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EP02-05 機精のRONA

 【マキナ】の出現を通知する警報が鳴り響き、講堂にいた上官や契約済みの生徒が行動を開始。

 その数分後に一人講堂を出た私は、学園の本棟にある更衣室に飛び込んだ。

 そこにはまるで別の世界ではないのかというほどの静寂のある空間があった。

 室内は天井に等間隔で設置された白い光を放つパネル状の照明よって明るく照らされていて、中にある鈍い銀色のロッカーは光を受けてわずかに輝いてる。

 鳴っていた警報は数分前に止まり、元々この施設の壁はすべて防音仕様。

 そのため廊下での騒々しい会話も物音も、後ろにある扉が閉まったと同時にすべてカットされ一気に静寂が室内を支配する。

 

 ちなみにこの更衣室は本棟にある6つの更衣室のうちの一つで女子専用のもの。

 一列の幅が2メートル、奥行5メートルで左右に25個の電子ロック式のロッカーがあるものが計5列あるのがここ【第2更衣室】。

 普段は本棟の裏手にある【第二演習場】を利用する際に使用している場所で、それ以外だとめったに人が来ない場所でもある。

 

 「そろそろ列車が出た頃ね。――なんだかまたあの頃に戻ったみたい」


 私は独り言を言いながらさきほど送られてきたメールによって指定されたナンバーのロッカーを、そのナンバーを表示している白いフレームのデバイスとロッカーを照らし合わせながら室内を歩き始める。


 通常通り、何事もない本来なら最寄りのステーションまで戦闘員を運送するモノレールに乗っていた。

 だけど治療と検査に追われたこの二週間で私の契約は更新されず仮のまま、使い物にならないほどボロボロになった戦闘スーツは新調したけどモノレールには積まなかった。いいえ、積めなかった。


 原因は明白。壊れた頭部デバイスの新調が間に合わなかったかららしい。

 けど仕方ないと思い、私はそれで納得している。

 なにせあの頭部デバイスは個々に合わせた設定がされており、それを新機に再構築するのにそれなりに時間を要するから。


 おまけにあれがないと戦場での状況把握が難しく作戦行動にも支障が出る。

 【マルカリア】の班との契約で使える武器、戦闘用スーツ、そして頭部デバイスの三種類がなければ戦場に行っても無駄死にになってしまう。

 あれらは私たちの生命線に等しいのでしっかりと用意しておきたいのだ。


 

 「確か……あった」


 私はあるナンバーが埋め込み式のモニターに表示されたロッカーの前で立ち止まる。


 【1143R】


 間違いない。

 このロッカーだ。

 

 デバイスをポケットにしまい、ロッカーに付けられたタッチパネルを操作して開錠する。

 すると自動開閉式のロッカーの扉が上下に割れ、中からハンガーに掛かったスーツがラックごとせりだしてきた。


 中にあったのは以前の黒を基調色としたものとは若干デザインが異なり今回のは黄色と黒を基調色としたもので、メタリックイエローだったプロテクターは首回りに新規のプロテクターが追加。そのすべての塗装に新たな黒いラインが加えられているものだった。


 「変わったっていう連絡はなかったはずだけど……」


 特にそんな連絡も受けていない。

 逆に言えばただのデザイン変更でしかない可能性もある。

 

 どちらにしろせめて一言言ってほしかった。


 考え出してもしょうがないので私はさっそく着替えを始めた。

 まずはブレザーのボタンに手を掛け上から順にはずしていく。

 ブレザーを、シャツを、スカートを、タイツを脱ぎ、軽くたたんでラックに備え付けられている台に置く。

 動きやすさだけを重視した黒基調の下着姿になると、室内を過剰に冷やすクーラーの風に身震いをし、スーツを手に取る。

 久々に感じるスーツの感触と重さ。

 それらを味わいながら私は背面にあるジッパーを下ろし、右足を入れる。

 

 「さすがにここまで冷えるって……冷やしすぎでしょ」


 いくらいまが10月で、気温が下がり始めた季節の境目だからってこの気温設定はやりすぎな気がする。

 冷え切ったスーツの冷たさに身震いしながら両足を通し、上半身を包み込むように着るとプロテクターの位置を合わせる。

 全身にスーツの冷たさが浸透していくような感覚に襲われる。

 最後に背面のジッパーを上にあげ、ラックに置かれていたプロテクターと同じ材質のブーツを履き、しっかりと固定して立ち上がる。

 そして真っ黒の手のひらを見ながら、握ったり開いたりして着心地を確かめた。


 「たった二週間なのにもっと長い間着てなかったみたいな感じね」


 ある程度伸縮性があるので関節範囲内の行動であれば気にすることなく行えそうだ。

 問題なく動くことができるであろうと確認するとロッカーを施錠し、足早に更衣室を後にした。

 その際に少しだけクーラーの設定温度を上げておいた。



 ――◇――

 【AWP】北側車庫


 「やっと来たか」とウォーミングアップも兼ねて軽く走ってきた私に、車庫の壁にもたれかかってデバイスをいじっていたナズ・レグルニアが言った。

 「待ったって……あなた本当にその恰好で行くつもり?」

 「そうだが?」

 「あの時のスーツはどうしたのよ」


 今の彼はあの時のスーツを着ておらず、先ほど講堂で別れたときの恰好とほとんど変わっていなかった。

 変わったところというと制服を着崩しているぐらい。

 それ以外は何の変化もない。

 どうみてもこれらか戦いに行くような恰好ではない。

 

 「あの時のスーツなら開発の方に貸した」とナズ・レグルニアはあっさりと答えた。

 「かし……た?」

 「防御性に関しては俺の持っていた方が優秀らしくてな。どうにか複製して安全性を高めたいといっていた。だから貸したんだ」

 「でもあなた自身は無事じゃすまないわよね?」

 「俺の体は少々頑丈でな。ある程度までの衝撃なら問題なく受けられる」

 

 そういう問題じゃないんだけど……。

 驚くことを通り越して呆れた私は、軽くため息をついて「まあいいわ」と言った。


 「それより早く行くわよ」

 「まて」

 「なに?」


 ナズ・レグルニアはおもむろに懐から白いフレームのデバイスを取り出すと、それを差し出してきた。

 

 「ここに来る前に大宮から預かった。現状についてのデータを転送しているらしいから確認してくれ」

 「わかったわ。でもあなたは確認しなくていいの?」

 「あいにく俺は日本語がうまく読めなくてな。読むだけ時間の無駄だ。まぁある程度は読めるが漢字については期待しないでくれ」

 「そう……」

 

 ということは内容を教えてくれととらえていいのよね?

 

 中途半端に分かるよりも全く分からないほうが教えやすかったのに。

 そう思いつつデバイスを受け取った私はそれを右手に持ち、ナズ・レグルニアを先導して【第一演習場】を目指して歩き始めた。



 ――◇――

 本棟北にある車庫から【第一訓練場】までは大した距離はなく、ものの15分程度で到着した。

 【第一訓練場】の広さは確か旧東京のドーム3つ分だったか、それぐらいの広さはあるらしい。

 ここでは主に試作兵器の運用や大型兵器の訓練、集団射撃訓練や基礎訓練といった幅広いことを行い、どんな訓練でも周りに被害が出ないように地面が5メートルほど掘り下げられている。

 いうなれば納豆の容器みたいな形の場所だ。

 そしてその中央に、何台かの運送車両と整備員ともにあの機体【サルファガム】が立っていた。


 それからここまで来る途中に私は彼ナズ・レグルニアから受け取ったデバイスの中に入っている戦況データに目を通した。

 一体何がデバイスの中に入っていたのかということについては次の通り。


 ・確認した敵は【アニマル】【ヒューマン】、そして【ジャイアント】の三種類で、数は【アニマル】が推定50、【ヒューマン】が推定20、【ジャイアント】が3体確認できたらしい。

 ・確認場所はエリアT02(旧豊橋)の西にある港で、【ジャイアト】のみエリアG。

 

 この二つだ。

 それから最後にこうも書いてあった。


 『アインリット・ラーチ仮契約生はナズ・レグルニアを機体に案内後、彼とともにエリアGに向かい、そこで新たに確認した【アニマル】を排除されたし。なお武器と臨時の頭部端末は後ほど5班のものに運送させる。健闘を祈る』


 まさか一人で【アニマル】全機を排除しろということではないと願いたかったが、戦況データを見るに今の状況でエリアT02から送るのでは間に合わない。

 かといってここから送るのにも一セット分しかないモノレールをここまで戻し、兵士と武器を積んでから支援部隊を送るのでは間に合わない。

 ――要は本部は私に時間を稼げといっているようなものだ。

 おまけに5班に運ばせるものがいつ来るかも書かれていない。

 

 「まさか、多対1のバカげた戦いをする羽目になるとは思わなかったわ」

 「なんだ。まさか一人で戦おうとか思ってるんじゃないだろうな?」と私の横を歩く彼が言った。

 「あなたには【ジャイアント】を倒してもらわないと困るわ。それにその間にエリアGを突破されるわけにはいかないからどうあがいても私がやるしかないのよ。一人でね」

 「あの機体があるだろう」

 「あれは対【ジャイアント】専用でしょう?それにあんなもので地表を攻撃されたら交戦する私までお陀仏よ」

 「それは言えるな。だがどうする?」

 「どうにかするわ。場所的に回収できてない前回の戦闘時に使われた武器があるかもしれないし」

 

 もし本当にそんなものが残っていたらどれだけ幸運だろう。

 あの戦闘から二週間が経過したのに残っているとなると、よほど回収の困難な場所にあるとしか考えられない。

 それでもできるものならそれも使いたいものだ。


 「とんでもない女だな」

 

 そういって彼は肩をすくめた。


 「私から見ればあなたのほうがとんでもないわよ?」

 「そうか?」

 「自覚なし……ね。いきましょ」

 

 そういって私は目の前にあるコンクリートの階段を降りていく。


 「しかしここはとんでもない場所だな。どうしてこんな造りになってるんだ?」と、訓練場を見回しながら階段を下りている彼が言った。

 「【マルカリア】の班のことは聞いた?」

 「ああ。お前らの使う兵器を作っている機関だよな?」

 私は無言でうなずく。

 「じゃあそこの【班】のことは?」

 「5班まであってそれぞれ兵器を作っているぐらいしか聞いてない」

 「そう。隠すことでもないし教えるわ。【班】はそれぞれ目的に沿った武器を作っているの」

 そういって説明を続けた。

 「1班は内陸にあるナゴヤを守るための防衛兵器の開発。私の仮契約している2班が【アニマル】用のもの。3班が【ヒューマン】、そして5班が偵察と戦況確認用の観測機器の開発を目標にしているの」

 「ん?4班はどうしたんだ?」

 「4班は実質活動停止中よ。昔は【ジャイアント】用の兵器の開発を目指していたらしいのだけど叶わず。頭部端末やこのスーツみたいな道具の作成をする部署に移ったらしいわ」

 「そうか。それでそれとここの関係は?」

 「一番の利用目的は1班の兵器、陸上移動型電磁砲搭載機【パラディン】の操縦訓練場なの。その弾を撃っても問題ないようにほら、あそこだけ何重にも重ねた金属板を埋めているのよ」


 そういって私は今いる斜面の対面にある斜面を指して言った。

 

 「なるほど、ちなみにその兵器でも【ジャイアント】の破壊は無理だったってことでいいのか?」

 「あくまで【パラディン】は【アニマル】と【ヒューマン】の殲滅用の中型弾しか打てないわ。それに弾道距離もあまり期待できないから。射程範囲内に来たころには都市は陥落するわ」

 「それでよくいままで陥落されなかったな」

 「なんだかんだでそこまで進行してこなかったのよ。来てもここまで。それ以上先には一度も行かれなかったわ」


 ちなみにその理由は判明していない。

 研究者内での最有力説は兵器の奪取が目的ではないかと言われている。

 それが正解なのか不正解なのかはわからない。

 さらにここに付け加えるなら【パラディン】は実質一度も運用されていないに等しいということ。

 

 だからこそここが最終防衛ラインとなっているのだ。


 そんな話をしているのもつかの間、私たちは整備員の横を通り過ぎてあの機体の前まで着いた。

 

 ――で、ここで問題がある。

 

 「ねぇ、どうやってコックピットに乗るわけ?一応クレーンは用意してもらってるみたいだけど」

 

 【サルファガム】の全長は約25メートル。

 言い方が悪いけどこんな更地で乗ろうとするそれ相応の乗り物が必要になる。


 「それなら問題ない。――ロナ!!」と突然彼は叫んだ。

 ロナ?

 

 人の名前……にしてはあのコックピットは単座だったはず……。

 一体何なのだろうか。


 彼がそう叫んだ数秒後、まるでそれに呼応するように【サルファガム】の全身の、今は黒い部分に蛍光色の黄色で発光し始めた。

音もなく発光したことに彼以外の全員が動揺する。

 それから静かに起動するような音が鳴りだし、足元であるここからでは見えにくいけど目に光が宿ったように見えた。

 

 そして【サルファガム】は左足をスムーズに後ろに引き、立膝をついて左の手のひらを私たちの前に置いた。

 彼はその手の平に飛び乗ると、機体の人差し指を掴んで私に手を差し伸べてきた。


 「掴まれ」

 「なにを……したの?」 

 「いいから掴まれ。時間がないんだろう?」

 

 そういわれた私は彼の手を掴むと機体の手のひらに引き上げられた。

 人が横になっても十分な広さのある手のひらに立ち、落ちないように機体の人差し指を掴む。


 「上げてくれ」


 それに答えるように腕を動かし、私たちを胸部まで運ぶ。

 本当にこれは機械でできているのかと疑いたくなるようなスムーズさで運ばれた私は彼に続いて胸部上に降りると、首元に近い場所にあるハッチから内部に入る。

 

 内部は外の若干の寒さはなく、まるで春のような暖かさがあった。

 

 思い出したかのようにコックピット内を見回してもロナと呼ばれた人物は見当たらない。

 座席は空席で、いま詩型ナズ・レグルニアが座ったばかり。

 その裏にある、今私の立っている場所にもロナという人物の姿はない。

 

 「ねぇ、さっきのロナって人。いったい誰なの?」

 あまりにも気になったので聞いてみた。

 「そうだな。これから何度も関わるだろうし。ロナ。通信を内部公開モードにして自己紹介をしてくれ。その間にバイタルチェックを済ませる」

 「人ではないの?」

 「人じゃないとだけは俺から教えておく。あとのことは本人から聞いてくれ」


 妙に人に近い言い回しでロナのことを教えられた。

 人ではないのにどうして五人のような言い回しをしたのだろうか。


 そう思った矢先、どこからか機械音じみた少女の声が聞こえ始めた。


 『初めまして。アインリット・ラーチさん。私は――RONAです』

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