第1話:日常と週末の終わりに
大分前に投稿してそのままにしていた物を、プロットを組み直してちょぼちょぼ書き進めようと思います。
こちらは不定期で更新しますので、それでもお付き合いしていただける方はどうぞ。
夢を、見ていた。
それはまだ、叶わないユメはないと思っていた、幼少期の自分。
いずれそれこそが夢だったと、現実に沈んでゆく前、真っ直ぐな自分自身の夢だった。
夏休みの最後の日、俺は神社で出会ったあのヒトに…
「…うぅ…眠い…」
けたたましい目覚ましの音が響く。重いまぶたを持ち上げて時計を確認。6時15分。どうやら既に二回程起こされていたらしいが、気付くことなく眠っていたらしい。
別段キツイ仕事をしてる訳じゃない、こんなにも眠気に襲われるのはついつい深夜までゲームをしてしまうからだ。まだ学生気分が抜けていないのだろう。
まだ起きていない体を叱咤し、身支度を整える。
出勤まではまだ、余裕があった。
朝食を取ろうと冷蔵庫を開け、中身を確認。
…見事になにもない。
「…朝食は諦めるか」
世の中の識者は朝食を取れというが、独り身は中々どうして、こういうことに無頓着になりがちだ。
…俺だけでは無い、と思いたい。
洗面所に向かい鏡をみる。
そこには、若い張りのある肌をした短髪の黒髪、黒い目の優男が映っている。
…何てことはない、俺だ。
大場海人23歳、二流の商社マン。
それ以上の価値も、それ以下の価値もない平凡なサラリーマン。
今の俺はその一言で済まされてしまうような存在だろう。
鏡で髭の剃り残しが無いか確認し、適度に髪を整える。
軽く口を濯ぐと、もう一度鏡を見る。特に問題はない。
洗面所を後にし、鞄を確認すると部屋を出る。
鍵をかけ、駅へ向かおうとして立ち止まる。鍵をかけたか再度確認。ガチャガチャと金属音を立てながら、ドアは閉まっていることを俺に煩く主張してくる。
「さて…今日も働きますか…」
そう自分自身に呟き、駅へと歩く。
住んでいるのは駅から5分の好立地、周りからも同じようなスーツ姿の出勤者や学生がやってきて、歩道に溢れている。
…いつも通りの朝だった。
今日も目覚ましのスヌーズ機能に助けられ、朝食を取り損ね、人混みに揉まれながら会社へ出社する。いつもの通りの朝だ。
ただ、いつもと違ったのは昨晩見た夢だった。
「…ちょっと変わった夢だったな…」
それは、幼少期の自分自身が、泣き叫んでいる夢だった。
何かを叫んでいた気もするが、起きてからはボンヤリとしか思い出せない。ただ、妙にハッキリとした夢だったのは覚えている。
幼少期はよく見たものだが、近頃は仕事も忙しく、疲れて帰ってくるためか、昔ほど見る機会は減ったし、そんなにハッキリとした夢を見ることもなくなっていた。それに…
「誰だったんだろうか、あれは…」
幼少期の自分の夢、だけだったのなら、こんなにも気にはならなかった。見たこともない誰かが、泣き叫ぶ自分を抱きとめていたのだ。
見たことも、ない、ハズだ。
だがなにか、妙な懐かしさを感じる人だった。それが、引っかかって頭から離れない。忘れてはならない、と何かが引き留めるような、そんな感覚。
電車のベルが鳴る。どうやら、考えながらも体は普段通りの行動をしていたらしい。我ながら嫌になる。
「考えても仕方ない、か」
夢なんだし。そう、自分に言い聞かせる。
満員電車に体を押し込め、この事は忘れることにした。
忘れる事に、なるはずだった。
仕事を終え、朝と同じように限界まで詰め込まれた車両に揺られ、目的地で降りる。
誰かの足を踏んだが、お互い様なので小声で「スミマセン」とだけ言っておく。降りる人が少ないのだからしょうがない。
今日は週末だったため、自宅の一つ手前の駅で降り、少しばかりの晩酌を愉しんだ後、歩いて帰るつもりだ。
行きつけの居酒屋は、人気のない神社のすぐ近くにあった。
この神社、「願い事をすると必ず叶うが、叶った後10年後魂を盗られる」だの「ここで夢を口にすると、二度と叶わない」だのいわれる曰く付きの神社である。
今でこそ独り暮らしをしているが、実家がこの近辺で昔はよく遊びに来たものだ。居酒屋の店主もよく知っている。親父がまだ生きてた頃に、付き合わされたのを今でも憶えている。
今日は何を飲もうか、などと考えていると、件の神社が近づいてきた。鬱蒼と茂る森に佇む鳥居が見えてくる。何時見ても朱に染まる鳥居と薄暗い森のコントラストが、ざわつくような不気味さを醸し出している。
「相変わらず、夜の神社ってのは不気味だよ、な…」
独り身に有りがちな只の独り言は、普段ならば夜の空気に紛れて消えていくはずだった。
「そうかしら?月明かりに照らされる神社って、神秘的なものよ?」
だが、その独り言は消えることは無かった。会話として成立してしまったのだ。
鳥居の真ん中に、見たことのない女性が立っていた。
長い黒髪の先のほうを白い帯で纏め、紅白の装束を纏うその出で立ちは正に巫女。
…いや、違う。見たことはあった。ただし、それは夢の中での話である。
「今晩は、海人君。昨日はいい夢、見られた?」
語りかけてくる声色にも何故か聞き覚えがあった。
妙に懐かしく、そして何故か悲しくなる、そんな声色だった。
「き、君…は…」
昨日の、夢の。そう言いかけた瞬間、急激な睡魔が襲ってきた。
…確かにここのところ寝不足気味だったが、これはそう言ったものではない…!
「ごめんね。聞きたいこと、沢山あると思うのだけれど。今は黙って私に付いてきて」
「いっ…たい…なん…」
なんだ。
最後まで言い切ることなく途切れた俺の意識と共に、朝あれほど“平凡“だと思っていた俺の人生もここで途切れることになるとは、正に"夢にも"思わなかったのだ…
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