EP01S-01 機侵のセカイ ver2.0
これは私が全てを失い奪われた後の話。
これは俺が全てを奪った話。
これは……。
――◇プロローグ◇――
2048年9月25日 【日本:新装東京スカイツリー】
「ねぇパパ!もうすぐなんだよね?」
1年前に改装されてより近代的日本のシンボルと化した東京スカイツリー。その展望エリア最下層で、窓に張り付いていた健康的な白めの肌、金色の髪と青い虹彩の目を持つ幼い少女が振り向いた。
白を基調色としたワンピースと少し大きめの靴。
髪は1本1本が金の糸のような輝きを持ち、ストレートで長さは腰に届くぐらい。
まだ7歳の少女は、流ちょうな日本語でそういった。
そしてその少女が振り向いた先には、彼女を見下ろすラフな格好をした西洋人の男性が笑顔で右手に小さなピンク色のバックを持って立っていた。パパと呼ばれたその男性が。
「ああもうすぐ会えるよ。アインの妹にね」
「えへへ、楽しみだな~」
アインと呼ばれた少女はぴょんぴょん飛び跳ねながら父親に近づいていく。
「おっと、そろそろ時間だ。降りようか」
「え~もっとここからお外見たい~!」
「でもお母さんとノアは下にいるんだよ?早く会いたくないの?」
「うーん。――会いたい。行く……!」
「よし、じゃあパパが抱っこして連れて行ってあげよう!」
「きゃー!!」
そういって父親はアインを抱っこすると彼女の頭をそっと撫でた。
アインは気持ちよさそうに目をつむって頭を父親の顔に寄せる。
「はやく仲良くなれるといいね」
それから二人は下り用の高速エレベーターに乗り、タワーの根元に広がるショッピングモールへと向かった。
―◇―
「ねぇパパ」
「ん?なんだい?」
「私の妹ってどんな子なのー?」
展望エリアとはまた違った雰囲気でにぎわうショッピングモール内を二人で手をつなぎながら歩いていると、アインが見上げながら言った。
「ノア?そうだなぁ……すごくおとなしい子だよ。でもちょっと恥ずかしがり屋さんっだね。笑った時は絵本の中の天使みたいだね。もちろんアインも天使だよ」
「エヘヘ。――早く会いたいなぁ~」
「そうだね。じゃあ――」
「じゃあ早くいこっか!」――と、父親が続きを言おうとした瞬間。
突如言い表しようのない奇妙な音と爆砕音。それから大型地震が起きたのかというほど激しい揺れがモールを襲った。
だれかが悲鳴を上げ、だれかが怯える声が聞こえる。
どこから来たのかわからない爆風によって割れるショーケースのガラス、窓、照明。
商品棚が倒れ、ガラス工芸品が割れ、停電が起き、天井や床にひびが入り始める。
光が失せ、火災報知器が鳴り響き、冷水が降り始める。
「アイン!」
そう叫んだ父親はとっさにアインに抱き着くとそのまま地面に押し倒した。
パパに押されたせいで背中が痛い。
でもパパはもっと痛そうな顔をしてる。大丈夫?
頭から絵具が流れて大好きな白いワンピースをびちょびちょにしてる。
大丈夫?って言いたいけど怖くて言えない。
でもパパを心配させたくない……。
「アイン。いまから……絶対にパパの下から出ちゃダメ……だ……。動いちゃ……だ……め……だ」
パパはそういって動かなくなった。
「パパ?まだ夜じゃないよ?パパ?パパ?」
いくら呼んでも、いつもみたいに揺らしてもパパは起きない。
お気に入りのワンピースはもう真っ赤っか。
赤い絵具はなんだかべたべたしていて、ちょっと臭い。
――雨で少し寒くなってきちゃった……。
寒いよ……怖いよ……起きてよ……ねぇ。
「ねぇ……起きてよ……パパ……」
もう何回も呼んだけど、もう声が出ない。喉が痛いよ……。
それに頭が痛い……。
暗いよ。怖いよ。痛いよパパ……。
近くにいる人に「パパを起こして」って大きな声を出してもその人はおっきな石の布団をかぶって寝ちゃってる。パパと一緒の絵の具をこぼして。
その人の近くには女の人が座って泣いている。けどその人は背中におっきい棒が刺さっていて絵の具をこぼしてる。
あ、寝ちゃった……。
お昼寝……の時間かな……。まっくらだし。でもみんなは泣いたりしてるし……。
そっか。パパは私と一緒にお昼寝したいんだ……。きっとそうだよ。
なら私も。パパが起こしてくれるまでお昼寝しよっと……。
――◇――
――ピ ピピピ ピピピ
「ん……んん。うるさい……」
指定の時間になるようにセットしたスマートフォンのアラームを切り、私はゆっくりと上半身を起こす。
なにか夢を見た気がするけど……どんな夢だったかな。
家具は丸くて低いテーブルと窓際に置かれたベット。私はそのベットの上にいる。
部屋の壁は白一色で、ベットの頭のほうにベランダに続く縦のものと、左の壁には小さな窓がある。両方とも黄色っぽいカーテンがかかっている。
それから数えるほどしかない私服と普段着る制服の入っているクローゼットぐらい。
あまりものを置いていない、正直に言って殺風景なその部屋で目を覚ました私はベットから降りて軽く背筋を伸ばす。
「……よし」
さぁ、一日の始まりだ。
顔を洗い、歯を磨き、ぼさぼさになった金のショートカットの髪をくしで解く。
それからキッチンで喫茶店とかでよく見るモーニングのような朝食を作り、テーブルでそれを食べ、しっかりと洗ってからパジャマに手をかけた。
それからクローゼットの中から白を基調色とした制服一式を取り出して身に着けていく。
夜の冷え込みでしっかりと冷やされた制服が私に寝るなといわんばかりに冷気の攻撃をしてくる。
さすがに寝ないけどね……。
「そろそろ暖房の準備しないと」
特にここ数年は9月でも夜は冬並みに寒いし、体調を崩す前に対策をしたいもの。
また休みの日にでもどうにかしよう。
白中心で、全体に赤いラインが入ったのブレザーとスカートを着る。それから黒のストッキングを履いて、最後にクローゼットの戸の内側にかけられてる銃の入ったホルスター付きのベルトを腰につけた。
「よし」
身支度を全て整えるた私は最後に戸締りを確認して照明を消し、学校指定の黒のロングブーツを履き、手提げかばんをもって家を出た。
「行ってきます……」
――◇11年前の厄災◇――
ここは【元】日本の名古屋、今は【エリア001・ナゴヤ】と呼ばれる地域で、その中でも【民間エリア】の中にあるアパートに私、アインこと「アインリット・ラーチ」は一人暮らしをしている。
もう2年ぐらい経ったと思う。
私は日本人とフランス人のクォーターで生まれも育ちも日本。
家族はいない。11年前のあの事件でお父さんもお母さんも。あの日に会う予定だった妹のノアも失った。
あの事件っていうのは11年前、私がお父さんと一緒に東京スカイツリーに上り、そのあとお母さんたちと合流しようとしたときに起きた悲劇とそれが原因で起きたすべてのこと。
あの時はみんなただの地震か何かと思っていた。けど実際に起きたことはそんな生易しいことではなかった。
あの時起きたことは正体不明の【機械】による侵攻。
旧国連が決めたその機械の正式名称は【マキナ】。
その【マキナ】が突然太平洋から出現し、そこに接する国を襲撃。日本だけでも300万人以上が行方不明になった。そしてほとんどの国は国家が消滅、または崩壊してしまった。
これが2048年9月25日。
私が妹のノアと会うはずだった日に起きた悲劇で、その2年後に【ストライク48・925】と呼ばれるようになった厄災。
その後の日本はどの国よりも早く自衛隊と残存日本企業、そして運よく生き残った一部の国家議員で発足した旧国家に変わる新たな統括組織【ブバルディア】を結成。
ここ10年でようやく新たな首都である【ナゴヤ】ができたけど、それ以外の旧東京や大阪、北海道といった地域の復興は手を付けられていない。
この状況はたぶんどの国を見ても同じことがいえると思う。
それぐらい復興工事をする時間も余裕もないのがいまの世界なのだから……。
――◇――
学校に向かうために最寄駅からモノレールに乗った私は、赤中心のカラーリングのヘッドフォンをあてて気に入っているアーティストの曲を聞きながら、車内の壁にもたれかかって目を閉じていた。
ほとんど揺れず静かに走るモノレール。
この場所で聞く曲はできるだけ激しいもの。それを聞いて脳内シュミレーションをするのが私の日課。
けどそんな時間の終わりを告げる人物がそろそろ乗車してくるはず……。
――言ったそばから私の肩を軽くたたいてきた。
私はいつも通り目を閉じたままスマートフォンを操作して曲を止めると、ヘッドフォンを外してゆっくりと目を開いた。
「やっほー。アイン」
そう私に言ってきたのは黒の長めのポニーテールの、私と同じ制服を着た女子生徒。
私の親友であり、恩人の娘である彩芽こと「新藤 彩芽」。
いつも通り制服の第一ボタンははずし、ジャケットの前を止めていないという少々だらしないとも判断できる彼女だけど、ああ見えても私よりも『実力はある』。
「おはよう。彩芽」
「今日も今日とて音楽がお友達かな?」
いつも通り軽いジョークを言って彼女は笑った。
「それ、どういう意味?」
わざと目を細めて言ってみる。
「わ、冗談だよ。だからそんな怖い目で私を見ないの!せっかくの顔が台無しだよ」
「それなら私のことより自分の恰好を見た方がいいと思うけど?」
「ん?何か変?」
そういって彩芽は一歩下がって自分の身体、恰好を見まわした。
「いや、どう見てもだらしないわよ?」
「だってこの格好のほうが要請が来てもすぐに出れるじゃん?それにこっちのほうが私に向いてると思うじゃん?」
「利便性よりも見た目を大事にしなよ」
「――それよりもアイン。今日って学校終わった後暇?」
――スルー?
「ええ、『訓練』は今日はないし、それ以外にも特に用事はないけど」
「よかった!なら放課後においしいケーキでも食べに行かない?」
彩芽は私を絶対に逃がさないと言うように肩を強くつかみ、目を輝かせていった。
どうやら彼女は恰好を指摘しても一切直す気がないということらしい。
私はそれ以降は格好について指摘するのをやめ、彼女の話に乗ることにした。
というよりもこれで何度目って感じだし、そろそろ言うのやめてもいいかなって思ってる。
「それって最近緑地公園の近くにできたっていうやつ?」
「そうそうそれ!いいでしょ?ね?ね?」
「――わかったわ。たまにはそういう過ごし方も悪くないし、それに私も少しだけ気になってたのよね」
「やった!じゃあ終わったら改札前集合ね!絶対だからね!」
「あなたのおごりってことでいいのよね?」
「う……こ、今月はちょっとグッズに――」
「嘘よ。前約束したでしょ。お礼に次どっかに食べに行くときはおごるって」
「お、覚えてたよ?当然覚えてたからね!!それよりもほら、ついたよ!早く行こ」
彩芽はそういって、開いたばかりのドアから勢いよく飛び出していった。
――ああいうところは親譲りなんだから……。
そう思いつつも私は、私たちは【AWP前】という名の駅で降り、その近くにある私たちの学校に向けて歩き出した。