6 通学
女子トイレの個室を開けたら、目と鼻の先に光のドアがあって透子はぎょっとした。
昼、どんな仕組みか知らないが、透子の脳内に、サリナの声だけが聞こえてきて召喚ゲートが発生する場所を教えてくれたのだ。そこで、3階の女子トイレのいちばん奥の個室にやってきたわけなのだが。
あたりまえだが、個室だから狭い。だから召喚ゲートも、便座の手前にあって、すさまじく窮屈。おまけに、トイレの中にあるから、ありがたみもなければどことなくシュールな光景だった。
「……なんか拍子抜けするなぁ」
透子は目を細めてそれを見やる。自分は異世界とこっちの世界を往復する、とんでもなく珍しい存在なはずなのに、どうしてだろう、ワープ場所がトイレというだけでなんかすごさがよくわからなくなってきた。
まあ、ここを指定したの自分だし。あのまま裏庭が召喚場所だったら、誰に見つかるかわかったものじゃない。
ドアノブを握る。
――きのうからきょうにかけて。自分の部屋のベッドで起きたことにより、「ああ本当に夢じゃないんだな」と気づくことができた。
だから、私はまたあっちの世界に行く。
わからないことだらけだけど。
だって、おもしろそうだから。
透子は、異世界へと飛んだ。
「早速ですが、きょうから学校に通っていただきます」
……そんなニコニコしながら言われても。
最初にやってきた屋上ではなく、今度は室内だった。まあしかし、ここもこことて、豪華な装飾が壁や天井やらにほどこされていたのだけれども。
「サリナは、学校にくるの?」
「あらあらさみしいんですか、透子さん。そうですよね、見知らぬ異世界の地。私を頼りたい気持ちはわかります。私たち、親友ですものね。ですが、子供が学校に行くときに母親が行かないのと同じ、私は遠くか」
「いい、一人で行ってくる」
「まだぜんぶしゃべり終わってないんですけど!?」
「で、本当にこないの?」
「まあ、私は特別顧問みたいなものですから……。時折、おうかがいすると思います。それに、透子さんの実力なら、まったく問題ないと思います」
「問題ないって?」
「授業や課題などです。おそらく、びっくりされると思いますよ」
サリナはまたほほえむ。
「ふうん……。見てもないのに、よくわかるね」
「見てますから」
「え?」
「いま。だいたい、見ただけで、魔力はわかります。透子さんもいずれは、そういった能力が身につきますよ」
「能力ねえ」
普段、生活していて『能力』なんて言葉、聞き慣れないなと彼女は思う。ゲームか何かやっていないと、あまり耳にしないだろう。
まあ、学校、いっちょ行ってみてやろうじゃないか。
「へえ……」
なかなかどうして、これはすごい光景だな、という感想がまず初めにやってきた。
かばんと地図をもらい、さて意気揚々と(顔にこそ出ないけれど)、城下町に降り立った透子だったのだけれども。
「本当に、女の子しかいないんだ」
話には聞いていたけれど、あまりその話も出なかったし興味もなかったが、そんな興味のなかった透子でさえも思わずかみしめてしまうほどには異様な光景だった。
本当に、女性しか街を歩いていなかった。
しかも、全員、容姿が端麗だった。
なおかつ皆、元の世界では着ていないようなアイドルというか魔法使いというか騎士みたいな、それらを足して割ったような服を着ているので、余計に美人に感じる。思わず、立ち止まっているだけで、目ばかりがあちらこちらに移ってしまう。
――このとき、もちろん透子自身はまったく意識していなかったが、彼女ももちろん美少女で、なおかつ魔法の力も何も借りていない『異質』の力を持っていた。だが、透子がそんなことを胸に抱くはずもなく。
次に、なんというか、いきなりこんなことを思うのもなんともな感じだが、子供とかはどうしているんだろう、という疑問がやってきた。女同士でも埋めるのだろうか。それに、老化はしないのだろうか。
まあ、覚えていたらサリナに聞いておこう。
歩き出す。客観的に見ても、自分が風景に溶け込んでいることが、この上ない違和感で。だれも、自分に注目している人なんていなくて。まるで、渋谷のスクランブル交差点を初めて歩くような感覚。
ここにいると、新しいことだらけ。
そして、まだまだそれは待っている。
気づけば賑やかな街の一角に、その魔法騎士学校は存在していた。