。
「どうだ?」
「本当にラーチさんか?あれ?」
「そう思うのはわかるが同一人物だ」
「マジかよ……。ラーチさんって近接戦のほうが強いのか……?」
圧倒されたのか理解が追い付かないのかはさておき、大宮レグは壁にもたれかかってため息をつく。
「それは知らん。お前のほうが付き合いは長いのだから知っているかと思ったぞ」
「訓練に近接戦なんてないぜ。人間同士の戦争ならまだ可能性はあったかもだが、【マキナ】の硬さと重さでは近接なんて無意味。やる意味すらない。ロントスはどう思う?」
そういってレグはニアにバトンタッチする。
「どうって……。わかるでしょ?私は戦闘に関してはさっぱりだよ。どうともいえない。だけど同一人物ということを疑ったね。あんまりにも別人すぎる。それで、お前は私たちにこれを見せて、同意でも求めたかったの?」
「そんなわけあるか。本題はこれからだ」
「可能性の話だが、アインリット・ラーチは被験者の可能性がある。あの二面性が決定的な証拠だ」
「だけどよ、その症状が出てないのはどう説明する?いくら特異な俺のケースでも、あそこまできれいなのはそうそうないと思うぜ」
「問題はそこだ。ただ直接聞いても意味がない。そこで、レグ、お前に再びアインリット・ラーチの監視を頼みたい」
「わかった。――と言いたいところだが、あいにくそれは厳しい」
「どうしてだ?」
「アインリット・ラーチは除名処分を受けた。だから俺は常に監視はできないんだ」
「――なるほどな。そのあたりは改めて考えてみよう」
「頼むわ」
仮にアインリット・ラーチが俺の予想した人物だった場合、それはそれでめんどくさいことになる。
できればそうでないことを祈るが……、こればっかりは判断が難しいな。
時間的猶予もそこまでないだろうし、急がねばならないな……。
「ところでニア、サルファガムの具合はどうだ?」
「いきなりなに……?」
「いいからどうなんだ?」
「はっきり言ってあと数回の戦闘が限界かな。それを超えるとお前の身体も、RONAも、あの機体のフレームもいかれ始めるよ」
ニアは歯を食いしばり、顔をしかめた。
そして続けた。
「ついでに報告するけど、【アルマテル】は正常に稼働してたよ。負担も少なく、私たちが目指す形に現状最も近いシリーズになったわけだね」
「やはり、数段スペックダウンをすれば正常に稼働するのか……」
「だが俊敏性を要する戦闘には全く向いてないぜ。乗った感じ完全遠距離特化機体だ、ありゃ」
「俊敏性ねぇ……言っとくけどサルファガムのアップグレードは断らせてもらうよ? 技師としても、仲間としてもね。仲間を殺す機体なんて作りたくないよ」
「その点は心配するな。俺も頼む気はない」
「じゃあ私に何を作らせようとしてるわけ?」
「なに、一から作れとは言わない。こいつを見てくれ」
俺は再びデバイスを操作し、一枚の画像を表示させた。
それはサルファガムよりも武装と装甲が追加され、より鋭利的になった機体だ。
おれは間髪入れずに言う。
「こいつの製造を頼みたい」
「ちょっと!あれを使うわけ?!」
ニアは身を乗り出すかのような勢いで俺に近づき、顔を近づけて聞いてきた。
言わんとしていることが分かる以上、あの反応が普通なんだろうがな。
ニアの肩に手を置き、間をとって続ける。
「俺たちが【ネプチューン】を破壊した以上、あいつらも何かしらの対策は取ってくるはずだ。どのような手を使ってくるにせよこいつは必要になる」
「うちにある中でも一番の問題児を実戦配備するわけ?」
「できるか?」
「はぁ……、多分無理だよ?」
「分かっている。俺も策は考えるがなかなかうまくいかないからな」
「あーもう!わかったよ!修理してから向こうに行って作るよ!それでいい?」
「すまんな。頼む」
「はぁ、少しは休みが欲しいよ……」
最後におれに対する文句と主張を残し、ニアは奥の格納庫に歩いて行った。
あいつにはそのうち休暇を与えるか……。
「それで?俺には監視以外にどんな鬼畜労働をお望みで?」
「――俺を何だと思ってる」
「鬼?」
「ほう?そんなことを言うお前にいい仕事をやるよ」
「うっわ……いやな仕事だ……帰っていい?」
「まあ聞け。さきほどアインリット・ラーチは除名処分を受けたといったが、脱退したということでいいんだな?」
「あ、ああ。違反の連発による処罰でな」
「ちょうどいい。お前にはアインリット・ラーチの勧誘を任せる」
「勧誘……ってうちにか!?冗談だろ!?」
「本気だ。頼んだぞ」
「マジで鬼だ……。オーケー、あとで開示可能な情報を送ってくれ」
大宮レグも最後に文句を残しこの部屋を出ていった。
一人残された俺は前面モニターに映し出されたままも機体情報を見つめる。
俺達の設計した中で最も実用までの道が長いが完成すれば戦力図は大きく変化する機体。
問題は山のようにある。
当分俺たちの出撃がない以上、いまはこの問題の一つでも解消する必要がある。
だが……。
「さすがに3日寝ずに活動するのはしんどいな……。休むか」
無理をするわけにもいかないこの身体。
疲労によって身体は重く感じるし、たまにめまいが起こる。
毎日休まないといかんな……。
モニターの表示を切り、俺も操縦室を後に、艦内にある自室へと歩いて行った。
◇――◇
【民間都市ナゴヤ アインリット・ラーチ宅】
「ん……んん」
いい匂いがする。いい音がする。
――なんで?
なんでかわからないけどカレーの匂いとリズミカルな音に反応して起きた私はゆっくりと眼を開けた。
体を起こして、自分にかけられていた毛布がめくれ上がる。
恰好は寝る前のまま、ジャージ姿。
なのに、どうしてちゃんとベットで寝てたんだろう……。
重い瞼をこすってベットから降りて、そのままの足で廊下にあるキッチンに向かった。
締められた状態のドアノブに手をかけ、ゆっくりと下げて扉を開ける。
より強いカレーの匂いが鼻をくすぐり、想定外の光景が私の視界に飛び込んできた。
「目が覚めたようだな。おはよ……いや、こんばんはか?」
「な!?お、大園……指令!?」
キッチンに立っていたのは、たぶん持参した淡いピンクに猫の刺繍が入ったエプロンをまとって、現在進行形で料理をしている私の養母、大園 裕美さんだった。
短く切りそろえられた黒髪ピンで留められた前髪と鋭い目線が私のほうを向く。
「どうして……ここに?」
「どうしてって、母親がいちゃまずいか?」
――まずいに決まってる……。
「【マルカリア】の最高司令官であるあなたがここにいちゃまずいですよ……」
「なに、敷地を出れば私はただの母親だ。それに、ここに来るために仕事は片付けてきたから問題ない。それより飯にするか?風呂にするか?それとも一戦やるか?」
「なんで最後に模擬戦を入れたんですか?ご飯にします」
大園指令が作ってくれたカレーはトマトベースのもので、少し辛かったけどおいしかった。
片付けぐらいは自分でやり、真っ白なマグカップに入ったコーヒーを両手に持って居間に戻る。
片方をベットに腰かける指令に渡し、もう一つを両手で持ってテーブルの前に座った。
「む……」
不満そうな顔で見つめてくる司令。
「……。あの、なんでしょうか?」
聞いても何も言わず、ただひたすら私を見つめてくる。
よくわからないから、マグカップの淵に口をつけてコーヒーを飲む。
香ばしくて苦い風味が口中に広がる、安心する味。
それに肌寒い今の季節、体の芯から温まる。
……。
「あの……。司令?」
「あー、もう!違う!」
「……は?」
いきなり何かを否定してきた司令は立ち上がり、足早に私の横に来て座った。
そしてカップをテーブルに上に置くと、私の肩をつかんで引き寄せてきた。
「司令……なにを?」
「……だ」
「はい?」
「だから、今の私はお前の母親だ!司令じゃない!!」
なぜか怒られた。
「アイン迎え入れてから早10年。いまだに敬語だし、最近全然スキンシップ取れないし……なぁアイン、私は母親失格なのか……?」
いきなり何を言っているんだろう、この人は……。
一人この世に残された私を引き取って、ここまで育ててくれたことはとても感謝している。
だけど今は都市を守るための3機関のうちの一つ、その最高司令官と、一般人になった私。
敬語は当然だし、なにより母親と呼べるわけがない。
――それとスキンシップはちょっと……。この人見た目の凛々しさとは裏腹に激しいし……。
それともこの人なりに努力しているのだろうか……。
「なぁ、どうなんだ?」
その答えがよほど聞きたいのか、異常なほど顔を近づけてくる。
両手で頬をつかまれ、無理やり目線を合わせられる。
両手を頬から引きはがし、指令の膝の上で押さえつける。
「私にとって指令は、大園さんは命の恩人の一人です。今まで私を育ててくださったことは感謝しています。一人暮らしも、戦場に出ることも叶えてくださり、本当に感謝しています。――ですが、それで私はあなたを母親と呼んでいいのか……」
「――。はは、困ったな。この10年で結構見てきたというのに、まだ知らないことがあったなんて……。いいかい?私は誰にどういわれようと、たとえなくなったアインの両親にどう思われようと、今のアインリット・ラーチの母親だ。守るために鍛え、1か月前に成し遂げた。自慢の娘を持つ母親さ」
「ですが今の私は一般人です。命令、規則に反する行動をとり、除名処分を受けました。そんな私があなたの子であってはならないはずです……」
「――アイン、明日は何か予定あるか?」
「いえ、特には……」
「ならちょうどいい、明日、龍兵の丘に行くぞ」
「え?あの、いきなり何を……?」
「安心しろ。休みなら取った。それにこの一か月でやるべきことは済んでいる。ただ部屋にいるよりはマシとは思わないか?」
断っても引きそうにないことが安易に想像できる機体のまなざしが向けられている。
私も、部屋にこもっているだけはさすがにあれだから……。
「はぁ、わかりました。集合場所と時間はどうしますか?」
「朝9時にそこの駅で」
「わかりました」
「――さて、私はお前の口調やら呼び方やらをとことん直してやろうじゃないか!」
そう言って私の腕を後ろに回して拘束する。
そして、私は心が折れるまでいろいろされた……。




